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気象研究所研究開発課題評価報告

大気境界層過程の乱流スキーム高度化に関する研究

事前評価

評価年月日:平成25年12月24日

研究期間

平成26年度~平成30年度

研究代表者

毛利 英明(環境・応用気象研究部 第5研究室長)

事前評価の総合所見

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1.研究の目的

気象庁数値予報モデル高度化に向けた大気境界層過程の次世代サブグリッド乱流スキーム開発の指針を得る。

2.研究の背景・意義

大型計算機の処理能力が向上した結果、高い解像度で数値予報を行う機運が高まっている。しかし現在の大型計算機の能力をもってしても、大気境界層における乱流現象を完全に分解して表現することは不可能であり、乱流による運動量・熱・水輸送は、サブグリッド乱流スキームを用いたパラメタリゼーションで表現せざるを得ない。大気境界層における乱流輸送は大気全体に影響を及ぼすから、高い解像度に見合う予報精度を達成するには解像度に適したパラメタリゼーションを開発する必要がある。開発の指針を得るため大気境界層乱流に関する知見を深めることが求められている。

(社会的背景・必要性)

地球温暖化問題を背景として、風力発電や太陽光発電など再生可能エネルギーの有効利用さらに都市型豪雨や突風など局地的な顕著現象に対応するため、局地モデルの水平解像度を上げ、きめ細かな数値予報を行うことが強く求められるようになってきた(「新成長戦略」H22年閣議決定;「竜巻等突風に関する情報の改善について(提言)」H24年竜巻等突風予測情報改善検討会など)。大型計算機の処理能力が向上した結果、こうした高解像度の数値予報が現実に可能となりつつある状況である。

(学術的背景・意義)

大気境界層においては、水平解像度が数百m程度になると、従来は平滑化されていた乱流の空間構造が個々に分解されるようになるため、空間構造を水平方向に平均処理する既存のMellor-Yamada型サブグリッド乱流スキームが有効に機能しなくなる。現状のままでは、たとえ処理能力が高い大型計算機を用いて局地モデルの高解像度な計算を行っても、大気境界層のみならず全領域において、解像度に見合う予報精度が達成できない。他方この解像度は乱流の一様等方な慣性領域を対象とするLarge Eddy Simulation(LES)型サブグリッド乱流スキームを適用するには低すぎる。このように水平解像度で数十mから数百mまでに相当する大気境界層の「グレイゾーン」は既存スキームの有効範囲外であり、新たに次世代型のサブグリッド乱流スキームを開発する必要があるのである(Wyngaard 2004; Honnert et al. 2012)。

しかしMellor-Yamada型スキームの理論的基盤となるMonin-Obukhovの相似則(1954)やLES型スキームの理論的基盤となるKolmogorovの普遍則(1941)に対応する理論が「グレイゾーン」では知見不足のため確立していない。次世代サブグリッド乱流スキームを開発するには、計算手法の開発だけでなく、大気境界層乱流に関する知見を深めて開発の指針を見出すことが必要なのである。明快な相似則や普遍則が中間的なスケール領域である「グレイゾーン」に存在する可能性は低いが、この領域における大気境界層乱流とくに空間構造の特性や運動量・熱・水輸送等の統計則に関する研究を推進し、乱流スキーム開発の指針を明らかにすることが必要である。

(気象業務での意義)

気象庁予報部では平成24年度に計算機システムをNAPS9に更新し、平成25年度内の現業化を目指して次世代局地モデルasucaの最終調整を進めている。現業化当初の水平解像度は2km程度で、数年後から運用される次期システムNAPS10で想定されている解像度は1〜1.5km程度である。さらなる高解像度化に向けては「グレイゾーン」に適した境界層の次世代サブグリッド乱流スキームを開発する必要があり、開発の方向性を見出しておくことが現時点で求められている。

