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気象研究所研究開発課題評価報告

全球大気海洋結合モデルを用いた季節予測システムの開発に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年3月21日

研究代表者

尾瀬智昭(気候研究部 第二研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

平成16-18年度の前融合型研究において開発されたエルニーニョ予測モデル(気象庁統一全球大気モデルJMA-GSM0606版TL95L40上端0.4hPa+気象研海洋モデルMRI-COM2.4_75S-75N域_1度×0.3-1.0度_50層)は、気象庁で現業的に運用されている。現融合型経常研究(平成19-21年度)において同モデルによる季節予報実験を実施したところ、次期現業季節予測モデルとして利用可能な予測性能をもつことが確かめられた。気象庁気候情報課では、平成22年2月に現業化することを計画している。さらに、次期NAPS更新(平成23年度)後に、高分解能(TL159L60)季節予測モデルの導入を予定している。

研究の成果の到達目標

①気象庁気候情報課と共同で、気象庁新全球大気モデル(ReducedGrid版_TL159L60上端0.1hPa)と気象研究所全球海洋海氷モデル(3極一般化座標版_約0.5度×1度_51層)および結合インターフェース(SCUP)からなる高分解能全球大気海洋結合モデルを新たに開発する。

②同化システム(準結合同化システム)と結合ブリーディング法を開発する。

③①と②の研究成果をもとに次世代季節予測システムを開発する。システムに対応した全球海洋の初期値を作成し、システム全体の試験を行う。

研究の現状

(1)進捗状況

①気象研究所全球海洋海氷モデル(3極一般化座標版_1度×0.3-0.5度_鉛直53層)を季節予測用に開発・調整した。気象庁気候情報課と共同で、気象研究所の結合インターフェース(SCUP)を気象庁新全球大気モデル(ReducedGrid版_TL159L60上端0.1hPa)に組み込んだのちに上記の全球海洋海氷モデルと結合し、高分解能全球大気海洋結合モデルのプロトタイプモデルを開発した。

②現行季節予報モデルをベースとした準結合同化システムの開発を終了した。これを利用した再解析を実施し論文にまとめて出版した。

③全球大気モデルの長波放射スキームに関して、従来よりも高速でかつ散乱過程を考慮できる、気体吸収のk-分布法および多方向近似スキームを開発し、気象庁での現業モデル開発用に提供した。Global Land Cover 2000 データセットを基本として、その土地被覆22分類を13分類に簡単化した新土地被覆データを作成し、気象庁での試験的利用に提供した。

④大気海洋結合モデルによる季節予測実験結果を解析することにより、台風の発生個数や発生位置の季節予測可能性を調査し論文として出版した。2006年エルニーニョの事例解析を行ない論文として出版した。大気海洋結合モデルを用いて2010年日本猛暑の季節予測実験を実施し論文としてまとめている。

(2)これまで得られた成果の概要

(結合モデルのプロトタイプ作成)

  • 次期季節予報モデルに使用する海洋モデル(平成21年度に仕様決定の全球海洋海氷モデルMRI.COM:3極一般化座標版_格子間隔1度×0.3-0.5度_鉛直53層)を開発し、JRA-25海上気象要素を駆動力とする歴史実験を行った。熱帯・中緯度の表層水温や北極域の海氷分布の経年変動は観測を良く再現していた。
  • 平均的に海面付近で正の水温誤差が大きいため、海洋モデルのパラメータを調整したところ、海面付近の水温再現性が改善した。海洋モデルの海陸分布や海底地形をモデル分解能に適した調整を行うことにより、特に北極域やインドネシア多島海での海流分布が改善した。これにより、北太平洋の水温・塩分移流が変化し、水温・塩分分布の再現性が向上した。海洋表層の混合スキームのパラメータ調整を行うことにより、北極域での水温・塩分成層が強まり、再現性がさらに向上した。
  • 次期季節予報モデル用に開発した上記海洋モデルと地球システムモデルの大気モデルから、大気海洋結合モデルの予備用プロトタイプモデルを作成し動作確認を行った。比較的安定した挙動を示したが、雲の放射特性バイアスによる熱帯域の冷却傾向と南大洋での昇温バイアス、赤道太平洋での東風バイアスと海面水温の低下、冬季北極域での海氷の拡大傾向が見られる。雲、積雲対流、海洋表層など関係する物理過程の調整が必要である。
  • 次期季節予報モデルに使用する予定の気象庁新全球大気モデルにおいて、海洋モデルと結合する際の結合及び海氷部分に大幅な書き換えが必要となることが判明した。気象研究所の地球システムモデルで使われている、海氷と海洋および陸面と海洋の混合格子技術の導入と関連するプログラムの書き換え作業を実施し、到達目標とする高分解能全球大気海洋結合モデルのプロトタイプモデルを開発した。

