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気象研究所研究開発課題評価報告

台風強度に影響する外的要因に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年1月13日
  • 副課題1:衛星データを用いた台風強度推定に関する研究
  • 副課題2:台風の最適観測法
  • 副課題3:台風の強雨・強風構造の実態解明

研究代表者

徳野 正己(台風研究部 第二研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

研究の動機・背景

台風の進路予想は、近年の数値予報の向上により改善されつつあるものの、国民の生命、財産を台風による災害から守り、減災するためには、台風の進路予報の改善に加えて、台風の強度(強風、強雨)などに関する地域に即したきめ細かい防災情報が望まれている。

数年後には、現状より数倍の高分解能の次期メソ数値予報モデルの運用により、台風に関する進路予報の改善や台風強度の精度向上が考えられている。その中で、特に台風強度の精度向上に資するため、台風強度推定法の開発及び台風強度に影響する外的要因の評価に関する研究を行い、台風の強度(強風、強雨)についてより高精度で的確な防災情報の提供に寄与する。

研究の成果の到達目標

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

関連する各種衛星搭載マイクロ波センサーの観測データを収集し、現存の強度推定手法を適用して、統計解析・事例解析を行い、台風の強度予測の向上を図る。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

台風周辺の環境把握に有効であり、予報改善にも資する最適観測法を機動観測・各種衛星等のデータを用いて検討する。台風周辺の感度領域解析の特性を抽出する。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

台風の強度予測の精度向上のため、台風の発達過程と強雨・強風構造の実態を解明し、それらに関する数値モデルの問題点を明らかにする。

研究の現状

(1)進捗状況

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

  • 当研究部がこれまでに開発したマイクロ波放射計を用いた台風強度推定法をT0813号及びT0815号に適用し精度を評価した結果、開発時と同等の精度で最大風速を推定できることを確認した。しかしながら、台風の雲パターンに対応して精度が異なることが問題点としてわかった。このため、台風の雲パターンをTRMM搭載のマイクロ波放射計TMIで客観的にパターン分類し、パターン別に台風強度を推定する新たな手法を開発中である。
  • AMSU輝度温度データを用いて熱帯低気圧に対して台風への発達可能性を判別する手法を開発した。
  • AMSU輝度温度データから台風の暖気核分布の特徴を解析し、暖気核分布から台風強度を推定する手法を開発し評価中である。
  • QuickSCAT散乱計データから台風の強風分布の特徴を解析し、風速分布と対流活動の位置関係について新たな知見が得られた。
  • ドボラック法の補完のために、静止気象衛星に搭載されている短波長赤外チャネル(IR4)や水蒸気チャネル(WV)の利用を調査中である。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究<

  • 2008年のT-PARC特別観測期間のMTSAT高頻度小領域観測(ラピッドスキャン)データを用いて大気追跡風を算出した。これにより、台風周辺域の大気追跡風である上層風を従来より高密度に得ることができ、台風上層の発散場の特徴をより詳細に把握することが可能となったが、GPVやドロップドンデの風との対応が悪い大気追跡風が見られ、大気追跡風の高度指定に問題があることがわかった。
  • T-PARC航空機観測データの台風進路予測へのインパクトについての調査を行い、航空機観測を利用することにより、進路予測精度が向上することが分かった。また、航空機観測データの内、特異ベクトル法により抽出された特定の高感度領域のデータを利用することにより、進路予測精度が向上することがわかった。
  • TIGGEのデータを用いて台風の各予報センターのアンサンブル予報を可視化し、比較することができるサイトを構築し、台風の調査に利用するとともに、WMO台風委員会や世界の研究者向けに公開している。
  • 台風最適観測技術を確立するために、海外の数値予報センターの解析値やアンサンブル初期摂動を解析することにより、台風周辺域の擾乱の発達と台風進路の関係を調査した。台風渦中の傾圧的なエネルギー変換によって摂動の運動エネルギーが増大し、台風の進路に影響を及ぼすことが分かった。
  • 台風最適観測の根幹となる感度解析技術(最適な観測領域を推定する手法)についてその代表的な手法である特異ベクトルの基本的な性質を調査した。様々な台風構造に対して特異ベクトルを算出し、その算出される領域(感度領域)の特性を調査した結果、感度領域は台風の最大風速、最大風速半径、特異ベクトルの評価時間が大きくなるほど台風の外側に求まることが分かった。
  • 台風最適観測では台風進路予報の不確実性を見積もることが重要であるため、TIGGEデータを用いて複数のアンサンブル予報を収集してアンサンブルと見なす「マルチセンターグランドアンサンブル」の有効性を調査した。実際の台風進路の捕捉率の検証において、最も精度のよいアンサンブル予報システムであったECMWFの捕捉率が5日予報で86%であるのに対し、マルチセンターグランドアンサンブルでは96%であった。マルチセンターグランドアンサンブルの有効性が明らかになったとともに、4%の事例ではどの数値予報センターのアンサンブル予報でも実際の台風進路が補足できていないことが分かった。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

