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気象研究所研究開発課題評価報告

都市気象モデルの開発

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日
  • 副課題1:都市気象全般を表現可能な都市気象モデルの開発
  • 副課題2:LESによる都市気象モデルの検証と微気象LESモデルの開発

研究代表者

高藪 出(環境・応用気象研究部 第二研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

気象庁の現業数値予報モデルでの都市の表現は、現在は簡単な平板モデルであるが、都市効果の定量表現には、これをビルの壁が熱源となるなどの都市の立体構造を表現可能なモデルとする必要がある。また、気象庁気候情報課が「ヒートアイランド監視報告」の資料作成に用いている都市気候モデルでは1層都市キャノピーモデルが用いられているが、静力学平衡モデルで運用されており、降水過程は含まれていない。非静力学モデルに適合し、都市大気層をより定量的に表現する都市気象モデルの作成が早急の課題となっている。

ビル群周辺の大気環境の観測は困難であり、都市気象モデル開発において都市の素過程を検証する観測データがほとんどない。このため、都市の大気境界層を直接表現できるLESモデルを開発し、検証データとして利用することが必要である。また、都市の微気象を表現できる都市LESモデルは地上気象観測環境の定量評価の可能性を持つが、郊外などの多様な植生を含む観測環境に対応するモデルではない。

研究の成果の到達目標

全国的な都市化の進行とともに顕在化してきているヒートアイランド、都市豪雨等への都市効果を、定量的に表現・予測することは大きな社会的要請となっている。気象庁ではこれら社会の要請に答えるべく、ヒートアイランドの実態把握、都市化影響の評価を行う「ヒートアイランド監視報告」を定期的に発表しているが、これらの情報作成に用いる都市気象モデルの更なる高度化が要請されている。また、都市の関連する豪雨や異常高温等の極端現象をNHMで再現、予測を行うための都市効果をより正しく表現するスキームが求められている。これらの要請に応えるべく、都市気象を精度良く再現、予測可能な都市気象モデルを開発提供し、都市気象メカニズムの解明と都市気象にともなう極端現象の解析・予測を通じた気象庁の情報発信の高度化に資する。

研究の現状

(1)進捗状況

(副課題1)都市気象全般を表現可能な都市気象モデルの開発

前研究計画で導入済みの「ビル面からの潜熱輸送を含んだ1層都市モデル」についてその改良を進めた。夏期及び冬期降水日の数値実験を実施し、ビルの屋上面及び壁面からの潜熱輸送量を制御するパラメータである最大貯水量の適切な規定値を決定した。また、更なるモデルの精度向上のため、土地利用データ、人工排熱データ、東京都建物情報GISデータ等、最新かつ詳細なモデル入力用データセットの収集を行い、これらを用いることにより地上気温の再現性が向上することを確認した。

さらに、改良版1層都市モデルを組込んだ気象庁非静力学モデルNHMを用い、関東甲信地方における過去30年間の都市化が夏季及び冬季の平均的な地上気温変化に及ぼす影響についても調査を行った。この数値実験では、植生の減少,人工排熱増加,ビル群の高層化,全て地上気温を上昇させる影響をもつことがあらためて示された。域内にあるアメダス官署の30年間の気温上昇トレンドとの相関も確認でき、都市域の気候変化の研究に対する都市モデルの有用性が確認された。また、都市域地表面が短時間強雨にどのような影響を及ぼし得るのかを確認するため、顕著な降雨事例である2010年7月5日について詳しい解析を行った。

多層モザイク都市モデルに関しては、まず、高層ビル群による放射配分の変化を表現可能な都市多層放射モデルを構築した。模擬都市としてコンクリートビル群を想定して本放射モデルを実行した結果、ビル群の縦横比の変化に従い、実効的なアルベドや射出率が変化する様子を再現することができた。この実効アルベドの変化については、屋外模擬都市での実観測結果や、気象庁屋上において継続している都市域放射収支データを用いた検証を行った。多層都市キャノピーモデルの運動量及び熱輸送量の表現部分については、中立大気を仮定したモデルの開発を進めているところである。各鉛直層におけるビル群の占める割合に応じ、形態抵抗を増減させ、キャノピー層内の乱流の大きさを決める長さスケールをビル間距離に応じて変化させるよう定式化した。大気モデルや他の陸面過程との親和性を考慮し、キャノピー層内の運動方程式は水平一様で定常状態を仮定する。現在、この定常解を安定に解く方法について検討中である。

他方、本副課題においては、これらの都市キャノピーモデルの放射過程の検証に供するため、気象庁屋上において都市域における放射収支データを取得しているところである。これまで数年間にわたる観測データの取得とデータベース化を行い、都市多層放射モデルの検証にも利用した。


(副課題2)LESによる都市気象モデルの検証と汎用LESモデルの開発

複雑な都市の例として行った列状の都市キャノピー群を用いた風洞実験の解析を進め、都市のneighborhood scale(1-2km)に特有な境界層構造を得た。この結果を用いてLESモデルによる再現実験の検証を行い、LESモデルの改良すべき点についての検討を行った。さらに、次世代都市モデル構築の際に必要な諸要素(パラメータ)についての基礎的・理論的研究を行った。

(2)これまで得られた成果の概要

(副課題1)都市気象全般を表現可能な都市気象モデルの開発

前研究計画で導入済みの「ビル面からの潜熱輸送を含んだ1層都市モデル」についてその改良を進め、改良版1層都市モデルの概要と、このモデルによる都市域の気温再現精度の向上について、Aoyagi and Seino (2011)として学術誌に発表した。

