TOP > 研究への取り組み > 評価を受けた研究課題 > 気候変動への適応策策定に資する気候・環境変化予測に関する研究(中間評価)

気象研究所研究開発課題評価報告

海洋環境の予測技術の開発に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月21日
  • 副課題1:海洋環境モデルの開発に関する研究
  • 副課題2:日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究

研究代表者

山中吾郎(海洋研究部 第一研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

pdfファイル:73KB

研究の動機・背景

(副課題1)海洋環境モデルの開発に関する研究

①海洋環境モデルの開発

地球温暖化予測の不確実性の最大要因である海洋中への二酸化炭素吸収量を正確に把握することは喫緊の課題であり、現状の気象研究所共用海洋モデル(MRI.COM)に海洋中の炭素循環を対象とした海洋物質循環過程を導入する必要がある。

②3次元炭素分布の作成

気象庁では、海洋観測によって二酸化炭素の海洋中への吸収量を時系列データとして監視しているが、その結果を気候学的な観点から解析するためには、モデル実験から得られた、水温や流速などの物理場と整合のとれた3次元炭素分布データセットが必要である。

③国際標準実験に基づく海洋環境モデルの再現性検証

海洋モデルの外力に用いられてきた従来の大気再解析データには、海面フラックスの長期変化等の信頼性に問題があることが知られている。さらに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の地球温暖化研究等と連携している気候変動及び予測可能性研究計画の海洋モデル開発ワーキンググループ(CLIVAR/WGOMD)から、物質循環を含む海洋モデル(海洋環境モデル)に関して、国際標準実験(CORE)で推奨された外力データを用いた長期歴史実験の実施が求められている。

④全球渦解像モデルの開発

①で開発する海洋環境モデルの水平解像度は東西1度、南北0.5度であり、海洋構造の形成や物質循環に重要な役割を担うと考えられている海洋の中小規模渦が考慮されていない。このような中小規模渦を解像する全球海洋モデルは将来的に気候モデルの中核を担うと考えられ、その開発が必要である。

(副課題2)日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究

①高解像度日本近海モデルの開発

気候変動に影響を及ぼす日本近海の水塊分布の現実的な再現には、縁辺海での海氷生成を含む数kmスケールの水塊形成過程が重要である。しかし、平成20年3月から気象庁で現業化された北西太平洋の監視・予報を行う海洋総合解析システム(MOVE/MRI.COM-WNP)の海洋モデルの水平解像度は海氷生成に係る縁辺海で1/6°(18km)程度であり、必ずしも十分ではない。そのため、より高解像度のモデル開発が必要である。

②国際標準実験に基づく高解像度日本近海モデルの再現性検証

上記サブ課題1の③と同様に、日本近海に対してもCLIVAR/WGOMDから推奨されている国際標準実験(CORE)の外力データを用いた高解像度日本近海モデルによる長期歴史実験を実施し、再現精度を検証する必要がある。

③高解像度日本近海モデルの高度化

次世代システムとして計画されている日本近海監視・予測システムは、①で開発する高解像度日本近海モデルの他に、高潮モデル・波浪モデルを統合したシステムとし、相互作用も含めて一体化して沿岸の環境情報を出力する仕様となる予定である。現在、高潮モデルには、波浪が浅海で砕けることによる効果(Wave Setup)や起潮力の効果が考慮されていない。高潮を精度よく再現・予測するために、これらの効果を導入する必要がある。