時空間的に詳細な台風の強雨・強風構造や発達過程、及びそれらの多様性に対する環境場の影響に関する解析、及び非静力学モデルを用いた台風の発達過程の再現性について以下の調査を実施している。

  • 関東地方に接近した台風についてつくばでゾンデ観測を行い、それぞれの台風に伴う気流に関するデータが得られた。また過去の台風に関するレーダー観測データ等の解析を行った。台風2事例の大雨に関して非静力学モデルによる数値シミュレーションを行い、降水効率に着目して解析を行った。
  • 台風と海洋環境場との関係を調査するためアルゴフロートやイリジウム海洋フロートブイ等のデータ収集を開始し、解析中である。また海洋モデル結合/非結合による数値シミュレーション等を実施している。
  • 中緯度における台風の構造変化と強度等についての気候学的調査を長期再解析データを用いて行った。また温低化した台風と海面水温との関係について調査中である。
  • 非静力学モデルを用いて顕著な台風の進路や強度に関して統計調査を行い強度の再現性に関して問題点が明らかになってきた。
(2)これまで得られた成果の概要

重点研究として取組んでいる副課題1では、衛星マイクロ波放射計により最大風速の推定を 5 m/sから6.5 m/sのRMSEで行なえることができることを確認するとともに、衛星マイクロ波探査計から鉛直気温分布を求め台風強度を推定する手法を開発し、台風中心気圧の推定を9hPaから13hPaのRMSEで行えることができるようになった。

副課題2では、T-PARCでの航空機特別観測データを用いた台風の進路予測へのインパクトについて調査し、航空機観測を利用することにより、進路予測精度が向上することが分かった。また、航空機観測データの内、特異ベクトル法により感度解析され抽出された台風中心の北東~東側の高感度領域のデータを利用することにより、進路予測精度が向上することがわかった。更に、最適観測法の有効性を評価するために、台風周辺で算出される感度領域の力学的特性を調査し、アンサンブル初期摂動の成長メカニズムについて傾圧的なエネルギー変換による摂動の成長が台風進路へ影響を与えるという新たな知見を得た。最適観測法研究を支援するシステムを拡充した。また、T-PARC期間中に実施された静止気象衛星のラピッドスキャン観測の精度評価を行なった。

副課題3では、日本に接近した台風の観測データ解析及び数値実験を引き続き行い、降水効率等において以前の研究と整合する結果が得られた。海洋観測データの解析と海洋結合モデルによる数値実験を開始し、海洋の水温・塩分等と台風の関係に関する初期結果が得られた。大気再解析データを用いた気候学的調査により北西太平洋中緯度の台風の構造に関する知見の一般化が進められた。更に、非静力学モデルで予測された台風の統計調査を行い、台風強度の再現性に関する問題点が明らかになった。