(準結合同化システムと結合ブリーディング法の技術開発)

  • 1950年から2008年の期間について、現行の季節予報モデルをベースとした準結合同化システムを用いた再解析を行った。大気モデルを実際の海面水温データで駆動した現在気候再現実験(AMIPラン)と比較した結果、熱帯域の降水分布と変動、モンスーン循環、ENSOに対する大気の応答などについて改善が見られた。この改善は,主に、大気と海洋の変動を同時に再現することにより、大気モデル単体のAMIPランでは表現できない海面水温と大気降水系間の負のフィードバックが再現されたことによる。以上のように、本研究において十分な成果を得たため、準結合同化システム技術の開発段階を終了し、論文にまとめて出版した。
  • 次期季節予報モデル用海洋モデルに対応した全球海洋データ同化システムの開発を開始した。誤差統計量について、計算する海域の分割を精緻化し、月ごとに変化させるなどの開発を進めた。現在は、本システムを用いた再解析における北極周辺の海況や海氷の再現性などについて調査を進めている。

(気象研究所全球海洋海氷モデルの改良)

  • 太陽入射角の依存性を考慮した海洋短波吸収スキームにMorel and Antoine (1994)に基づくクロロフィル分布依存性を導入し、海洋単体モデルで長期間(295年間)の積分を実行し、熱帯太平洋の海洋構造への影響を評価した。その結果、従来のスキーム(Paulson and Simpson, 1977)と比較して、混合層深度の変化に伴う二次的な力学的応答の結果、熱帯海洋表層の子午面循環強度が約20%強化されるとともに、東部太平洋赤道域の海面水温変動の大きさが増大することを確認した。

(気象庁全球大気モデルの改良)

  • 全球大気モデルの長波放射スキームに関して、従来よりも高速でかつ散乱過程を考慮できる、気体吸収のk-分布法および多方向近似スキームを開発した。標準大気プロファイルに対する計算精度が妥当であることを、ラインバイライン計算の結果との比較により確認した。
  • 続いて、雲の鉛直オーバーラップや雲粒の長波に対する散乱特性パラメータなどを考慮しながら、新長波放射スキームの全球大気モデルへの実装を行った。現実の海面水温データを用いた気候再現実験を行い、亜熱帯等海上の放射収支の改善や成層圏の気候再現性の向上を確認した。気象庁/気象研究所数値解析システム(NAPEX)による予報実験では、予報成績はほぼ現行予報モデルと同等であった。放射スキームの計算量については、現在のスキームと比較して、2方向吸収近似スキームで45%削減され、4方向散乱考慮スキームでほぼ同程度の計算時間であることを確認した。
  • 複数の1km全球土地被覆データセットから全球陸面モデル用の土地被覆データセットを作成し、その不確実性を調査した。調査の結果を踏まえ、これまでのISLSCP1データセットに替えて、Global Land Cover 2000 データセットを基本として、その土地被覆22分類を13分類に簡単化した新土地被覆データを作成した。1か月予報実験によれば、夏季大陸上の気温の予測精度はやや向上する初期結果を得た。現在、気候再現性についての実験を実施している。

(現予測システムを利用した季節予測可能性の研究)

