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気象研究所研究開発課題評価報告

LETKFを利用した広島の大雨の調査

終了時評価

評価年月日:平成29年2月23日(書面開催)

研究代表者

大谷修一(広島地方気象台 予報官)

研究担当者

瀬古弘、横田祥(気象研究所)
石本歩、風早範彦、仲田直樹、中村剛、西森靖高(広島地方気象台)

27年度担当:
秋枝周子(広島地方気象台)、依岡幸広、立神達朗(大阪管区気象台)、岩田奉文(高知地方気象台)

研究期間

平成27年度~平成28年度

終了時評価の総合所見

pdfファイル:197KB

研究の動機・背景

  • 平成26年8月19日~20日に広島県で発生した線状降水帯が停滞し、大規模な大雨災害が発生した。この大雨は社会的な注目度も高く、地方気象台として、大雨の発生機構などを調査し、取りまとめる必要がある。
  • 線状降水帯について、現業モデルは大雨を正確に予測できなかった。また、事後に気象庁非静力学モデルを用いて実験を行ったが、再現結果も満足できるものではなかった。
  • データ同化などを行って線状降水帯が再現できれば、その再現結果を用いて大雨の発生機構などを調査することができる。地方共同研究では、気象研究所から、PCで実行可能なデータ同化システム(局所アンサンブル変換カルマンフィルター、LETKF)、LETKFの計算に必要な初期値や境界値、気象研究所のスパコンで計算したLETKFによる予測結果の提供を受けることができる。本課題では、それらを用いて線状降水帯による大雨の発生機構などを調査することとした。

研究の成果の到達目標

LETKFを利用したアンサンブル実験を行い、今回の大雨の発生機構について再調査を行う。その解析結果から適切な実況監視項目や予想資料における着目点の抽出を行う。また、全国予報技術検討会では地上観測データ を線状降水帯の大雨の着目点としているため、地上観測データにも注目して着目点を抽出する。これらの結果をまとめて、広島県の大雨ワークシートを作成する。

1.研究結果

(1)成果の概要
  • 平成27年度は、気象研究所から、LETKFやLETKFを用いた計算に必要な初期値や境界値、気象研究所のスパコンで計算したLETKFによる予測結果の提供を受けた。気象台のPCにLETKFをインストールし、提供を受けたデータを用いてアンサンブル実験結果を行った。実際に計算することで、データ同化やアンサンブル予報の理解を深めることができた。
  • 平成26年8月19日~20日の線状降水帯について、LETKFの解析値を初期値としたアンサンブル予報を行い、線状降水帯の比較的再現の良いメンバーと比較的再現の良くないメンバーとの比較や、全メンバーで線状降水帯の降水量との相関に注目して解析を行い、大雨の発生機構を調査した。その結果、以下のことを見出した。

    ① 降水帯に吹き込む南風が強いほど、降水帯の南西端付近で繰り返し降水セルが発生し、ほぼ同じ場所に停滞する顕著な線状降水帯を組織化していた。
    ② 広島湾内にある南風の強い領域に、国東半島の東にあった厚みをもった下層の水蒸気量の多い領域が移動して、大雨が発生していた。
    ③ 下層の湿った領域や中層の乾燥域の水平スケールが小さく、不安定指数もそのスケールに応じて議論すべきであることが分かった。
    ④ 線状降水帯の降水量と下層から供給される水蒸気量の関係について調べると、線状降水帯に供給される気流の上流側である広島湾でのSReHが約170m2s-2以上かつ、Qfluxが約300gm-2s-1以上になると、広島県の短時間大雨基準となる50mmhを超えることが分かった。
    ⑤ 広島湾内での‘ストームに相対的なヘリシティ(SReH)’に水蒸気量を乗じた値が40分後の線状降水帯の降水強度と強い正相関があることが分かり、将来、警報級降雨を監視する指標として利用できそうなことを見出した。
  • 平成28年度は、平成26年8月19日~20日の事例に加えて、平成18年9月16日~17日に発生した線状降水帯による大雨事例を取り上げ、気象研究所から提供されたLETKFのアンサンブル予報の結果を用いて、調査を行った。その結果、以下のことを見出した。