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

  • T0813号およびT0815号について、これまでに開発したマイクロ波放射計を用いた台風強度推定法を適用し、ベストトラックおよびマイクロ波散乱計データとの比較を行った。発達・衰弱の傾向についてはベストトラックやQuikSCATによる最大風速の変化傾向に沿う結果が得られ、また、最大風速のRMSEはTRMM搭載のマイクロ波放射計TMIを用いた場合に6.5m/s程度、AMSR-Eを用いた場合に5m/s程度となり、Hoshino and Nakazawa, (2007)と同等の精度で最大風速を推定できることが確認した。
  • TMIの1998年から2008年までの北西太平洋の台風の観測データ(輝度温度データ)を中心からの距離および台風の移動に対して相対的な位置関係からパラメータ化し、そのパラメータをk-means法により10個のクラスタに分類した。これにより、TMIの輝度温度から見える台風の眼の有無、眼がある場合はその大きさ、非対称性などが反映された客観的なパターン分類ができるようになった。
  • AMSU輝度温度データを2001-2008年まで整備し、AMSUで求めた熱帯低気圧の暖気核分布から台風への発達可能性を判別する手法を開発した。また、AMSUデータから気温を算出し、台風発生時の温暖核の気温偏差に上限があること、また日変化をしていることがわかった。
  • AMSUマイクロ波探査計から求めた台風内部の温度偏差分布と、MTSATによる大気追跡風分布との関係をT0813のデータを用いて調査した結果、偏西風の影響を受けていない最盛期の段階では対流圏上層での温度偏差と台風周辺の低気圧性循環の広がりが対応していたが、偏西風の影響を強く受け温帯低気圧化も進行していた段階ではこの関係は認められず、大気追跡風の分布から台風の発達・温帯低気圧化の段階を判定できる可能性があることがわかった。
  • AMSUマイクロ波探査計データ(CIRAアルゴリズムによる推定気温プロファイル、および輝度温度)を使って台風の暖気核の最大気温偏差を定義し、2008年の台風(22個)を使用し台風中心気圧を推定するための推定式を作成し、2009年~2011年の台風に適用した結果、RMSEでおよそ9~13hPaの精度で推定できることがわかった。
  • 暖気核の最大気温偏差の算出において、気温偏差場に含まれる衛星センサのスペック(衛星センサのスキャン角、フットプリントサイズ)に依存する誤差を本研究で開発したアルゴリズムで修正することにより、暖気核の最大気温偏差とベストトラック台風強度との相関が向上することが分かった。
  • QuikSCAT散乱計データから得られた台風の強風分布の特徴が台風の移動方向と眼の壁雲域の対流活動の偏りからある程度説明できることが分かった。
  • QuikSCATによる海上風分布をT0813について時系列で解析した結果、最盛期までの風速分布と、一旦衰弱し温帯低気圧として再発達した場合の風速分布とでは、進行方向と中心からみた最大風速領域との位置関係が明確に違っていることがわかった。
  • 台風の壁雲の対流雲域の雲頂の変化が、3.8μm帯チャンネルで観測される雲の反射率の違いにある程度現れることがわかった。
  • 最低中心気圧950hPa以下の7台風に対してMTSATの水蒸気チャネルの輝度温度から台風の中心気圧をRMSEが12hPa程度の誤差で推定できることがわかった。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

