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気象研究所研究開発課題評価報告

意図的・非意図的気象改変に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日
  • 副課題1:意図的気象改変に関する研究
  • 副課題2:エアロゾルの間接効果に関する研究

研究代表者

村上正隆(物理気象研究部 第一研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

(副課題1)意図的気象改変に関する研究

国連は2025年までに世界の2/3の人口が水不足に直面すると指摘している。日本でも人口集中域では潜在的な水不足の状態にある。現在、約四十カ国で、100件以上の人工降雨プロジェクトが実施されているが、その大半は社会事業的要請によるもので、その効果の検証や最適シーディング法の開発などが不十分なまま継続されている。

地球温暖化が進むと、少雨・渇水や豪雨・洪水などの異常気象が頻発することも指摘されており、安定的水資源確保や即効的渇水対策のための人工降雨・降雪の可能性を総合的・定量的に評価するとともに人工降雨・降雪技術を早急に確立する必要がある。

(副課題2)エアロゾルの間接効果に関する研究

人為起源エアロゾルや乾燥域における森林火災からの有機エアロゾル、鉱物ダストなどは、雲粒・氷晶発生を通して雲の寿命・広がり・放射特性・降水能率・降水のタイミング・降水分布など雲・降水過程に大きな影響を及ぼす。

雲核(CCN)として雲粒生成を担うエアロゾルに関しては、いくつかのエアロゾル種の吸湿特性や層状雲を対象としたエアロゾル・雲観測などが行われ始めたが、エアロゾルの外部混合・内部混合や有機エアロゾルの初期雲粒粒径分布に及ぼす影響など、未解明の問題が残されている。氷晶核(IN)として氷晶発生に寄与するエアロゾルに関しては、人工降雨実験で使用される人工氷晶核との対比を通して戦後まもなくからおおよそ半世紀にわたって行われてきたが、凝結核とは異なり幾通りもの氷晶発生メカニズムが存在し非常に複雑なため、定量的にも定性的にも未解明の部分が非常に多い。

今後、室内実験及び野外観測に基づくエアロゾル・雲・降水を統一的に扱う雲物理パラメタリゼーションを組み込んだ高精度の数値モデルを用いてエアロゾルの間接効果を解明する必要がある。

研究の成果の到達目標

(副課題1)意図的気象改変に関する研究

①リモセン観測による有効雲の出現頻度把握とシーディング効果の物理的評価

②S/N比の高いシーディング効果の統計的評価法の開発

③シーディングエアロゾルによる雲粒・氷晶発生過程の定式化

④人工降雨・降雪の水資源確保および渇水対策技術としての有効性評価

(副課題2)エアロゾルの間接効果に関する研究

①雲核(CCN)・氷晶核(IN)のモニタリング観測

②大気中エアロゾルによる雲粒・氷晶発生過程の定式化

③大気中エアロゾルによる雲粒・氷晶生成過程に関する観測

④エアロゾルの間接効果の解明

(副課題1と副課題2に共通)

①エアロゾルの物理化学特性とCCN・INの活性化スペクトルの直接測定法の確立

②各種リモセン技術を用いたエアロゾル・雲・降水の微物理構造の遠隔測定法の確立

③詳細雲物理ボックスモデルの確立

④エアロゾル・雲・降水統一雲物理パラメタリゼーションの開発・改良とNHMへの組込

研究の現状

(1)進捗状況

(副課題1)意図的気象改変に関する研究

①小河内ダム周辺を対象とした有効雲の出現頻度把握のためのリモセン観測を計画している。

②小河内ダム周辺を対象とした、S/N比の高いシーディング効果の統計的評価法の検討に着手した。

③科振費「渇水対策のための人工降雨・降雪に関する総合的研究」で整備した実験装置を活用した、シーディングエアロゾルによる雲粒・氷晶発生実験の準備を進めている。

④小河内ダム周辺を対象とした、地上からのヨウ化銀および吸湿性粒子シーディング用の数値モデルの開発に着手した。

(副課題2)エアロゾルの間接効果に関する研究 

①地上エアロゾル観測システム(主にSMPS、OPC、雲核計、氷晶核計)を低温実験施設別棟に構築し、モニタリング観測を開始した。観測データを蓄積中であり、雲生成チェンバー実験と同期した観測が可能となった。

②雲生成チェンバーや雲核計・氷晶核計等を用いて、大気中エアロゾル(ダスト・無機炭素・海塩・硫酸アンモニウム)の物理化学特性と雲核・氷晶核としての活性化特性に関するデータを取得中である。

③既存の航空機観測データを用いて、色々な雲の条件下におけるエアロゾルから雲粒・氷晶生成過程に関する解析を実施中である。

④エアロゾル・雲・降水を統一的に扱う雲物理パラメタリゼーション(改良型バルク法、ビン法)をNHMに組み込み、改良型バルク法に関しては3次元、ビン法に関しては2次元バージョンでモデルの改良・性能評価を実施中である。

(副課題1と副課題2に共通)

