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気象研究所研究開発課題評価報告

メソスケールデータ同化とアンサンブル予報に関する研究

中間評価

評価年月日:平成24年1月13日
  • 副課題1:メソデータ同化技術の高度化
  • 副課題2:観測データ利用手法の高度化
  • 副課題3:メソアンサンブル予報技術の開発

研究代表者

斉藤和雄(予報研究部 第二研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

pdfファイル:79KB

研究の動機・背景

(副課題1)メソデータ同化技術の高度化

①NHM-4DVARの開発

気象庁の現業メソ同化システムは水平解像度15kmの非静力学モデルであり、降水過程は大規模凝結しか入っておらず、モデルの初期値を豪雨などの顕著現象の予測に必要なきめ細かさで決定することができない。

②アンサンブル予報を用いた変分法的データ同化法の開発

これまでの変分法同化手法では、背景誤差共分散として統計的に求めた予報誤差を用いており、ケースや場所による予報誤差の違いが考慮されていない。

③局所アンサンブル変換カルマンフィルタの開発

次世代の同化システムとしてアンサンブルカルマンフィルタが注目されているが、日本では、気象庁で全球同化システムとしての開発と精度検証が行われている程度で、メソスケール同化システムとしての本格的な開発は行われていない。

④台風初期値の改善と熱帯域同化実験 

現在実用化されているメソ4次元変分法は、中緯度を対象に設計されており、台風や熱帯域のような低緯度での同化実験に不向きである。

(副課題2)観測データ利用手法の高度化

①マイクロ波放射計データ同化手法の開発

気象庁の現業メソ同化システムでは、マイクロ波放射計データは、衛星観測による海上の可降水量・降水強度しか同化されていない。可降水量はその地点の鉛直積算した水蒸気に関する情報を与えるのみで、鉛直分布の構造や周囲の分布を正しく修正できない。

②GPSデータ同化手法の開発

これまでのGPSデータ同化研究は、静力学同化システムによる可降水量同化が中心で、鉛直積算水蒸気量の修正は行われるが、水蒸気量の鉛直分布や観測地点周囲の分布を正しく修正するには不十分である。

③NHM-4DVARへの同化実験

気象庁の現業メソ同化システムは水平解像度15kmの非静力学モデルであり、ドップラーレーダー動径風などが同化されているものの、局地的な豪雨を捕らえるための高密度データは同化されていない。

④局所アンサンブル変換カルマンフィルタへの同化実験

NHMへの局所アンサンブル変換カルマンフィルタの適用が可能になっているが、メソスケールデータ同化システムとしての本格的な同化実験はまだ行われていない。

(副課題3) メソアンサンブル予報技術の開発

①各種摂動手法の比較と改良

現在の気象庁のメソ数値予報は、単独予報のみであるが、顕著現象の予測では、場所・時間・強度に実況とずれが生じるのが普通で、見逃しや空振りが避けられない。アンサンブル予報は週間予報・季節予報を対象としてのみ行われている。

②物理過程摂動手法の開発

現在のアンサンブル予報では、モデルの不完全性に起因する誤差が考慮されていないため、予報スプレッドや予報誤差が過小に評価される傾向がある。

③予測信頼度の評価と確率予報の検証

現在の気象庁のメソ数値予報は、単独予報のみで予測にどの程度の誤差や信頼度があるのかの客観的な情報がない現在の『降水確率』は、1mm以上の降水の有無についてで、強雨についての情報ではない。