    ① 山口県内に南下した下層収束域で発生した降水セルが広島県西部に流されて線状化し、この線状降水帯から流出した冷気外出流と広島県西部の山岳が広島湾から北上する水蒸気量の多い気塊を持ち上げて次々と広島県西部に新たな降水セルを発生させて大雨となったこと。
    ② 山口県に南下した下層収束域の位置と中国山地の位置関係が降水の多寡にかかわっていたこと。
    ③ 山口県に南下した下層収束域に台風第13号を取り巻く雲域がかかり、中層の湿潤層が高まり、下層収域上での対流活動が強まり、降水が強まったこと。
    ④ 南からの湿潤な気塊の流入が弱まり、乾燥気塊が中国地方に北上することで、対流が抑制されて、降水が弱まったこと。
    ⑤ 平成26年の広島豪雨と比較すると、下層暖湿気の補給が弱かったこと、降水セルによる冷気が明瞭で冷気による効果が大きかったこと、バックビルディング形成が見られたかったことが異なっていたこと。
(2)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

平成28年度の研究では、地方気象台でのPCを用いたLETKFの実験を断念し、気象研究所から提供を受けた研究所のスパコンで計算したLETKFによる予測結果の解析のみに専念することにした。

(3)成果の他の研究への波及状況
  • LETKFを用いた線状降水帯の再現結果は、重点課題A1-2「メソスケール気象予測の改善と防災気象情報の高度化に関する研究、副課題2:高解像度データ同化とアンサンブル予報による短時間予測の高度化」で取り組んでいる「アンサンブル予報技術の高度化、各種物理量の短期量的予測や各種予測に対して信頼度や確率情報を付加する高度な利用方法を開発」の有益な情報になる。
  • 再現結果から得られた線状降水帯の発生機構は、重点課題A2-2「顕著現象監視予測技術の高度化に関する研究」の副課題1:診断的予測技術に関する研究」の有益な情報になる。
(4)事前評価等の結果の研究への反映状況

平成27年度は、地方気象台でのLETKFの予報実験を行ったが、気象台の計算機資源の関係で思ったような成果が出せなかった。平成28年度は気象研究所から提供を受けた研究所のスパコンで計算したLETKFによる予測結果の解析のみに専念することにした。

(5)今後の課題
  • 平成18年の大雨事例の模式図を作成すること。
  • 平成18年、平成26年の大雨事例をあわせた広島県の大雨発生目安をまとめること。
  • 広島県の大雨の実況監視項目や予想資料における着目点(特に地上データ)を見出すこと。

2.自己点検

(1)到達目標に対する達成度
  • アンサンブル予報の結果から、警報級の大雨を監視する定量的な指標が見出せた。このような定量的な指標はアンサンブル予報を用いて初めて得ることが出来る知見である。得られた研究結果については「天気」に投稿予定である。しかし、実際に得られる観測値を用いた実況監視上の着目点については、着目する観測データを見出すところまでは到達していない。平成26年の線状降水帯の事例では、湿った気流が広島湾から上陸した場所と現象の発生場所との距離がきわめて近い。そのため、広島湾から降水帯に入るまでの陸上にある気象庁の観測データはわずかであり、観測データの着目点を見出すためには自治体等のデータの活用が不可欠である。今回の得られた結果で、どのような変数が線状降水帯の発生や維持に重要かが判明したので、今後の研究で行われる自治体等の観測データの取得等についての重要な情報になると考えられる。
  • 平成27年度全国予報技術検討会で求められていた‘地上観測データによる着目点’を見いだすことはできなかった。
(2)研究手法及び到達目標の設定の妥当性

アンサンブル予報を利用することで、従来の解析手法に比べ、より客観的に大雨の発生の模式図の作成が可能となり、警報級の大雨の着目点を見出すことができた。ただ、事例数が少ないため、広島県の大雨ワークシート作成までこぎつけるのは困難な状況で、目標設定として高すぎたと思われる。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • 少ない事例数からではあるが、大雨の発生から衰弱までの模式図を作成することできた。
  • 学術的な意義として、広島県で発生した線状降水帯による大雨の発生・維持機構の解明に近づくことができた。
  • LETKFによる調査に参加することで、参加員全員がアンサンブル予報の理解を深めることができた。
(4)総合評価