①地上エアロゾル観測システムの構築はほぼ完了したが、氷晶核計は、蒸発部の性能評価とそれに関連した氷晶検出のための閾値設定を検討中である。

②天頂観測用X-band、Ka-band、(W-band)ドップラーレーダ、2波長偏光ライダー、多波長マイクロ波放射計等によるシナジー観測からエアロゾル・雲・降水の微物理構造の鉛直分布を推定するアルゴリズムの検討を実施中である。

③詳細雲物理ボックスモデルは、CCNとINを混合粒子として取り扱えるように不溶性粒子(IN)を変数として追加すると共に、エアロゾルのCCNとしての活性化を、粒子径と吸湿度κの組み合わせで表現出来るように改良し、実験データと比較して性能評価を実施中である。

④雲核・氷晶核を予報変数に追加したエアロゾル・雲・降水を統一的に扱う新しい雲物理パラメタリゼーションを開発しNHMに組み込んだ。室内実験と詳細雲物理ボックスモデルの結果に基づき、種々のエアロゾルからの雲粒・氷晶発生過程の定式化の改良を検討中である。

(2)これまで得られた成果の概要

H22年度で終了した科振費「渇水対策のための人工降雨・降雪に関する総合的研究」を継続・拡張し、四国における一年を通した有効雲出現頻度の評価、一夏を通した吸湿性粒子シーディングによる増雨効果を評価した。

雲生成チェンバーや雲核計・氷晶核計等を用いて、ダスト標準粒子・無機炭素エアロゾル(煤粒子)・海塩・硫酸アンモニウムのCCN・INとしての活性化特性を明らかにすることができた。地表付近の大気エアロゾルのCCN・INとしての活性化特性も明らかになりつつある。

既存の航空機観測データの解析から、CCN・IN活性化スペクトルの空間分布も明らかになりつつある。また、大気エアロゾルのCCNとしての活性化能力は無垢の海塩粒子や硫酸アンモニウムエアロゾルよりはるかに低いことも示された。

エアロゾル・雲・降水統一雲物理パラメタリゼーションを組み込んだNHMを用いてエアロゾルの間接効果に関する予備的数値実験を行った。

(副課題1)意図的気象改変に関する研究

副課題1は科振費「渇水対策のための人工降雨・降雪に関する総合的研究」の成果を活用して平成23年度~平成25年度で行う計画であるため、現時点(平成23年10月)では副課題1単独では主だった成果はない。

(副課題2)エアロゾルの間接効果に関する研究

①2010年6月高知市で取得した地上モニタリング観測データの解析結果から、平均的なエアロゾル粒子数濃度やSSw=1.0で活性化するCCN数濃度は、つくばに於ける観測値と比較可能な値であり、都市域汚染の影響を受けた海洋性大気であることが示唆された。

2010年3-4月及び10-11月につくばにてエアロゾル粒子サンプルの採取を行い、電子顕微鏡で分析した。海塩、鉱物、硫酸塩、無機炭素、有機炭素などの混合と考えられることが分かった。CCNとしては、基本的に硫酸塩が多数を占めるが、水溶性成分を含む黄砂粒子や有機物粒子の影響が大きい可能性があることが示唆された。

②雲生成チェンバーや雲核計・氷晶核計等を用いて、ダスト標準粒子と無機炭素エアロゾル(煤粒子)の物理化学特性とCCN・INとしての活性化特性を測定した。これらの粒子のCCN活性化特性は吸湿度κを用いて定式化した。IN活性化特性に関しては、活性化比率を温度・過飽和度の関数として求めた。

③高知県上空で取得した航空機観測データの解析結果から、過飽和度0.7%で活性化するCCN数濃度は0.1μm以上のエアロゾル粒子数濃度と良い相関があり、雲粒数濃度は0.3%付近で活性化するCCN数濃度に対応することが示された。海塩粒子や硫酸アンモニウムエアロゾルを仮定してエアロゾル粒径分布から推定したCCN数濃度は実測値よりも数倍大きく、雲核性能の低い各種エアロゾル粒子との外部混合あるいは内部混合が進んでいることを示唆した。

④エアロゾル・雲・降水を統一的に扱う雲物理パラメタリゼーション(改良型バルク法)を組み込んだ3次元NHMを用いて、山岳性混合雲の氷晶核数濃度に対する感度実験と背の低い対流雲の巨大雲核数濃度に対する感度実験を行い、それぞれの数濃度の増加に伴って降水量が増加することを示した。

(副課題1と副課題2に共通)

①氷晶核計はさらなる測定精度向上が必要であるが、SMPS(走査型モビリティ粒径分析装置)やOPC(光散乱式粒子計数器)を用いたエアロゾル粒子の粒径分布(0.01~10ミクロン)、電子顕微鏡を用いた化学組成、雲核計や氷晶核計を用いたCCNの活性化スペクトル(過飽和度スペクトル)とINの活性化スペクトル(過冷却度・氷過飽和度スペクトル)の同時測定システムをほぼ確立した。