④熱帯域・台風アンサンブル実験

これまでのメソアンサンブル予報実験は、北京プロジェクトや日本域などを対象に行われたのみで、台風や熱帯域への適用は殆ど行われていない。

研究の成果の到達目標

(副課題1)メソデータ同化技術の高度化

非静力学モデルで降水系を予測するためのデータ同化技術として、次の4項目について研究を実施する。

①NHM-4DVARの開発

②アンサンブル予報を用いた変分法的データ同化法の開発

③局所アンサンブル変換カルマンフィルタの開発

④台風初期値の改善と熱帯域同化実験

(副課題2)観測データ利用手法の高度化

非静力学モデルの初期値を改善させるための観測データの利用手法として、次の4項目について研究を実施する。

①マイクロ波放射計データ同化手法の開発

②GPSデータ同化手法の開発

③NHM-4DVARへの同化実験

④局所アンサンブル変換カルマンフィルタへの同化実験。

(副課題3)メソアンサンブル予報技術の開発

アンサンブル予報に基づいて短期量的予測に信頼度や確率情報を付加するための技術開発として、次の4項目について研究を実施する。

①各種摂動手法の比較と改良

②物理過程摂動手法の開発

③予測信頼度の評価や確率予報の検証

④熱帯域・台風アンサンブル実験

研究の現状

(1)進捗状況

研究は全体としてほぼ順調に進捗している。

(2)これまで得られた成果の概要

以下に述べる3つの副課題に沿って研究を推進した。全体として当初の目標に沿った研究を遂行し、一部に遅れは見られるものの概ね期待した成果が得られた。

(副課題1)メソデータ同化技術の高度化

①NHM-4DVARの開発

(H21年度)

  • インクリメント法のテストを行い、非線形性の高い状況下においては有効でないことがわかった。

(H22年度)

  • 現業非静力学メソ4次元変分法同化システム(JnoVA)との親和性を高めるため、予報部数値予報課よりJNoVAの非線形コード、接線形コード、アジョイントコードの提供を受けた。これらのコードに対し、雲物理過程の組み込みを行っている。

(H23年度)

  • 現業メソ同化システムとの親和性を高め、並列化を行うことを目標に、統合システムの設計について検討し、NHM-4DVARの制御変数の採用、側面境界値の摂動の除去などを決定した。

②アンサンブル予報を用いた変分法的データ同化法の開発

(H21年度)

  • Ensemble予報の位置ずれ誤差の補正スキムとEnsembleに基づく変分法的データ同化スキムで構成される、マイクロ波放射計TBのJMANHMへの同化法を開発した。この同化法を沖縄付近の台風の事例に適用したところ、降水予報が改善した。

(H22年度)

  • 位置ずれ誤差補正とアンサンブルに基づく変分法的同化法を組み合わせたデータ同化法をマイクロ波放射計データ以外のデータにも適用するプログラムを開発した。このプログラムを用いて沖縄梅雨特別観測期間(2004年6月)について、マイクロ波放射計データと高層ゾンデデータを同化する初期的な実験を行った。その結果、アンサンブルに基づく変分法的同化法での降水物理量のサンプリング誤差が深刻であること、局所化のスケールを流れに依存して物理量毎に変更する必要があること、がわかった。

(H23年度)

  • サンプリング誤差を抑制するため、先行研究で提案されている、上記サンプリング誤差抑制のアイデアの前提条件がJMANHMのEnsemble予報誤差で成り立つか調べた。また前提条件の成り立つアイデアに基づく、JMANHM用のサンプリング誤差抑制手法を開発し、そのインパクトを調べた。

③局所アンサンブル変換カルマンフィルタの開発

(H21年度)

  • 局所アンサンブル変換カルマンフィルタを2008年9月5日の堺の雷雨、2009年8月9日の兵庫県住用町の豪雨などの事例に適用した。局地的な豪雨では、摂動の調整や3DVarなどによる補正が必要な場合があることが分かった。
  • 北京域を対象として、局所アンサンブル変換カルマンフィルタの解析同化サイクルに境界摂動を入れた場合と入れない場合の解析精度の違いを調べ、解析同化サイクルに境界摂動を入れる方が良いことを確認した。

(H22年度)