研究の成果の到達目標

(副課題1)海洋環境モデルの開発に関する研究

従来の海洋モデルに、海洋物質循環過程を組み込んだ海洋環境モデルを開発し、国際標準実験に基づいた3次元炭素分布を作成する。

(副課題2)日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究

高解像度日本近海モデルを開発し、国際標準実験に基づいて日本近海の海洋環境変動の予測可能性を調査する。

研究の現状

(1)進捗状況

(副課題1)海洋環境モデルの開発に関する研究

  • 海洋環境モデルを作成するとともに、物質循環過程、海氷過程、トレーサー移流過程および海洋内部の物理過程についてのスキームの開発・改良を行っている。
  • 海洋環境モデルをCLIVAR/WGOMDに基づく標準データで駆動することにより1500年程度の現在海洋再現実験を行ない、海洋大循環の各種流量に関して、良好な気候学的再現性を得ている。
  • 全球渦解像モデルに、海洋環境モデルや高解像度日本近海モデルの開発で得られた成果を取り入れ、長期積分に向けて予備的なスピンアップ実験を行っている。

(副課題2)日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究

  • 高解像度日本近海モデルを作成し、水平粘性過程等の改良を行っている。
  • 低解像度モデルと高解像度モデルのデータ通信を効率的に行うために双方向ネスティングコード開発している。
  • 高解像度日本近海モデルを用いて国際標準実験(CORE-II)に基づいた外力で駆動した実験を行い、今後の改良の指針とするための基準データを得ている。
  • 海洋大循環モデルに潮汐スキームを導入するとともに、潮汐の再現性向上のための改良を行っている。

(2)これまで得られた成果の概要

従来の海洋・海氷結合モデル(MRI.COM)に海洋物質循環過程を組み込んだ海洋環境モデルを作成した。海洋環境モデルをCLIVAR/WGOMDによる歴史的データ(1948年から2007年)で駆動した国際標準実験(CORE-II)を行ない、熱帯・亜熱帯域の海洋変動および北極域の海氷変動について良好な再現性を確認した。上記実験で得られた物理場を用いてオフラインモデルによる炭素循環再現実験(OCMIP, OCMIP-C)を実施し、北太平洋における人為起源二酸化炭素の吸収メカニズムに関する解析を行なった。海洋環境モデルの物理場と物質循環場の再現性に関する解析を複数のパフォーマンス論文としてまとめ、出版した。また、海洋環境モデルで得られた3次元炭素分布データセットを気象庁に提供するとともに、平成22年度に気象庁が実施した、温暖化の影響を監視するための船舶による観測結果(WHP-P9)と比較・検証した。

高解像度日本近海モデルを全球・北西太平洋・日本近海の多段ネスティングモデルとして開発した。北西太平洋モデルをCLIVAR/WGOMDによる歴史的データ(1948年から2007年)で駆動して国際標準実験(CORE-II)を行ない、日本南岸の黒潮大蛇行の長期変動が概ね再現されることを確認した。また、気象庁海洋情報室からの要請を受けて、異常潮位や急潮等海況監視の高度化に資する、水平解像度2km程度の日本近海モデルの開発に着手するとともに、潮汐スキームの改良を行った。

