シームレスな気象予測の災害・交通・産業への応用に関する研究


使いやすい気象情報で社会をより良く

気象情報を活用しやすく整理する

現在の気候にはどのような傾向があるのか、子や孫が生きる時代の気候はどうなるのか、そして目の前の気象現象はなぜ起きたのか――それらの問いに答えるための科学は常に進化しています。気象研究所は、毎日の天気予報や台風・地震に関する情報を発表する気象庁の業務を支える研究と同時に、最新の知見を分かりやすい・使いやすい形に整理してさまざまな分野の方々に便利に使っていただくための研究も進めています。

これを担当するのは、所内で最も産業界や地域社会に近い位置付けにある応用気象研究部です。所内の他の研究課題や、国立環境研究所「気候変動適応センター」など所外の大学・研究機関などと協力しながら、気象情報を社会、とりわけ防災や産業活動、日本の地域社会の将来設計(気候変動適応法に基づく地方自治体の計画策定など)に役立つ形にして提供することを目指しています。

気象予測や気候変動予測は、国内外の観測に基づく客観的な事実と研究成果を土台に科学者が作り上げた予想図です。それを広く共有することで、防災や減災といった社会の安全性の向上、さらには、穀物や野菜のより良い生産管理や、より効率的な漁業やサービス業の実現といった産業分野の発展を期待できます。気象庁などが2017年に立ち上げた産学官連携の「気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)」は、産業活動の創出や活性化を目指しています。現在でも、農業分野での冷夏や少雨への対応などに季節予報が活用されていますが、気象情報は、太陽光発電を含む電力システムによる安定的な電力供給のための日射量予測にも有用です。そのほかにも、多方面の思いもよらない分野で役立つ可能性を秘めています。

応用気象研究部が今取り組んでいるのは、「シームレスな気象予測の災害・交通・産業への応用に関する研究」です。シームレスな気象予測とは、今日明日の天気予報から長期にわたる地球温暖化の予測まで、幅広い時間スケールに対応した気象情報を継ぎ目なく提供することを指します。それにより豊かで安全な社会に貢献することが、この研究課題の目標です。

気象によるリスクを軽減して暮らしを守る

地域気候モデルによる予測結果の信頼性向上に関する研究(副課題1)、日本国内の地域ごとに地球温暖化による気候変化の予測に取り組んでいます。「もしも温暖化がなかったら?」と仮定した気温や海面水温による国内を対象とした「地域気候モデル」のシミュレーション結果を現実と比較することで、温暖化の影響が見えてきます。気候・環境研究部とも連携しながら評価を進め、これまでに2018-2019年に起きた平成30年7月豪雨令和元年東日本台風に、温暖化が少なからず影響を与えていたことを示しました。大雨や集中豪雨、それに伴う洪水や土砂災害が頻発している中、地球温暖化が進めば大雨や集中豪雨の頻度はさらに増すと予測されており、国内の地域ごとに地球温暖化への適応策を立てて対応していくことが急務です。21世紀末までの温暖化を見通しつつ、国内の気候予測情報を地域ごとに詳しく提供するための領域気候モデルの開発と、予測結果の確からしさを確認する研究に取り組んでいます。

防災・交通分野への気象情報の活用(副課題2)では、国内外の様々な気象データを活用して、防災気象業務に貢献する研究をしています。2020年に実施した台風予測情報に関する研究では、現在は円形(予報円)で示している台風の進路予測領域を楕円形で表すことで、より的を絞った予測ができる可能性を示しました。地球温暖化の影響でこの先、台風はより頻繁に日本に接近・上陸しゆっくりと進むことで被害を大きくする可能性があります。このチーム(副課題)では、予測精度を高めるため、予測が大きく外れた事例の原因調査なども実施しています。また、数値予報の結果を翻訳・修正して予報に役立てるための「ガイダンス」と呼ばれる資料の開発・改善も担当しています。

台風進路予報の図
台風進路予報の例。カラー線は、何通りもの予測計算を用いてより確からしい予測を求める「アンサンブル予報」と呼ばれる手法で予報された台風進路。黒線は実際の台風進路。予報円(黒色)より予報楕円(赤色)のほうが、台風の3日先の進路の可能性が高い範囲をより適切に表現できている。アンサンブル手法と予報楕円によって、予測精度を高めることに成功しつつある。

産業活動に資する気候リスク管理(副課題3)では、気象情報を使いやすい形で提供する仕組みづくりを目指し、気象データの整備を進めています。すでに気象庁は、気候変動の影響を受ける業界向けに、ウェブサイト「気候リスク管理」で成功事例を公開しています。このチームで目指しているのは、業界を特定せず、誰もが一覧できる気象情報のデータプラットフォームの開発です。世界気象機関(WMO)は、日最高気温・日最低気温・降水量などを用いた世界共通の「気候指標」を60種類ほど提案しています。そこでこのチームでは数値予報モデルを用いて、点在する観測地点に限られた気象データの隙間を埋めて日本全域の気候指標を求める作業に着手しています。将来的には、ピンポイントで指定した場所の過去20-30年の気候指標と産業活動の指標の簡単な関係を調査できるシステムの構築を目指しています。また、アンサンブル予報の産業活動への活用を進めるため、太陽光発電等の出力予測や洪水予測高度化などの研究も進めています。