文字のサイズを変更できます:小さい文字サイズ|標準の文字サイズ|大きい文字サイズ 最終更新日:2023年6月19日
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大気・雲の放射観測研究

 豪雨・豪雪,竜巻などの災害をもたらす雲の発生を高精度に予測するためには,短時間で変動する発生環境場や,雲の物理特性を理解する必要があります.しかし,これらの雲の熱力学的環境場や雲物理量を高頻度に観測することは簡単ではありません.これを解決するために,地上マイクロ波放射計による大気・雲の観測研究を行っています(荒木, 2023).

 そもそも放射は,すべての物体が放出している電磁波のことです.大気中の気体分子や水蒸気,雲からも放射があります.放射はさまざまな周波数(波長)の電磁波が重なっており,物質によってその重なり方が異なります.そのため,各物質の放射の強さが周波数によってどのように変化するかがあらかじめわかっていれば,それらの物質に感度のある複数の波長の放射の強さを調べることで,各物質がどのくらい大気中に存在しているかを推定できるのです.

 放射の強さを観測する測器は放射計とよばれ,気温や水蒸気などの物理量を推定するものとして,マイクロ波領域の放射の強さを観測するマイクロ波放射計があります.この測器はレーダーのように電波の送信はせず,20〜30と50〜60 GHzのうち複数の周波数の放射の強さを数秒〜数分の時間間隔で受信します.これらの周波数で観測される放射の強さは,大気中の酸素や水蒸気,雲水による放射と散乱が寄与しています.

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水蒸気,酸素,雲水の吸収特性の例.荒木(2014)の図を改変.
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地上マイクロ波放射計.RPG-HATPRO-G5 (RPG).荒木(2023)より.

 上の図から,60 GHz付近の周波数で酸素の吸収(放射)が大きいことがわかります.酸素分子の吸収の大きさは気温・気圧が関係するため,気圧(つまり高度)に対する気温分布があらかじめ得られていれば,各周波数帯での放射の強さを推定できます(これを前方計算といいます).しかし,実際に観測値があるのは各周波数帯での放射の強さなので,逆問題を解くことで気温の高度分布を推定する手法が必要です.また,20〜30 GHzの周波数帯の放射は水蒸気や雲水に感度があるため,これらの周波数帯の観測値を用いて水蒸気の高度分布も逆問題を解くことで得ることができます.

 これまで,この逆問題を解く手法として,広くニューラルネットワーク(Neural Network:NN)が用いられてきました.NNは地上マイクロ波放射計の観測地点に最も近い高層気象観測の気候値をもとに,気温・水蒸気の高度分布を求める手法です.ところが,気温に感度のある50〜60 GHzは高度1.5km以下に大きな感度があるため,それより上空はほとんどが気候値となってしまい,推定精度が著しく低下するという問題がありました.そこで,Araki et al. (2015)では,数値予報モデルの結果を第一推定値として,鉛直一次元変分法データ同化(1DVAR)により,上記の逆問題を解いて気温・水蒸気の高度分布を正確に求める手法を開発しました.高層気象観測と比較して検証した結果,1DVARによって従来のNNよりも推定精度が向上し,数値予報モデルが苦手としている大気下層の気温・水蒸気についても精度が向上することがわかりました.この手法を用いることで,高頻度・高精度に大気熱力学場を解析することができるようになったのです.

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高層気象観測に対するNNと1DVAR,数値予報モデル(NHM)の気温(左)と水蒸気量(右)の精度(RMSE).
Araki et al. (2015)の解析結果をもとに作図.荒木(2021)より.

 Araki et al. (2014)は,この手法を使って2012年5月6日に茨城県つくば市に藤田スケールF3の被害をもたらした竜巻を生んだ積乱雲の発生環境場を調べました.ちょうどこの事例では,竜巻から20 km未満の距離で地上マイクロ波放射計による観測に成功しており,世界的にも貴重な観測値を得ることができました.この竜巻はスーパーセルと呼ばれる特殊な積乱雲によって発生しており,1DVARを用いた解析から,竜巻が発生する約1時間半前から大気熱力学場が不安定化していたことがわかりました.また,竜巻発生時刻付近で局所的に大気下層の鉛直シアが大きくなっており,つくばで発生した竜巻の原因となったスーパーセルは,アメリカで発生するF2-F5クラスの強い竜巻をもたらすスーパーセルの環境場に分類されることがわかりました.