  • 兵庫県佐用町の豪雨にLETKFを適用し、豪雨の再現を試みた。再現されたアンサンブルメンバーの出力を持いた解析結果から、豪雨は、中国山地の風上側にあった冷気が南風によって山地に押し付けられ、厚みを増した冷気によって南からの暖湿な気塊がより高い高度まで持ち上げられて、発生していることがわかった。
  • メンバー数の検討に関して、メンバー数を60、40、20に設定して、アンサンブル実験を行い、再現された降水域を比較した。アンサンブルメンバー数が20では再現が十分でなく、40の場合は60と再現された降水域と良く似ていた。これらから、50程度のアンサンブルメンバーが必要であることがわかった。共分散膨張手法についても、調査を着手した。
  • インクリメンタル法を用いる水平分解能40kmの領域LETKFについて、初期シードと側面境界摂動を振幅調整を加えた週間EPSから与えられるようにした。これにより、側面境界付近のアンサンブルスプレッドの過小が大きく改善することを確認した。

(H23年度)

  • 2008年9月5日の堺市で発生した短時間強雨について、ネストしたLETKFシステムを用いて、同化実験を行った。また、豪雨の要因である停滞を理解するために、移動速度が途中で遅くなった2010年10月13日に関東平野西部で観測された雷雨についても同化実験を着手した。
  • 共分散膨張手法が組み込まれている最新版のLETKFの移植を開始した。

④台風初期値の改善と熱帯域同化実験

(H21年度)

  • NMC法に基づき、赤道付近での地衡風バランスの崩れを考慮した制御変数を構築した。サイクロンNargisに関する同化実験を行い、その有効性を確認した。
  • 気象庁数値予報課より提供されたJNoVA実験環境を気象研のスパコンに移植し、伊勢湾台風の領域再解析実験を行った。ドロップゾンデデータ及び航空機観測データの同化実験を行い、実況に近い強度・進路を再現することができた。

(副課題2)観測データ利用手法の高度化

①マイクロ波放射計データ同化手法の開発

(H21年度)

  • 精巧なマイクロ波放射伝達計算でもとめた現実的な固体降水粒子形状のモデルのバルク的なマイクロ波特性を、近似できるよう高速なRTMを改良した。これによって、マイクロ波放射計データの観測演算子で使う高速なRTMに非球形固体粒子のマイクロ波特性を導入した。
  • 地上設置型マイクロ波放射計について、雲水のバイアスを補正して温度/水蒸気プロファイルを求める解析手法を開発し、暖候期と寒候期それぞれ2週間程度の期間において1kmNHMを用いた1DVar解析を実施した。

(H22年度)

  • 非球形の現実的な固体降水粒子モデルのマイクロ波特性をパラメタライズした放射伝達モデルを、4 ice scheme をもつ雲解像モデルの出力用に改変して、マイクロ波特性へのインパクトを調べた。その結果、4 ice schemeで予報された、雨の粒径分布を使うと、低周波のマイクロ波の輝度温度が過小評価されることがわかった。この計算結果などから、熱帯降水観測衛星のマイクロ波放射計の85と37 GHzの輝度温度の低下の比を使うと、固体降水の層厚が推定できることがわかった。85と37 GHzの輝度温度の低下の比が小さい降水は、固体降水の層厚が小さく、熱帯降水観測衛星のレーダの降水強度に対して、マイクロ波放射計の輝度温度低下も小さくなることがわかった。85と37 GHzの輝度温度の低下の比や降水の非一様性を用いた降水のタイプ分けを行い、熱帯降水観測衛星のレーダーとマイクロ波放射計の観測データの特徴を解析した結果、37GHzの輝度温度の低下が、雨の粒径分布に感度を持つことがわかった。
  • 地上設置型マイクロ波放射計観測データを直接同化するため、これまで開発されてきた1次元変分法同化用プログラムをNHM-4DVARへ組み込むために改良を行っている。また、同化実験を実施すべき事例について検討し、選定を行った。
  • 2009年四国でのマイクロ波放射計観測からリトリーブされた気温や水蒸気プロファイルのJNoVAによる同化実験の準備に取り掛かった。

(H23年度)

