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気象研究所研究開発課題評価報告

フェーズドアレイレーダーを用いた顕著現象発生メカニズムに関する研究

終了時評価

評価年月日:平成29年2月23日(書面開催)

研究代表者

楠 研一1,2(気象研究所 気象衛星・観測システム研究部)

研究担当者

気象研究所 気象衛星・観測システム研究部:
足立透1,2、吉田智1,2、猪上華子1,2

大阪管区気象台:
中嶋哲二1、佐藤兼太郎1、三宅里香1、片岡彩1、能瀬和彦1、小山内大輔1、廣尾進2、亀田秀夫2、山本陽子2、谷澤隼人2、太田智大2

神戸地方気象台:
神野正樹1、岡豊1,2、和田正太郎1,2、井上真之1、片山保2、下田和宏2、栗原佳代子2、上田学2、宮本健2

京都地方気象台:
籔内保昭1,2、若狭剛史1、近澤文則1、穐山佳明1、平山篤志1,2、川村俊博1,2、河野真也1、鳩岡正喜2、大迫直樹2、山田賢2

関西航空地方気象台:
武部悦次1,2、大前貴史1,2、小山芳太1、西本健二2、土手滋子2、山下正晴2、菅谷重平2

1:平成27年度担当、2:平成28年度担当

研究期間

平成27年度~平成28年度

終了時評価の総合所見

pdfファイル:194KB

研究の動機・背景

局地的大雨や竜巻等突風などの顕著現象は、積乱雲に伴って狭い範囲に発生し短時間で急激に発達する。気象庁では全国の気象ドップラーレーダー網の観測データを用いて、局地的大雨や突風の実況監視、竜巻発生確度ナウキャストという数十分先の突風の発生可能性の予測といった、防災気象情報の提供に資する観測データを取得している。しかしこれらの現象は積乱雲からもたらされ、局所的に発生し急激に発達するため、従来の気象データでその全貌を正確に把握することは困難で、それがさらなる減災・影響の回避を妨げている。またこれらは低層で急激に風向が変わるウインドシアを伴い墜落につながる深刻な影響をもたらす可能性がある。主要空港に設置された空港気象ドップラーレーダーは、航空機に危険な低層ウインドシアを探知し情報をリアルタイムにパイロットに伝えるなどに利用されている。回避時間をさらに長く、より安全を図るためには、例えばダウンバーストの強い下降気流が積乱雲から地面付近に落下する状況の把握が必要である。

研究の成果の到達目標

気象庁レーダー(現業気象レーダーおよび空港気象ドップラーレーダー)とフェーズドアレイレーダーの観測領域の重なるエリアにおいて発生した顕著現象の事例に着目し、各種データを収集してデータベースを構築する。そのデータベースに基づき、短時間で全天をモニターできるフェーズドアレイレーダーを中心とした総合的な解析を行なうことを目標とする。それにより、顕著現象の発生メカニズムの解明という目的を達成することができる。さらに将来的な短時間予測技術のための提案につなげることができる。

1.研究結果

(1)成果の概要

本研究では、大阪大学フェーズドアレイレーダー(以降、PARと呼ぶ)を中心に半径60 kmの領域を対象として、(項目①)顕著現象出現にかかわるデータベースの構築と、(項目②)現象の発生メカニズムの解析に取り組み、(項目③)PARの将来的な短時間予測技術のための提案を行った。以下に各目標に対する研究成果を記す。

項目① 顕著現象出現にかかわるデータベース構築

平成27年度に、大雨・突風・落雷等による災害が発生した事例や空港において低層ウインドシアが観測された事例を中心にして、特に注目すべきと判断される顕著現象をリストアップした。次に、各事例についてPARデータの品質を確認し、解析事例の優先順位付けを行った。この過程で現象の発生日時や場所、種類や特徴とともに、各レーダーからの距離やPARデータの品質についてリスト化し、PARデータと気象庁データをデータベースにとりまとめた。

項目② 発生メカニズムの解析

項目①で作成したデータベースに基づき、優先度の高い事例から解析を進めた。平成27年度は初期解析に取り組み、地方官署は主に現有の気象庁データを用いて総観スケールからメソ・局地スケールに至る解析を行い、現象の概要と環境場の調査を行った。気象研究所では主にPARデータを解析し、現象内部の物理過程を調査した。平成28年度は、詳細解析を通して現象の理解を深め、発生から衰退に至る物理過程を大気の熱力学状態や局地的な気流場、地形効果等との関係から明らかにした。

