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気象研究所研究開発課題評価報告

全球及び日本近海を対象とした海洋データ同化システムの開発

中間評価

評価年月日:平成24年3月13日
  • 副課題1:変分法同化技術の高度化
  • 副課題2:日本近海の海況監視・予測技術の開発

研究代表者

岩尾尊徳(海洋研究部 第二研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

気象庁の海洋関連業務(海況予報業務・エルニーニョ予報業務)に使用される海洋データ同化システムの開発を継続・発展させるために重点研究として本研究を行う。

(副課題1)変分法同化技術の高度化

①全球海洋データ同化システムの開発

現在、気象庁の現業エルニーニョ予報業務用全球海洋データ同化システムは、北緯75度までの海洋モデルで、緯度・経度の水平座標系であり、それに合わせた同化システムである。現在開発中の地球システムモデルで用いられている海洋モデルは、3極の一般化座標系であり北極も含んでいる。この新しい地球システムモデルの座標系を用いた同化技術の開発が喫緊の課題である。

②新しい観測データの同化技術開発

現在、気象庁での海況予報業務用北西太平洋海洋データ同化システムは、オホーツク海を含んだ海域の情報を提供しているが、海氷モデルへの海氷密接度データの同化は行われていない。そのため、正確な海氷情報を提供するために、海氷同化技術の開発が求められている。また、新しい観測データとして衛星海面塩分データの同化技術の開発も世界的に求められている。

③海洋長期再解析の実施

国際研究計画(GOOS/GODAE_OceanView, JCOMM/ET-OOFS, CLIVAR/GSOP)では、海洋の同化実験結果(再解析)を行い、国際的な比較実験に参加することが求められている。その再解析データを用いて海洋中の気候変動を検証することにより、同化スキームの改良点を明確にしたうえで改善を図る必要がある。

④4次元変分法の開発(アジョイントモデルの作成)

気象庁の海洋関連業務に使用されている海洋データ同化システムは多変量の3次元変分法を用いている。海況と気候の監視・予測精度をさらに向上させるために4次元変分法の開発(アジョイントモデルの作成)が必要である。

(副課題2)日本近海の海況監視・予測技術の開発

①海洋総合解析システム(MOVE/MRI.COM-WNP)の高度化

平成20年3月から現業化された北西太平洋の監視・予報を行う海洋総合解析システム(MOVE/MRI.COM-WNP)の親潮海域には低温バイアスがあり、そのバイアスを取り除いて精度が向上した水温・流速の情報提供が喫緊の課題である。その為に低温バイアスに関する制約条件や中規模渦まわりのフロント構造に準拠した非等方的な誤差統計量の算出方法の開発が求められている。

②波浪の海流への影響の研究

現在の気象庁の現業波浪モデルは、沖合のみを扱っているため浅海用に改良することが必要である。

海況監視・予測業務に使用する海洋モデルと同化システムの解像度が細かくなるに従い、波浪などの海流への影響が重要になることが指摘されはじめている。またその波浪モデルを用いた海洋混合層での混合過程への影響も考慮する必要がある。

③局所大気海洋相互作用の研究

局所的な大気・波浪・海洋混合層結合モデルを構築する場合、海洋データ同化システムから得られる結果を初期値・境界値として用いて精度を向上させるための影響評価がなされていない。また、同モデルを用いた局所的な大気海洋相互作用、特に海面水温フロント付近の海上風の変動等を調べることによる改良が必要である。

研究の成果の到達目標

(副課題1)変分法同化技術の高度化

海洋環境同化システムの開発に取り組み、海洋長期再解析データを作成することにより、海洋環境情報の高度化を図る。

(副課題2)日本近海の海況監視・予測技術の開発

現在気象庁で現業運用されている同化スキームの改良、浅海波浪過程を導入した波浪モデルの開発、波浪同化システムの開発、波浪の海流への影響に関する研究・開発に取り組み、日本近海監視・予測システムの基礎を確立する。

各副課題で得られた成果に基づき、異常気象・気候変動に関する解説資料を作成する。

研究の現状

(1)進捗状況

海面塩分衛星Aquariusの打ち上げが2011年6月まで延期されたことで、副課題1における、新しい観測データの同化技術開発の海面塩分のデータ同化に関する研究が未着手の状態である。