  • 地上設置マイクロ波放射計について、2010年6月の高知市における人工降雨集中観測での計測データを用いて1km-NHM解析値を初期値とした1DVARを実施した。その結果、雲水による輝度温度バイアスを除去することで気温・水蒸気のリトリーバル結果が改善することが確認できた。それを受け4DVAR用アジョイントコード作成に着手した。サンプルプログラムによる試験的なアジョイントコード計算ができることを確認し、次の段階として実際のNHM-4DVARプログラムへの組込みのためのプログラム開発を継続中である。

②GPSデータ同化手法の開発

(H21年度)

  • メソ4次元変分法を用いてGPS可降水量、視線水蒸気量、GPS掩蔽データを一緒にも同化した場合のインパクトについて調べ、両者を同時に同化することで最も良い結果が得られることを確認した。
  • 国外GPS点の解析手法を開発し、インドネシア・ベンガル湾周辺のGPS解析から得られた可降水量を2008年のサイクロンNARGISに同化する実験を行った。また、2009年7月21日の山口豪雨に関連し、韓国GPS点の解析を行い、同化実験を実施した。
  • 四国沖の海洋ブイ搭載GPSデータを入手し、2008年8月について解析に着手した。
  • 2008年8月5日の雑司ヶ谷豪雨についてGPS視線遅延量を解析し、豪雨との関連を調査した。
  • GPS掩蔽データの対流圏下層における特性を調査し、境界層上端検出の可能性を考察した。
  • 地上設置マイクロ波放射計の気温・湿度について、精度調査に着手した。

(H22年度)

  • 室戸沖GPS津波計を用いた天頂遅延量解析実験を実施し、現在の手法では観測衛星数に依存して,精度が変化することを確認した。10個以上の衛星が捕捉されている場合は可降水量にして5mm程度の精度で解析が可能だった。衛星数が少ない場合の精度劣化を抑えるための手法を検討中。
  • 視線遅延量同化手法において、観測誤差のモデル化、観測データの間引き法の開発を行った。これらを用いて、2009年8月に発生した那覇ガーブ川事例において、視線遅延量のデータ同化実験を行い、可降水量、天頂遅延量の同化結果と比較した。その結果、視線遅延量同化の有効性が確認できた。
  • 国外GPS点を用いた2008年ミャンマーサイクロンNargisの可降水量同化実験を実施し、結果を気象集誌に発表した。国外GPS点の視線遅延量解析については,特にGPS衛星や受信機のアンテナ位相中心変動の考慮に関する開発が遅れているため同化実験を行うまでには至っていない。
  • GPS掩蔽データの同化実験に関して、屈折角のフォワードモデルを作成した。気象庁MANALとCOSMICプロジェクトによる解析を比較した結果、COSMICプロジェクトで解析された屈折角は、屈折率同様、対流圏下層に負のバイアスがみられることが分かった。バイアス原因の考察と,補正方法を検討している。
  • 屈折角を利用した大気境界層高度検出手法の開発として、COSMICプロジェクトで解析された屈折角を用いることで,全球の境界層高度の地域・季節・日変化などの特徴をとらえ得ることを確認した。

(H23年度)

  • GPS解析手法の改良(アンテナ位相特性モデル、海洋潮汐荷重モデル、大気モデル等の高度化、及び衛星時計解析手法の改良)を実施、平成23年度7月より全球での毎時衛星時計誤差解析を開始した。
  • 国内GPS点の毎時準リアルタイム視線遅延量解析を9月から開始。
  • 視線遅延量の誤差統計を実施するためのデータセット作成に着手した。
  • 改良された衛星時計解析結果を用いた海洋ブイ搭載GPS解析の改良に着手した。
  • 2009年8月19日に発生した那覇ガーブ川豪雨事例において、GPS視線遅延量データ同化実験を行い、降水予報への良いインパクトを確認した。

③NHM-4DVARへの同化実験

(H21年度)

  • これまで開発してきた反射強度データの同化法が開発に用いた事例と異なる場合でも同様に有効であることを確認した。

(H22年度)

