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気象研究所研究開発課題評価報告

衛星データの利用技術に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日

研究代表者

増田一彦(気象衛星・観測システム研究部 第一研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

  • 副課題1:衛星サウンダの数値予報モデルでの利用技術に関する研究
    (※平成22年度まで。平成23年度から「全球大気データ同化の高度化に関する研究」の副課題2として実施)
  • 副課題2:衛星サウンダ利用の基盤技術に関する研究

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

(副課題1)衛星サウンダの数値予報モデルでの利用技術に関する研究

近年の多波長赤外サウンダは数千のチャネルを有しているが、計算機資源の観点からは数値モデルで利用できるものはそのうちの100チャネル程度である。現在、気象庁においては、欧州で開発された放射伝達モデルRTTOVを利用したAIRS/Aquaの晴天・海域におけるデータ同化実験を、気象研究所で選択した最適チャネルを利用して、実施中である。

また、現在、気象庁の数値予報モデルにおける衛星搭載多波長赤外サウンダの利用は、海域での晴天域に限られているためデータ利用率は非常に低い。気象庁では、雲域について雲に影響されないチャネルの選別手法を検討中であり、中期的には海域以外でのデータ利用拡大を目指している。

(副課題2)衛星サウンダ利用の基盤技術に関する研究

放射伝達モデルは衛星データ処理の基本ツールであり、多波長赤外サウンダやマイクロ波サウンダの放射伝達モデルを自主開発しているが、雲粒や雪片の導入など、さらに性能を高めてゆく必要がある。また、放射伝達モデルや大気プロファイル推定アルゴリズムの性能評価を行うことも重要な課題である。さらに、衛星観測データをより効率的に利用するために、チャネル合成手法などの高度なデータ利用技術に関する研究を進める必要がある。

研究の成果の到達目標

(副課題1)衛星サウンダの数値予報モデルでの利用技術に関する研究

多波長衛星サウンダデータを数値予報モデルで有効に活用するために、次の2項目について研究を実施する。

①多波長赤外サウンダの最適チャネル選択技術の確立。

②多波長赤外サウンダの雲域や陸域・海氷域へのデータ利用拡大技術の確立。

(副課題2)衛星サウンダ利用の基盤技術に関する研究

将来の更なる初期値改善に向けての基盤技術を強化するために、次の3項目について研究を実施する。

①多波長サウンダによる大気プロファイル推定に必要な放射伝達モデルの開発

②①を基にした多波長サウンダによる大気プロファイル推定技術の開発。

③多波長赤外サウンダのより高度な利用技術に関する研究。

研究の現状

(1)進捗状況

研究計画に沿って適切に進捗している。

(2)これまで得られた成果の概要

多波長赤外サウンダ(以下、ハイパースペクトル赤外サウンダとも記す)利用の最適チャネル選択技術の改善、データ利用領域拡大技術の開発に向けての準備、を行うとともに、これらを支える基盤的研究を実施した。

なお、副課題1については1.(3)に示すように、平成23年度から「全球大気データ同化の高度化に関する研究(平成23年度~27年度)」の副課題2として再編したため、次項には平成21年度と22年度の2カ年分の成果を記載する。

(副課題1)衛星サウンダの数値予報モデルでの利用技術に関する研究

①多波長赤外サウンダの最適チャネル選択技術の確立。

[1] 数値モデルで使用するハイパースペクトル赤外サウンダの最適チャネルを選択するプログラムの放射伝達モデルをRTTOV8から最新のRTTOV9に変更した。放射輝度の計算値の差が両者で1K程度にもなるチャネルも存在していたが、選択されたチャネルには大きな変化はなかった。

[2] 観測誤差行列の非対角成分が扱えるようにプログラムを改良し、観測誤差行列の性質が最適チャネル選択に与える影響の見積もりを行った。干渉計型サウンダIASIについて、装置関数のアポダイゼーション(装置関数の凹凸を軽減するために行われる操作)に起因する誤差相関が最適チャネル選択に与える影響を調査した結果、ほとんど影響がないことが明らかになった。

