数値シミュレーション
地震の発生を予測するためには,過去の観測データを説明するモデルを構築する必要があります.モデルが正しければ,そのモデルに観測データを与えることで将来の予測が可能となります.
その手法のひとつが,岩石実験から得られた摩擦構成則(速度・状態依存摩擦則)に基づいた地震発生シミュレーションです. ここでは,南海トラフ沿い巨大地震及び長期的スロースリップイベント(以下,LSSE)を再現したモデルについて簡単に解説します.詳しくは,論文[Hirose et al., 2022, EPS]をご覧ください.
南海トラフ沿い巨大地震の発生履歴
図1.南海トラフ沿い巨大地震の発生履歴.
(上段)本研究の対象エリアと破壊セグメント.大きな星は1944年東南海地震(領域C)と1946 年南海地震(領域B)の震央.領域Zの星は1968年日向灘地震の震央.九州南部沖の星は1662年日向灘地震の震央で対象外.略記:BCは豊後水道,CAは足摺岬,CMは室戸岬,SSは宍喰,KCは紀伊水道,CSは潮岬,SPは志摩半島,LHは浜名湖,OZは御前崎,SBは駿河湾.
(下段)歴史地震の年表.データは地震調査委員会 [2013]による.太赤線は表の右側に名前を冠する巨大地震,細赤線は日向灘地震.橙破線はprobable,黄破線はpossibleな破壊イベント.紫実線は津波地震・遠地地震.紫点線は先行研究によって存在が指摘されている.立体の数字は発生年,括弧付きの斜体の数字は連続する地震の発生間隔.鉛直線は破壊境界.1605年慶長地震以前(灰マスク)の記録は不十分かもしれない.表の右側で赤背景に白字のイベントは,最大クラスの超巨大地震[前杢, 1988; 宍倉・他, 2008; 岡村・松岡, 2012].
図1から,次のことがわかります.
- 東西ペアで起きやすい
- 東側が先に起きやすい(時間差0~3年)
- 破壊域の東端・西端がやや異なる
- 発生間隔(表中の括弧内の数字)がやや異なる
- 超巨大地震(赤枠に白字)の発生間隔は400~600年
- 日向灘M7.5地震の発生間隔は約260年
図2.歴史地震のすべり,すべり欠損レート,重力異常の空間分布.
(a) 赤域は1944年昭和東南海地震,緑域は1946年昭和南海地震のすべり量1 m以上の領域[Baba & Cummins, 2005].
紫点線で囲まれた領域はMurotani et al. [2015]が推定した1946年南海地震のすべり量3 m以上の領域.
青域は1968年日向灘地震のすべり量0.6 m以上の領域[八木・他, 1998].星は各地震の震央(色が対応).
(b) 紫域は1854年安政東海地震,茶域は1854年安政南海地震のすべり域で,平均すべり量は東から4, 4, 4.6, 6.3 m[相田, 1981a, b].
青枠域はLSSEで,(右から左へ)東海地方における2001~2007年間のすべり量20 cmコンター[Ozawa et al., 2016],
紀伊水道における2014年1月~2017年1月間の4 cmコンター[Kobayashi, 2017],
四国西部における2004年10月~2005年10月間の6 cmコンター[Takagi et al., 2016],
豊後水道における2003年間の20 cmコンター[国土地理院, 2015].
(c) 1707年宝永地震の震源域で平均すべり量は東から5.6, 7.0, 5.6, 9.2, 9.2 m[Furumura et al., 2011].
ただし,東端のすべりは疑わしい[Matsu'ura 2012; Kobayashi et al. 2018].
灰破線は沈み込むフィリピン海プレート上面の深さコンター(10 km間隔)[Hirose et al., 2008].
(d) すべり欠損レート分布(色付き)と大陸プレートに対するフィリピン海プレートの運動方向(矢印)[Nishimura et al., 2018].
青矩形は2017~2018年LSSE[Yokota & Ishikawa, 2020].緑点は浅部VLFE[Takemura et al., 2019].
紫線で囲まれた領域は想定震源域で,(右から左へ)東海地震[中央防災会議, 2001],東南海・南海地震[地震調査委員会, 2001].
(e) フリーエア重力異常.太黒線は沈み込む海山や海嶺[深部古銭洲:Kodaira et al., 2004; 古銭洲:Kodaira et al., 2004, Park et al., 2003; 土佐碆:Kodaira et al., 2000; 九州・パラオ海嶺:Yamamoto et al., 2013].
