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雲研究に関する一般向け情報をまとめています.
顕著な大気現象が発生した際に速報的に解析を行い,報道発表をしています.
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〒305-0052 茨城県つくば市長峰1−1
気象庁気象研究所 台風・災害気象研究部 第二研究室(5階)
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局地豪雨の解析・予測研究
ここ何年かで「ゲリラ豪雨」という言葉が世間では使われるようになってきています.そもそも「ゲリラ豪雨」とはいったい何なのでしょうか?
まず「ゲリラ」という言葉には,突然発生する,予測困難,局地的などの意味合いがあります.もともとゲリラ豪雨という言葉は,現代のように観測網が充実していなかった1970年代にリアルタイムでの観測が難しい豪雨という意味で使われはじめました.レーダーや地上での観測網が発達してきた現代では,予測の難しい豪雨という意味合いに変わりました.しかし残念なことに,予測できている大雨に関して,気象情報で大雨が降ることをよびかけているにも関わらず,それを見ていない人にとって突然降ってきた雨がゲリラ豪雨とよばれることがかなり多いようです(荒木 2014).
気象庁は「急に強く降り,数十分の短時間に狭い範囲に数十mm程度の雨量をもたらす雨」のことを「局地的大雨」と呼んでいます.近年は高解像度降水ナウキャスト等により,リアルタイムの雨雲の様子がわかるようになってきました.これを用いれば移動してくる大雨に降られることは少なくなるため,「ゲリラ豪雨」が単なる「通り雨」になることも多いと思われます.ただし,現在でも突然発生し,予測の難しい局地的大雨は多くあるため,このような大雨が本来の意味での「ゲリラ豪雨」であると言えます.最近では予測や観測の困難さとは関係なく,この局地的大雨が「ゲリラ豪雨」と呼ばれることが多いようですが,単なる「通り雨」で終わることもあれば,重大な災害を引き起こすこともあります.そのため,予測の難しく,災害をもたらしうる局地的大雨の実態把握,事前予測,防災情報の伝達等,様々な課題を解決していく必要があります.「ゲリラ豪雨」という言葉そのものは社会的にインパクトも大きいですが,定義が曖昧なため,ただの「通り雨」のように災害に結びつかないような印象を与えかねません.この意味で,特に気象解説者の方においては使用上の注意が必要です.
ここでは,災害をもたらしうる局地的大雨を「局地豪雨」と呼ぶことにします.局地豪雨予測のためには,まずその実態把握が必要です.よく「大気の状態が不安定」な状況で局地豪雨が発生すると解説されることが多いですが,これはあくまで環境場としての必要条件であって,必要十分条件ではありません.局地豪雨が発生するときにはどのようなことが起こっているのか,高精度予測のためには何が必要なのか,現在取り組んでいる局地豪雨の実態把握と予測の研究について簡単に紹介します.
2013年9月3日に茨城県つくば市付近で発生した局地豪雨.荒木(2014)「雲の中では何が起こっているのか」より.
局地豪雨が発生するためには,積乱雲が発生する事が必要です.そして,積乱雲が発生するためには,大気下層の空気が自由対流高度まで持ち上げられなければなりません.これは対流の起爆(CI: Convection Initiation)と呼ばれており,局地豪雨発生に必要不可欠なメカニズムです(荒木 2014).CIが起こるためには,大気下層の空気を持ち上げる上昇流が必要です.この上昇流を作るメカニズムとして,特に下層の収束と前線による力学的な強制力が重要です.
しかし実際には,局地前線などの前線上のすべての場所で積乱雲が発達するわけではなく,下層の鉛直シア,局地前線と水平ロール対流・地形・森林や都市などの土地利用が異なる地域との位置関係,前線の交差点(トリプルポイント:Triple Point)など,局地前線上で特に上昇流が大きくなる位置で積乱雲が発達すると考えられています.
たとえば,関東平野でもこのようなCIプロセスによる局地豪雨例が解析されています.2009年8月9日に千葉市で3時間積算降水量が150 mmを超える局地豪雨が発生しました.この事例では,局地豪雨をもたらした積乱雲群が発生する前の環境場として,下図のように気温や相対湿度,風などによる不連続線(局地前線)によるTriple Pointが観測されていました.このようなTriple Pointの存在は気象庁アメダス観測だけではわからず,さらに高密度な環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめ君」の地上気象観測値を使うことでわかったものです.
高密度地上気象観測により観測されたTriple Point.Araki et al. (2015)より作図.
特にこの事例では,気象庁の現業メソモデルで降水予測が出来ていませんでした.そこで,高密度地上気象観測値を数値予報モデルの初期値に組込んで(データ同化),予報実験を行いました.すると,高密度地上気象観測値をデータ同化した実験では,観測された局地豪雨に非常に近い降水が再現されました.これは,初期値に詳細な水平収束分布を表現できたこと,水平収束分布(海風前線など)を維持するための気温分布を表現できたこと,局地豪雨発生に必要な水蒸気分布を表現できたことが重要であると思われます.
ただし,日本における局地豪雨のCIプロセスはまだ調べられていないことが非常に多く,今後もメカニズム解明・高精度予測の研究を継続していく必要があります.
高密度地上気象観測結果のデータ同化による局地豪雨予測.Araki et al. (2015)より作図.