  • 大気海洋結合モデルによる季節予測実験結果を解析することにより、台風の発生個数や発生位置の季節予測可能性を調査した。6-10月の北西太平洋における平均発生数は18.5個であり観測気候値とよく合っている。発生数の年々変動予測については、1987-2001年の期間については相関係数0.78で観測とよく一致しているものの、1979-2006年では0.23であった。これは、他のモデル予測でも見られる傾向であり、その原因を今後究明する必要がある。
  • 台風活動の活発な6月~10月の期間における台風の平均発生位置(発生後の進路と関係)の季節予測可能性とその物理的機構について調べた。平均発生緯度の季節予測は、気候学的な系統誤差も小さく、年々変動の予測精度も高かった。一方、経度は気候学的な系統誤差が約5度あるものの、年々変動予測は良くできていた。このような全般的な発生位置の予測精度が高い理由は、基本的に、ENSOに伴う西部北太平洋域大気循環場の年々変動が精度よく予測されているからである。
  • 現予測システムを用いて2006年エルニーニョの事例解析を行なった。その結果、2006年エルニーニョの衰退過程においては、インド洋と太平洋の相互作用が重要な役割を担っていることがわかった。特に、東部インド洋赤道域は、季節にフェーズロックしたインド洋の大気海洋相互作用の鍵となる海域であり、この海域のフラックス修正量を低減することが、より高精度の予測に効果的であると考えられる。
  • 大気海洋結合モデルを用いて2010年日本猛暑の季節予測実験を実施した。4月初期値の予測実験ではラニーニャ現象の発生を適切に予測し、インド洋や大西洋熱帯域の海面水温の昇温、日本付近の高温偏差など、世界の夏の天候の大まかな特徴を予測することができた。1月初期値の予測実験ではラニーニャ発生の時期が遅れたほか、日本付近の高温偏差などの再現性も良くなかった。
  • さらに、ラニーニャ現象の発生およびインド洋や大西洋熱帯域の海面水温の昇温が、日本付近の高温偏差に及ぼす影響を各海域別に見るため、各海域の海面水温偏差を与えた大気海洋結合モデル実験で調査を進めたところ、この年の春をピークとする大西洋熱帯域の海面水温の昇温がこの夏の日本の猛暑と世界の気候を特徴付ける原因となっていることがわかった。さらに、大西洋熱帯域の海面水温の昇温は、前の冬にヨーロッパ寒波をもたらした大気変動である北大西洋振動(NAO)により形成されたことがわかった。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

次期季節予報モデルに使用する予定の気象庁新全球大気モデルにおいて、気象研究所の地球システムモデルで使われている、海氷と海洋および陸面と海洋の混合格子技術を導入する必要が生じた。気象研究所地球システムモデルの開発関係者の協力が重要になったため、新たに研究分担者として参加してもらうこととした。一方、温暖化予測実験用の地球システムモデルと新たに開発した季節予報用海洋モデルを利用して、大気海洋結合モデルのプロトタイプモデルを予備的に作成し、海洋モデルの結合モデル内での動作確認などを行った。

気象庁全球大気モデルの季節予報用結合モデルとしての性能向上に向けて、全球大気モデルの改良・開発を実施することとした。長波放射スキームについては、全球大気モデルのエネルギー収支の改善およびモデル積分時間の短縮を目的として、従来よりも高速でかつ散乱過程を考慮できるスキームを開発した。また、気象庁現業用土地被覆を最新の衛星データに基づき更新することを目的として、衛星データや世界の1km土地被覆データセットの相互比較を行い、今後予定されている陸面モデルのモザイク化に対しても対応できる新しい土地被覆データセットを作成することとした。

力学的季節予測業務の将来展開および季節予測モデル開発の重点事項の把握のため、台風の季節予測可能性の調査や、熱帯インド洋・大西洋の海面水温変動と異常天候の関係調査など、現在の予測システムを利用した季節予測可能性の研究を実施した。

(4)成果の他の研究への波及状況

今回作成した新長波放射スキームおよび新土地被覆データについては、他の全球大気モデルに対しても適応可能である。

大気海洋結合モデルを用いた2010年猛暑の季節予測実験は、異常気象の分析・原因究明の研究に寄与している。

2.今後の研究の進め方

構築した高分解能全球大気海洋結合モデルのプロトタイプモデルをもとに、当初の到達目標達成に向け、気象庁地球環境・海洋部気候情報課と共同で、次世代季節予測システムを開発する。さらに、システムに対応した全球海洋の初期値を作成し、システム全体の試験を行う。この場合、気象研究所地球システムモデル開発関係者の協力を仰ぎながら、その研究成果を取り入れて開発を進めていく。

具体的には、プロトタイプモデルの改良及びその性能評価実験を実施するほか、海氷モデルの調整・評価及び初期値作成手法の開発、次期全球海洋データ同化システムの調整・改良を実施する。

