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気象研究所研究開発課題評価報告

大気エーロゾル粒子の性状とその変動過程に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日

研究代表者

五十嵐康人(環境・応用気象研究部 第四研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

気象研究所の全球エーロゾル輸送モデルによる将来予測精度の向上を図るためには、エーロゾルの発生・輸送・変質・沈着過程、各々の段階に対応したパラメータやモデルスキームの改善が必要であるが、大気エーロゾルのこれら素過程については未解明点が多い。そこで、電子顕微鏡や化学分析等の手法を用いて、典型的な大気エーロゾル粒子の物理・化学特性と諸過程の解明に取り組む。

研究の成果の到達目標

①大気エーロゾル粒子の粒径分布・組成・混合状態の実態とその変動・変質の解明

②先駆気体の観測・解析などに基づく硫酸・硫酸塩粒子を含むエーロゾルの生成過程の解明

③組成・混合状態がエーロゾル粒子の吸湿特性に及ぼす影響の解明、特に粒径変化に関する実験的パラメータの取得とモデル化

④黄砂を含む風送ダストの輸送・沈着の量的な評価

研究の現状

(1)進捗状況

山岳における観測、室内実験については計画通りの進捗を得て、成果が挙がっている。つくば市の気象研究所でのエーロゾルの観測については、やや遅れが出ている。計画当初にはなかった透過型電子顕微鏡の更新が行われつつあり、当該年度の後半に設置、稼働開始が見込まれている。エーロゾルモデルの開発が進行し、気象庁非静水圧気象モデルへの組み込みも取り組まれている。

(2)これまで得られた成果の概要

全体的には、組成・混合、沈着量、モデル開発の部分で、成果が先行している。他方、二次粒子生成、湿度特性の研究は、これから成果のとりまとめとなる状況である。

【組成・混合】

2009年冬季(12月)に新穂高 (2165m)で採取したエアロゾルの組成と混合状態を電子顕微鏡(TEM)で調べた。後方流跡線解析の結果から、これらのエアロゾルは、アジア大陸からの長距離輸送の影響が強いことが示唆された。微小粒子(0.2-1 μm)は硫酸塩、すす及びそれらが内部混合した粒子が多く、すす粒子の約40%は硫酸塩と内部混合していた。また、硫酸塩のほとんどはサテライト状の液滴リングを持っていることから、中和されていない酸を含んでいることが分かった。粗大粒子(1 μm以上)は主に硫酸塩、海塩と少数の鉱物粒子からなっていた。この観測結果は、国内外の学会で報告した。現在、国際誌に投稿中である。

榛名山頂(1370m)で採取した試料については、気象研究所最上階で採取したサンプルと合わせて、2010年3月の黄砂イベントについて解析を行った。その結果、黄砂本体の前にプレイベントと呼ぶべき南経由で輸送された黄砂があること、輸送経路によって変質の程度に違いがみられることなどが分かった。また、黄砂粒子は、一般的に粗大粒子が中心と考えられているが、鉱物粒子の個数濃度のピークは、直径0.3-0.5μmに存在した。

R階のエーロゾル観測室において物理気象研究部青木室長らが実施しているEC/OC用のフィルター試料を分割し、イオンクロマトグラフ装置を用いて、水溶性イオン成分の観測値を得ている。

山岳でのサンプリングを4月、6月、10月などに新穂高、木曽駒ケ岳で実施した。しかし、高い山岳での自動採取は、低濃度、低温や降雪などにより、質のよいサンプルは採取できていない。今後、システムの改善を進めるとともに、現地に滞在して短期集中的なサンプル採取を行う予定でいる。

【二次粒子生成】

気象研究所最上階において、SMPS(粒径分布測定装置)を新たに整備し、データの取得を継続している。また、SO2計、サルフェートモニター等による前駆気体および粒径別粒子個数濃度の連続測定を一部の期間実施した。詳細な解析を今後実施する状況である。

【湿度特性】

塩化ナトリウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、標準黄砂、カーボンブラックの各粒子を発生させる室内での実験を継続して行った。また、湿度を変化させるシステムを整備したが、湿度特性の測定は今後実施の予定である。学術的に意味のあるデータを取得するためには、システム全体の温度を均一にし、かつ1℃程度の誤差でコントロールする必要がある。今後、システム全体を断熱材で包むなどの改良が必要である。

