気象庁気象研究所 台風・災害気象研究部
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台風・顕著現象の機構解明と監視予測技術の開発に関する研究(令和元年度~令和5年度)

            

副課題1:台風の発生、発達から温帯低気圧化に至る解析・予測技術の研究

令和元年度~令和5年度にかけて、気象研究所では課題解決型研究課題として、「台風の発生、発達から温帯低気圧化に至る解析・予測技術の研究」を実施しました。本課題は以下の3つを取り上げました。       
  • ①発生から温帯低気圧化に至る台風構造変化プロセスに関する研究
    問題提起: 台風には発生、発達、成熟、温帯低気圧化と様々なステージがあることが知られています。しかし、これまで気象研究所では、台風の様々なステージをを包括的に研究したことはありませんでした。一方で台風の解析・予測精度向上を目指す上で、このような多種多様なステージの理解を深めることが必要と考えました。
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  • ②台風予測技術の高度化と予測可能性研究
    問題提起: 台風の解析・予測技術の1つとして機械学習の活用が挙げられます。またアンサンブル手法による台風予測可能性研究が世界でも実施されている状況です。台風解析・予測の現場でこのような技術を活用するための基盤的な研究を実施する必要があります。
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  • ③台風解析技術の高度化に関する研究
    問題提起: 気象研究所台風・災害気象研究部第一研究室のの人員では幅広い台風研究を網羅することは不可能です。そこで国内外の研究者と連携することで、気象研究所では成し遂げられない台風解析技術を得ることができるのではないかと考えました。また新しい観測解析技術及び得られたデータを台風解析・予測に活かすための連携も必要です。

私たちの研究室では課題解決型研究を実施する他、社会に影響を与えた台風に関して即時解析を実施します。令和元年度においては「災害をもたらした令和元年度台風の実態解明とそれに伴う暴風、豪雨、高波等の発生に関する研究」を実施しました。即時解析成果の一部は気象年鑑 (1-29ページ)に掲載されています。
    
       

この5年間における私の主な研究成果

キーワード: 社会に影響を与えた台風、大気波浪海洋結合モデル、アンサンブルシミュレーション、統計解析
...副課題代表であるため、上記の3つの柱について研究室員の成果を取りまとめることが本来の仕事。ここでは並行して実施してきた研究成果を紹介します...
  • 【2019年房総半島台風と東日本台風】海洋表層化は温暖化し、特に東日本台風の発達期は暖かい海洋上を移動したことにより勢力が増大した可能性があることを示しました。 また東日本台風の発達期について、非静力学大気波浪海洋結合モデルと衛星シミュレーターを用いて、複数の大気初期値の元でアンサンブルシミュレーションを実施し、ひまわり8号の輝度温度分布と合わせて統計解析を実施しました。数値シミュレーション結果から輝度分布を作成すると、ひまわり8号の輝度温度分布と似ているような、似ていないような分布が得られるのですが、統計解析(機械学習の中でも簡単なもの)を実施することによって、代表的な空間分布パターンを3~4種類見出しました。この代表的なパターンで全体の7割弱の分布の変動が説明できます。
    台風第19号
    アンサンブルシミュレーションとひまわり8号のデータを組み合わせて、経験的直交関数解析を実施するイメージ

    実はこの台風、中心気圧の解析値が米国と日本で異なるのですが、数値シミュレーションで得られた中心気圧と輝度温度パターンの関係をひまわり8号の輝度温度分布に適合すると、一方が過度に強度を解析しているのではないか?と思わせる結果が得られました。
    本研究の一部は科学研究費補助金JP22K03725の支援を受けて実施しています。
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  • 【2018年台風第24号と第25号:台風第24号により形成された海洋表層冷水域を台風第25号が通過すると...?】台風は海洋表層を強い風によりかき混ぜ、また移動速度が遅くなると、台風の循環が海洋表層に作用し、冷たい海水を持ち上げることで、海水温は低くなります。台風が続けざまに発生し、同じような経路を通るとき、台風の強度は弱くなることは知られています。台風第24号は進路を西から北向きとなったとき、いわゆる転向海域で経路が複雑となり、移動速度が遅くなったため、海水温が低下しました。ここでは海洋表層の初期時刻の状況に関してアンサンブルシミュレーションを行いました。残念ながら海洋初期における冷水渦の表現が十分でなく、また大気波浪海洋結合モデルによる冷水渦の再現も十分でなかったため、台風第24号は解析の値よりも強く計算されてしまいます。そこで初期値に渦があると仮定し、人工的に渦を埋め込み計算を行った結果、現実的な強度変化が再現できました。ここで主張したかったのは、海洋観測データは実は十分でなく、そのため台風の予測を行うときに必要な海洋初期値の精度は十分ではありません。外国のデータも収集したのですが、海面水温のばらつきはかなり大きかったです。従って台風の予測(ここでは成熟期と衰退期の予測となります)の精度向上を実現する上では海洋初期値を改善する必要があります。
    ところが台風第25号を台風第24号と同じようにアンサンブルシミュレーションを行うと、進路予測が現実的でなく、より西側に向かってしまいます。そこで大気初期値に関するアンサンブルシミュレーションも実施し、現実的な進路をとるメンバーがあることがわかりました。つまり台風の事例ごとに、進路予測・強度予測に重要なプロセスが異なるということです。海洋観測を増やすだけでは、台風予測精度の向上は実現しないということを認識しました。