3.研究の目標

大気境界層乱流の「グレイゾーン」における空間構造の特性や運動量・熱・水輸送等の統計則を①数値計算②風洞実験③野外観測から明らかにする。

得られた知見を総合的に検討して「グレイゾーン」に適した大気境界層過程の次世代サブグリッド乱流スキームを開発する方向性を見出す。

4.研究計画・方法

  • 大気境界層における乱流輸送について①数値計算②風洞実験③野外観測を以下のように行う。
    • ① 気象研LESを用いて大気安定度等の条件を変えて境界層乱流の数値計算を行い、データベースを構築して解析する(第1〜第3年度)。必要に応じて計算手法の改良も行う。
    • ② 気象研風洞において安定度等の条件を変えて境界層乱流の実験を行い、データベースを構築して解析する(第1〜第5年度)。必要に応じて数値計算検証用データの取得や実験・観測技術の開発も行う。
    • ③ 気象研露場において接地気象観測装置やPIV装置を用いて運動量・熱・水輸送の通年連続観測を行いデータベースを構築して解析する(第1〜第5年度)。必要に応じて気象研鉄塔等の観測データも解析する。
     ここで数値計算・風洞実験・野外観測の何れにおいても「グレイゾーン」が中間的なスケール領域であることに鑑みて「グレイゾーン」の外側に関するデータも必要に応じて取得・解析することとする。
     気象研露場における運動量・顕熱輸送の観測には超音波風速温度計を用いるのが最適であり、初年度の整備を予定している。潜熱輸送の観測には超音波風速温度計と組み合わせた赤外線湿度計を用いるのが最適であり、第3年度の整備を提案する予定である。
     データ解析は、粗視化スケール依存性等に着目して行い、大気境界層乱流の「グレイゾーン」内外における空間構造の特性や運動量・熱・水輸送等の統計則を明らかにするものとする。
  • 得られた知見を総合して、大気境界層過程の次世代サブグリッド乱流スキームを検討し、開発の方向性を明らかにする。とくに数値計算については
    • ① 気象研LESや気象庁asucaに乱流スキームを実装して検証を行う(第4〜第5年度)。必要に応じて②風洞実験や③野外観測で得られたデータとの比較検討を行う。
     なお乱流スキームの検討は、大スケールで有効なMellor-Yamada型スキームを小スケール側に拡張する検討と、小スケールの慣性領域で有効なLES型スキームを大スケール側に拡張する方向の検討の両方から始める。

5.特筆事項

(波及効果)
  • 気象庁数値予報課が技術開発課題等として行うモデル開発業務において、局地モデル以外のモデルにおける大気境界層過程パラメタリゼーションの精度向上についても、本研究課題の①数値計算等から得られる技術や知見の活用が期待される。
  • 気象庁観測課がWMOのCIMO対応も視野に入れて技術開発課題等として行う地上気象観測業務、とくに測器の特性試験や観測環境の調査検討には、本研究課題の②風洞実験および③野外観測等から得られる技術や知見の活用が期待される。
  • 重点課題A1「メソスケール気象予測の改善と防災気象情報の高度化に関する研究」には本研究課題メンバーが参加して高解像度モデルに関する情報交換を図る予定であり、また重点課題A2「顕著現象監視予測技術の高度化に関する研究」のGPS気象学に関する研究と重点課題C1「気候モデルの高度化と気候・環境の長期変動に関する研究」の陸面過程に関する研究には③野外観測で得られたデータを提供する予定である。
(特記事項)
  • 数値予報モデルのサブグリッド乱流スキームの研究で実績のある東京大学大気海洋研究所の新野教授のグループから「グレイゾーン」研究に意欲的な若手を共同研究者として招聘する予定であり、本研究課題が「グレイゾーン」研究における国内の中核となることを目指す。
  • 「グレイゾーン」は大気境界層における乱流運動エネルギーの主要部分を担う領域でもあるから、「グレイゾーン」解明を目指す本研究課題は、大気境界層の理解という学術的成果も目指すものである。
  • 本研究課題の①数値計算②風洞実験③野外観測から得られた技術や知見を、外部資金に基づく研究や外部機関との共同研究に活用する。これらは環境・応用気象に関する研究が主体であり、気象研究所が行う大気境界層の研究が全体として基礎から応用までを網羅することを目指すものである。


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