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気象研究所研究開発課題評価報告

大気境界層の乱流構造の統合的研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日

研究代表者

毛利英明(物理気象研究部 第二研究室 主任研究官)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

(研究の必要性)
 数値モデルのサブグリッド乱流過程や接地境界層過程を高度化して予報精度を上げるため、これら乱流過程パラメタリゼーションの基盤となる、大気境界層乱流に関する知見を深める必要がある。とくに、計算結果に大きく影響する乱流過程を特定し、統計量や空間構造が、どのような普遍的性質や大気・陸面状態などへの依存性を持つか解明することが必要である。
(研究の背景)
 数値計算や風洞実験・野外観測の進歩の結果、大気境界層の乱流過程に関し、数値モデルのパラメタリゼーションの基盤であるMonin-Obukhovの相似則など従来提案されてきた普遍則を再検討し、新たな知見を得る機運が高まっている:

  • 詳細かつ大規模な数値計算や風洞実験・野外観測から、従来提案されてきた各種統計量の普遍則に疑問を呈する結果が報告され始めた。
  • 境界層乱流が様々な空間構造から構成されることが判明し、これら空間構造の研究から、新たな普遍則を見出す可能性が出てきた。

一方で数値計算・風洞実験・野外観測において新たな手法が導入されつつある:

  • 数値計算において、大型計算機の高性能化に伴いLarge Eddy Simulation (LES)が導入されつつある。
  • 風洞実験・野外観測において、画像解析技術の進歩に伴い、速度場の空間構造を瞬時に捉える粒子画像風速測定(PIV)が導入されつつある。
  • 野外観測において、信号処理技術の進歩に伴い、ウィンドプロファイラなどリモートセンシングの測器を用い、高度約100m以上の全高度で大気境界層の風速測定が可能になりつつある。

(研究の意義)

上述の新たな手法を本格的に実用化することで、従来は不可能だった計算・実験・観測を可能とし、従来提案されてきた普遍則を再検討し新たな知見を得ること目指すことに、本研究の意義がある。


研究の成果の到達目標

次世代数値モデルにおける大気境界層乱流パラメタリゼーション高度化の基盤となる知見を得るため、大気境界層の乱流構造に関し、以下の4項目について研究を実施する。
 ① 数値モデルのサブグリッド乱流過程や接地境界層過程パラメータのうち、計算結果に大きく影響するパラメータを特定する。
 ② Large Eddy Simulation (LES)に基づく大気境界層乱流の新たな数値計算手法を実用化する。
 ③ 粒子画像風速測定(PIV)を用いた地上付近の風速測定など新たな風洞実験・野外観測手法を実用化する。
 ④ ①,②,③に基づく数値計算・風洞実験・野外観測から、数値モデルに大きく影響する乱流過程に関し、従来提案されてきた普遍則を再検討し、新たな普遍則を見出すことを目指す。


研究の現状

(1)進捗状況

数値計算・風洞実験・野外観測の各分野において、計算コードの作成、実験装置の製作、予備実験や予備観測などが完了したのを受けて本格的な研究を開始し、研究成果が順調に蓄積されつつある。
 ①気象研NHMを用いて不安定境界層の数値計算を行い、解像度を変化させた場合の対流構造について、同じ条件でのLESの計算結果と比較検討を行った。また安定境界層について、気象庁現業モデルのサブグリッド乱流過程に採用されているMYNNクロージャの定式化の見直しを提案し、結果を論文等で発表した。
 ②LESに基づく数値計算プログラムを作成し、安定境界層についてデータセットを作成した。同データセットの検証を気象研大型風洞を用いて行い、LESの計算結果が妥当であることを確認した。これらの計算と実験から、フラックスリチャードソン数や乱流プラントル数の安定度依存性について新たな知見が得られ、詳細を検討中である。
 ③気象研大型風洞を用いた性能試験を行いつつ、PIV用撮影装置・光源・トレーサ粒子発生装置および解析用プログラムの開発を行った。風洞実験用PIVについては気象研小型風洞を用いて実証実験を行い、結果を論文として投稿中である。野外観測用PIVについては気象研大型風洞を用いて最終調整を行っている。
 ④気象研大型風洞を用いて中立境界層の実験を行い、速度変動の時系列データセットを作成した。これらの実験から境界層乱流に関する各スケール間のエネルギー収支やエネルギーの空間変動の様相を明らかにし、結果を論文等で発表した。
 気象研露場において、接地気象観測装置を用い様々な大気の安定状態のもとで観測を継続中である。韓国大邱カトリック大学と高精度ライシメーターを共同開発し、従来は困難だった夜間結露量の測定も可能になっている。これらの観測からは長波放射量の評価法に関する結果が既に得られており、論文等で発表した。