②2波長偏光ライダー測定データ(後方散乱係数、偏光解消度、2波長比)を用いたエアロゾル数濃度・タイプの推定手法を開発した。

Xバンドレーダ又はKaバンドレーダに関しては、電波の消散を利用した乾燥雪に対する雲微物理量の導出法の定式化を行った。

多波長マイクロ波放射計のアングルスキャン計測が降雨時の雲水量推定誤差を軽減するのに有効であること、3次元数値気象モデルデータを用いた一次元変分法の適用でより正確な気温・水蒸気プロファイルの推定が可能なことを確認した。

氷晶のリモートセンシング技術を高度化するため、観測用航空機の2Dイメージプローブで得られたデータを用い複雑な形状をもつ氷晶のモデル化を試み、粒子散乱特性を求めた。

③改良した詳細雲物理ボックスモデルを用いて、ダスト粒子のCCNとしての活性化とそれに引き続く初期雲粒成長過程を再現出来ることを確認した。

④エアロゾル(雲核・氷晶核)・雲・降水を統一的に扱う新しい雲物理パラメタリゼーションのプロトタイプを開発し、NHMに組み込んだ。

(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

氷晶核計粒子検出部の故障や低温実験施設別棟新築に伴う実験装置の配置換えや追加による雲生成チェンバー用計測制御装置の改修などの緊急案件に対応するため、一部備品整備を後年度に先送りしたが、研究計画(内容)そのものはほぼ予定通り進捗している。

平成21年度途中で締結した電力中央研究所との共同研究の一環として、冬期日本海上に於けるエアロゾルの間接効果に関する航空機観測データを追加することができた。これにより広範な条件下でエアロゾルの間接効果の研究が可能となった。

平成23年度途中で締結した東京都水道局との共同研究の一環として、平成24・25年度に小河内ダム周辺で地上リモートセンサーとエアロゾル・CCN・IN観測を実施することになったので、より広範な条件下で意図的気象改変の研究が可能となった。

(4)成果の他の研究への波及状況

本研究で開発されたエアロゾル・雲核・氷晶核の測定手法は科研費基盤研究A「黄砂バイオエアロゾル及び人為起源エアロゾルの雲核・氷晶核能に関する研究」の一環として実施するモニタリング観測に活用されている。また、多波長の能動的・受動的リモートセンサーを組み合わせた手法やエアロゾル・雲・降水を統一的に扱う3次元NHMは、東京都水道局との人工降雨に関する共同研究のなかで活用されることになっている。

2.今後の研究の進め方

昨年度終了した科振費「渇水対策のための人工降雨・降雪に関する総合的研究」を継続・発展させる形で、今年度から副課題1(意図的気象改変に関する研究)を開始したが、今年度10月から東京都水道局との共同研究が開始したことに伴い、対象地域を小河内ダム周辺に設定し、過冷却雲を対象とした人工降雨はヨウ化銀シーディング、水雲を対象とした人工降雨は吸湿性粒子シーディングの手法を中心に、通年で人工降雨に適した雲の出現頻度把握・最適シーディング法の検討・シーディング効果の定量的評価に関する研究を実施する。

副課題1と2に共通する実験観測手法の開発はほぼ目処が付いた。今後は種々のエアロゾルを対象とした実験を継続し、CCN・INとしての活性化特性の定式化を進める。大気中エアロゾルのモニタリング観測についても、通年観測を実施し季節変動を明らかにする。

各種エアロゾルのCCN・IN活性化実験の結果に基づき、詳細雲物理ボックスモデルやエアロゾル・雲・降水統一モデルを精緻化し、既存の航空機観測データを用いてシミュレーション結果の検証を通しモデルの更なる改良を図る。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

ほぼ計画通りに進捗している。

(2)研究手法の妥当性

雲生成チェンバーや雲核計・氷晶核計等を用いた実験的手法、航空機を用いた観測的手法、エアロゾル・雲・降水統一モデルを用いた数値実験手法のそれぞれから、すでに有用な成果が出始めており、これらを組み合わせにより、研究目標を達成する見込みが高く、採用した研究手法は妥当であったと考えられる。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

当初の目標を達成することにより、より高精度で細やかな日々の天気予報や、より信頼性の高い気候変動予測を可能にするためのモデルの検証・改良に貢献できる。CCN・INとしての活性化を通してエアロゾルが雲・降水システムに及ぼす影響(間接効果)を実証的に解明しようとする本研究の学術的意義は高い。

(4)総合評価

意図的気象改変に関しては、通年の有効雲出現頻度や吸湿性粒子シーディングの一シーズンの降水量に対する増雨効果を評価するなど、世界に先駆けた成果が挙がっている。

ダスト標準粒子と無機炭素エアロゾル(煤粒子)のCCN・INとしての活性化特性を明らかにするなど、順調に成果が出始めており、目標達成が期待される。

大気エアロゾルのCCNとしての活性化特性を推定する際に重要となる吸湿度κの空間分布を明らかにしたことは、特筆に値する。

このように順調に成果が出始めており、本研究を着実に継続・発展させていく必要がある。



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