  • T-PARC期間中の特別観測データの利用により、T0813号及びT0815号では、台風の転向前、台風進路予報誤差を減少させる改善の効果が得られ、更に台風強度予報が実況に近づくことを確認した。転向後、T0813号では、66~84時間予報で10%の台風進路予報誤差を減少させる改善の効果が得られたが、台風強度予報に関する大きなインパクトは見られなかった。
  • T-PARC期間中のT0813号の特別観測データの内、特異ベクトル法を用いた感度解析による高感度領域に対して、気象庁全球モデルによるインパクト実験を行った結果、台風中心の北東側の高感度領域内の特別観測データを使用することにより、台風進路予報初期および後半で改善が見られ、一方、T0815号では台風の南側と東側の観測データが台風進路予報の改善に、台風の中心付近と北側の観測データは台風強度予報の改善に寄与していることが分かった。
  • 2008年9月の特別観測T-PARCの際に行われたMTSAT2による高頻度小領域観測データを用いて、台風周辺の大気追跡風の算出を行った。その結果、赤外および水蒸気画像を用いた上層風の算出においては妥当性のある台風周辺の面的な風分布が得られる一方、その高度指定が困難なために「QIが比較的高いにも関わらず誤差の大きな事例」が数多く見られ、ゾンデとの比較でRMSVDが10〜15m/s程度の誤差をもつことがわかった。また、可視および短波長赤外画像を用いた下層風の算出に関しては、台風中心付近では広く上層の雲に覆われてしまうこともあり、十分な数のデータを得ることができなかったが、その外側の下層雲の上を比較的薄い巻雲を覆う領域では、風速が15m/s程度の強い低気圧性循環が見られた。
  • TIGGEのデータを用いて台風の各予報センターのアンサンブル予報を可視化し、比較することができるサイトを整備した。これにより、準リアルタイムで各センターのアンサンブル予報を比較できるほか、実際の経路との比較も行うことが出来るようになった。
  • 日本、ヨーロッパ、米国が所有するアンサンブル予測システムによる台風予測結果を比較調査した。台風進路予測の信頼度がアンサンブル予測システム毎に異なる事例があることに注目し、その原因を特定するために解析を実施した。その結果、台風周辺のアンサンブル初期摂動の水平・鉛直構造と振幅、さらに成長率がアンサンブル予測システム毎に大きく異なっていることを発見し、これらが原因となって、同じ台風、同じ初期時刻の台風進路予測であっても、ある数値予報センターはスプレッドを小さく、また、別の数値予報センターはスプレッドを大きく予測することを初めて示した。さらに、アンサンブル初期摂動の構造とその成長メカニズムを解析した結果、台風渦中の傾圧的なエネルギー変換によって摂動の運動エネルギーが増大し、台風の進路に影響を及ぼすことが初めて明らかになった
  • 台風渦中で成長する特異ベクトルの基本的な性質を調査するために、順圧モデルを用いて特異ベクトルを算出した。まず、最適観測法で重要となる、特異ベクトルの算出される場所に関する調査を行った。問題を単純化するために、初期渦として軸対称渦を与え、f面で特異ベクトルを算出した。特異ベクトルの算出される領域は、軸対称渦の最大風速や最大風速半径等の渦の構造や、特異ベクトルを算出する際の評価時間に大きく依存することが分かった。次に、特異ベクトルと熱帯低気圧の進路の関係について調査を行った。軸対称渦の移動を考慮するために、β面で特異ベクトルを算出した。その結果、算出される第1、第2特異ベクトルは波数1の構造を持っていることが分かった。波数1の構造は渦の変位を引き起こす摂動である。これらの特異ベクトルをアンサンブル初期摂動とした場合、その線形結合により軸対称渦を如何なる方向へも変位させられることが分かった。この結果は、順圧モデルの制限のもと、熱帯低気圧の進路予報を対象としたアンサンブル初期摂動や感度解析資料を作成する際、渦の変位によって成長する成長率の大きい特異ベクトルを使用することが重要であることを示唆するものである。
  • 決定論的な台風進路予報では実際の台風進路を予測できない、いわゆる見逃しが発生する。アンサンブル予測にはこの見逃しのリスクを軽減することが期待されている。各国の数値予測センターが運用するアンサンブル予測結果を収集し、アンサンブル手法による台風進路予報の有効性を調査した。アンサンブル予測によるベストトラックの捕捉率を定義し、捕捉率の検証を行った結果、最も精度の良いECMWFのアンサンブル予報の場合、5日予報で捕捉率は86 % であったが、各国の数値予測センターが運用するアンサンブル予測を集めてアンサンブルとするマルチセンターグランドアンサンブル予報では96 % となった (見逃しの事例が1つもない場合捕捉率100% となる)。マルチセンターグランドアンサンブル予報でも実況を捕捉できない事例が4 % 程度存在しており、数値予報モデルの改良、初期摂動作成手法の改良がさらに必要であることが分かった。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