(2)これまで得られた成果の概要

本研究課題からは、大気境界層乱流の解明に資する知見がすでに得られ、以下のとおり論文として発表している。
 ①気象庁現業モデル等のサブグリッド乱流過程として広く採用されているMYNNクロージャの安定成層下における定式化について見直しを提案した(査読論文7)。
 ②LESを用いて回転成層乱流の数値実験を行った。回転がある場合はメソスケールで観測されるエネルギースペクトルと良い一致を示したが、回転がない場合は鉛直粘性の寄与が過大となる傾向があることを指摘した (査読論文5)。
 LESにおけるサブグリッド乱流輸送過程の自己整合性を検証する手法を提案した(査読論文6)。
 最も単純なLESとして知られる乱流の2点速度和が満たす各スケール間の厳密なエネルギー収支式を理論的に導出し、気象研大型風洞で取得した実験データを用いて検証した(査読論文8)。
 ③PIVにおける高速撮影のため2台のカメラを連動させる方式を新たに開発し、その有用性を気象研小型風洞における実証実験で示した (査読論文13)。
 ④気象研小型風洞において、風洞実験で広く用いられる熱線風速計のプローブの安定性と耐久性を高める技術を新たに開発した(査読論文4)。
 気象研大型風洞において得られた境界層乱流のデータから、乱流の運動エネルギーが非常に大きな空間スケールにおいても顕著に揺らぐことを指摘し(査読論文1)、その普遍的な統計則を明らかにした(査読論文11, 15)。
 気象研露場において得られた観測データを用い、長波放射量の評価に必要な全天日射量が毎時の日照時間から推定できることを指摘した(査読論文9)。
 高精度ライシメーターを開発し、気象研露場における試験観測から、蒸発散量の精密な測定とくに従来は困難だった夜間結露量の正確な測定が可能であることを示した (査読論文16)。
 気象研鉄塔において得られた風速時系列データのウェーブレット解析を行い、鉛直方向に広がる大規模な空間構造が存在し、運動量の下方への輸送に大きな寄与を果たしていることを指摘した (査読論文10, 14)。
 チベット高原のヤムドックヤム湖 (査読論文2)・ナム湖(査読論文3)・アーハイ湖(査読論文11) における水・熱収支の時系列データを解析し、湖面と陸面の特性の違い等に起因する湖と周辺領域との間の水熱循環過程を明らかにした。


(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

特になし。


(4)成果の他の研究への波及状況

② LESに基づき開発した数値計算プログラムおよび気象研大型風洞で取得した検証用データは、科研費「数値実験と風洞実験の融合による新しい大気乱流パラメタリゼーションの提案」(平成20年度〜平成22年度, 代表者:北村)においても活用した。
 ④ 気象研風洞において得られる境界層乱流に関する実験データは、同志社大・京大と共同で実施中の科研費「数値計算と実験による乱流の大スケール運動の統計則と空間構造の解明」(平成22年度〜平成24年度,分担者:毛利)においても活用している。
 ④ 気象研露場において得られた長波放射量の評価法に関する結果は、農環研・JAMSTEC・JAXAと共同で実施中の科研費「チベット高原における地表面の熱・水収支の長期変動とそれに気温上昇が及ぼす影響」(平成22年度〜平成24年度, 代表者:萩野谷)においても活用している。
 なお④風洞実験および野外観測で得られたデータは、気象研風洞を用いた龍谷大との共同研究「地形が大気境界層における拡散現象に及ぼす影響の研究」(平成21年度〜平成23年度)およびJAXA・東工大との共同研究「建造物周辺の風況予測技術及び航空機の安全評価技術に関する研究」(平成21年度〜平成23年度)、気象研露場を用いた筑波大との共同研究「草地上の熱収支に関する研究」(平成20年度~平成22年度)および韓国大邱カトリック大との共同研究「蒸発量の直接測定に関する研究」(平成22年度~平成23年度)においても用いている。


