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気象研究所研究開発課題評価報告

沖合・沿岸津波観測等による津波の高精度予測に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年2月9日
  • 副課題1:地震津波の発生・伝播メカニズムに関する研究
  • 副課題2:沖合津波観測データ等を用いた津波予測手法に関する研究

研究代表者

前田憲二(地震火山研究部 第一研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

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研究の動機・背景

(副課題1)地震津波の発生・伝播メカニズムに関する研究

①地震津波の発生メカニズムに関する研究

近年、津波予報に津波データベース方式が導入されるに至っている。しかしながら、既存の津波データベースでは、津波を発生させた地震断層を1枚の矩形断層あるいは少数の矩形断層の組み合わせでしかモデル化していない。M8以上の巨大地震の場合は、断層滑り量の不均質性、断層面の矩形からのずれ、断層面の折れ曲がり(3次元的な断層幾何形状)などの影響も無視できなくなってくる。

つまり、現状の津波予報システムでは、津波データベースであらかじめ想定された断層モデルは非常に簡略化されており、特に、大きな地震津波になればなるほど、予測精度が低下する可能性が高い。これを改善するためには、より現実的な津波波源、すなわち地震断層運動(津波予測における津波計算の初期値)を推定し、津波予測に用いる必要がある。


②津波伝播に伴う津波減衰特性の研究

津波第1波が到達した数時間後になって大きな津波が現れる場合がある。このような現象は、水深の浅い陸棚を伝わってくる陸棚波(エッジ波)、あるいは近隣の海岸や島嶼等からの反射波が原因であると考えられている。津波数値計算では、津波第1波の計算精度が最も高く、後続波になればなるほどその計算精度が悪くなる。津波第1波から後続波までを高精度で再現可能な計算手法は現在のところ存在しない。エッジ波や反射波などの後続波を含め、津波がどのように減衰するかは、津波警報の解除にとって重要な問題である。

(副課題2)沖合津波観測データ等を用いた津波予測手法に関する研究

①沖合津波観測データを用いた津波予測手法の開発

近年、主として東北地方の重要港湾の沖合約10 kmの浅い海底に、GPS波浪観測点が複数点構築されている。沿岸に近いGPS波浪観測点には、背後に控える重要港湾などの沿岸エリアまでの伝播距離が短いため猶予時間は稼げないが、逆に、精度の高い津波予測情報を提供できるメリットがある。GPS波浪観測点における沖合津波観測データを活用し、沿岸に到達する津波の予測手法を開発する必要がある。

研究の成果の到達目標

(副課題1)地震津波の発生・伝播メカニズムに関する研究

津波波源(地震断層運動;津波伝播計算に必要な初期値)に関する知識の蓄積・改善および、津波伝播過程の高精度再現を図るために、次の2項目について研究を実施する。

①地震津波の発生メカニズムに関する研究

②津波伝播に伴う津波減衰特性の研究

(副課題2)沖合津波観測データ等を用いた津波予測手法に関する研究

沖合津波観測データの津波予測への活用手法を検討するとともに、津波波源の推定手法に関する技術基盤を強化するために、次の項目について研究を実施する。

① 沖合津波観測データを用いた津波予測手法の開発

研究の現状

(1)進捗状況

(副課題1)地震津波の発生・伝播メカニズムに関する研究

①地震津波の発生メカニズムに関する研究では、津波波源として重要性が指摘されている分岐断層に関連し、2004年スマトラ沖地震時に動いた可能性のある分岐断層についての調査を外部資金も活用しながら研究を進めている。また、津波波源域の推定や大振幅をもたらした波源の場所の推定を行うために、2011年東北地方太平洋沖地震について津波の逆伝搬解析の手法を活用した解析を行った。

②津波伝播に伴う津波減衰特性の研究については、津波の減衰過程を定量的に解析する手法を開発することにより、減衰過程の特性を系統的に解析し、特徴を明らかにした。また、時間減衰をモデル化することにより、津波警報の解除のタイミング判定へ活用するための研究を進めている。