時空間的に詳細な台風の強雨・強風構造や発達過程、及びそれらの多様性に対する環境場の影響に関する解析、及び非静力学モデルを用いた台風の発達過程の再現性についての調査を実施し以下の成果を得た。

  • 関東地方に接近した台風4個(T0911、T0918、T1004、T1115)についてつくばでゾンデ観測を行い、それぞれの台風に伴う気流に関するデータが得られた。また過去の台風(T0704、T0709、T0813)に関するレーダー観測データ等の解析を行い、アウターバンドとそれに伴う気流の3次元構造の特徴、及びその地形の影響による変化が抽出された。T0704及びT0709による日本国内の大雨事例を対象にして、非静力学モデルによる数値シミュレーションを行い、降水効率を計算した。その結果、以前に行ったT0421のシミュレーション結果と同様両事例とも大雨となった期間の降水効率はそうでない期間に比べて高いことが分かった。
  • 台風と海洋環境場との関係を調査するためアルゴフロート等のデータ収集を開始し、T0914等いくつかの台風の近傍で700m深まで水温変動があることを見出した。2009年の台風14個を対象とし、台風トラック近傍の約700個の水温プロファイルの変化を統計的に調べた。平均プロファイルの水温変化の深度は台風の強度・移動速度には依らず600m深まで見られ緯度に依存していること、等が分かった。また2011年6月に投入したイリジウム海洋フロートブイのデータからは、T1106とT1109通過時の水温・塩分変動が台風経路からの相対位置により異なっていたことを見出した。
  • T0914について海洋モデル非結合による数値シミュレーション等を実施したところ、台風を過発達させていた。海洋モデルを結合して数値シミュレーションを行ったが、大気環境場の違いが台風経路・強度の違いに与える影響が大きく、成熟期から衰退期にかけては、海洋結合による台風強度を弱める効果はあったものの、気象庁ベストトラックの台風強度を再現するまでには至らなかった。水平解像度が細かい場合は数値モデルは海洋結合時においても、更に台風を過発達させていた。
  • 中緯度における台風の構造変化と強度等についての気候学的調査を、1979年からの26年分の長期再解析データを用いて行った。客観的な判定基準で最終的に温帯低気圧化したと判定されたのは、全台風687個中274個(40%)で、客観的に判定された温帯低気圧化の時刻が気象庁ベストトラックより平均3時間程度早く、全体の91%は両者の時刻の差が24時間以内であった。客観的判定基準での温低化の割合は、6-8月期は30%程度だが、9・10月期は60%近くに上り、季節による差異が顕著にみられた。この季節による差異は台風の熱的非対称化開始から寒気核化までと定義した遷移期間にもみられた。また温低化と判定された台風のうち16.8%は熱的非対称化より寒気核化が先行していたことがわかった。
  • 2004年に温低化した台風のうち9個について、海面水温との関係について調べた。非対称性の増大で定義した温低化開始が海面水温27℃以上で起こっている事例がある一方、海面水温20℃以下の海域まで温低化完了せずに進む事例もあり、海面水温の低い海域に進むことが温低化の条件とは言えないことがわかった。
  • 2008年8月~2010年までの顕著な台風(最低気圧が950hPa以下)13事例に対して、発生期から最盛期までの79初期値について、非静力学モデルを用いて5日積分を行い、予報進路や強度に関して統計調査を行った。これまでの調査から台風の発達を十分に表現できないことが明らかになっていたが、特に発達期や最盛期に顕著であることが分かった。また、時間変化傾向を評価すると、急発達や急衰弱についての再現がよくないことが明らかになった。これは台風のコア構造の再現性が不十分であることが一因であることが示された。また鉛直構造においては、1次・2次循環ともに、一般的な台風の構造に比べて上端が高すぎるという問題が明らかになった。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

ドボラック法の補完のため、静止気象衛星データからの台風強度推定に関連する調査を追加した。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