一方、将来の季節予測システムの設計と開発に向けて、全球大気モデル・陸面モデル・海洋モデルの改良、現行システムを用いた気候変動要因およびその季節予測可能性の研究、結合モデル(特に海洋)初期値の作成に必要な次世代アンサンブル手法の開発を定常的に実施する。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

①高分解能全球大気海洋結合モデルのプロトタイプモデルを新たに開発した段階であり、当初計画から1年程度の遅延が認められる。開発途中において、大気モデルと海洋モデルを結合する際の結合部分に大幅な書き換えが必要となることが新たに判明し、混合格子技術の導入とプログラム書き換え作業に時間を要したため全体の進行は遅れているが、当初の計画順序に沿って実施している。

②準結合同化システムの開発とまとめに時間が予定よりかかり、また計算機更新にともない新計算機用のチューニングアップを行ったため、結合ブリーディング法の開発は、現在、文献調査の段階である。

③計画全体の遅延に伴い、次世代季節予測システムの構築、新規システムに対応した全球海洋の初期値の作成、システム全体の試験は未着手である。

(2)研究手法の妥当性

この研究課題では、次期現業季節予報で利用可能な季節予測システムを開発することが大きな目的であることから、気象庁地球環境・海洋部気候情報課と共同で実施している。また、気象庁の現業モデル開発の効率とモデル維持管理の観点から気象庁全球大気モデルをベースに開発している。このため、大胆な研究計画の変更や新たな展開は容易ではなく、現計画に基づいた次期季節予測システムの開発は現実的であり妥当である。気象庁全球大気モデルの季節予報用結合モデルとしての性能向上にも努めながら、地球システムモデル開発グループの協力のもと、長期的な視点で季節予測システムの設計開発・改良と精度向上を定常的かつ着実に進めていくことが必要である。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

①準結合同化システムを用いた再解析結果を、大気モデル単体を実際の海面水温データで駆動した現在気候再現実験(AMIPラン)と比較した結果、熱帯域の降水分布と変動、モンスーン循環、ENSOに対する大気の応答などについて改善が見られた。この改善は,主に海面水温と大気降水系間の負のフィードバックが再現されたことによる。このことは、熱帯域の気候再現を行うためには、大気海洋相互作用の再現が必要不可欠であることを明示した、学術的に価値の高い結果である。

②結合ブリーディング法による新しい初期値作成手法が季節予報に効果がある場合には、現業化に向けて検討する必要がある。

③長波放射スキーム改良の成果については、気象庁大気モデルの開発版として利用され、今後現業利用に向け評価・検討される予定である。

④Global Land Cover 2000 データセットを基本として土地被覆を13分類に簡単化した新土地被覆データを作成し、試験的利用のため気象庁に提供した。

⑤大気海洋結合モデル季節予測実験に基づく台風の発生個数や発生位置の季節予測可能性調査の結果は、台風発生数や発生位置(その後の進路とも関連する)の季節予測現業化への可能性を与えると同時に、時代とともに予測スキルが変動するなどの解明すべき問題点を示している。

⑥大気海洋結合モデルを用いた2010年日本猛暑の季節予測実験の結果は、これまであまり注目されなかった熱帯大西洋の海面水温偏差を原因とする、日本および世界の異常天候とその季節予測可能性を示しており、学術的にも季節予報業務的にも新たな知見を与えている。

⑦CLIVAR季節から年々スケールの気候予測作業部会(WGSIP)で定められた内容にしたがって、気候システム季節予測プロジェクト(CHFP)に沿って実施した予測実験データをブエノスアイレス大学・大気海洋センター(CIMA)に提供した。これにより、世界気候研究計画(WCRP)による国際的な季節予測研究活動に貢献する。

(4)総合評価

次期季節予報結合モデルとして高分解能全球大気海洋結合モデルのプロトタイプモデルを新たに開発した。大気モデルと海洋モデルの結合部分に大幅なプログラム書き換えが必要となることが判明し全体の進行は遅れているが、当初の計画順序に沿って開発を実施している。今後は、新たに開発した結合モデルを使用した次期気象庁現業季節予報システムを構築し、システム全体の試験を進めていく必要がある。

全球大気モデル・陸面モデル・海洋モデルの改良、現行システムを用いた季節予測可能性の研究、同化システム・アンサンブル手法の開発からは、将来の季節予測システムの設計・運用・開発改良に貢献する貴重な研究成果が得られた。今後も長期的な視点で定常的に実施していく必要がある。



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