関連する講演等
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2020.08.22「雲科学入門」荒木健太郎
日本気象学会第54回夏季大学での講演.雲全般の話題.広く一般向けの話.講演予稿も公開されています.
2016.11.05「顕著気象をもたらす雲の科学」気象キャスターネットワーク研修会
ゲリラ豪雨と呼ばれるような局地豪雨,集中豪雨,竜巻や雹などをもたらす積乱雲のしくみについて,基礎から関連する最新の研究成果も含めて解説しています.
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豪雨をもたらす雲のしくみについて,基礎から最新の研究成果も含めて解説しています.
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荒木の取り組んでいる「局地豪雨の解析・予測研究」の紹介のほか,防災・減災について議論をしてきたものです.
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「雲の中では何が起こっているのか」をもとに,夏の不安定な空のしくみと付き合い方,「ゲリラ豪雨」とは何か,ゲリラをゲリラでなくすためにはどうしたらよいかなどについて議論をしたものです.
2016.08.06「積乱雲の実態に迫る」荒木健太郎
そら博2016での講演.突然発生・発達する積乱雲のCIプロセスについて.
関連する成果等
- Araki, K., T. Kato, Y. Hirockawa, and W. Mashiko, 2021: Characteristics of atmospheric environments of quasi-stationary convective bands in Kyushu, Japan during the July 2020 heavy rainfall event. SOLA, 17, 8-15.
- Hirockawa, Y., T. Kato, K. Araki, and W. Mashiko, 2020: Characteristics of extreme rainfall event in Kyushu district, southwestern Japan in early July 2020. SOLA, 16, 265-270.
- Araki, K., 2020: Numerical simulation of heavy rainfall event associated with typhoon Hagibis (2019) with different horizontal resolutions. CAS/JSC WGNE Research Activities in Earth System Modelling, 50, 3.03-3.04.
- Araki, K., 2020: Numerical simulation of potential impact of aerosols on heavy rainfall event associated with typhoon Hagibis (2019). CAS/JSC WGNE Research Activities in Earth System Modelling, 50, 4.03-4.04.
- Saito, K., M. Kunii, and K. Araki, 2018: Cloud resolving simulation of a local heavy rainfall event on 26 August 2011 observed in TOMACS. J. Meteor. Soc. Japan, 96A, 175-199.
- Araki, K., 2017: Effect of cloud microphysics scheme and ice nuclei on forecasts for the September 2015 heavy rainfall event in Kanto and Tohoku regions. CAS/JSC WGNE Research Activities in Atmospheric and Oceanic Modelling, 47, 4.03-4.04.
- 荒木健太郎, 村上正隆, 加藤輝之, 田尻拓也, 2017: 地上マイクロ波放射計を用いた夏季中部山地における対流雲の発生環境場の解析. 天気, 64, 19-36.
Araki, K., M. Murakami, T. Kato, and T. Tajiri, 2017: Analysis of atmospheric environments for convective cloud development around the Central Mountains in Japan during warm seasons using ground-based microwave radiometer data. Tenki, 64, 19-36, (in Japanese with English abstract).
- 荒木健太郎, 2017: 局地的大雨と集中豪雨. 豪雨のメカニズムと水害対策 ―降水の観測・予測から浸水対策、自然災害に強いまちづくりまで―, エヌ・ティー・エス, 17-27.
※上記PDFファイルは荒木執筆節の別刷りです.書籍情報はエヌ・ティー・エス社の公式ページをご覧ください.
- Araki, K., M. Murakami, T. Kato, and T. Tajiri, 2016: Diurnal variation of thermodynamic environments for convective cloud development around the Central Mountains in Japan during warm seasons. CAS/JSC WGNE Research Activities in Atmospheric and Oceanic Modelling, 46, 1.03-1.04.
- Araki, K., H. Seko, T. Kawabata, K. Saito, 2015: The impact of 3-dimensional data assimilation using dense surface observations on a local heavy rainfall event. CAS/JSC WGNE Research Activities in Atmospheric and Oceanic Modelling, 45, 1.07-1.08.
- 西暁史,荒木健太郎,斉藤和雄,川畑拓矢,瀬古弘, 2015: 環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめ君」の地上気象観測値を対象とした品質管理手法の検討と適用. 天気, 62, 627-639.
- Saito, K., M. Kunii, and K. Araki, 2014: Cloud resolving simulation of a local heavy rainfall event on 26 August 2011 observed by the Tokyo Metropolitan Area Convection Study (TOMACS) . CAS/JSC WGNE Research Activities in Atmospheric and Oceanic Modelling, 44, 5.05-5.06.
- 荒木健太郎, 2014: 雲の中では何が起こっているのか 雲をつかもうとしている話. ベレ出版, pp343.
- 荒木健太郎, 2017: 雲を愛する技術. 光文社新書, pp344.
- 荒木健太郎, 2018: 世界でいちばん素敵な雲の教室. 三才ブックス, pp160.
- 荒木健太郎, 小沢かな, 2018: せきらんうんのいっしょう. ジャムハウス, pp24.
- 荒木健太郎,瀬古弘,川畑拓矢,斉藤和雄,2012:関東地方都市部における夏季局地豪雨の同化実験.第2回超高精度メソスケール気象予測研究会.
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