気象研究所研究開発課題評価報告
地球環境監視・診断・予測技術高度化に関する研究
事前評価
- 副課題1 エーロゾルの監視
- 副課題2 オゾン及び関連物質の監視
- 副課題3 大気・海洋の炭素循環に関する観測と診断解析
- 副課題4 化学輸送モデル・同化技術の開発・高度化
事前評価の総合所見
1.研究の目的
東アジア、西部北太平洋におけるエーロゾル、オゾン、温室効果ガス等の観測を通じ当該物質の実態把握と変動メカニズムを解明すると共に、化学輸送モデルとデータ同化・解析技術を用いて地球環境の監視・診断・予測技術を高度化させ、サイエンスコミュニティや気象業務等に貢献する。
2.研究の背景・意義
(社会的背景・必要性)
総合科学技術会議が平成16年12月に策定した「地球観測の推進戦略」を受けて地球観測推進部会が設置された。同部会が平成24年7月に決定した「平成25年度の我が国における地球観測の実施方針」によると、第1章「課題解決型の地球観測」の項目として温室効果ガスに係る物質循環の解明、放射過程、雲物理・降水過程の解明、対流圏大気変化の把握、海洋酸性化のモニタリング等を挙げている。また、第2章「国内の地球観測システムの統合に向けた地球観測データの統合化」として「衛星、海洋、航空機、地上観測などの様々な観測データを科学的・社会的に有用な情報に変換し、全人類的課題である地球環境問題の解決や自然災害の低減に有用な情報として広く社会に提供することが重要である。」と記載されている。東アジアの急速な経済発展によって、CO2排出量の増大と越境汚染の拡大が進み、影響の深刻化が危惧され、対策が模索される中、地球環境の監視とその診断・予測技術の高度化は社会的にも重要度が極めて高い。
(学術的背景・意義)
平成25年9月に公表される予定の気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書においても地球システムモデルを用いた地球温暖化予測に関してはまだ大きな誤差がある。大きな不確定要因としてあげられる要素は①温室効果ガスに係る物質循環と、その気候へのフィードバック、②エーロゾル等に起因する放射収支の不確実性である。また、地球温暖化と共に人間活動によって海洋の酸性化も確実に進行しており、海洋の二酸化炭素吸収能にも変化をもたらす可能性が指摘されている。加えて、近年のアジア地域の急速な経済発展に伴う大気汚染物質の放出量が増大し、我が国を含む広範囲の地域の環境への影響が懸念されている。
このように、顕在化しつつある地球温暖化に係る炭素循環や海洋酸性化、エーロゾルによる直接・間接効果及び越境汚染に影響を与える物質の動態は学術的にも未解明であるため、監視を継続・高度化し、得られた情報を解析して成果を発信することは非常に有意義である。
(気象業務での意義)
気象庁では現業官庁という特長を生かして地球環境に関する監視業務を長期間継続して実施している。地球環境・海洋部における大気の温室効果ガス、エーロゾル、日射放射、オゾン層・紫外線や海洋の二酸化炭素観測などは世界的な地球環境監視ネットワークの一翼を担っており、世界気象機関(WMO)の全球大気監視(GAW)やユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO /IOC)等にも大きく貢献している。気象研究所は世界の最先端を行く観測的手法の導入とその実用化を推進し、その成果を順次気象庁本庁における業務化につなげ、気象庁の地球環境監視の充実に貢献する必要がある。
一方、ここ十年程度の間に気象庁では黄砂情報、紫外線情報、二酸化炭素分布情報、化学輸送モデルを用いたスモッグ気象情報など地球環境関連の監視・予測情報提供を開始してきた。国民のこれらの情報に対する関心は高いが現時点では空間分解能や監視・予測精度が十分ではない。特に観測データの同化が一部を除いて行われていないことは大きな問題点である。今後とも観測グループとの連携を強化して検証を行いつつ化学輸送モデルの高度化を進めると共に、衛星、航空機、地上観測データについて、データ同化手法を導入することによって地球環境の監視・予測精度の高精度化を図ることも重要である。本課題で開発する化学輸送モデルは地球温暖化予測モデルの重要な構成要素となると共に、データ同化により得られる均質かつ高精度の地球環境に関する情報は、気象庁の天気予報や地球温暖化予測などに貢献することが期待できる。
3.研究の目標
各種新規観測装置を導入することによって地球環境監視能力を向上させる。既存の観測も含めた観測データベースを構築する。観測データベースを用いて化学輸送モデルの検証・改良を行い、データ同化手法を開発して順次本庁における業務化を目指す。
サブ課題1
- エーロゾル粒径、組成、混合状態、光学特性、鉛直分布のデータ蓄積とデータ公開
- エーロゾル素過程、物理・化学過程を考慮した詳細モデルの開発
- 視程情報高度化に向けたもや・煙霧・黄砂現象を区別する観測手法の開発
サブ課題2