  • 【2018年台風第12号の奇妙な進路と寒冷渦】日本は中緯度にあり、上空には偏西風が流れます。この偏西風は東西に帯状に流れることもあれば、南北に蛇行することもあります。南北の蛇行が大きくなると、南側で渦が切離されます。この渦を切離寒冷渦と呼びます。2018年の台風第12号発生期に、この切離寒冷渦が日本の東海上を南西に進んでいました。台風第12号はこの切離寒冷渦の東側で発達し、反時計回りに移動し、東海沖を西進した後、三重県に上陸しました。この台風は上陸後も台風として西進し、九州を南下して再び太平洋で勢力を増し、東シナ海へ抜けていくと、非常に珍しい経路をとりました。
    台風第12号
    2018年台風第12号と寒冷渦のアンサンブルシミュレーション結果。左側が大気モデルの結果。右側は大気波浪海洋結合モデルの結果。Wada et al.(2022)のFig.4を改変。

    非静力学大気波浪海洋結合モデルによるアンサンブルシミュレーションを実施し、この台風の奇妙な経路を再現することに成功しました。ここでの科学的発見は、日本の東の海面水温が幾分低下することにより、寒冷渦の勢力が保たれ、これが寒冷渦の縁辺を移動する台風の経路予測に影響を与えていたということです。従来は海水温低下は台風の強度そのものに影響を与えることが知られていましたが、ここでは台風にとっては環境場の特徴である寒冷渦が海洋の影響を受けていたことが示唆されました。
    本研究の一部は科学研究費補助金JP19H01973, JP22K03725の支援を受けて実施しています。

  • 【2023年台風第2号の進路転向と進路予測...線状降水帯の予測に重要?】 2023年は上陸台風こそ台風第7号の1個でしたが、日本に接近した台風の中で社会に影響を与えた台風がいくつかありました。台風第2号は世界の主要な全球数値モデルでは北西進から北東進の転向の予測が遅く、日本の全球モデルは進路予測で精度が高かったものの、予測時においてはコンセンサスを第1とするため、予報精度という観点で見ると問題が残りました。全球モデルの結果を振り返り、転向時及び転向後の前線・線状降水帯による降水予測可能性も含めて、大気波浪海洋結合モデルにより数値シミュレーションを実施しました。海洋結合により台風域の海水温は低下するのですが、6月1~3日にかけて日本南岸に形成した前線での大雨については、太平洋高気圧と台風の経路の相対位置、その間に形成される水蒸気の流れ(moisture roadと呼ばれる)が重要であることがわかりました。つまり日本の全球モデルは(台風は過発達したのですが)この相対関係が他のモデルと比べて良好に計算できていたのです。全球モデルによる大気の予測精度向上は、5日先での線状降水帯予測可能性につながるということが期待できます。
    本研究の一部は科学研究費補助金JP19H01973, JP22K03725の支援を受けて実施しています。

  • 西太平洋海域の海洋表層は近年暖かくなっている。台風は近年強くなっているのだろうか? 2019年台風第19号がどうして勢力が強くなったのか?という問いに対して、この台風が移動した経路上では気候値にくらべて海洋表層貯熱量(TCHPとよばれる。Tropical Cyclone Heat Potentialの略)が高くなっていたことを明らかにしました(Wada and Chan 2021)。非静力学大気波浪海洋結合モデルを用いて、気候値の海洋場と実況の海洋場それぞれで数値シミュレーションを行うと、実況の海洋場を用いた場合の方が、台風は強く計算されます。しかし現実として、大気場も近年、気温上昇していることが様々な研究にて指摘されています。台風解析予測技術に資する新しいTCHPについて、2016年に既に提案しました(Wada 2016)。TCHPは海水温26℃が閾値になるのですが、この新たに提案したものも海水温24℃という閾値の制約を受けます。そこでこの閾値を大気解析場から計算する新たなアイデアを用いて、再提案することとしました。
    本研究の一部は科学研究費補助金JP22K03725の支援を受けて実施しています。
    

last update : 2024-1-4
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