②多波長赤外サウンダの雲域や陸域・海氷域へのデータ利用拡大技術の確立。

[1] ハイパースペクトル赤外サウンダの雲域でのデータ利用法について、欧米の数値予報センターでの状況を調査し、関連する文献のレビューを行った。

[2]全球データ同化実験への準備として、雲の効果を簡単に考慮した放射伝達モデルを用いて、解析前処理や一次元変分法の動作を確認した。同化処理における雲の吸収やモデル分解能と衛星観測の空間スケールの違いの扱いなどに不十分な点があることが認識され、今後の改善の方向性が明確になった。

(副課題2)衛星サウンダ利用の基盤技術に関する研究

①多波長サウンダによる大気プロファイル推定に必要な放射伝達モデルの開発

[1] 放射伝達モデルにおける粒子の散乱・吸収計算を精緻化するために、雲・雪粒子の形状のフラクタル構造を使ったモデル化を行い、散乱分布関数の計算を行った。その結果は、衛星マイクロ波データ解析の放射伝達モデルに実装され衛星からの降水量推定の改善に寄与した。

[2] 回折格子型赤外サウンダAIRSに対応して開発した放射伝達モデル(MITRAN)を干渉計型サウンダIASIにも対応できるように拡張した。併せて、放射輝度の計算精度を向上させるために、吸収線データベース(HITRAN)の改訂への対応と海面での多重反射を導入することによる海面射出率モデルの改良を行った。

[3] ハイパースペクトル赤外サウンダ(IASI, AIRS)のヤコビアンについて、MITRANと現業で利用されている放射伝達モデル(RTTOV)の比較を行った。両者はほぼ一致しているが、大気最上層においてのRTTOVの結果はMITRANと比べて系統的に大きい値を示すことが分かった。

[4] 多波長マイクロ波サウンダの放射伝達モデルの開発・改良を行い、地上設置型マイクロ波放射計のデータ同化アルゴリズムに実装した。

②①を基にした多波長サウンダによる大気プロファイル推定技術の開発。

[1] MITRANを使ってAIRS/Aquaデータから求めた海域および陸域での水蒸気の鉛直分布を求めた。水蒸気ラマンライダーによる観測値と比較した結果は、おおむね良い一致を示した。また、陸域においては適切な陸面射出率モデルを利用することの重要性も明らかになった。

③多波長赤外サウンダのより高度な利用技術に関する研究。

[1] ハイパースペクトル赤外サウンダAqua/AIRSの模擬データを使って、主成分を利用したチャネル合成手法の有効性を示した。

[2] ハイパースペクトル赤外サウンダのチャネル間の透過率の相関関係を調べた。その結果、サウンディングに使用しているチャネルの約3割は他チャネルから透過率を推定可能で、高速放射モデルの計算効率改善に利用できることが分かった。干渉計型サウンダIASIの場合、計算時間は概ね50%減少した。

(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

雲域などでのデータ利用拡大技術の開発・改良を促進するために、本研究の第一・二年度において、本庁で開発・利用されている全球大気同化システムの気象研究所への移植を、関連研究部と協力して実施した。移植された全球大気データ同化システムを中核として、平成23年度から新規課題「全球大気データ同化の高度化に関する研究(平成23年度~27年度)」(重点)が開始された。

本課題の(副課題1)「衛星サウンダの数値予報モデルでの利用技術に関する研究」は、同新規課題の副課題「衛星データ同化技術の高度化に関する研究」として実施されることとなった。

平成23度以降は「衛星データの利用技術に関する研究」として当初計画の(副課題2)を継続して実施している。

(4)成果の他の研究への波及状況

全球大気データ同化システムの移植やその活用についての議論を通して「台風強度に影響する外的要因に関する研究」との連携が深まり、その結果として、平成23年度から新規課題「全球大気データ同化の高度化に関する研究(平成23年度~27年度)」が開始された。