- 対流圏オゾンライダーによる観測の継続によるデータ蓄積とデータ公開
- 対流圏NO2ライダーの開発
- ライダー観測データを用いた化学輸送モデルの改良への貢献
サブ課題3
- 二酸化炭素同位体連続観測の実施と温室効果ガス観測データベースの構築
- 上記データベースを用いた温室効果ガス発生源の観測的評価とモデル診断解析
- 水中グライダーによる高頻度の海洋内観測の実現や分光光度法によるpH測定法の高効率化など、海洋物質循環観測の高度化による大気・海洋炭素循環過程や海洋酸性化実態の理解の促進
サブ課題4
- 全球化学輸送モデル(エーロゾル、オゾン)高度化及び大気化学統合モデルの開発
- オンライン領域化学輸送モデル開発とオフライン領域化学輸送モデルの高度化
- 全球化学データ同化の高度化(現業化)及び領域化学データ同化手法の開発
- 化学輸送モデルとデータ同化技術を用いた応用研究(組成再解析、視程、放出量逆推定等)の実施
4.研究計画・方法
平成26年度(〇番号はサブ課題番号を、矢印は連携を示す)
- サンプル測定システム整備(①)
- 水中グライダー沿岸試験開始(③)
平成27年度
- サルフェートモニター整備(①)
- 二酸化炭素同位体実証試験観測(③)
- 高解像度版領域化学輸送モデル(オフライン)本庁提供(④←①、②)
平成28年度
- 走査型電子顕微鏡整備(①)
- エーロゾル光学特性観測開始(①)
- 二酸化炭素同位体連続観測開始(③)
- 炭素循環診断解析モデル高度化(③←④)
平成29年度
- 原子間力顕微鏡整備(①)
- エーロゾルデータベース公開(①)
- NO2鉛直分布観測開始(②)
- 地球環境応用プロダクトプロトタイプの構築(④←①)
平成30年度
- 視程情報高度化に向けた偏光OPC試験(①)
- エーロゾルの微物理過程を考慮したエーロゾル詳細モデル開発(①←④)
- 温室効果ガス観測データベースの構築(③)
- 水中グライダー実用化(③)
- エーロゾル・オゾンを統合した大気化学統合モデルプロトタイプ完成(④←①、②)
- オンライン領域化学輸送モデルプロトタイプ完成(④)
- 領域化学輸送モデル(オフライン)データ同化プロトタイプ完成(④)
- 観測の継続(①、②、③)
- 研究成果取り纏め(①、②、③、④)
5.研究体制
- 研究代表者:眞木貴史(環境・応用気象研究部 第1研究室)
- 担当研究者数: 24人
- 副課題1 五十嵐康人(環境・応用気象研究部)担当研究者数:10人
- 副課題2 松枝秀和(海洋・地球化学研究部) 担当研究者数:8人
- 副課題3 永井智広(衛星・観測システム研究部)担当研究者数:2人
- 副課題4 眞木貴史(環境・応用気象研究部)担当研究者数:8人
- 研究協力者数:11人
- 研究期間:平成26年度~平成30年度
6.特筆事項
(効率性)
これまで所内において担当者ベースで行われていた地球環境関連の情報共有や研究協力を組織的かつ効率的に行えるようにする。観測対象毎にサブ課題1~3を設定することによって、サブ課題内での観測データや知見の共有化を図る。サブ課題1~3で得られた成果をサブ課題4と共有し、モデル・データ同化手法開発と検証を効率的に進める。サブ課題1~3内においても、観測に密着したモデル解析を実施するとともに関連情報をサブ課題4と共有し、連携して化学輸送モデル・同化技術の高度化を図る。サブ課題4に関しては大気モデルとして気象研究所が開発する地球システムモデルや気象庁メソモデルを用いることで開発資源を物質の諸過程開発に集中する。
(有効性)
本研究課題の研究内容は、気象庁が実施している地球環境関連業務(環境気象業務、国際業務、海洋気象業務)の監視、診断、予測業務に直結しており、研究所の研究成果は本庁での導入作業を経て順次業務化される予定である。これらの地球環境関連情報は、日本付近における大気環境の悪化に伴い国民の関心も高まりつつあることから社会的にも大きく貢献することが期待できる。また、本課題の研究成果を利用することにより、将来的には天気予報の精度向上も見込むことができる。
(波及効果)
- 観測・モデルの両面からの視程監視・予測情報の高度化
- エーロゾル観測データ、詳細モデル等を用いた雲物理過程研究の高度化(A1課題)
- 海洋物質循環モデルの高度化・検証(C7課題)
- 地球システムモデルの高度化による地球温暖化予測の精度向上(C1課題)
- オンライン領域化学輸送モデルの開発による気象庁メソモデルの高度化
- 大気化学データ同化の成果を用いた気象庁天気予報の高精度化
(特記事項)
気象庁の特徴(本庁に現業部門を持ち業務の継続性が保ちやすいこと、現業数値予報センターを運用して数値モデルを日々検証し改良を続けていること)を生かし、世界最先端の観測研究を継続的に実施しつつ順次業務化することに加え、これらの観測データで検証され、現業業務とも直結した国内有数の地球環境関連のモデル・同化技術開発を実施することにより、サイエンスコミュニティにおける気象庁・気象研究所のプレゼンスを高めることができる。