TOP > 研究への取り組み > 評価を受けた研究課題 > 雪氷物理過程の観測とモデル化による雪氷圏変動メカニズムの解明(事前評価)

気象研究所研究開発課題評価報告

雪氷物理過程の観測とモデル化による雪氷圏変動メカニズムの解明

事前評価

評価年月日:平成25年12月24日

研究期間

平成26年度~平成30年度

研究代表者

青木輝夫(気候研究部 第六研究室長)

事前評価の総合所見

pdfファイル:141KB

1.研究の目的

雪氷圏変動の実態把握のため、地上観測装置及び衛星リモートセンシングによる雪氷物理量の観測・監視を行い、それらを基に雪氷放射過程や積雪変質過程などの物理プロセスモデルを高度化し、雪氷圏変動メカニズムの解明及び予測精度向上に資する。

2.研究の背景・意義

(社会的背景・必要性)

世界気象機関(WMO)では2000年より世界気候研究計画(WCRP)の主要プロジェクトの一つとして「気候と雪氷圏計画」(CliC)を立ち上げ、気候変動が雪氷圏にもたらす影響とそれが気候システムにもたらす影響を評価・数量化することを目的としている。さらに、WMOと国際科学会議(ICSU)は2007-2008年に共同で国際極年(IPY)の国際共同観測を実施後、2007年にIPYの資産を受継ぎ、全球雪氷圏監視計画(GCW)を立ち上げ、雪氷圏のモニタリング・ネットワーク(GC-Net)の構築を目指している。国内では文部科学省が2011年度から開始した「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス」(GRENE)事業の北極気候変動分野「急変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明」において、北極域における温暖化増幅メカニズムの解明、全球の気候変動及び将来予測における北極域の役割の解明、北極域における環境変動が日本周辺の気象や水産資源等に及ぼす影響の評価、北極海航路の利用可能性評価につながる海氷分布の将来予測を戦略目標としている。このような国内外の動きに対応するため、雪氷圏変動のメカニズム解明、監視、予測の3要素に貢献する研究が必要である。

(学術的背景・意義)

雪氷圏は地球温暖化の影響が最も顕著に現れる領域であり、同時に気候変動に対して脆弱な地域でもある。近年、北極を中心に急激な雪氷の融解や変化が観測されているが、その予測や再解析の精度は不十分である。グリーンランドでは2012年の夏に歴史的な氷床表面融解イベントが発生し、その秋には北極海海氷面積が過去の衛星観測期間中で最小値を更新した。氷床や氷河の融解は海面上昇の原因となり、IPCC AR5では今世紀末に0.26–0.54 m(RCP2.6シナリオ)から0.45〜0.81m(RCP8.5シナリオ)の上昇を見積もっている。このように急激に変化する雪氷圏変動を正確に把握・予測するためには雪氷面における放射収支、熱収支、質量収支などの物理プロセスの理解、モデル化、各種モデル予測精度の向上が必要である。また、雪氷面の放射収支に重要で、不確定な要素である光吸収性エアロゾル、積雪粒径の変化についての実態把握とプロセス研究、及びそのための測定技術開発、それら雪氷物理量の広域監視のための衛星リモートセンシング技術の高度化が必要である。

(気象業務での意義)

気象研究所の地球システムモデル(ESM)には積雪の変質過程と物理的にアルベドを計算するモデルが実装されているが、全球のいかなる雪氷面でも精度の高い計算を行うため、更なる検証・高度化が必要である。また、高精度を維持しながら計算速度の向上を図る必要がある。一方、現業で用いられている気象庁静力学モデル(JMA-NHM)では、現在SiBモデルを元にした陸面過程モデルのなかで簡単な積雪物理状態を計算し、アルベドは予報期間を通して定数として与えているが、雪崩、地吹雪、積雪深予測等の精度向上には積雪変質過程とアルベド過程を物理モデル化する必要がある。一方、気象庁の次期静止気象のひまわり8号と9号が2014年と2016年にそれぞれ打上げ予定であるが、現在雪氷のプロダクトは雪氷面積のみである。この原因は波長1.05 µmや1.24 µmといった積雪粒径に感度のあるチャンネルを搭載していないためである。この問題を解決するため、上記JMA-NHMに積雪変質モデルを組み込み、静止気象衛星データから得られる雲のない領域における積雪情報(及びマイクロ波衛星データ)をもとにモデルの積雪状態をデータ同化する必要がある。

