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気象研究所研究開発課題評価報告

海洋中炭素循環変動の実態把握とメカニズム解明に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日
  • 副課題1:長期変化傾向を検出するための観測・品質管理手法の開発
  • 副課題2:温室効果ガスの海洋蓄積の実態把握
  • 副課題3:海洋中炭素循環変動メカニズムの解明

研究代表者

石井雅男(地球化学研究部 第二研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

(副課題1)長期変化傾向を検出するための観測・品質管理手法の開発

①海洋酸性化の指標となるpHと生物活動の寄与を把握するための全アルカリ度については,それぞれの測定法の精度不足により,実態把握が十分にできなかった。さらなる測定技術の開発が必要である。

②炭酸系の変動に深く関わり,生物地球化学的過程のキー・パラメータとして注目される溶存酸素を正確に連続的に測定できるセンサーが開発されつつある。このセンサーを利用して溶存酸素の高密度観測を実施することによって,特に海洋表層の生物活動の詳細な状況把握が期待される。

③栄養塩標準の作成とこれを用いた観測の実施により,コンパラビリティを確保した変動の解析が可能となることを示すことができた。しかし,標準物質の要件としての安定性の確認がまだ十分でないことや,栄養塩標準の運用とこれに基づいた値付けの方法に起因した不確実性も同時に明らかとなった。これらの手法の検討やマニュアル化等を国際的な枠組みの中で進めていく必要がある。

(副課題2)温室効果ガスの海洋蓄積の実態把握

①これまでに実施した時系列観測により,北太平洋西部における炭酸系の季節変動の状況を把握できた。さらに,その年々変動や長期的変化傾向を正確に評価するためには,炭酸系とその変動に影響を及ぼす溶存酸素や栄養塩などの各層観測を継続実施すると共に,各観測データの品質管理を行ってコンパラビリティを確保する必要がある。

②これまでの観測結果から,亜熱帯北部でのCO2蓄積の状況が把握できたが,亜熱帯南部,赤道域及び亜寒帯域では海洋構造の変動が大きく,有意な変化の傾向が検出できていない。各海域におけるCO2蓄積の変動要因を解析する手法の開発が必要である。

③これまでの観測結果から,深度(密度面)によって全炭酸濃度や溶存酸素等の変動の状況が異なることがわかってきた。これらの変動メカニズムを調査する必要がある。

(副課題3)海洋中炭素循環変動メカニズムの解明

①これまでの研究における解析では,炭素循環の変動を引き起こす海洋過程の寄与を分別定量することができなかった。炭素循環の変動要因を定量的に評価する診断的解析手法を開発する必要がある。

②海洋CO2吸収の年々変動を引き起こすプロセスに関する定量的な評価はまだ進められていない。海洋CO2吸収の変動要因を検討する必要がある。

③栄養塩の時空間変動については,栄養塩標準の未整備から,正確な解析が滞り,生物地球化学的変動プロセスの評価に支障をきたしていた。栄養塩標準の使用に基づいて,海盆規模で整合性の取れたデータ解析を行う必要がある。

研究の成果の到達目標

(副課題1)長期変化傾向を検出するための観測・品質管理手法の開発

①海水のpH及び全アルカリ度を高精度で効率的に測定する装置とその測定データの品質管理手法を開発し,観測マニュアルを作成する。

②酸素センサーを実用化し,溶存酸素の高密度観測を実現する。

③栄養塩変動の解析を可能にする栄養塩標準の確立と分析マニュアル作成を行う。

(副課題2)温室効果ガスの海洋蓄積の実態把握

①サブ課題1で開発した観測技術を駆使して,北太平洋などにおける炭酸系及び関連物質の各層時系列観測を実施する。取得した観測データについて品質評価を行った上で,データセットをWDCGGから公開する。

②各層時系列観測データから,北太平洋西部における海洋内部のCO2蓄積や酸性化の長期変化傾向を明らかにする。

③北太平洋西部における炭素循環の年々変動の要因を明らかにする。

(副課題2)海洋中炭素循環変動メカニズムの解明

①海洋物質循環モデルを活用して,炭素循環の変動要因を定量的に評価する診断的解析手法を開発する。

②海洋CO2吸収の年々変動の要因を明らかにする。

③海洋内部の栄養塩変動の要因を明らかにする。

④CO2吸収・蓄積メカニズム及びこれに伴う酸性化に関する情報を集約して公表する。

研究の現状

(1)進捗状況

(副課題1)長期変化傾向を検出するための観測・品質管理手法の開発

  • 海水中の炭酸系パラメーター(全炭酸濃度,全アルカリ度,水素イオン濃度)の測定の高精度化・効率化,CTD搭載型高速応答センサーによる溶存酸素濃度観測の実用化,栄養塩濃度分析の品質管理向上に関して、さまざまな技術開発を着実に進捗させている。
  • 成果を気象庁地球環境・海洋部の海洋観測業務に現業化し、運用を支援している。