2.今後の研究の進め方

来年度までは①②③④ごとに研究を進め、最終年度に追加計算・実験・観測および全体の取りまとめを行う。原則として当初計画に従って研究を進めるが、①については、数値モデルの高解像度化に際し既存のサブグリッド乱流過程をそのまま適用できない可能性が高まってきた現状を踏まえ(口頭発表17)、感度実験に限定せずLESから得られた成果等を活用しサブグリッド乱流過程の高度化に資する研究を進めるものとする。なお今年度後半から来年度前半にかけての具体的な計画は以下の通りである:
 ① 気象研NHMを用いた様々な解像度における不安定境界層の数値計算およびLESとの比較検証を引き続き行い、気象研NHMの高解像度化にむけて、最適なサブグリッド乱流過程を検討する。
 ② LES数値計算と気象研大型風洞における実験から示唆されたフラックスリチャードソン数と乱流プラントル数の安定度依存性について結果をとりまとめる。また得られた知見を乱流パラメタリゼーションにどのように反映させるべきか検討する。
 ③ 野外観測用PIVの実証観測を気象研露場において今年度後半に実施する。本庁観測課の「観測所周辺環境の変化による気温観測への影響調査」(平成22年度〜平成24年度)に関連し、雨量計補足率の風速依存性の評価が目的である。
 ④ 気象研大型風洞において引き続き中立・不安定境界層の実験を行う。とくに高い空間分解能を持つI型熱線流速計を用いた測定を今年度後半に実施し、データベースを作成して乱流エネルギー散逸率の空間変動について解析を行う。
 ④ 気象研露場において引き続き観測を行う。とくに地中温度と土壌の熱伝導率の測定値を用いて地中伝導熱を推定し、熱流板による直接測定値との比較を行う。また渦相関法との比較に基づき、顕熱・潜熱フラックスのボーエン比を用いた評価法の検証を行う。


3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

①②③④間で進捗状況に若干の差があるものの、概ね当初計画どおりに進捗しており、重大な遅延は生じていない。

(2)研究手法の妥当性

初計画どおり概ね進捗していることから、研究手法は概ね妥当であったと判断される。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • 本研究課題からは大気境界層乱流の解明に資する多くの知見が得られ、項1(2)のとおり論文として発表している。とくに査読論文7は、気象庁現業モデルのサブグリッド乱流過程として採用されているMYNNクロージャの改良に関するものであり、同モデルの高度化に貢献することが期待される。また査読論文9から得られた知見は、現業観測データから熱収支解析を行なう場合への応用が期待される。
  • 本研究課題において得られたNHMやLESについての知見は、本庁におけるモデル開発業務への貢献が期待される。とくに次世代非静力モデルASUCAの開発には、本研究課題の担当者が参加している(査読論文以外の著作2)。
  • 本研究課題において得られた大気境界層の観測および実験についての知見は、本庁における観測業務への貢献が期待される。とくに観測課の「観測所周辺環境の変化による気温観測への影響調査」(平成22年度〜平成24年度)に関連しては、気象研大型風洞や露場における実験や観測を視野に入れて、本研究課題の担当者が気象測器検定試験センターと定期的に協議を実施している。
(4)総合評価

 研究成果が順調に蓄積されていることから、最終目標は達成可能と判断される。他方、項3(3)に述べた本庁の状況に代表されるように、本研究課題を実施する意義は、強まりこそすれ弱まってはいない。よって今後とも本研究課題を着実に遂行していく必要がある。



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