平成23年夏季の節電による電子計算機の縮退運用の影響で若干の遅れはあるものの、ほぼ順調に進捗している。

(2)これまで得られた成果の概要

変分法の高度化に関する課題としては、新しい全球海洋大循環モデルでの座標系へ緯度・経度座標系での解析値を変換するスキームを開発した。また、海氷データ同化スキームを開発し、気象庁本庁での現業システムへ導入された。海洋再解析データと観測データを用いた解析をまとめて論文を三編投稿し、そのうち二編が受理された。

日本近海、特に親潮の再現性を向上する同化スキーム開発を行った。浅海波浪スキーム及び高潮絶対値算出スキームは気象庁と共同で開発した。また、台風強度予測への海洋初期値場の効果について有効な知見が得られた。

(副課題1)変分法同化技術の高度化

①全球海洋データ同化システムの開発

  • 地球システムモデル等で使用されている3極一般化座標の海洋大循環モデルに対応した同化システム(3次元変分法)を構築するため、一般化座標と極座標の変換スキーム及び極座標系での全球解析スキームを開発した。
  • 超音波流速計と曳航式CTDを用いた観測を、気象庁地球環境・海洋部及び神戸海洋気象台と共同で日本南方及び熱帯で実施し、この観測データを用いて、塩分場を中心とした精度検証、水温・塩分の関係を壊さずに同化するスキームの効果の検証、南太平洋起源の高塩分水の挙動等の詳細な解析等を行った。
  • 次期季節予報システムに向けて、北極を含む海洋モデルを用いた3次元変分法によるデータ同化システムのプロトタイプを作成し、北極の海氷などが適切に再現されることを確認した。
  • 同化に必要な統計量を月ごとに変化させることができるようにするため、データ同化システム本体、及び、統計量の作成ルーチンの改良を行った。

② 新しい観測データの同化技術開発

  • 現業用海氷モデルがマルチカテゴリを採用した最新のモデルに変更されることに伴い、マルチカテゴリ海氷モデルに対する海氷密接度のナッジング手法の開発を行った。また、同化実験を行い、オホーツク海の海氷が適切に再現されていることが確認された。本スキームは、平成22年度末に気象庁海洋気象情報室で運用中の北西太平洋システムに導入された。

③ 海洋長期再解析の実施

  • 全球版では1948年~2010年の再解析を行った。北西太平洋版では1985年~2010年の再解析を実施した。
  • GODAE Ocean View 観測システム評価タスクチームの要請により、アルゴフロート、及び、TAO/TRITONアレイの現行季節予報システム(海洋データ同化システムを含む)におけるインパクトについての検証を行い、ARGOフロートは、特に、7-12ヶ月先のエルニーニョ予測を、TAO/TRITONブイは熱帯太平洋の広い範囲の海面水温予測を改善しているという結果を得た。

④ 4次元変分法の開発(アジョイントモデルの作成)

  • 既存の3次元変分法の背景誤差共分散行列を用いて、アジョイント法(4次元変分法)によるデータ同化システムの作成を開始した。
  • アジョイントモデルの積分計算を、途中で中断した後に継続計算が可能となるようにプログラムの改良を行なった。また、気象庁海洋気象情報室で運用中の北西太平洋モデルに合わせたアジョイントモデルのバージョンアップを行い、特に海氷モデルをフォワードモデルに含む場合でも、アジョイントモデルの計算が可能となるような改良を行った。また平成23年度末までに、このアジョイントモデルを用いて、観測データをモデルに同化するスキームの開発を実施。

(副課題2)日本近海の海況監視・予測技術の開発

① 海洋総合解析システム(MOVE/MRI.COM-WNP)の高度化

  • 亜寒帯域での低温バイアスを低減するスキームとして、既存の3次元変分法の同化システムに、負の水温を避ける制約条件の導入を行うことで、観測をよく再現した。
  • 東北沖などの海洋フロント域では、同化結果の精度向上に誤差の非ガウス的な性質を考慮する必要があることが分かった。これまで、ガウス分布の誤差を仮定していた観測データの品質管理の手法を改良し、フロント域で解析精度が向上することを確認した。この品質管理の改良手法は平成22年度末に気象庁海洋気象情報室で運用中の北西太平洋システムに導入された。
  • 縁辺海での塩分精度向上に向けて、淡水フラックス修正量の見積を行った。
  • 精度検証を行うための係留系観測を、水産総合研究センター東北区水産研究所と共同で、東北沖で実施した。