(副課題2)沖合津波観測データ等を用いた津波予測手法に関する研究

① 沖合津波観測データを用いた津波予測手法の開発では、二つの手法について開発を行っている。一つは、過去に観測された沖合津波観測値と沿岸での観測値に基づき、両者の関係についての経験式を導き、沖合の観測値から沿岸の津波振幅を予測する手法である。これまでにいくつかの経験式を得ているが、今後さらに改良を進める。他の一つは、沖合に設置されたGPS波浪計や海底水圧計の津波波形データを用い、インバージョンにより津波波源を推定し、さらに得られた津波波源から沿岸の津波波形を数値計算により推定する手法である。これまでにベースとなる手法の開発を終え、現在、手法の改良と津波監視業務への導入のための研究を進めている。

(2)これまで得られた成果の概要

副課題1については、2004年スマトラ沖地震時に生成された可能性のある断層トレースの発見や、津波の減衰過程の定量的解析手法を進展させたほか、逆伝搬解析による2011年東北地方太平洋沖地震の波源域の推定、などの成果があった。副課題2では、沖合津波観測値から沿岸の津波振幅を予測する経験式を導き、GPS波浪計のデータを津波注警報に活用する方法を提案した。また、GPS波浪計や海底水圧計の津波波形データを用いたインバージョンにより津波波源を推定し、さらに沿岸の津波波形を数値計算する手法を開発するとともに、2011年東北地方太平洋沖地震に適用し、その有効性を示した。

(副課題1)地震津波の発生・伝播メカニズムに関する研究

  • 2004年12月スマトラ沖地震で最も大きな地震モーメントが開放されたと推定されている、スマトラ北西沖の大津波発生メカニズムについて、英国、フランス、米国などの研究グループから、それぞれ仮説が提案されているが、さまざまな観測データに照らし合わせてそれらの仮説を検討するとともに、日本の研究グループとして、新たな仮説を提案した。日本チームの仮説は、AGU招待講演等、国内外の学会等で発表し、広く周知してきた。
  • 2009年10月〜11月にかけて、日本の調査船を用いて、スマトラ北西沖の海域で精密海底地形調査を実施し、巨大津波の発生に寄与したと考えられる分岐断層である可能性がある海底表層のリニアメントを特定するとともに、地形の特徴から海底断層の分布を推定した。
  • 2009年に引き続き、2010年10月〜11月にかけて、スマトラ北西沖の海域で高分解能マルチチャンネル反射法探査および表層地層探査を実施し、前年度に海底地形の特徴から推定していた海底断層およびその周辺の音響学的地質構造を調査した。英国、フランス、ドイツの研究チームも同海域で複数の海域調査を実施しているが、我々、日本チームが取得した海域調査データは調査範囲を絞り、諸外国の調査よりも高分解能なデータを取ることに的を絞っており、例えば、ドイツチームの反射断面ではよく見えない堆積層内の変形構造を見ることができる貴重な調査データである。2010年に取得した調査データについては、現在も解析・解釈作業中。
  • 移動自乗平均振幅、津波コーダ、無次元化津波振幅の三つの新尺度を導入することにより、長時間の時系列水位データから津波の減衰過程を定量的に解析する手法を開発した。この手法を用いて、気象庁の検潮所の観測値がデジタル化された1997年以降の津波の減衰過程の特性を系統的に解析し、特徴を明らかにした。
  • 津波の減衰過程において、移動自乗平均振幅の3倍以上の半振幅の波が出現することが稀だという性質に、移動自乗平均振幅の時間減衰の近似関数を組み合わせれば、津波警報の解除のタイミングの予告を伴う情報発表が可能になることを示した。
  • 津波波源から海岸までの津波エネルギーの伝播過程を、波源形成、伝播経路、観測点近傍の各段階での効果のコンボリューションを用いて、津波の移動自乗平均振幅の時間減衰をモデル化した。
  • 2011年東北地方太平洋沖地震による津波浸水高の分布について、気象庁、各地気象台とともに実施した現地調査結果の概要を速報した。気象研究所では、茨城県と千葉県の調査の一部を担当した。
  • 2011年東北地方太平洋沖地震の津波波源域を、沖合の観測施設で観測された津波到達時刻からの逆伝播によって求め、震源の東側の海域に、地震に伴う海面上昇が大きい箇所があった可能性を指摘した。