3.研究の目標

地球温暖化の影響が最も顕著に現れる雪氷圏変動の実態把握、変動メカニズム解明、予測精度向上のため、放射伝達理論に基づき、以下の3つの研究を実施する。

①雪氷物理量を測定するための新しい技術開発と連続観測

雪氷物理量を測定するための近赤外カメラ、全天分光日射計、波長別アルベド・反射率測定装置、カーボン・エーロゾル分析装置等の開発・改良、及び放射伝達理論に基づいた解析アルゴリズムを開発する。これらの装置と自動気象観測装置を合わせて雪氷の放射特性、物理特性の長期監視を行う。

②積雪・エーロゾル等放射過程の改良と衛星による雪氷物理量の監視

積雪・エーロゾル等の非球形粒子の光学特性を精度良く計算するための非球形散乱モデル、及び光吸収性エアロゾルの混合モデルを改良する。また、これらを用いて衛星リモートセンシング・アルゴリズムを改良し、主に極域及び日本周辺における雪氷物理量の空間変動と15年以上の監視を行う。さらに、下記③の積雪変態・アルベド・プロセス・モデル(SMAP)(Niwano et al., 2012)における衛星データの利用試験を行う。

③各種ホストモデルで使用できる雪氷物理プロセスモデルの高度化

地球システムモデルや領域気象予測モデル等で使用できる雪氷放射過程や積雪変質過程などの精度向上を図り、積雪アルベド物理モデル(PBSAM)(Aoki et al., 2011)による短波アルベドの精度で5%、SMAPによる積雪深の精度で10%以上を目標とする。さらに、JMA-NHMへのSMAPモデルの組み込み試験を行う。

4.研究計画・方法

①雪氷物理量を測定するための新しい技術開発と連続観測

積雪粒径、比表面積、光吸収性エーロゾル(黒色炭素[BC]、有機炭素[OC]、ダスト)を起源とする積雪不純物濃度、アルベド等の雪氷物理量は、雪氷表面における放射収支や雪氷変質過程にとって重要な要素である。ここではこれら雪氷物理量の高精度の現場測定を行うための装置の技術開発・改良を行い、放射伝達理論に基づいて解析アルゴリズム開発を行う。具体的な装置は近赤外域カメラ、全天分光日射計、波長別アルベド・反射率測定装置、カーボン・エーロゾル分析装置等で、これらのうち初めの三者はいずれも波長別に放射量を測定することにより積雪粒子の比表面積(粒径と対応)、積雪不純物濃度の雪氷表面及び雪氷中での鉛直分布、雪氷表面における波長別アルベド及び双方向反射率を測定するための装置である。カーボン・エーロゾル分析装置の改良では既有装置の補足率を改善する。これらの要素は下記②における衛星観測の対象であり、③における計算(予測)物理量である。また、本装置類による観測に加え、国内の積雪域で気象・放射収支・土壌観測、積雪観測、積雪サンプリング、エーロゾル等の連続観測を実施することにより、積雪不純物濃度測定、雪氷の放射特性・物理特性の長期監視を行うと共に下記②及び③の高度化と検証に利用する。

②積雪・エーロゾル等放射過程の改良と衛星による雪氷物理量の監視

雪氷圏変動の実態把握及び広域監視において、衛星リモートセンシングは有効な観測手法である。既存の雪氷物理量の衛星リモートセンシング・アルゴリズムを高度化し、抽出精度を向上させるため、アルゴリズムの基礎となる粒子散乱モデルと大気‐積雪系放射伝達モデルの改良を行う。前者については、積雪粒子形状モデル、積雪粒子とエーロゾル粒子の混合状態、積雪中エーロゾルの光学特性の改良を実施し、後者については、凹凸のある雪氷面や鉛直不均一な積雪層の放射伝達モデルの改良を行う。これらモデルの検証には①の観測結果を使用する。さらに、改良したアルゴリズムを用いて極域及び日本周辺における積雪粒径や積雪不純物濃度、アルベド、雪氷微生物等の空間変動と15年以上の長期変動監視を行う。衛星データはMODISとSGLI(各種雪氷物理量)、ひまわり(雪氷分布)等を用いる。