本課題で実施されたスキーム開発・改良を含む海洋・海氷結合モデル(MRI.COM)の解説書を英文によりまとめ、出版した。


(副課題1)海洋環境モデルの開発に関する研究

①スキームの開発・改良

  • 炭素に関する物質循環過程として植物・動物プランクトンを陽に表現する簡易生態系モデル(NPZDモデル)を、従来の比較的簡略化された生物地球化学モデルに加えて導入した。
  • 簡易生態系モデル(NPZDモデル)において、栄養塩や光に対する植物プランクトンの光合成に関するパラメータチューニングを実施した。これにより以前のバージョンに比べて、とくにアフリカ西岸やオレゴン沖などの沿岸湧昇の大きなところでの基礎生産量の再現性が向上した。
  • 簡易生態系モデル(NPZDモデル)に加えて、より高次な海洋生態系モデル(nNEMURO)を導入した。nNEMUROは北海道大学の山中康裕准教授のグループから提供を受けた。nNEMURO は植物プランクトン2種、動物プランクトン3種をもち、種の間の季節毎の世代交代等、NPZDモデルよりも詳細な現象を表現できる。また、植物プランクトンの重要な制限要素である鉄が入っており、特に鉄が枯渇している高緯度域の表現が改善することが期待される。
  • CLIVAR/WGOMDによる標準データを用いた500年程度の現在海洋再現実験(CORE-I)で得られた物理場と整合した計算を海洋物質循環過程においても行なうために、オフラインモデルを改良し、流速場だけでなく水温・塩分場も読み込んだデータを使うようにした。このことにより、物理モデルとの整合性が増したのみならず、計算の高速化がなされた。
  • 非等方的粘性スキームを導入することにより、赤道潜流の再現性が向上した。
  • 厚さによるカテゴリー分けと移流スキームの改良をおこなった海氷モデルのパラメータ調整を行い、より確実な再現性を得られるようになった。
  • 海洋内部の短波放射の取り扱いを精緻化し、クロロフィル分布を介して物理場と生物場の相互作用を表現できるようになった。
  • 海洋での炭素循環再現実験におけるオフラインモデルのオプションとして、新たに化学トレーサー(CFC11及びCFC12)を計算できるようにした。現在トレーサー実験の一環として使用し、化学トレーサーの観測結果と比較している。
  • 渦輸送パラメタリゼーションである層厚拡散の係数について、密度勾配から診断するオプションを精緻化した。その結果、サブグリッドスケールにおける中規模渦による混合がより現実的に表現されるようになった。また、チューニングパラメータの変更を容易にするためソースコードを改良した。
  • 氷山流入がある場合の塩分の取り扱いを改良し、深層水形成過程の再現性を高めた。
  • モデル開発を効率化するために、予報変数等の出力機能を拡充した。

②国際標準実験の実施

  • CLIVAR/WGOMDによる標準データを用いた500年程度の現在海洋再現実験を行なった。まず、月別気候値を用いた長期積分実験を進め、準定常状態を得た。次に、大気海洋結合モデル実験や6時間平均外力実験を行って確認されたモデルドリフトの問題を解消するために、この結果を初期値として、海面風応力の与え方・拡散パラメータ・対流調節スキームに変更を加え、月別気候値を用いた長期積分実験を行った。その結果、海洋大循環の各種流量(北大西洋深層水、南極周極流等)に関して、良好な気候学的再現性を得た。
  • CLIVAR/WGOMDによる、歴史的海洋モデル駆動用データ(1948年から2007年)を使用して以下の手順により現在海洋気候再現実験を行った。

実験(a): 1948年から2006年の線形トレンドを除いたデータを再作成し、これを繰り返し用いて長期積分を行い(CORE-I)、現在の海洋気候の平均状態を再現する場を得た。