特になし

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

台風の強雨・強風の詳細構造解明に関する解析的研究において、台風と海洋環境場との関係を調査するため、アルゴフロート等の海洋データを用いた解析、大気海洋結合モデルによる数値実験、及び客観解析データによる気候学的調査を開始した。一方、可搬型レーダーによる特別観測を取りやめ、ゾンデ特別観測と現業観測データを用いた解析、及び過去の観測データを用いた解析を行った。

(4)成果の他の研究への波及状況

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

本副課題にてこれまでに開発したAMSR-Eのマイクロ波データを用いた台風の強度推定法について、本庁および気象衛星センターにて検証が行われ、「マイクロ波(Aqua/AMSR-E)画像による台風強度推定」(吉田ほか、気象衛星センター技術報告第53号)としてまとめられた。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

  • アンサンブル予報比較サイトに関しては、東南アジアの国々の予報センターを初めとして世界中の現業部門および研究者にパスワード付きで公開しており、利用されている。今後はSWFDP(東南アジア荒天予報実証プロジェクト/WMO)の一部としても利用される見込みである。また、現在インド気象庁による同システムの北インド洋版の制作が進められており、協力している。
  • 台風周辺域のアンサンブル初期摂動の成長メカニズムの解明は、世界気象機関及び気象庁が推進するTHORPEX研究に寄与している。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

台風接近時に実施されたゾンデ特別観測のデータは、気象研究所重点研究「シビア現象の監視及び危険度診断技術の高度化に関する研究」においても、台風近傍で発生した突風等を対象とした解析に使用され成果に寄与している。

2.今後の研究の進め方

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

  • TMIを用いたパターン分類による台風強度推定法を開発し更に、他のマイクロ波放射計に対しても拡充する。
  • AMSUマイクロ波探査計による台風強度推定法の評価を継続し、推定式のさらなる精度向上の可能性を調査する。さらに、マイクロ波探査計データ及び放射伝達モデルを使用し解析的に推定した気温プロファイル等を用い、今回定義した暖気核の最大気温偏差の精度、誤差要因について検証を行う。
  • 静止気象衛星に搭載されている赤外短波長チャネル(IR4)による台風を取り巻く雲の光学的特性と台風の強度との関係、及び水蒸気チャネル(WV)による輝度温度と台風の強度との関係について調査を継続する。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

  • VIS風、IR4風による台風周辺での下層強風域の推定可能性について引き続き検証する。VIS風、IR4風の利用可能性が確かめられた場合には、これらのデータから地上風を推定する手法の検討も行う。
  • MTSAT1Rによる現業的な5分間隔の小領域観測が開始されたことに伴い、このデータを用いた大気追跡風の算出を行い、台風の強度推定および構造の把握への利用可能性について検証を行う。
  • T-PARC期間の特別観測データを使った最適観測法に関する研究の当初の目標はおおむね達成できた。一方、実際の台風と背景場の台風に位置ずれがある場合、観測データが有効に作用しない、あるいは結果を悪化させるケースが見られ、位置ずれ補正の重要性が明らかになった。位置ずれ補正手法の開発は、全球データ同化システムを使って行うことになり、その手法は台風予報のためだけではなく全球予報のためのデータ同化においても有用である。以上のことから、今後は、重点研究「全球大気データ同化の高度化に関する研究」の中で、位置ずれ補正に関する研究に重点的に取り組む。その過程で最 適観測法に関わる知見も抽出していく。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

台風の強雨・強風の詳細構造解明に関する解析的研究においては、台風に対する大気環境場の影響に加えて海洋の影響の解明に重点を置く。そのために海面水温データも用いた気候学的調査を継続するとともに、台風通過時の海洋観測データにおける水温・塩分変動の解析を行い、また大気海洋結合モデルを用いた数値シミュレーションを行う。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

衛星マイクロ波放射計及び衛星マイクロ波探査計による台風強度推定法が開発され、概ね順調に進捗している。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

  • MTSATの小領域観測データから算出された大気追跡風の精度評価、及び、T-PARC航空機観測データの台風進路予測へのインパクトについての調査が終了し、目標は概ね達成された。
  • アンサンブル予測比較サイトに関しては、開発が終了し目標は達成された。
  • 最適観測法の有効性の評価については、目標は達成された。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