副課題2における、非球形粒子の形状のモデリング技術は「エーロゾル・雲・微量気体に関する衛星リモートセンシングの数値モデルへの活用のための基礎研究(研究代表者:真野裕三)」、「地上観測による大気要素の放射収支の影響の実態解明に関する研究(研究代表者:内山明博)」、「意図的・非意図的気象改変に関する研究(研究代表者:村上正隆)」において、雲・エーロゾル等のリモートセンシングの高度化に寄与している。また、JAXA公募「マイクロ波放射計輝度温度の新しい前方計算法の開発(H22-24、研究代表者:青梨和正)」「AMSR2用のマイクロ波降水リトリーバルアルゴリズムの改良(H23-25、研究代表者:青梨和正)」のデータ解析システムに実装され、衛星からの降水量推定の改善に成果をあげている。

副課題2において開発した多波長マイクロ波サウンダの放射伝達モデルは、地上設置型マイクロ波放射計のデータ同化アルゴリズムに実装され、「メソスケールデータ同化とアンサンブル予報に関する研究(研究代表者:斉藤和雄)」の推進に寄与している。

2.今後の研究の進め方

「衛星データの利用技術に関する研究」(基礎・基盤)(当初の研究計画の副課題2)を継続して実施する。

特に、「全球大気データ同化の高度化に関する研究」において当面の目標となっている雲域でのハイパースペクトル赤外サウンダや静止気象衛星のデータ利用技術の開発に資するために、赤外域における水雲・氷雲の放射特性調査やそれらが衛星観測データに与える影響評価についての基盤的研究を、重点的に実施する。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

(副課題1)(平成21年度、平成22年度)

項目①、ほぼ完了した(3.(3)[1])。

項目②、全球大気データ同化システムを本格的に利用する前段階が終了、中間結果の取りまとめを完了(3.(3)[2])。想定した進捗度で遂行された。

(副課題2)(平成21年度~平成23年度9月現在)

項目①、放射伝達モデル等の改善は着実に進展、所内の研究(1.(4))や本庁等の業務での活用(3.(3)[3], [4])も進み、進捗状況は良好である。

項目②、ライダー観測との比較実験を実施中。想定した進捗度で遂行されている。

項目③、他の項目と比べて特に独創性を重視して研究に取り組んでいるが、論文発表などが適切にされている。

(2)研究手法の妥当性

放射伝達プログラムの開発・改良、衛星データや地上観測データの事例解析を中心に研究を行っている。研究成果は論文や学会等で適宜公表され、所内の他の研究課題や本庁等関連部署との連携も進んでいることから、研究手法は妥当であるといえる。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

[1] ハイパースペクトル赤外サウンダの最適チャネルの選択結果は、気象庁モデル技術開発推進本部の衛星サブグループの課題(ハイパースペクトル赤外サウンダ(AIRS, IASI)の全球モデルでの同化)推進に活用されている。

[2] ハイパースペクトル赤外サウンダのデータ同化について、雲域でのデータ利用の現状と問題点を中心に、数値予報課報告・別冊57号で報告した。

[3] 開発中の放射伝達モデル(MITRAN)は現業で利用されている放射伝達モデル(RTTOV)との相互検証などに利用され、その結果を数値予報課の担当者に情報提供している。

[4] 放射伝達モデルに関連して改良した赤外海面射出率モデルは、気象衛星センターにおける海面温度推定アルゴリズムの改良に組み込まれ、その結果、現行アルゴリズムで問題になっている各種バイアスが解消しつつある。

[5] 非球形粒子の散乱モデルの開発は他の多くの研究課題にも活用され(1.(4))、雲・エーロゾル等のリモートセンシングの高度化に寄与することから、学術的意義が大きいといえる。

(4)総合評価

研究成果は次項に示すように論文や学会等で適宜公表され、所内の他の研究課題や本庁等関連部署との連携が進んでいることから、前期3カ年における研究は総合的にみて順調に進んだといえる。

後期2カ年では「衛星データの利用技術に関する研究」(基礎・基盤)を継続して実施する予定であるが、学術的成果のみならず、「全球大気データ同化の高度化に関する研究」をはじめとする所内研究課題への寄与や本庁等関連部署への波及効果が引き続き見込まれる。

以上のことから、本研究を引き続き遂行していく必要がある。



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