白矢印は重力異常から確認できる沈み込む前の海嶺の位置.
(f) 研究対象領域(赤枠).青枠は図1の上段に対応.
図2から次のことがわかります.
- 昭和地震の破壊開始点は潮岬沖(図2aの星)
- 地震発生層深部で繰り返すLSSE(図2bの青枠)
- 不均質なすべり欠損レート分布
- 海山の存在(図2eの黒線)
図3.南海トラフ沿いのLSSEの年表.
数値はMw.紀伊水道の2000~2002年の紀伊水道LSSE[Kobayashi, 2017]以外はOzawa [2017]による.
図3から次のことがわかります.
- LSSEはMw 6-7, 発生周期は5-10年
本研究では,過去の巨大地震・LSSEの空間分布や発生間隔,沈み込む海山・海嶺の空間分布などを考慮して空間的に不均質な摩擦パラメータ(図4参照)をモデルに組み込むことにより,これらの様々な現象の特徴の再現を目指すことにしました.
図4.パラメータ設定.
(a) 13604個の三角形セルからなる3次元プレート境界.鉛直方向に拡大.灰破線は沈み込むフィリピン海プレート上面の深さコンター(10 km間隔)[Hirose et al., 2008].
(b) 図(d)の緑線に沿う断面図.青線は本モデルで使用したプレート境界,赤線は実際のプレート境界.
(c) プレート収束速度,
(d) 摩擦パラメータ(a-b),
(e) 有効法線応力,
(f) 特徴的すべり量(カラースケールが線形でないことに注意)のマップビュー.
図(d)–(f)はベストモデルのパラメータ設定.図(c)の赤矢印は本研究で用いた平均的なプレート収束方向. 図(e, f)の番号は参照点.その他のシンボルは図2と同様.
南海トラフ沿い巨大地震の再現
シミュレーション結果を以下に示します.
南海トラフ沿いの様々な現象をそれなりに再現することができました.
図5.シミュレーションで現れた巨大地震時のすべり分布の6分類
星は破壊開始点.各図の左上の数値はイベント番号(全106個については論文参照).右下の数値はシミュレーション内の経過時間(S600~S5000年),Mw,最大すべり量.枠の色はイベントタイプに対応.
図6.S2000~S3400年に発生した地震の発生時間とすべり域
星は破壊開始点.青線はトラフ軸付近で5 m以上のすべりを示す.領域Zの赤線はMw ~7.5の日向灘地震,領域EとZの緑線はMw 6クラス地震を示す.括弧内の斜体数値は連続する地震の発生間隔.
年表の右側には,南海と東海・東南海地震の規模,その右肩はイベント番号を示す.
超巨大地震は赤背景に白字.角括弧内の数値は東海・東南海地震と南海地震の時間差(年):時間差[0.0]の右肩 b, c, d はそれぞれ2日, 1日, 2週間.
矢印は巨大地震の発生順(白矢印は南海が先行).右端に示す地震タイプや色については図4に対応するが,ハテナマークは6タイプに分類できない破壊パターン.
図7.S4428 年南海地震(イベント番号93)の(a) ~70, (b) 100, and (c) 130年後のすべり欠損レート分布
黒実線と黒波線はそれぞれ観測されたすべり欠損レート分布で3.0 cm/sと2.4 cm/yコンター(標準誤差2.0 cm/y未満)[Nishimura et al. 2018].右下の数値はシミュレーション開始からの経過時間,前の地震からの経過時間,次の地震までの時間.
図8.Points 8~11におけるすべり速度の時系列
(a) 東海地方, (b) 紀伊水道, (c) 四国西部, (d) 豊後水道.赤線は地震(EQ)を示し,括弧内にイベント番号を付記.丸はFig. 13で示すイベントに対応.図(b)の青線は,図9bの点Xにおけるすべり速度の時系列.
図9.図8の丸に対応したLSSE時のすべり分布
黒線はLSSE域の端を示す.その他のシンボルについては図2を参照.
論文[Hirose et al. 2022, EPS]では,ここで紹介した内容以外についても議論しています.
例えば,地震調査委員会 [2013]は,南海トラフ巨大地震についてTime-predictableモデルを用いて発生ポテンシャルを評価していますが,本シミュレーションではTime-predictableモデルともSlip-predictableモデルともいえないという結果となりました.Time-predictableモデルに固執しない方がよいのかもしれせん.