【沈着量】

2007年春季のつくばでの乾性・湿性降下物の観測データを解析した結果から、水溶性化学物質の乾性・湿性降下量の時間変動の支配要因は、主に気団の発生地域・水蒸気混合比・および黄砂イベントであることを明らかにした。つくばで風速が大きいときに、局所的なダストが乾性降下物に占める割合が大きかった。湿った気団での水溶性化学物質の乾性降下量は、乾いた気団での場合より大きかった。2007年4月のダストの総降下量は4.22gで、水溶性化学物質は10-636mg/月の範囲にあった。ダスト総降下量のうち72%を湿性降下が占め、水溶性化学物質では、湿性降下量は72-96%を占めた。特に、最大の湿性降下量は4月3日の黄砂事象で発生した。このイベントは月間ダスト降下量の23%(950mg)を占め、水溶性化学物質の月間降下量の2-28%(0.43-51mg)を占めた。すなわち、一回のダストイベントであっても規模が非常に大であれば、東アジアの陸海の生態系に広範囲に影響を起こし得ることが示唆された。本結果は、国際誌に掲載となった。

関係研究機関に降下塵試料を提供し、過去の気候変動を知るうえで、多くの成果を得た。例として、降下塵中の石英粒子のESRによる計測が進んだ。我が国での降下物は、アジア大陸起源の風送塵と現地表土の混合物と考えられ、具体的には秋田・福岡の降下塵では、ともに細粒の方が風送塵を多く含んでいること、さらに年や月によって混合の割合が変動することがわかった。また、微量元素(特にヨウ素)の降下量の経年変動についての知見を得た。これらの成果は国内外の学会で発表した。うちいくつかは国際誌に掲載となった。

【モデル開発】

昨年度からモデル研究者が分担者に加わったことから、エーロゾルモデルの開発および、観測による検証・改良を研究内容に追加できることとなった。混合状態と粒子形状を考慮できる3次元オイラー型エーロゾル化学輸送モデルを開発し、その成果を国際誌に2報投稿し、うち1報は受理された(1報は査読中)。モデル検証としては、これまで、PILS(粒径別エーロゾル無機イオン成分重量濃度)、COSMOS(ブラックカーボン重量濃度)、SP2(ブラックカーボン粒径分布、混合状態)、VTDMA(ブラックカーボン混合状態)などとの比較検証は成功した。また気象庁、気象研究所が開発した非静力学気象モデルNHMとのオフライン連結化が完了した。SMPSによる粒径分布測定や電子顕微鏡による混合状態観察の結果と検証するために、モデルの定式化を試行錯誤している。関連する研究としては、東アジアにおける硫黄化合物の相互授受量解析に関する研究が国際誌に1報受理され、六甲山の滑昇霧イベントにおけるエーロゾルの霧活性に関する研究をまとめて国際誌に1報投稿し、多環芳香族炭化水素の動態解析研究については国内外の学会にて数報発表した。

(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

1)大型備品である透過型電子顕微鏡の更新が進行中である。2)エーロゾルモデル開発研究が本課題においても可能となったこと。3)エーロゾル観測棟の取り壊し・実験室の異動に伴い、気象研究所最上階にエーロゾル観測室を設け、整備を行ったことが当初計画よりの大きな変更点である。

1)については整備以来30年が経過しており、ツールの老朽化が否めなかったが、新式電顕では自動解析を導入できるなど、戦力強化が図られつつある。現在、新システムの性能を最大限に利用し、組成分析を高度化し、分析効率を飛躍的に高めるため、EDX分析の解析手法の改良を試みている。これにより、従来困難であった軽元素(C,N,O)の定量が可能となり、無機炭素、有機炭素、硝酸塩が明瞭に判別できるようになることが期待される。2)についてはモデル研究者が新規採用となったことによるものである。3)については、物理気象研究部青木室長、三上環境・応用気象研究部長が中心となって進めてきた気象研究所での統合的なエーロゾル観測計画のコア部分を担うべく、取組みを進めた。引き続き施設整備を進めており、これまでにa)PM10共通インレット(空気取り込み口)、b)APS,SMPSの設置、c)イオンクロマトグラフ装置の更新を行い、また、d)茨城大学、名古屋大学など他研究機関と協力したエーロゾルに関する集中観測も実施した。

(4)成果の他の研究への波及状況

個別の科研費での研究や新学術領域研究、さらには環境省推進費による研究での成果とも関連させて発表を行い、本課題全体としては成果を着実に上げているが、気象研究所における統合的な観測については、まだ成果未達成の部分がある。

他方、エーロゾルモデル研究との具体的な連携が深まってきている。また、透過型電子顕微鏡の更新が予定されており、個別粒子の組成と形状を半自動的に多数解析できるシステムとすることが期待されていることから、他の観測手法との組み合わせによって、研究内容の一層の充実が期待できる。他の研究課題においても新しい電子顕微鏡の応用が望まれる。また、2012年2月には国内外の電子顕微鏡を活用しているエーロゾル研究者を集め、ミニシンポを開催する予定であることから、国内外での共同研究の進展も今後見込まれる状況である。