(副課題2)沖合津波観測データ等を用いた津波予測手法に関する研究

  • 海岸の潮位観測施設と全国港湾海洋波浪観測網(NOWPHAS)の沖合波浪観測施設との両方で津波の記録が得られた観測例を収集し、両者での津波第一波振幅と最大振幅について、それぞれ関係式を導いた。この関係式を元に、沖合波浪観測施設での津波振幅から海岸の潮位観測施設の津波振幅を求める予測式を導き、GPS波浪計で観測される津波振幅を津波注警報に活用する方法を提案した。
  • 2010年2月のチリ地震津波において、海岸の潮位観測施設と全国港湾海洋波浪観測網(NOWPHAS)の沖合波浪観測施設との両方で津波の記録が得られた観測例を収集し、両者での津波第一波振幅と最大振幅の関係、第一波の到着時間差を調べた。
  • GPSブイの位置または類似環境の海上点での津波を予め数値計算し、経験的な津波高比の関係を適用して海岸での津波の高さに換算した値を用いることで、津波データベースの信頼性の向上が図れることを示した。
  • 津波警報の発表の有無のような二者択一の予報について、予報の価値との関係が明確なスコア付け方法を、効用理論を用いて導出した。
  • 海底水圧計の波形データを用いたインバージョンにより津波波源を推定し、その波源から沿岸の津波波形を数値計算により予測する手法を開発するとともに、水圧計に加えGPS波浪計も用いた場合についての数値実験を行い、両データの併用が、広範囲の沿岸地域に対する津波予測精度の向上につながりうることを示した。
  • 沖合津波波形の逆解析に基づく津波予測手法を、1944年東南海地震を想定した仮想沖合津波記録に適用し、津波波源域から離れた沿岸地域に対する津波予測には極めて有効であること、波源近傍の沿岸地域の予測精度を向上させるには、測地データ等との併合処理が必要になる可能性が高いことを示した。
  • 2011年東北地方太平洋沖地震津波に対して、沖合津波波形の逆解析に基づく津波予測手法を適用し、東北地方太平洋沿岸に実際の津波が到来する少なくとも5分前には、同地域への10 mを超える大津波の襲来を予測できる可能性があることを示した。
  • 本庁が近年設置した新東南海ケーブル水圧計の計測能力を明らかにするため、2010年冬から、海底水圧計からの直接出力に最も近い段階での「生観測データ」の収録を開始した。同水圧計による観測に及ぼす季節変動の影響も検討するため、約1年の生観測データを蓄積中である。
  • 海底水圧計による沖合津波観測において、海水層内の多重音響反射波、地震動などの高周波成分や、大地震時に観測される急激な水温変動に起因する観測誤差が生じており、津波警報の信頼性を向上する上で解決すべき問題である。これらの現象は、唯一、我が国の周辺海域で我が国の観測システムを用いて観測されており、諸外国の津波研究コミュニティから注目されている。2009年IUGG/TC-NGDC-IOCワークショップおよび2011年9月MTS/OCEANS'11近地津波ワークショップにて、近地津波の沖合津波観測における解決すべき問題点および展望に関して、気象研で今まで得られた知見・経験を発表した。
  • 現在までに、海水層内の多重音響反射波、地震動などの高周波成分の問題について、既存の観測センサーの計測原理や計測能力を詳しく検討し、どのような観測センサー・観測仕様で沖合観測を行えば、この問題が解決可能か大まかな結論を得た。2010年度より、この問題の解決が期待できると考えられる、新型海底水圧計の試作を進め、現在、水晶発振式水圧センサー、高精度水温計の性能評価のための試験観測を実施中である。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