項目③ PARの将来的な短時間予測技術のための提案

平成28年度に、上述の解析事例を対象として、気象注意報・警報の発表業務など、現業における課題と改善策を検討した。改善策については、まず気象庁データのみを用いた手法を検討し、より迅速な注意報・警報の発表のために利用可能な観測データや閾値等を調査した。次に、PARデータを併用した手法について検討し、リードタイム等の更なる改善やより信頼性の高い気象情報の発表に資する物理量や着目領域・高度面等について検討した。これらの過程で得られた知見に基づき、将来的な短時間予測技術のための提案を行った。

(2)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

本研究では、当初想定していた局地的大雨や竜巻等突風といった時空間スケールの短い現象のみならず、線状降水帯のような長時間にわたって広範囲に大雨をもたらす現象を研究対象に含めた。これは本研究を推進する中で、より広範な現象でPARの有用性が確かめられたことに対応したものであり、これによって、当初の想定以上に高い意義・波及効果を持つ成果の獲得に至った。

(3)成果の他の研究への波及状況

気象研究所の重点課題研究A2「顕著現象監視予測技術の高度化に関する研究」に関連して、局地的大雨や集中豪雨、竜巻等突風といった顕著現象について、気象学上の新しい知見の獲得に至った。また、本研究を通して開発したデータ処理技術や図化手法は気象研究所PARの解析にも活用されている。これらは重点課題A2の飛躍的な研究推進に資する成果となったほか、次期中期計画の策定につながるものであり、将来の気象庁レーダーの検討に対しても極めて高い波及効果を持つ。

(4)事前評価等の結果の研究への反映状況

本研究では、事前評価において以下2点の指摘事項を受けた。両事項の研究への反映状況を記す。

指摘① 地方官署と気象研究所との役割分担

本研究は気象研究所PARの整備(平成27年7月8日開局)という極めて大きな事業と時期を同じくしたものであるため、本研究を両立して遅滞なく推進するためには、地方官署と研究所の役割分担が重要との指摘を受けた。そこで本研究では、気象研究所がPARデータの解析を担当し、地方官署が気象庁データの解析を担当することで役割を明瞭に棲み分け、効率的な研究推進にあたった。また、実務取りまとめ役(気象研究所:足立透研究官、地方官署:大阪管区気象台防災調査課・能瀬調査官、山本調査官)を通して密な連絡体制を築き、年二回の定期会合を開催してメンバー間の意見調整を図った。これらの体制は効率的に機能し、円滑な研究推進が可能となった。

指摘② 地方官署における業務への貢献

気象庁は当面既存のレーダーを使用するため、PARの利活用は将来的な業務反映となる。このため、現有の気象庁データでも使用可能な知見を得るなど、短期的な観点からも地方官署の業務貢献につながる計画が必要との指摘を受けた。そこで本研究では、現業におけるPARの利活用の検討にあたって、気象庁データのみを利用した場合とPARを併せて活用した場合の2段階に分けて調査を行った。前者の検討を通して地方官署の短期的な業務貢献に資する知見が得られたほか、後者の検討を通してPARを用いた将来的な業務反映に関する知見が得られた。

(5)今後の課題

フェーズドアレイレーダーは新しい観測装置であるため、学術的知見を深めて実利用技術へと押し上げるためには、多角的な研究の推進が必要である。今後は、品質管理や図化手法に関する基盤技術の改善、統計解析による大気現象の理解深化、それらに基づく新しい防災気象情報の創出が課題となる。特に、新しいナウキャスト技術の開発やメソ・局地モデルへの入力による予測精度の向上などが重要であり、本研究で得られた知見を適切に反映することが課題解決のための鍵と考えられる。

2.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

本研究では気象庁データおよびPARデータを収集して顕著現象のデータベースを構築し(目標①の達成)、総観場からメソ・局所スケールに至る多角的な視点で現象の発生メカニズムを解析した(目標②の達成)。また、現有の気象庁データのみを使った場合とPARを併せて活用した場合における気象庁業務の改善手法を検討し、将来的な短時間予測技術の提案に至った(目標③の達成)。これらの過程で、当初想定した局地的大雨や竜巻等突風などの時空間スケールの小さい現象のみならず、長時間にわたって広範囲に大雨をもたらす線状降水帯も研究対象とすることで幅広い理解が得られた。