(副課題2)温室効果ガスの海洋蓄積の実態把握

  • 震災によって計画変更された一部の航海を除いて,観測や海水試料の採取を計画通りに実施した。
  • 気象庁海洋気象課と協力して長期に取得してきた西部北太平洋海洋各層の炭酸系・化学成分データの一次品質管理(異常値の検出)と二次品質管理(系統誤差の評価)作業を進めている。
  • 太平洋の海洋各層にて国内外の海洋観測機関が取得した炭酸系データを含むおよそ300航海の海洋観測データを収集し,その一次品質管理と二次品質管理の作業も並行して進めている。
  • 品質管理された栄養塩データの全海洋データベースを作成した。
  • 長期に亘る海洋炭酸系や溶存酸素濃度などの観測データに基づいて,太平洋や南大洋における海洋CO2の増加傾向・溶存酸素の低下傾向と,それらの変動要因,人為起源CO2蓄積・海洋酸性化の動向に関する定量的な解析を進めている。

(副課題3)海洋中炭素循環変動メカニズムの解明

  • 台風通過に伴う海洋表層の物理場の変化,炭酸系の変化と、その大気・海洋間CO2フラックスへの影響に関する研究を,観測データと数値モデルを連携させて進めている。
  • 黒潮続流域における人為起源CO2の吸収・蓄積メカニズムに関する数値シミュレーションを進めている。
  • 太平洋全域を対象に、さまざま機関が、観測、数値モデル、インバージョンといったさまざまな手法によって評価した大気・海洋間CO2フラックス分布の平均像や年々変動を比較し、評価の現状をまとめている。
(2)これまで得られた成果の概要

海水中の炭酸系と化学成分のデータ品質の向上に直接的に関わる分析・観測機器の開発・性能向上や標準物質の開発は,大気CO2増加や気候変化に伴う海洋物質循環変動の検出に不可欠である。このため,本庁地球環境・海洋部の現業海洋観測からのニーズが高く,平成22年度と平成23年度に凌風丸で実施された東経137度と東経165度の高密度観測はじめ,通常の現業観測にさっそく活用され始めた。

太平洋の海洋表層や中層でCO2増加と海洋酸性化が進行していることや,溶存酸素濃度が減少していることを定量的に評価しつつあり,IPCC WGI/IIの海洋酸性化ワークショップなど国内外の学会や,原著論文で発表した。

大気・海洋間CO2フラックスが小さい夏季に,大きなインパクトを持つ可能性がある台風通過の大気・海洋CO2フラックスや,黒潮続流域における人為起源CO2吸収の長期変動に関する数値シミュレーション結果を,原著論文で発表した。


(副課題1)長期変化傾向を検出するための観測・品質管理手法の開発

  • 全炭酸濃度分析装置の電量滴定セルの構造や滴定電流を改良し,測定精度や安定性を向上させた。
  • pH測定装置の海水前処理部の動作を調整し,特に問題となっていた海水中の気泡生成を抑制することで、繰り返し精度±0.001のpH測定に成功した。
  • pH測定装置や全アルカリ度測定装置に使用している分光光度計に,光入力と出力信号の関係が非線形の領域があることを確認し,最適な入力光強度範囲を評価した。これによって,より精度の高いpHや全アルカリ度データの取得を実現できた。
  • 全アルカリ度の測定精度向上に必要な塩酸溶液の濃度検定装置を設計し,製作した。
  • CTD搭載型の高速応答酸素センサーRINKO-IIIの性能評価,改良,アルゴリズム開発を進め,採水分析値との差が約±1µmol/kg以内の,センサーによる溶存酸素の鉛直観測を可能にし,その詳細を原著論文にまとめて発表した。
  • クロロフィルセンサーの性能試験を凌風丸で実施し,実用化の目処を立てた。
  • 有意な濃度変化がない栄養塩分析の二次標準海水を,長期航海や国際比較実験などに必要な200本規模で調製することに成功した。
  • ユネスコ政府間海洋学委員会の総会において,栄養塩標準物質に関する研究グループの発足を提案し,承認された。これを踏まえ,栄養塩の世界的な標準分析法を確立させるため,国内外の研究者らと分析マニュアルを執筆し,出版した。栄養塩標準物質の作製と国際栄養塩スケールの確立についても,11編の論文を含む「Comparability of nutrients in the world's ocean, ISBN978-4-9904863-0-3」を編集し,出版した。

(副課題2)温室効果ガスの海洋蓄積の実態把握

  • 気象庁定線の本州南方東経137度で長期に観測している海洋炭酸系のデータを解析し、亜熱帯域の広域で、海洋CO2増加と海洋酸性化の進行を確認した。年々変化や空間変化が大きい本州南岸でも,外洋域と同様のCO2増加・酸性化を確認できた。
  • 気象庁定線の東経137度線と東経165度線の海洋各層における長期の溶存酸素データを解析し,表層から中層にかけて溶存酸素が減少傾向にあることを突き止めた。
  • 東経137度で1994年と2010年に実施した海洋各層の高密度観測の炭酸系データを比較した。この16年間に海洋内でも海洋酸性化が進み,大気からの人為起源CO2の吸収に加えて,海洋物質循環の変動による効果も大きいことが分かった。