平成21年度当初計画に含まれていた「(副課題2)②歪計・広帯域地震計データを用いた津波波源域(震源域)の即時推定手法の開発」については、研究効率を高めるため、平成22年度から新規に開始した重点研究課題「海溝沿い巨大地震の地震像の即時的把握に関する研究」で行うこととした。

(4)成果の他の研究への波及状況
  • 2011年東北地方太平洋沖地震の解析において、津波の逆伝搬解析により波源域を推定する研究や、沖合の津波観測データを用いてインバージョンにより津波波源を求める研究は、その解析結果と地震動から得られる震源断層の大きさやすべり分布と比較することができるため、他の震源過程解析の研究にフィードバックすることができる。
  • スマトラ島沖で確認された分岐断層に関する研究成果は、2011年東北地方太平洋沖地震時に観測された海溝近傍域の断層運動や、将来巨大津波を引き起こす可能性のある南海トラフ沿いの分岐断層と比較研究を行う上で、重要な成果である。
2.今後の研究の進め方

(副課題1)地震津波の発生・伝播メカニズムに関する研究

2011年東北地方太平洋沖地震による津波現地調査の結果は、他機関から収集する各種津波観測成果とともに、津波波源と伝播のメカニズムの解明に活用する。観測値のインバージョンにより津波波源域における水位変動分布を推定するほか、副課題2で作成する津波予測システムの試作版を用いて津波波源・伝播の特徴を抽出する。

これまでに2004年スマトラ沖地震について、最も大きな地震モーメントが開放されたと推定されているスマトラ北西沖でどのような海底変動が生じたかを詳細に検討するために必要な、高精度海底地形データ、高分解能マルチチャンネル反射法探査データ、表層地層探査データなどを取得することができた。今後は、これらのデータ解析・解釈作業を進め、2004年スマトラ沖地震時の大津波発生メカニズムについて、日本の研究グループが提案している仮説を軸に、検証を進める。

津波伝播に伴う津波減衰特性の研究については、開発した解析手法を2011年東北地方太平洋沖地震に適用して、巨大津波の減衰過程の特性も説明できる時間減衰のモデル化を行う。また、時間減衰モデルを津波警報の解除のタイミング判定へ活用する方法の改良を進める。


(副課題2)沖合津波観測データ等を用いた津波予測手法に関する研究

これまでの沖合津波観測値と沿岸での観測値の関係についての経験式は、M9級の巨大地震による津波を全く含まないデータセットから導出されている。2011年東北地方太平洋沖地震による津波の観測値を用いてこの経験式の有効性を検証するとともに、沖合の観測値から沿岸の津波振幅を経験則により予測する手法が巨大地震津波にも適用できるよう、改良を行う。

これまでに開発した沖合津波波形の逆解析により津波波源を推定し、その波源から沿岸の津波波形を数値計算により予測する手法を基に、津波注警報の早期更新に役立てるための津波予測システムの試作版を作成する。また、その試作版の検証や予測手法のさらなる改善も行う。

新東南海ケーブル水圧計の計測能力を明らかにするため、2011年11月で、約1年間分の「生データ」が入手できるので、今後、季節的な変動による影響を含め、同水圧計の計測能力、ノイズ評価などを進める。

現在の沖合津波観測における問題点を克服するための技術的側面の検討について、またその一環としての新型海底水圧計の開発・試作については、今後も継続する。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

順調に進捗している。

(2)研究手法の妥当性

当初計画していた成果が得られており、研究手法は妥当であった。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

  • 沖合のGPS波浪計や海底水圧計で観測される津波観測データを活用し、沿岸の津波波形を予測する手法は、プロトタイプのシステムを作成後、津波注警報をより早く更新するための新たな手法として、気象庁の業務への導入を計画している。
  • 津波の減衰過程の波の振幅の性質を津波警報の解除・継続の判断に活用する方法については、気象庁の業務への導入を提案している。
(4)総合評価

研究は順調に進捗しており、いくつかの重要な成果が得られている。今後継続して研究を進めることにより、津波監視業務への技術移転が見込まれる。



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