② 波浪の海流への影響の研究

  • 浅海波浪スキーム及び天文潮を導入した高潮モデルの開発(本庁と共同研究)を行って浅海での効果を考慮するスキームを導入した。高潮モデルに天文潮を計算して足し込む技術を導入し気象庁海洋気象情報室において現業化された。
  • 現行の深水波用波浪モデルに、浅海効果(屈折・海底摩擦及び非線形効果の補正)を導入し、プロトタイプを完成させ、平成22年3月までに、理想実験を行いパフォーマンスの検証を行った。
  • 波浪モデルのチューニングについては、波浪モデルの発達項を修正し、冬季における検証では、衛星観測値との比較で精度の改善(RMSE, BIASの減少)が得られた。

③ 局所大気海洋相互作用の研究

  • 既存の大気再解析データ及び海洋再解析データを用いた解析、特に海洋の貯熱量と台風活動の解析をおこなった。
  • 2005年の台風Hai-Tangの通過に伴う海洋応答の海洋初期場依存性について、日別海洋再解析データを用いてそれぞれ初期値を作成し、数値シミュレーションを実施した。台風通過海域における海洋混合層の深さによって、エクマン輸送と鉛直乱流混合による冷たい海水の海面水温低下への影響が異なることを示した。
  • 非静力学大気波浪海洋結合モデルによる台風Hai-Tang発達期における台風強度予測実験結果から、海洋初期場が台風強度予測に与える影響は、Hai-Tangの移動により形成される海面水温低下による影響と比較すると小さいもののその影響は有意であること、及び海洋初期場の違いはHai-Tang発達期におけるスパイラルレインバンドの形成に影響していたことを示した。
  • 1958-2007年までの副課題1による全球月別海洋再解析データを用いて、海洋貯熱量データセットを作成した。
  • 東太平洋海域のハリケーンと北西太平洋海域の台風について、IBtRACSベストトラックデータセット、北太平洋(0.5°)及び全球海洋再解析データセット、TRMM/TMIとAMSR-E合成海面水温データを用いて,2002-2007年の台風と海面水温及び海洋熱容量の関係を調査し、東太平洋においても、最大風速と海洋熱容量の相関が、海面水温との相関よりも高いこと、また北西太平洋と比較して東太平洋海域では同じ海洋熱容量で最大風速がより強まっているという結果が得られた。
  • 黒潮続流域の中規模渦が台風強度予測に与える影響を調べるために、北太平洋(0.1及び0.5°) 海洋再解析データセットからそれぞれ海洋初期値を作成して、非静力学大気波浪海洋結合モデルにより2009年台風14号(Choi-Wan)の数値シミュレーションを実施した。2009年9月17日0000UTC初期値の実験結果は台風の移動速度はやや遅いものの、経路を良好に再現した。海洋再解析データセットの水平解像度の違いによる、台風進路予測への影響はほとんど見られなかった。また中心気圧については予測結果の差は見られたものの、そのインパクトは大気初期値に使われるデータセットの違い(全球解析とJCDAS)、台風域での海水温低下(結合/非結合の比較)及びモデル水平解像度の違い(3,6,12,24km)と比較すると小さかった。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

海面塩分衛星Aquariusは、当初の2009年の打ち上げ予定が2011年6月に延期され、そのデータが配信されるようになるのは2011年の秋以降となった。配信されているデータはまだ誤差が大きく、今後諸外国の衛星センター(NASA/JPL、CNES等)で処理を行い、精度向上したデータセットの配布が2012年頃開始される予定である。そのため、海面塩分データ解析及び同化スキームの開発は2012年以降の開始とする。

(4)成果の他の研究への波及状況

重点研究「全球大気海洋結合モデルを用いた季節予測システムの開発」で実施される季節予測実験に、本研究で開発する全球海洋同化システムによる同化結果を初期値として用いられる。

2.今後の研究の進め方

(副課題1)変分法同化技術の高度化

① 全球海洋データ同化システムの開発

  • 次期季節予報システム、及び地球システムモデル(全球海洋モデル)用データ同化システム(3次元変分法)の性能評価、及び改良を継続して行う。

② 新しい観測データの同化技術開発。

  • 海氷同化スキーム等の開発を行う。特に、海氷密接度を制御変数とする3次元変分法の開発を継続する。同化実験を行い、観測データとの比較検討、及び前年度のナッジング法での同化結果と比較検討する。
  • 海面塩分観測衛星Aquariusデータの精度検証を行うとともに、Aquariusデータの同化技術の開発を開始する。