実験(b): 実験(a)に引き続き、線形トレンドを含む本来のデータにより、1948年から2007年の国際標準実験(CORE-II)を行なった。

実験(c): 実験(b)で得られた物理場を用いたオフラインモデルによる炭素循環再現実験(OCMIP)を行った。

実験(d): 人為起源のCO2の影響を評価するために、実験(c)で大気CO2濃度を一定とした炭素循環再現実験(OCMIP-C)を行った。

③国際標準実験(CORE-I, CORE-II)に基づくモデルの再現性検証

  • 上記の実験(a)について平均的両極域海氷分布及び熱塩循環強度に着目し、観測及び他のモデル結果との比較を通した検証を行い、全般的に良好な気候学的再現性を確認した。
  • 実験(b)について、太平洋を中心に両極を含む海域について、海洋気候変動の再現性を検証した。南極の海氷過程を含めた再現性には課題が残るものの、熱帯・亜熱帯域、および北極域の海氷について良好な再現性を確認した。
  • 実験(b)について、日本沿岸水位の数十年規模変動に着目して解析を行った。日本沿岸平均水位には、過去100年間に渡る線形トレンドは見られないが、1980年代以降に上昇トレンドが顕著であり、1950年代と2000年代に高水位偏差であった。モデル結果は、観測に見られる日本沿岸全体が同符号で変動する20年周期変動を再現した。さらに、北太平洋の主要な風応力curl変動に数年のラグで応答することが示された。1980年代以降の水位上昇トレンドには、全球平均水位上昇の寄与があることが明らかとなった。
  • 実験(b)について、太平洋亜熱帯セル(STC)の長期変動に着目した解析を行った。モデルは、観測で見られる1960年代から1990年代半ばにかけてのSTCの弱化傾向と1990年代半ば以降の強化傾向を再現していた。上部密度躍層内の流量変動を調べたところ、内部流と西岸境界流は逆位相で変動していた。また、STCの総流量の長期変動は、概ねEkman輸送量の変動と対応していることがわかった。
  • 南大洋における深層循環の変動について解析した。観測より過大ながらウェッデル・ポリニア様の現象が発生していることを確認した。これに伴う変動は、周極流からウェッデル海深層への熱・塩分供給による対流ポテンシャルの単調増加と、表層への淡水供給で維持される塩分躍層の破壊に続く深い鉛直混合の繰り返しとして説明できることがわかった。
  • 今後、このデータをCLIVAR/WGOMDに提出して海洋モデルの国際比較を行う予定である。

④国際標準実験(OCMIP, OCMIP-C)に基づくモデルの再現性検証

  • 実験(c)と実験(d)の解析において、黒潮続流域における人為起源二酸化炭素の吸収には、温度依存性の増大が本質的に重要であることがわかった。また生態系モデルの解析において、これまでの研究では、栄養塩が深層に豊富にあり表層では比較的枯渇していることから、下からの栄養塩供給に焦点が当てられてきた。しかしながら、水平勾配が大きなモード水形成領域においては、モード水形成時における対流による深層水の高栄養塩の取り込みに加えて、それがどのように亜熱帯循環によって運ばれていくかが、下流の栄養塩および生物生産に重要であることがわかった。
  • 気象庁が温暖化監視のために行なっている船舶による海洋観測(WHP-P9)の解析に資するために、モデルの137°Eにおける経年変動を解析した。137°Eにおける溶存無機炭素濃度の上昇は(CFCから見積もった)水塊が形成された時の大気の二酸化炭素濃度上昇によく対応していることがわかった。このことは、137°Eの地球化学研究部の石井室長らの解析結果を支持していた。また、この二酸化炭素濃度上昇のトレンドに加えて明瞭な数十年変動があることがわかった。

⑤全球渦解像モデルの開発

  • 気象研究所大型計算機(SR16000)上で全球渦解像モデルの動作テストを行った。

(副課題2)日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究

①高解像度日本近海モデルの開発

  • 高解像度日本近海モデルを作成した。日本近海の黒潮流路の再現性を向上するために、水平粘性過程の改良を行い、日本南岸における安定な黒潮流路と現実的な黒潮流量を得ることができた。今後、気象庁の現業モデルへの導入を目指して、さらにチューニングを進めていく。

②国際標準実験の実施

  • 高解像度日本近海モデルを国際標準実験(CORE-II)に基づいた外力で駆動した実験を行い、今後の改良の指針とするための基準データを得た。
  • 全球-北西太平洋ネストモデルの領域の南端を従来の北緯18度から北緯10度まで低緯度方向に拡大し、水平粘性等のパラメータを調節した上で、CLIVAR/WGOMDによる歴史的海洋モデル駆動用データ(1948年から2007年)により北西太平洋域の国際標準実験(CORE-II)を行った。

③国際標準実験に基づくモデルの再現性検証

  • 日本南岸の黒潮大蛇行流路の変動について、1960年代初頭の大蛇行流路の出現と解消、1970年代後半の出現と解消、及び1990年代以降の非出現が再現された。

④気象研究所大型計算機(SR16000)に最適な計算スキームの検討

  • 並列計算における、計算領域2次元分割を新たに導入し、通信効率を向上させた。また、新型の大型計算機においてはメモリへのデータの転送がボトルネックになることが多いため、一部のルーチンにおいては一度読み込んだデータを有効利用するために計算順序を変更した。その結果、従来の南北方向の1次元分割時よりも高速な計算が実施可能となった。
  • メモリーコピーを最小限に抑えることにより、高精度だが計算負荷が重いトレーサー移流スキーム(SOM)が2割弱高速化された。これらの改良により、将来的に気象庁現業モデルにおいても高速化が期待できる。