(副課題3)海洋中炭素循環変動メカニズムの解明

  • 海洋大循環モデルに化学過程を組みこみ,東シナ海の台風通過事例について,海洋表層の物理場や炭酸系の変動について数値実験を行った。その結果を,当時行っていた定点観測ブイにおけるCO2分圧の時系列データと比較・検証し,台風通過が炭酸系変動に大きな影響を及ぼすことを明らかにした。
  • 海洋物質循環モデルを用いた数値実験により、黒潮による熱帯域から亜熱帯域北縁への海水輸送と,輸送途上における冷却・CO2吸収が、黒潮続流域において大気からのCO2吸収を長期的に増加させることが分かった。
  • 本研究で作製した栄養塩標準物質を使用して観測が行われた航海を対象として、比較可能性を明示的に確保した世界初の高品質の栄養塩のデータセットを作成し、これに基づいて,緯度・経度0.5度毎,深度50m毎 136層の格子点をもつ、全球栄養塩データセット(Global Nutrients Dataset 2010)を完成させた。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)
  • 北太平洋海洋科学機関(PICES)は,ユネスコ政府間海洋学委員会の国際海洋炭素統合プロジェクト(IOCCP)と連携して,海洋内部の炭酸系・化学データ統合活動(PACIFICA)を実施することになった。この活動をリードしながら,太平洋で取得された多くの炭酸系データの品質評価を行った。データは,水路協会海洋情報研究センターや,米国のCDIACから公開する予定である。
  • Global Carbon Project (GCP) 事務局から,IPCC AR5の作成に向けた活動の一環として、GCP が推進するRegional Carbon Cycle Assessment and Processes (RECCAP)への参画を要請され,太平洋における大気-海洋間CO2フラックスの評価の現状(CO2分圧の観測データに基づく評価,大気CO2濃度に基づくインバージョン法による評価,海洋炭素循環モデルによる推定)を取りまとめることになった。(副課題3)の診断モデル開発作業に変えて,RECCAPの作業を進めている。
(4)成果の他の研究への波及状況
  • 文部科学省・気象庁・環境省編 温暖化の観測・予測及び影響評価統合レポート「日本の気候変動とその影響」(2009年10月)において,本研究の成果のひとつである全炭酸濃度の増加に関する解析結果が紹介された。
  • 本研究で開発を進めている観測機器や標準物質は,気象庁の現業観測に活用されはじめただけでなく,国内外の海洋調査・研究機関からも高い関心が寄せられており,将来の普及が期待される。
  • 本研究で作成を進めているデータベースは,全海洋的な物質循環の解析や,モデリングに活用されることが期待される。
2.今後の研究の進め方
  • 引き続き,炭酸系パラメーターの分析装置の性能向上を図りながら,高精度測定のためのマニュアル作成など,運用技術の向上を進めてゆく。全アルカリ度観測の品質管理の強化策として実施している塩酸濃度の検定装置についても,着実に開発を進めてゆく。
  • 高精度の観測データの取得と並行して,過去の観測データについて二次品質管理作業とデータベース化を進める。他機関の研究者らと協力してPACIFICAを完成させる。これらのデータベースを用いて,北太平洋から南大洋にかけての海洋表層の物質循環変動の解明を進めるとともに,海洋内部についても人為起源CO2の蓄積や、物質循環変動の解析をさらに進めてゆく。
  • 海洋物質循環モデルを活用した物質循環変動の解明を引き続き進めてゆく。RECCAPについても,作業を進め,論文にまとめる。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

おおむね順調に進捗している。

(2)研究手法の妥当性

海洋物質循環の実態・変動の把握に関する多くのパラメーターの分析方法や品質評価方法の開発・向上,海洋観測の実施,データベースの作成と長期トレンドの解析,そして数値モデリング等の総合的な解析へと,研究ニーズや現業ニーズに応じて,総合的に研究を推進している。高いレベルで多くの成果が出ており,研究手法は妥当と考えられる。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • 本研究で開発等を進めている観測機器・標準物質・データベースは,気象庁の現業観測だけでなく,国内外の他機関からも注目されている。大気CO2濃度の増加や気候変化に伴う海洋物質循環の変動を解明してゆく上で不可欠な、高精度かつ長期の海洋観測の展開に向けて,今後さらに業務貢献や国際貢献が期待できる。
  • さまざまな海域の表層や中層におけるCO2の増加傾向,海洋酸性化動向,酸素・栄養塩の変動,大気-海洋間CO2フラックスの変動といった本研究の解析成果は,学会発表や学術論文を通じて高い評価を得ている。ワークショップや草稿の作成などを通じて,IPCC 評価報告書の作成にも貢献し始めており,将来に亘ってさらに貢献が期待できる。
(4)総合評価

観測手法の開発・向上・効率化を進めるとともに,長期の観測データに基づく海洋物質循環変動の実態を明らかにするなど,特筆すべき成果が得られ,高いレベルで順調に成果が出ている。現業観測への貢献や,国際貢献も進んでおり,本研究を実施する意義は大きい。

以上から,本研究を引き続き着実に遂行し,発展させていく必要がある。



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