上記の理由から、本研究の到達目標を全て達成するとともに、当初の想定以上の成果が得られたと考えられる。

(2)研究手法及び到達目標の設定の妥当性

本研究は当初計画の手法に基づいて推進し、到達目標を全て達成した。3段階に分けて目標を設定したことにより、手戻りの少ない効率的な研究推進に至ったほか、初年度と次年度で担当者が異なる官署においても、円滑な情報の引き継ぎと研究の取りまとめが可能となった。全体として、2年の期間内に無理なくまた必要な時間をかけて重層的に解析・検討を進められ、適切なスケジュールであった。

上記の理由から、本研究における手法と目標は妥当な設定であったと考えられる。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

近年の相次ぐ気象災害の発生を受けて国を挙げた施策が進められており1),2)、PARを用いた研究開発は観測・予測技術の向上のための重要課題の一つと位置づけられている。本研究は現業の視点からPARデータを用いた解析と検討に取り組んだものであり、これら国の施策に直結する課題である。ここで得られた成果は、気象研究所気の重点課題A2「顕著現象の監視・予測技術の高度化に関する研究」および次期中期計画の策定に資する重要な知見となった。また地方官署においては、気象警報・注意報の発表作業に関する検討を通して、業務改善に資する知見が得られた。

学術的な観点においては、ダウンバーストの高速3次元解析により、1分以下の時間スケールで現象内部の物理プロセスを解明するという先進的な成果が得られた。また、時空間スケールの大きな線状降水帯において、その内部に存在する個々の降水セルの振る舞いが捉えられ、システム全体の停滞性や位置・形状変化との関係性が明らかになった。これは、線状降水帯が極めてダイナミックな物理過程を有するという新しい側面を切り拓くものである。

このように、本研究で得られた知見は国や気象庁の施策に直結するものであり、学術的にも極めて高い意義や先進性を有する。


1) 交通政策審議会気象分科会、「新たなステージ」に対応した防災気象情報と観測・予測技術の在り方(提言)、平成27年7月29日

2) 竜巻等突風対策局長級会議、報告、平成25年12月26日

(4)総合評価

本研究では、適切な研究計画に基づいて(目標①)顕著現象のデータベースの構築と(目標②)発生メカニズムの解析、(目標③)PARの将来的な短時間予測技術のための提案に取り組み、想定以上の成果が得られた。本研究で得られた知見は国や気象庁の施策に資するものであり、学術的にも高い意義や先進性を有する。上記を総合的に勘案して、極めて良好な成果が得られたと考えられる。

3.参考資料

3.1 研究成果リスト
(1)査読論文:1件

1. Adachi, T., K. Kusunoki, S. Yoshida, K. Arai, and T. Ushio, 2016: High-speed volumetric observation of wet microburst using X-band phased array weather radar in Japan. Mon. Wea. Rev., 144, 3749−3765.

(2)査読論文以外の著作物(翻訳、著書、解説):1件

1. Adachi, T., K. Kusunoki, S. Yoshida, K. Arai, S. Hayashi, and T. Ushio, 2015: High-speed volumetric observation of downburst using X-band phased array radar. Extended Abstract, 8B.3, 37th Conference on Radar Meteorology.

(3)口頭発表

・国際的な会議・学会等:1件

1. Adachi, T., K. Kusunoki, S. Yoshida, K. Arai, S. Hayashi, T. Ushio, High-speed volumetric observation of downburst using X-band phased-array radar, 37th Conference on Radar Meteorology, 16 Sep 2015. Oral Presentation.


・国内の会議・学会等:19件

1. 足立透、楠研一、吉田智、猪上華子、新井健一郎、牛尾知雄、フェーズドアレイレーダーを用いたダウンバーストの超高速観測、日本気象学会2015年春季大会、2015年5月24日、口頭発表.

2. 足立透、楠研一、吉田智、新井健一郎、牛尾知雄、フェーズドアレイレーダーを用いたダウンバーストの超高速観測:ノッチ構造の立体的形成と低層の外出流の関係、日本気象学会2015年秋季大会、2015年10月30日、口頭発表.