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2012年5月6日つくば竜巻近傍での自由対流高度の時間変化.
Araki et al. (2014)の解析結果をもとに作図.荒木(2014)より.

 次に,夏季の晴天日の午後に中部山地で発達する積乱雲の発生環境場について,地上マイクロ波放射計観測データを用いた1DVARによって解析した研究(荒木ほか, 2017)を紹介します.夏季晴天日は午後になると,内陸部で地上気温上昇に伴って熱的低気圧と呼ばれる小規模な低気圧に向かう海風が流入し,水蒸気量が増えることで大気の状態が不安定化するということが地上気象観測やGNSSによる可降水量の解析などから指摘されていました.しかし,どの高さでどのくらい水蒸気が流入しているのかや,大気下層の気温がどう変化しているのかはよくわかっていませんでした.そこで,東京都奥多摩町で2012〜2014年7・8月にMWR観測を行い,中部山地で積乱雲が発達した日の大気の状態の時間変化を1DVARの手法により調べました.
 その結果,積乱雲が発達する日は朝から昼にかけて不安定度(CAPE:対流有効位置エネルギー)が急激に増大し,降水のピークである17時頃にかけて不安定が維持され,その後は時間とともに不安定も解消されていることがわかりました.この大気の状態の不安定化は,1DVARによる解析により,高度約1.5km以下の大気下層で気温・水蒸気量が増大していたことが要因であることが明らかになりました.

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夏季晴天日に中部山岳域で積乱雲が発達した日の大気の不安定度(CAPE,左軸)と降水特性(領域平均雨量,右軸)の時間変化.
荒木ほか(2017)の解析結果をもとに作図.荒木・津田(2022)より.

 積乱雲や線状降水帯による局地的大雨・集中豪雨は,現状では正確な予測が困難です.一方,大規模な水害をもたらす線状降水帯の発生環境場として,大気下層の水蒸気流入が重要であることがわかってきています(Araki et al., 2021気象研究所報道発表資料).積乱雲や線状降水帯の高精度な予測のためには,これらの発生前の大気熱力学場の時空間変動を明らかにすることが必要不可欠であり,地上マイクロ波放射計を用いた高精度・高頻度な大気熱力学場解析への期待が高まっています.このような背景から,気象庁では2022年度に西日本を中心とした17地点に地上マイクロ波放射計(RPG-HATPRO-G5)を整備し,大気熱力学場の観測を行っています.

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地上マイクロ波放射計観測ネットワーク.荒木 (2023)より.

 地上マイクロ波放射計はすでに展開されているウィンドプロファイラ観測点に設置するように設計しています.これにより,地上マイクロ波放射計による1DVAR結果をウィンドプロファイラによる水平風の高度分布の観測と組み合わせることで、CAPEなどの大気熱力学場だけでなく,水蒸気フラックス量や,ヘリシティなどの鉛直シアの指数,EHI(エネルギーヘリシティインデックス)などの力学場も考慮した大気環境場の指数を高頻度・高精度に求めることが可能となります.そのため,この地上マイクロ波放射計観測ネットワークは,線状降水帯にとどまらず,竜巻等突風や大雪をもたらす積乱雲や降水システムの監視・予測への応用も期待されます.
 この観測ネットワークを用いて1DVARの解析を行い,高層気象観測と比較することで十分な精度があることを確認しました(荒木, 2023).また,実際の降水事例において,降水の数時間〜12時間程度前からの急激な大気の状態の不安定化を捉えることに成功しています.さらに,数値予報モデルの初期値改善に対する地上マイクロ波放射計観測の有効性を検討したところ,輝度温度を高頻度に利用することで,可降水量や気温と水蒸気の高度分布を推定する際に入り込む誤差が避けられること,鉛直方向の情報の広がりを考慮できることから,降水の予測精度がさらに向上することがわかってきました.
 今後,地上マイクロ波放射計を用いて,1DVARによる大気熱力学場の推定技術のさらなる精度向上や,3DVARによる3次元的な大気場の高精度推定技術開発,積乱雲や線状降水帯の発生環境場の実態解明,雲物理特性の解明などを行っていく予定です.

これまでに開催した研究会

参加している研究コミュニティ

関連する成果等