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気象研究所研究開発課題評価報告

大気環境の予測・同化技術の開発

中間評価

評価年月日:平成24年3月21日
  • 副課題1:オゾン化学モデルの高度化
  • 副課題2:エーロゾルモデルの高度化
  • 副課題3:大気質モデル開発

研究代表者

柴田清孝(環境・応用気象研究部 第一研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

(副課題1)オゾン化学モデルの高度化

対流圏や成層圏の化学と輸送について世界標準のレベルになっているが、部分解能の増加や積分時間の延伸のトレンドに対応するため、個々の過程についてさらに改良と計算効率を高める必要がある。また予測に必要な初期値ならびに実況監視の精度を向上させるため、観測データを同化する技術を導入する必要がある。また、日本域の詳細な越境大気汚染予測、紫外線予測などの精度を向上するため、新たに領域オゾン化学モデルを開発する。

(副課題2)エーロゾルモデルの高度化

モデル中の巨大粒子の数密度が系統的に小さいエラーを改善するため、自然起源エーロゾル放出過程スキーム、巨大粒子の輸送・沈着スキームを見直す必要がある。また、雲とエーロゾルの混合状態をより現実的に表現するスキームを導入する。さらに、予測に必要な初期値ならびに実況監視の精度を向上させるため、観測データを同化する技術を導入する必要がある。また、日本域の詳細な黄砂予測などの精度を向上するため、新たに領域エーロゾルモデルを開発する。

(副課題3)大気質モデルの開発

越境大気汚染予測、紫外線予測、黄砂予測などの精度を向上するため気体とエーロゾルを統一的に扱うことのできる全球大気質モデルと領域大気質モデルを開発する。

研究の成果の到達目標

(副課題1)オゾン化学モデルの高度化

これまで開発してきた全球のオゾン化学モデルをベースに、オゾン-化学物質に係る、
 ①化学・輸送過程の高度化
 ②観測値の同化技術の導入
を実施し、予測に必要な初期値解析並びに温暖化気体に関する実況監視機能の基礎技術を高度化する。また、新たに、
 ③領域オゾン化学モデル開発
を行い、越境大気汚染対応、紫外線予測などの監視・予測技術を高度化する。

(副課題2)エーロゾルモデルの高度化

これまで開発してきた全球のエーロゾルモデルをベースに、エーロ-ゾルに係る、
 ①化学・輸送過程の高度化
 ②観測値の同化技術の導入
を実施し、黄砂などの予測に必要な初期値解析並びに実況監視機能の基礎技術を高度化する。また、新たに、
 ③領域エーロゾルモデル開発
を行い、黄砂予測技術を高度化する。

(副課題3)大気質モデルの開発

オゾン化学とエーロゾルとの統合を行い、両者を統合的に扱う大気質モデルを作成することにより、温暖化予測技術を高度化する。
①全球大気質モデルの開発
②領域大気質モデルの開発

研究の現状

(1)進捗状況

前半の3年間でオゾンモデルの高度化とエーロゾルモデルの高度化に合わせて同化技術を開発・改良し、その成果を大気質モデルの開発と同化技術に活かす予定であり、これまで、研究は順調に進捗してきている。

(2)これまで得られた成果の概要

オゾンモデル、エーロゾルモデルとも関連するプロセスを改良し、総合的に高度化を行い、種々の現象をより現実的に再現できるようになっている。さらに、局所アンサンブルカルマンフィルター(LETKF)を用いた同化技術の導入・改良により、衛星データ、地上データなどをより現実的に同化できるようになり、その結果として初期値問題の性能も向上している。