③各種ホストモデルで使用できる雪氷物理プロセスモデルの高度化

地球システムにおける雪氷圏の特徴は地球の冷源として働くことで、高いアルベドと低い表面温度によって特徴付けられる。正確な雪氷圏変動予測のために、数値モデルにおいて雪氷面アルベドと表面温度を含む陸面モデルの精度向上が必要不可欠である。このために、大気-積雪系放射伝達を中心とする理論的研究と、積雪の表面及び内部の物理状態を予測するための物理過程を明らかにし、①及び②の観測結果を用いて地球システムモデルに実装中のSMAP及びPBSAMを検証・高度化する。特に、現在のSMAPの中には地域的・経験的な計算プロセスが存在しているので、それらを全球適用可能な物理プロセスモデルへと精緻化する。また、雪崩、地吹雪、積雪深等の予測精度向上のためJMA-NHMにSMAP(SMAPにはPBSAMが実装済)を組み込むための試験を行う。この結果、単体としても各種スケールのホストモデル中でも実行可能なモデルを開発する。

5.特筆事項

(波及効果)
  • 雪氷の微物理特性を客観的に測定するための装置が開発され、雪崩や地吹雪等の雪氷災害時の機動観測に役立つ。
  • 粒子散乱モデルの改良は、積雪中エーロゾルのみならず大気中エーロゾル光学モデルの高度化にも寄与する。
  • 積雪不純物濃度の衛星リモートセンシングは、エーロゾル輸送モデルにおける積雪面へのエーロゾル沈着量の検証データとして利用可能である。
  • 全球広域における雪氷圏変動の実体解明と、極域におけるアイス
  • アルベド
  • フィードバック(IAF)、ポーラー
  • アンプリフィケーション(PA:極域温暖化増幅)の解明に貢献する。
  • 雪氷物理量の衛星リモートセンシングは、雪氷面の質的変化を捉えることによって極域における気候変動監視の手法のひとつとなり得る。
(特記事項)
  • 黒色炭素による雪氷汚染の実態把握や黒色炭素の排出規制の根拠となる。
  • 気候モデルにおける雪氷圏に関わる予測精度が向上し、気象庁の気候監視
  • 予測業務に貢献する。
  • 気象庁の長期予報向け全球モデル、短期予報向け領域モデル、及び地球システムモデルの雪氷圏に関わる予測精度が向上する。
  • 雪氷物理過程の高度化により、気象庁が発表する雪崩注意報の精度向上や新たな地吹雪予測などのプロダクト開発が期待される。
  • 本研究で開発した測器が雪氷コミュニティーで標準的な測器として普及し、客観的な観測結果が得られるようになるとが期待される。

6.他の研究課題と連携と役割分担

(1)「C1気候モデルの高度化と気候・環境の長期変動に関する研究」(気象研究所次期中期計画重点研究、平成26~30年度、研究代表者:中村)のサブ課題1「地球システムモデルの高度化による気候・環境変化予測の高精度化」(研究代表者:行本、研究分担者:青木、朽木、庭野):本研究で積雪関連モデル開発を行い、ESMへの実装及び実装後のシミュレーションやデータ解析はC1課題で実施。

(2)「北極域における積雪汚染及び雪氷微生物が急激な温暖化に及ぼす影響評価に関する研究」(科学研究費補助金基盤研究(S)、平成23~27年度、研究代表者:青木、連携研究者:朽木、庭野):本研究でモデル開発、衛星リモートセンシング・アルゴリズム開発を行い、科研費研究課題で現場観測等を実施。

(3)「北極温暖化のメカニズムと全球気候への影響:地球温暖化における北極圏の積雪・氷河・氷床の役割」(文部科学省GRENE北極気候変動研究事業、平成23~27年度、研究分担者:青木、研究協力者:朽木、庭野):本研究でモデル開発、衛星アルゴリズム開発を行い、GRENE研究課題で北極域のデータ解析を実施。

(4)「積雪変質・アルベド過程モデルを用いた積雪物理量予測技術の開発(仮)」(申請予定)(北海道大学低温科学研究所一般共同研究、平成26年度)(研究代表者:青木、研究分担者:朽木、庭野):北大研究課題で札幌の観測を行い、本研究で解析を実施。

(5)「GCOM-C/SGLIによる雪氷アルゴリズム高度化・新規開発及び、地上観測と気候モデルによる検証に関する研究」(GCOM第4回研究公募・JAXA、平成25〜27年度、研究代表者:青木、研究分担者:朽木、庭野):本研究課題で衛星リモートセンシング・アルゴリズム開発を行い、GCOM研究課題で衛星データ解析及び検証観測を実施。



All Rights Reserved, Copyright © 2003, Meteorological Research Institute, Japan