3. 足立透 、楠研一、能瀬和彦、中嶋哲二、 佐藤兼太郎、三宅里香、片岡彩、牛尾知雄、フェーズドアレイレーダーを用いた線状降水帯における対流セルの超高速立体スキャン観測、日本気象学会2016年春季大会、B156、2016年5月18日、口頭発表.

4. 足立透、楠研一、吉田智、フェーズドアレイレーダーを用いた激しい風雨をもたらす大気現象の研究、最新気象レーダが拓く安心・安全な社会2016、2016年12月22日、口頭発表.

5. 足立透、フェーズドアレイレーダーを用いた顕著現象の監視・予測技術の向上に関する研究、平成28年度気象庁施設等機関研究報告会、2017年1月18日、口頭発表.

6. 片岡彩、三宅里香、佐藤兼太郎、中嶋哲二、2014年の北大阪周辺での線状降水系による大雨について、平成27年度 大阪府気象研究会、2015年11月20日、口頭発表.

7. 片岡彩、三宅里香、佐藤兼太郎、中嶋哲二、2014年の北大阪周辺での線状降水系による大雨について、2015年度 日本気象学会関西支部第3回例会、2015年12月22日、口頭発表.

8. 廣尾進、亀田秀夫、山本陽子、谷澤隼人、太田智大、線状降水帯による大雨におけるフェーズドアレイレーダーの利活用について、平成28年度 大阪府気象研究会、2016年11月22日、口頭発表.

9. 岡豊、和田正太郎、片山保、下田和宏、栗原佳代子、上田学、フェーズドアレイレーダーを用いた顕著現象発生のメカニズム(その1)(平成27年8月6日の兵庫県三田の大雨事例)、平成28年度 兵庫県気象研究会、2016年11月15日、口頭発表.

10. 和田正太郎、片山保、下田和宏、岡豊、栗原佳代子、上田学、フェーズドアレイレーダーを用いた顕著現象発生のメカニズム(その2)(平成27年8月8日の兵庫県三田の大雨・突風事例)、平成28年度 兵庫県気象研究会、2016年11月15日、口頭発表.

11. 秋山佳明、籔内保昭、近澤文則、若狭剛史、川村俊博、平山篤志、河野真也、2015年9月1日の日本海低気圧に伴い発生した線状降水帯の発生要因について、平成27年度 京都府気象研究会、2015年11月20日、口頭発表.

12. 籔内保昭、若狭剛史、近澤文則、川村俊博、秋山佳明、平山篤志、河野真也、フェーズドアレイレーダーがとらえた顕著現象(2013年7月13日の発達した積乱雲による大雨)、平成27年度 京都府気象研究会、2015年11月20日、口頭発表.

13. 秋山佳明、籔内保昭、近澤文則、若狭剛史、川村俊博、平山篤志、河野真也、2015年9月1日の日本海低気圧に伴い発生した線状降水帯の発生要因について、平成27年度 近畿地区気象研究会、2015年12月21日、口頭発表.

14. 川村俊博、籔内保昭、大迫直樹、平山篤志、山田賢、鳩岡正喜、線状降水帯発生の要因とフェーズドアレイレーダーによる実況監視、平成28年度 京都府気象研究会、2016年11月11日、口頭発表.

15. 小山芳太、工藤祥太、大前貴史、武部悦次、2013年7月3日の強風事例調査、平成27年度 大阪府(航空)気象研究会、2015年11月16日、口頭発表.

16. 小山芳太、工藤祥太、大前貴史、武部悦次、2013年7月3日の強風事例調査、平成27年度 近畿地区気象研究会、2015年12月21日、口頭発表.

17. 武部悦次、西本健二、土手滋子、山下正晴、関西国際空港における対流雲に伴うマイクロバースト事例について(2015年10月1日の事例)、平成28年度 大阪府(航空)気象研究会、2016年11月8日、口頭発表.

18. 土手滋子、武部悦次、西本健二、山下章史、山下正晴、関西国際空港に突風をもたらした対流雲について(気象レーダーの特徴)、平成28年度 大阪府(航空)気象研究会、2016年11月8日、口頭発表.

19. 武部悦次、西本健二、土手滋子、山下正晴、関西国際空港における対流雲に伴うマイクロバースト事例について(2015年10月1日の事例)、平成28年度近畿地区気象研究会、2016年12月20日、口頭発表.



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