(副課題1)オゾン化学モデルの高度化

  • 短寿命の化学種の予測精度を向上するためより安定で精度の良いEBI法と呼ばれる化学反応における数値計算法を導入し、短寿命種の予測精度を向上した。幾つかの対流拡散スキームを用いた対流輸送計算の感度実験をおこない、対流圏上部での輸送計算精度の改善を図った。10年間程度の数値積分をおこない、その実験結果を観測値と比較することでモデル予測精度を検証した。これらの研究成果を論文としてまとめた。
  • 国際的なモデル相互比較実験(SPARC CCMVal)に参加し、成層圏オゾン化学モデル気候予測実験を行った。また、この実験の結果を用いて、成層圏における物質輸送特性の長期変動の解析をおこないその解析結果を論文としてまとめた。
  • 成層圏オゾン衛星観測の実データを用いたデータ同化システムを構築し、成層圏オゾンの解析精度の検証を行うとともに、作成された解析値を初期値としたオゾンの短期予報実験を行い予測精度の精度検証を行った。
  • 対流圏オゾン関連化学種(一酸化炭素)の同化システムを構築し理想実験をおこなった。また、対流圏オゾン衛星観測の実データを用いたデータ同化手法の開発を行った。
  • 領域オゾン化学モデルにおいても適用できる、化学反応計算モジュールの開発を現在行っている。
  • 対流圏オゾンライダー(つくば、気象研)を用いた全球オゾン化学モデルの検証を実施した。
  • 衛星によって観測されたオゾン全量のデータ同化システムをアンサンブル・カルマン・フィルタを用いてプロトタイプ的に開発し、オゾン全量解析値の精度がナッジングデータ同化法に比べて著しく向上することを確認した。

(副課題2)エーロゾルモデルの高度化

  • オンライン化学輸送モデルの気象モデル(gsmuv)を気象庁現業モデル(GSAM)に高度化する準備として、気象庁本庁よりGSAMの提供を受けてこれにパッシブトレーサーの輸送過程を組み込んだプロトタイプ(GSAM-TM)を作成した。また、炭素循環解析で導入した逆解析の技術を応用し、黄砂の放出量解析システムのプロトタイプを構築した。
  • 衛星搭載ライダーによって観測された対流圏エアロゾルの減衰後方散乱係数をアンサンブル・カルマン・フィルタによって4次元データ同化するシステムの開発に成功した。このデータ同化システムを用い、東アジア域ダストエアロゾル(黄砂)および硫酸エアロゾルの客観解析値作成が可能となった。解析精度はOSSE(観測システムシミュレーション実験)によって定量的に確認した。また、このシステムを地上ライダー観測データにも適用し、同様に解析値作成が可能であることを確認した。
  • 全球エーロゾルモデルを TL319 (640x320格子、約60km) の高解像度で動作するようにモデルを改良した。
  • 自然起源エーロゾル放出過程スキームの高度化のため、鉱物ダストおよび海塩エーロゾルの発生過程を全球モデルから分離・モジュール化し、様々な条件における放出量の検証や、スキーム変更等を行いやすくなるように変更を行った。
  • ダスト沈着量観測ネットワークデータとエーロゾルモデルによってシミュレートされたダスト沈着量を比較し、鉱物ダストの巨大粒子の発生過程の改良を行った。
  • 様々な排出量インヴェントリを扱うためのモジュールを開発し、全球モデルに組み込んだ。これによって、IPCC第5次報告書に向けてのモデル比較実験に用いられる0.5°×0.5°の高解像度での二酸化硫黄、黒色炭素、有機エーロゾルの排出量、国立環境研究所のREAS、バイオマス燃焼起源排出量インヴェントリGFED、RETRO等を扱うことが可能となった。
  • MPI並列化、OpenMPによるノード内並列化、内部アルゴリズムの改良によってモデルの実行効率を向上させた。

(副課題3)大気質モデル開発

  • 気象研開発のカップラーを利用したオゾン化学-エーロゾル‐気候モデルを構築した。また、このモデルを用いて、現在再現実験を行いモデルの再現精度を検証した。また、気象庁/気象研開発の力学モジュール(大気大循環モデルGSMUV)への更新をおこなった。
  • 領域化学輸送モデル(EMTACS)を気象研全球オゾン化学モデルにネスティングし、アジア領域を対象とした大気質の再現実験を2006年について行い再現精度の検証を行った。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