さらに、改良版1層都市モデルを組込んだ気象庁非静力学モデルNHMを用いて、関東甲信地方における過去30年間の都市化が夏季及び冬季の平均的な地上気温変化に及ぼす影響調査を行い、その詳細な解析により、(a)植生の減少は夏季日中に気温を上昇させる効果が大きいこと、(b)人工排熱の増加は成層が安定な冬季に気温の上昇が大きく、その気温上昇は夕方と明け方にダブルピークを持つこと、(c)ビル群の高層化は、太陽高度の低い冬季に影響が大きく現れ、日中に地上気温の低下、夜間に地上気温の上昇、という効果を持ち、平均気温としては気温上昇の傾向をもたらすことを明らかにした。これらの結果はAoyagi et al. (2011) にまとめ、学術誌に投稿した。

本研究計画で構築した都市多層放射モデルを用いて都市域温暖化ポテンシャルに関する感度実験を行ったところ、ビル群の縦横比が大きくなる(ビル群が高層化する)につれて、放射平衡状態での表面温度が全体として高くなることが明らかになった。放射モデルの概要と観測事実との比較検証、及び、このモデルを用いた都市域温暖化ポテンシャルのシミュレーションについてはAoyagi and Takahashi (2011)として学術誌に掲載が決定している(2011.11.17受理)。

他方、本副課題においては、これらの都市キャノピーモデルの放射過程の検証に供するため、気象庁屋上において都市域における放射収支データを取得しているところであるが、これとつくば市舘野の精密放射観測データとの比較解析も実施し、特に赤外放射はつくばにおける放射量と差が有ることが明らかになった。

(副課題2)LESによる都市気象モデルの検証と汎用LESモデルの開発

複雑な都市の例として行った列状の都市キャノピー群を用いた風洞実験の解析結果は、論文として発表した(Kurita and Kanda 2009)。LESモデルによる再現実験の結果をこの解析結果で検証した結果、LESモデルの改良すべき点として分解能の向上・境界条件等の改良すべき課題が得られた。さらに、次世代都市モデル構築の際に必要な諸要素(パラメータ)についての基礎的・理論的研究からは、粗度・零面変位の安定度依存性について明らかにした。

(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

1層都市モデルについては、本庁の気候情報課に於けるヒートアイランド監視業務で来年度以降使われるよう導入された。そのため業務化への協力で1層都市モデルの調整に研究の重心がかかった。都市域パラメータデータセットの作成がこのため遅れ、これを用いたモザイクモデル作成、LES計算データとの比較は計画後半に持ち越した。

(4)成果の他の研究への波及状況

本研究課題において開発した1層都市キャノピースキームは、気象庁非静力学モデルNHMの陸面過程に導入されている。この陸面オプションを使用し、土地利用・建物情報・人工排熱等の詳細データセットの前処理含めた数値実験システムを都市気象モデルとして構築した。

この都市気象モデルを利用した都市域強雨事例の再現実験が、気象研究所の経常研究課題(顕著現象の機構解明に関する解析的・統計的研究、研究代表:藤部文昭)、及び、地方共同研究課題(都市域に強雨をもたらす降水系の構造と環境場及び予測に関する研究、研究代表:金子法史)において実施されている。

また、本モデルは、外部資金の環境省地球環境研究総合推進費S-5-3「温暖化影響評価のためのマルチモデルアンサンブルとダウンスケーリングの研究」(テーマ代表:高藪出)、及び、科研費基盤研究(B)「日本域の温暖化率の算定に関わる都市バイアスの評価と微機構的影響の解明」(研究代表:藤部文昭)における、都市域地表面がもたらす気候変化の研究に利用されている。

平成24年度以降、気象庁気候情報課のヒートアイランド監視業務の中で実施される数値実験の基幹モデルとして採用される予定である。

2.今後の研究の進め方

(副課題1)都市気象全般を表現可能な都市気象モデルの開発

1層都市モデルについては、本庁の気候情報課に於けるヒートアイランド監視業務で来年度以降使われるよう導入された。多層都市モデルに関してはモザイクスキームの組み込みを次年度以降行う。

(副課題2)LESによる都市気象モデルの検証と汎用LESモデルの開発

現有のLESモデルの分解能の向上と境界条件のさらなる改良が課題となっている。この改良をサポートするため、風洞実験の結果を用いた基礎的・理論的研究を引き続き行っていく。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

おおむね順調に進捗している。

(2)研究手法の妥当性

本研究は基礎的基盤的研究でありながら、本庁業務への対応(モデル提供)があり副課題1で一部研究順序を変えているが、副課題2の基礎的理論的研究とバランスを取りながら研究は進展している。本手法は妥当と考えられる。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

現在開発中の多層都市スキームは、NHM等のメソスケール気象モデルに適合する都市の定常多層スキームであり、すでにいくつか存在する時間積分による都市多層モデルとは異なるコンセプトで開発されている。

(4)総合評価

本研究は基礎的・基盤的研究でありながら、気象庁の研究機関である特徴を活かし、本庁業務(ヒートアイランド大綱)において核となる新鋭都市気象モデルの提供にも対応している。他方、次世代LESモデル作成にかかわる基礎的・理論的研究も着実にすすめており、国研として非常にバランスよく研究を進展させている。



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