⑤双方向ネスティングコードの開発

  • ネスティング計算における、低解像度モデルと高解像度モデルのデータ通信を効率的に行うことが可能なモデルカップラーの導入を行った。
  • 上記モデルカップラーを用いて双方向ネスティングコードを開発した。

⑥日本近海・監視予測システムのプロトタイプ作成

  • 波浪モデルと海洋モデルを結合して運用することが可能なコードを作成した。
  • 高解像度日本近海モデルの開発用モデルとして全球-北西太平洋-日本近海の多段ネスティングモデルを作成した。
  • 日本近海モデルの開発には日本沿岸の地形を適切に表現することが必要であるが、沿岸の地形はデータセットによって大きく異なる場所があったため、複数のデータセットを吟味の上、海底・海岸地形を作成する際に使用する地形データセット(30秒格子、GEBCO30とJTOPO30を融合したもの)を選定した。この地形データから任意の解像度の地形が作成できるソフトを作成した。
  • 日本近海モデルへの潮汐の導入の準備として、全球・北西太平洋ネストモデルへの潮汐の組み込みを行なうとともに、潮位の時間発展を基本場とは別に解くことにより、潮汐の再現性が向上することを確認した。
  • 日本近海モデルの解像度を約2km(東西1/33º、南北1/50º)としてモデル領域を決定し、予備実験に着手した。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

副課題2「日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究」では、当初5年計画の4年目以降に波浪の効果や起潮力を導入した高解像度日本近海モデルを開発する予定であった。しかしながら平成22年度の気象庁との研究懇談会時に、次々期NAPS更新時を目処に異常潮位や急潮等の海況情報の高度化に対応できる海洋モデルの早期開発を要望された。そのため、日本近海の潮位変動の再現性に重要な起潮力の導入を前倒しで開始するとともに、水平解像度2km程度の日本近海モデルの開発に着手した。今後、波浪のパラメータ化については、混合層モデル高度化の一環として取り組んでいく。