なし

(4)成果の他の研究への波及状況
  • 気象庁において現在運用されている広域大気汚染予測資料の提供については、本研究課題で開発した全球オゾン化学モデルを用いた予測資料が用いられている。
  • 黄砂放出量逆解析システムを福島原発の初期放射線量解析システムに応用する研究を実施中。
  • 高解像度版エーロゾルモデルは次期の黄砂予測情報に用いるためのモデルとして、現在本庁地球環境・海洋部と共同でモデル検証を行っている。
  • エーロゾル発生過程の高度化とIPCC比較実験に用いられる排出量インヴェントリに対応することにより、より現実的で歴史的なエーロゾルおよびその前駆気体の放出量に基づくシミュレーションが可能となった。また鉱物ダストエーロゾル発生過程のモジュール化は、観測部門や他機関との研究連携を円滑に進める上で効果がある。現在、科研費研究課題「全球ダスト動態解明のための観測・解析・モデルインタラクション」において、鳥取大学・香川大学の共同研究者と、ダスト発生過程の検証および改良作業について研究協力を進めている。
2.今後の研究の進め方
  • 対流圏オゾンライダーに関しては、他の地点における検証も行い、より詳細なモデル検証情報を得る。GSAM-TMに関しては、過去のモデル相互比較実験の追試を行い、他の輸送モデルや観測データによる比較検証を実施する。逆解析に関しては、より長期間の解析を実施できるようにする。
  • 鉱物ダストエーロゾル以外の硫酸塩、炭素系、海塩粒子の発生過程・化学過程のモジュール化と微物理過程スキームの導入を導入する。この微物理過程スキームの導入においては領域大気化学モデルからのスキームの導入を随時行う。
  • 鉱物粒子、海塩粒子の長距離輸送に影響する、巨大粒子の発生・輸送・沈着過程の改良を行う。
  • 大気化学モデルとの結合から、硝酸塩エーロゾルを導入する。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

オゾンモデルの高度化、エーロゾルモデルの高解像度化、放出過程のモジュール化、計算効率の向上など、モデルの高度化に関する開発は順調に進んでいる。一方、エーロゾル微物理過程、硝酸エーロゾルの全球モデルへの導入の進捗は遅れている。

(2)研究手法の妥当性

各プロセスが複雑なオゾンモデルやエーロゾルモデルにおいて同化技術は、非常に複雑なアジョイントコードが必要な4次元同化ではなく、アンサンブル・カルマン・フィルタをモデルコードとは独立に用意して実装するのが現実的であり、世界的な流れもそうなっている。また、アンサンブル・カルマン・フィルタは系統誤差がゼロという前提条件で論理が成立している関係上、系統誤差を軽減するモデルの高度化も必然的に伴うものである。それ故、この研究で設定している研究手法は妥当なものである。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • CCMVal実験で行われた結果については、WCRP/SPARC Report No.5 (2010) の重要な成果として取り上げられた。
  • GSAM-TMの開発は、現在検討がすすめられている庁内における開発過程の統一化に貢献できるものと考えられる。オゾン化学モデルの検証は、オゾン化学モデルの高精度化を通じて気象庁の大気汚染気象業務の高度化に資するものと期待できる。黄砂逆解析は黄砂の放出源評価を通じて気象庁の黄砂予測精度向上に寄与できる。
  • 東アジア域ダストエアロゾルのデータ同化は本庁における黄砂情報提供の精度向上に寄与する。
  • エアロゾルの高精度データ同化システム開発に成功している研究グループは世界でも数えるほどしかなく、我々はECMWFと並んで最先端の技術力を維持している。その中でも衛星ライダー観測のデータ同化システム開発に成功したのは我々のグループが世界初である。
  • 全球エーロゾルモデルの領域並列化による高速化は、気候変動予測実験の他、高解像度黄砂予測モデルにおいても重要であるため、将来の黄砂情報業務にも貢献することが期待できる。
(4)総合評価

大気環境に係る化学物質の予測や評価に関して、最新の気象モデルと化学・エーロゾルモデルと組み合わせての精度向上は世界的にも関心が高く、気象研究所におけるこれまでの研究は、化学・エーロゾル過程に関してほとんど独自でプログラムを開発してきていることから世界のトップグループの一角をなすものと位置づけられる。領域モデルは本計画からスタートしているので、以前から開発・改良を続けられてきた全球モデルほどの実績は乏しいが、その開発は順調に進んでいる。これまでの中間の成果として、大気質モデルを構成するモジュール、さらに、同化の基本技術はほとんど目標通り完成しており、総合的には高い評価をすることができる。



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