③ 海洋長期再解析の実施

  • 現行システムによる再解析期間の延長を行う。
  • CLIVARにおける全球データ統合パネル(GSOP)と海洋モデル開発ワーキンググループ(WGOMD)との間の協力体勢強化の方針に従い、WGOMDのモデル相互比較プロジェクト用全球海洋モデルをベースとした海洋データ同化システムを構築し、WGOMDが提供する大気外力データを用いた、1950年代以降の長期再解析を実施する。
  • CLIVAR-GSOPで計画されている海洋データ同化システムの相互比較に向けて、再解析データの精度評価などを行う。

④ 4次元変分法の開発(アジョイントモデルの作成)

  • 4次元変分法を用いた短期間の予備的な同化実験を行う。結果を観測と比較し、スキームの改良を行う。

(副課題名2)日本近海の海況監視・予測技術の開発

① 海洋総合解析システム(MOVE/MRI.COM-WNP)の高度化

  • 高度化した総合海洋解析システムでの低温バイアスを低減するスキームの改良を行う。結果を観測結果と比較し、精度検証を行う。
  • 沿岸での海況現象の再現精度向上のための潮汐データ同化に用いる衛星海面高度データの取得と解析を行う。
  • 精度検証を行うための観測を東北水研と共同で、東北沖で継続して実施する。
  • アジョイント法によるデータ同化システム導入の可能性を検討する。

② 波浪の海流への影響の研究

  • 浅海波浪スキームと天文潮を導入した高潮モデルは、気象庁で現業化され、当初の目的を達成したため、本項目は終了する。

③ 局所大気海洋相互作用の研究

  • 大気・海洋再解析データ、Argoデータ等観測データを用いた大気海洋相互作用の研究を引き続き行う。
  • 非静力学大気波浪海洋結合モデルにより、台風・顕著現象の再現に対する海洋同化データの影響評価を引き続き行う。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

海面塩分衛星Aquariusの打ち上げが延期されたことで、副課題1)変分法同化技術の高度化における、新しい観測データの同化技術開発の海面塩分のデータ同化に関する研究が未着手の状態であるがデータ配布の開始に伴い平成24年度には開始できる。その他はほぼ順調に進捗している。

(2)研究手法の妥当性

研究計画の途中であるが、これまでの成果の一部を気象庁の現業システムに導入され、気象庁業務の高度化に資するなどの成果をあげることができており妥当である。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

施策への活用

  • 開発を開始した地球システム(全球海洋大循環モデル)用同化システムは、次次期季節予報システムとして気象庁気候情報課で導入される予定である。
  • 開発中の海氷同化スキームは平成22年度に気象庁海洋気象情報室に納入され、現業用運用試験を経た後オホーツク海の海況監視・予測に利用される予定である。

学術的意義

  • 従来、変分法と云われる同化手法ではガウス型の誤差分布が大前提であるが、本研究では非ガウス型の要素を取り入れた同化手法に改良し、現実の海洋現象の再現性が高まったことはデータ同化研究としての学術的意義が大きい。
  • 本研究のグループは2003年頃各種観測データ(海面水温、海面高度、海面塩分、海洋内部の水温・塩分)の同化結果への感度実験を行った。その結果、予想外の結果として海面塩分データの寄与が混合層あたりで大きかった。その研究を発展させる機会として、人工衛星を用いて海面塩分を観測する手法は、20年以上にわたり世界中で開発され、ようやく人工衛星の打ち上げまでこぎつけデータを配信する段階になってきており、そのデータの利用可能性を調べることが世界中で望まれ、国際計画として2009年にスタートした。その計画に対応する研究であり、学術的な意義も大きい。
  • 本研究では、再解析データを用いて、これまで十分明らかではなかった、太平洋赤道域の塩分場の変動や、そのエルニーニョ現象との関係について、新たな学術的知見を提供している 。
  • アルゴフロートやTAO/TRITONブイの季節予報等でのインパクトを示すことは、それらの観測の継続の根拠を与えるものであり、今後の観測システムの構築に必要不可欠な情報である。
  • 台風(及びハリケーン)の強度予測等を大気・波浪・海洋結合モデルで行う試みは諸外国でもすでに開始されている。海洋内部の状況、特に中規模渦が台風強度予測へ与える影響については、2010年に米国台湾間で北西太平洋海域にて大規模な国際共同研究(ITOP)が実施されるなど諸外国で関心が高く、こうした対外動向に対応する研究として、本研究は学術的に意義が大きい。
(4)総合評価

これまでに得られた研究成果や解析結果は気象庁業務の高度化に資するのみでなく、外国を含む外部の機関や研究者からも大きな関心を集めており、本研究を進めることは意義深いものであり、継続して着実に研究を遂行していくことが必要である。



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