(4)成果の他の研究への波及状況
  • CLIVAR/WGOMDによる標準データを用いた海洋環境モデルによる現在海洋再現実験の出力結果は、重点研究「気候変動への適応策策定に資するための気候・環境変化予測に関する研究」において地球システムモデルの初期値として用いられる。また本課題で実施された海洋環境モデルのモデル出力機能の拡充により、上記研究課題におけるCMIP5実験の実行が効率化される。
  • 本課題で開発された海洋環境モデルは、重点研究「気候変動への適応策策定に資するための気候・環境変化予測に関する研究」において地球システムモデルの海洋部分として利用されている。また、重点研究「全球大気海洋結合モデルを用いた季節予測システムの開発」および「全球及び日本近海を対象とした海洋データ同化システムの開発」において、次期季節予報モデルの海洋部分のプロトタイプとして利用されている。
2.今後の研究の進め方
  • 海洋環境モデル実験結果の再現性に関する詳細な検討を行うために、スキームの改良を継続するとともに、スキームやモデル解像度、モデル外力に対する感度実験を実施することが必要と考えられる。
  • 全球渦解像モデルの全般的な再現性は、世界の標準的な渦解像モデルに遜色はないものの、チューニング不足のため、高解像度日本近海モデルと比較すると黒潮などの再現性に劣るところがある。これらを高解像度日本近海モデルの成果を取り入れて改善する。
  • 全球-北西太平洋ネストモデルで再現された日本南岸の黒潮大蛇行流路の長期変動について、その変動要因の解明に向けた解析を進める必要がある。
  • 日本近海モデルの安定性の検証とケーススタディの積み重ねによる海洋環境予測に対するインパクトの確認に引き続き取り組む必要がある。
  • 計算結果の再現性に関する詳細な検討を行うために、比較対象となる観測データ、及び比較用ツール(ソフト)等のさらなる整備が今後必要と考えられる。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度
  • 副課題1「海洋環境モデルの開発」については、海洋環境モデルのスキーム開発・改良、国際標準実験(CORE-II)の実施、歴史的大気CO2濃度を与えた海洋での炭素循環再現実験(OCMIP)が当初計画どおり進捗した。モデル結果の解析については、平成22年度海洋学会秋季大会で一連の研究発表を行ない、複数のパフォーマンス論文を作成するなど、当初の想定以上に進捗した。全球渦解像モデルの開発については、本格的な計算の開始は東日本大震災に伴う気象研大型計算機の制限運用のため今年度後半になるものの、海洋環境モデルの結果を踏まえて、今後の実験の方向性・仕様を明確にすることができた。総じて研究開発は順調に進捗していると判断する。
  • 副課題2「日本近海の海洋環境変動の予測可能性に関する研究」については、高解像度日本近海モデルの開発・改良、国際標準実験(CORE-II)の実施が当初計画どおり進捗した。また、日本近海監視・予測システムのプロトタイプ開発に向けて、潮汐過程の導入や水平解像度2km程度の日本近海モデルの開発に前倒しで着手した。したがって、研究開発は当初の想定以上に進捗している。
(2)研究手法の妥当性

国際標準実験(CORE)に基づいてモデル開発を進めることにより、他機関や他国のモデルとの相互比較が可能になるとともに、研究に有用な実験結果を確実に取得しており、妥当である。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • 本課題で作成した海洋環境モデルによる3次元炭素分布データセットは気象庁に提供され、海洋気象課で平成22年度に実施したWHP-P9観測の解析に用いられている。観測で見られたフィリピン海盆底層での昇温がモデルでも再現されており、感度実験より南大洋起源であることがわかった。
  • 海洋環境モデルの基本的なパフォーマンスについては、日本海洋学会誌(Journal of Oceanography)に複数の論文として発表しており、学術的な意義が評価されている。
  • 全球-北西太平洋ネストモデルにより、日本南岸の黒潮大蛇行流路の長期変動の特徴を世界で初めて再現することができた。今後モデルの解析を進めることにより、黒潮大蛇行の長期変動の要因が明らかになるとともに、その予測精度向上に資する知見を得られることが期待される。
  • 並列計算における計算領域2次元分割コードを用いた高速化の結果、新大型計算機を使用した場合、加速積分等の近似手法によらず、海洋モデルを準定常状態まで長期間積分することが可能になった。これにより、加速積分の妥当性の検証が可能になるとともに、モデルのドリフトのために従来抽出できなかった、海面境界条件に起因する温暖化トレンドの議論が可能になることが期待される。
  • 海洋・海氷結合モデル(MRI.COM)の英文解説書は、モデルの各スキームの説明に加えて計算機上での実行方法を記述しており、開発者のみならず利用者への便宜が図られている。今後、気象庁での現業化や共同研究等を通じて国内外の機関に本モデルが導入される際に有効に活用されることが期待される。
(4)総合評価

海洋環境モデルを用いた3次元炭素分布の作成や全球-北西太平洋-日本近海多段ネストモデルの開発など、順調に成果が出始めており、目標としている成果の達成への期待も高い。

学術的にもあまりわかっていない温暖化トレンドや十年規模変動に伴う海洋変動のメカニズムについて、本研究はそれを解明する端緒となる可能性があり、本研究を実施する意義は大きい。

以上から、本研究を引き続き着実に遂行していく必要がある。



All Rights Reserved, Copyright © 2003, Meteorological Research Institute, Japan