2.今後の研究の進め方
  • 新式電子顕微鏡ではサブミクロンエーロゾルの自動解析(粒径、形状、元素組成分析)および三次元トモグラフィーの機能を導入できるなど、ツールとしての戦力強化を図っている。そのため、従来よりも数倍以上の速度でエーロゾルの形状および元素組成等のデータを取得できることから、エーロゾルモデル開発・検証のためのデータセットの提供が可能となる。どのような形式のエーロゾルデータセットが好都合であるのか、潜在的利用者であるモデル開発者と連携しつつ、模索を進める。
  • 新式電子顕微鏡の三次元トモグラフィー機能を活用し、エーロゾルの立体形状再構成に挑戦し、BC/OCの複雑な構造についてデータを得る。複雑さをどのようなパラメーター(たとえば、フラクタル次元)で表現するのか充分に検討し、データセットを作成してエーロゾルモデルの開発に資する。
  • 現在、新システムの性能を最大限に利用し、組成分析を高度化し、分析効率を飛躍的に高めるため、EDX分析の解析手法の改良を試みている。これにより、従来困難であった軽元素(C,N,O)の定量が可能となるため、無機炭素、有機炭素、硝酸塩の判別に挑戦する。この試みにより、エーロゾルの組成の解明をさらに進める。
  • 三次元オイラー型エーロゾル化学輸送モデルの開発が進んでおり、粒径分布、混合状態の解像がモデル上で可能となっている。このモデルの検証をさまざまな場所、時間における観測結果と参照することで一層の検証を進め、気象研エーロゾル化学輸送モデル等への結合に資する。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

モデル研究の大幅な進捗と前課題、関連課題の成果出版という進捗もあり、過去3か年の学会発表は57件(国際会議含む)、原著論文23報(印刷中含む)となっており、課題全体の成果としては充分と考えられる。特に原著論文は充分な発表件数となっていて、満足すべき水準・規模にある。細かに眺めると、つくば市の気象研究所でのエーロゾルの観測については、人的な研究体制が不十分であることから、今後の取り組みをまたなければならない。他方、山岳における観測や室内実験については、観測データだけでなく、解析も進行して比較的順調に成果を得ている。

(2)研究手法の妥当性

観測を中心とした計画の組み立ては極めて妥当であり、現実に本シートに記載した量・内容の成果が達成されており、問題があるとは考えていない。モデルの充実に対して、検証データや概念モデルを効率的に提供できる状況へ早期に体制を作れるかどうか(人的資源確保も含めて)が、今後の課題と考えている。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

①組成・混合、②二次粒子生成、③湿度特性、④沈着量のいずれについても第一に学術的な貢献が期待される研究内容であり、直截に気象庁施策や業務に直結するものではなかった。ただし、モデル研究者を研究分担者に加えることができたことにより、観測結果を⑤モデル化に直結できる体制が整いつつあるため、今後の業務貢献が期待できる状況にある。

①の組成・混合については、環境気象管理官付において一般国民向けに提供されている黄砂情報の高度化に資するため、共同研究者が開発を進めている新規観測機器(偏光OPC)の導入とその応用を検討している。汚染粒子と黄砂粒子の判別に寄与できる可能性があるため、有望な手法ではないかと考えている。

②,③項目については、エーロゾル粒子が雲核となって雲量や雲の寿命を変化させる効果についての研究であり、依然として不明点が多く、学術的な貢献が期待できる。②については、二次粒子は雲核として機能することが考えられ、雲粒子数を左右して雲の性質が変化する可能性がある。そのため、気候変動へのインパクトが大きいと推測される。従って、エーロゾル粒子の個数濃度を粒子生成から陽に扱うモデルが、雲粒子の個数濃度をモデル化するために必須となっている。

今後、⑤に関わり、世界的な研究動向として、エーロゾル・雲・降水/短期気象・気候系に亘る複数の現象階層をそれぞれの第一原理にもとづきモデル化し、またがる諸階層を連結するモデル(階層連結モデル)の構築の重要性が一層高まることが予想され、本課題においても精力的に取り組んでいる。④については、我が国における黄砂の沈着量等につき実態解明が依然として不十分なため、化学輸送モデルへの検証データの提供が求められており、貢献が期待できる。

(4)総合評価

成果の内容、量ともに、基礎・基盤的な研究課題として、充分な進捗であると考える。



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