アンサンブル予報を用いることで、広島県での線状降水帯による発生・維持機構を見出すことができた。また、大雨を判定する新しい指標を見出すことができた。

このようなプロジェクトにかかわらない限り、普段受けることのできない研究所職員の方の指導もあり、この2年間の調査に従事した地方気象台若手職員の解析力、分析力は向上した。このプロジェクトは、地方気象台若手職員の普段の現業活動にフィードバックできる調査であったと思われる。

3.参考資料

3.1 研究成果リスト
(1)査読論文:1件

1. 仲田直樹・石本歩・秋枝周子・風早範彦・西森靖高・中村剛・大谷修一・依岡幸広・立神達朗・岩田奉文・瀬古弘・横田祥、2017、アンサンブル実験で得られた平成26年8月19日~20日の広島豪雨の発達環境と降水量の関係 (天気投稿予定)

(2)査読論文以外の著作物(翻訳、著書、解説):4件

1. 石本歩・秋枝周子・岩田奉文・大谷修一・風早範彦・立神達朗・仲田直樹・西森靖高・依岡幸広、2016、LETKFを利用した平成26年8月19日~20日の広島豪雨の調査、平成27年度大阪管区気象研究会誌

2. 西森靖高・風早範彦・石本歩・中村剛・仲田直樹・秋枝周子・大谷修一、依岡幸広・立神達朗、岩田奉文、瀬古弘・横田祥、2016、平成26年8月19日~20日広島豪雨の発達環境と降水量の関係、平成28年度大阪管区気象研究会誌

3. 石本歩・西森靖高・風早範彦・中村剛・仲田直樹・秋枝周子・大谷修一、依岡幸広・立神達朗、岩田奉文、瀬古弘・横田祥、2016、平成26年8月19日~20日広島豪雨の追加調査、平成28年度大阪管区気象研究会誌

4. 風早範彦・石本歩・仲田直樹・西森靖高・中村剛・大谷修一、瀬古弘・横田祥、2016、LETKFを利用した平成18年9月16日の広島県西部大雨事例の調査、平成28年度大阪管区府県研究会誌

(3)口頭発表:7件

1. 石本歩・秋枝周子・岩田奉文・大谷修一・風早範彦・立神達朗・仲田直樹・西森靖高・依岡幸広、2016、LETKFを利用した平成26年8月19日~20日の広島豪雨の調査、平成27年12月10日広島県気象研究会

2. 石本歩・秋枝周子・岩田奉文・大谷修一・風早範彦・立神達朗・仲田直樹・西森靖高・依岡幸広、2016、LETKFを利用した平成26年8月19日~20日の広島豪雨の調査、平成28年1月29日中国地区気象県研究会

3. 依岡幸広・大谷修一・秋枝周子・石本歩・岩田奉文・風早範彦・立神達朗・仲田直樹・西森靖高、瀬古弘・横田祥、2016、LETKF を利用した平成26年8月19~20日の広島豪雨の再現実験、平成28年春季気象学会、P228.

4. 西森靖高・風早範彦・石本歩・中村剛・仲田直樹・秋枝周子・大谷修一、依岡幸広・立神達朗、岩田奉文、瀬古弘・横田祥、2016、平成26年8月19日~20日広島豪雨の発達環境と降水量の関係、平成28年11月16日広島県気象研究会

5. 石本歩・西森靖高・風早範彦・中村剛・仲田直樹・秋枝周子・大谷修一、依岡幸広・立神達朗、岩田奉文、瀬古弘・横田祥、2016、平成26年8月19日~20日広島豪雨の追加調査、平成28年11月16日広島県気象研究会

6. 風早範彦・石本歩・仲田直樹・西森靖高・中村剛・大谷修一、瀬古弘・横田祥、2016、LETKFを利用した平成18年9月16日の広島県西部大雨事例の調査、平成28年11月16日広島県気象研究会

7. 西森靖高・風早範彦・石本歩・中村剛・仲田直樹・秋枝周子・大谷修一、依岡幸広・立神達朗、岩田奉文、瀬古弘・横田祥、2017、平成26年8月19日~20日広島豪雨の発達環境と降水量の関係、平成29年1月19日中国地区気象研究会



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