  • 台風の強雨・強風の詳細構造解明に関する解析的研究においては、大幅な手法変更を行ったが、一定の成果が出ており、概ね順調に進捗している。
  • 非静力学モデルによる台風の再現性の調査においては、概ね目標とした結果が得られてきている。
(2)研究手法の妥当性

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

  • 赤外画像による従来のDvorak法による台風強度推定では、台風を取り巻く雲の変動に精度が大きく左右されるが、マイクロ波放射計やマイクロ波探査計は雲に対する影響が小さく、これらのセンサーの利用した開発は妥当である。
  • マイクロ波放射計で観測される輝度温度パターンは海上の最大風速と関係があり、またマイクロ波探査計は台風の暖気核の発達を直接把握できることより、これらの性質を利用した開発手法は妥当である。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

  • 小領域観測データの利用を検討する上で、台風周辺の下層風等の算出が可能な大気追跡風を算出し解析に用いる手法は、妥当である。・航空機観測による特別観測は、最適観測法で重要となる特異ベクトルの算出される場所の特定などに利用できるので、その観測手法は妥当である。
  • 数値モデルによるシミュレーションやTIGGEデータを用いた解析等は、台風の最適化法の研究を多方面から行うことができ、妥当である。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

台風の強度・構造に影響を与える環境場として、大気環境場に加え、近年その重要性が注目されるようになってきた海洋の影響の調査を行うよう手法を変更しており、妥当である。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

(副課題1)衛星データを用いた台風強度推定に関する研究

マイクロ波放射計データを用いた台風の強度推定法及びマイクロ波探査計データを用いた台風の強度推定法は本庁予報課の台風解析次期システムに試験的に導入され評価が行われている。今後現業的な利用が進むことが想定される。

(副課題2)台風の最適観測法に関する研究

  • 高頻度小領域観測データについて、将来的には高頻度小領域観測の頻度が増えることが期待されるため、現在の研究結果が活かされることになると期待される。
  • アンサンブル予報比較サイトに関しては、東南アジアの国々の予報センターを初めとして世界中の現業部門および研究者にパスワード付きで公開しており、台風の予測や予報精度の改善のために利用されている。
  • 台風周辺域の擾乱の成長メカニズムの解明や感度解析技術の高度化は、世界気象機関及び気象庁が推進するTHORPEX研究に寄与した。また、アンサンブル手法による台風進路予報の有効性に関する研究成果は、世界気象機関及び気象庁が途上国支援を目的に行っているSWFDP(7ページに出てきているのでそこで触れる)に貢献しており、WMOやSWFDPの会合でも多く取り上げられた。

(副課題3)台風の強雨・強風構造の実態解明に関する研究

  • 中緯度の台風の構造に季節による差異が大きいことがわかったことで、台風に関する防災対応を季節ごとにより適切なものとするための知見を提供することができる。
  • 台風強度に関するモデルの再現結果の統計調査は、台風強度予報改善へ向けての基礎資料となる。
  • 台風の強度変化と密接にかかわる海洋変動の実態を観測により明らかにし、また海洋結合モデルを用いたシミュレーションにより台風に対する影響を評価することによって得られた知見は、現業非静力学モデルによる台風予測への高度化への活用が期待される。
(4)総合評価

マイクロ波データによる台風強度推定手法の現業への利用の要望が強く、AMSUデータによる台風への発達可能性の判別や台風強度推定手法の開発等、それに向けた開発が順調に進んでいる。また、最適観測法の有効性に関しての研究成果は台風周辺域の擾乱の成長メカニズムの解明等順調に出てきている。更に、台風の強雨・強風の詳細構造解明に関する解析的研究が進められ、順調に成果が出てきている。このように、台風の強度(強風、強雨)についてより高精度で的確な防災情報を提供する上で、本研究を実施する意義は大きい。

以上から、本研究を引き続き着実に遂行していく必要がある。



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