  • 2009年8月に発生した那覇ガーブ川事例において、RASSデータの同化および3時間予報を行った。第一推定値と比べて、RASSデータを同化した場合、那覇付近の降水帯が強化されるなどRASSデータ同化の降水予報に対する有効性が確認された。
  • 2008年8月の雑司ヶ谷豪雨事例において、レーダー反射強度データの同化実験を行った。この結果、予報開始時において、対流の表現が改善されることを確認した。
  • ライダーデータ同化のために、2008年8月に発生した雑司ヶ谷豪雨事例のデータの利用可能性について検討した。また、2010年7月5日における板橋豪雨事例について、NICTによるライダーデータを用いたデータ同化実験を実施する方向で打ち合わせを行った。

(H23年度)

  • NICTによるドップラーライダー同化の観測演算子を開発し、実観測データ同化実験の準備を進めた。

④局所アンサンブル変換カルマンフィルタへの同化実験

(H21年度)

  • 簡易的なGPSデータの同化手法について、気象研技術報告にまとめると共に、数値予報課藤田氏の開発した新しい手法の移植を開始した。

(H22年度)

  • GPS可降水量データの同化実験については、2008年7月28日の神戸の大雨の事例に適用した結果を論文にまとめた。さらに手法を高度化する取り組みを開始した。
  • ドップラーレーダの動径風は、2009年9月5日に発生した堺市の雷雨の事例について、新たに作成したLETKFネスティングシステムの内側モデル(降水間隔2km)での同化法の開発に着手した。
  • 同じく2009年9月5日の事例について、NHM用の3DVARシステムを用いてプロファイラーの屈折率を同化することによって、下層により湿った気塊が分布するように初期値を変更できる可能性を示した。

(H23年度)

  • 2008年9月5日に堺市で発生した短時間強雨について、雲解像LETKFを用いて、GPS可降水量やドップラーレーダの動径風を同化し、ぞれぞれ、短時間強雨を再現するアンサンブルメンバーが増えることを確認した。
  • 視線水蒸気量についても、localな演算子を用いた同化実験を開始した。
  • プロファイラーの屈折率の鉛直勾配について、推定に使われる乱流がプロファイラーの鉛直解像度より細かいことが観測精度の向上しない原因であるという指摘から、鉛直解像度を細かくするモードの観測に着手した。

(副課題3)メソアンサンブル予報技術の開発

①各種摂動手法の比較と改良

(H21年度)

  • メソ特異ベクトルと全球特異ベクトルとの結合手法に関する調査を行い,降水確率予測が改善することを確認した.また,新スパコンにメソアンサンブル予報実験システムを構築し,気象庁全球アンサンブル予報の初期・境界摂動を用いた日本域アンサンブル予報実験を試行した.
  • GSV法において水蒸気エネルギーが下層に集中するように改良を行い、2008北京オリンピックの期間に適用して降水予報が改善することを示した。
  • 局所アンサンブル変換カルマンフィルタ、メソSV法、WEP法を2008年9月5日の堺の雷雨の事例に適用し、豪雨の再現を比較した。
  • 北京プロジェクトの事例について、BGM法とアンサンブルカルマンフィルタ法のバグを修正して、摂動手法の比較を行った。BGM法では直交性を維持するのに境界摂動が重要であることがわかった。
  • 週間EPSの予報値ファイルからメソモデル用の初期・境界摂動を振幅調整して作成するツールを開発し、数値予報課に提供した。

(H22年度)

  • 北京オリンピックのアンサンブル予報実験の事例について、コントローランに比べて降水量が最も降水が強化されたメンバーに注目し、降水の強化に寄与した摂動の分布を調べた。メソSV法は対流の上昇流域で気温等が増加し、全球SVは比較的に大きいなスケールで中層の気温が低くなって不安程度を増していたこと、LETKFとブリーディング法は摂動のパターンが良く似ていて、共に対流の付近の下層で気温が高められていたことが分かった。
  • ローパスフィルターを用いて全球SVの摂動エネルギーが梅雨前線のスケールで極大となるように変更した。その結果、下層の波数20付近に水蒸気エネルギーの極大が現れるメンバーが出現した。この手法を2009年7月豪雨に適用した結果30mm/3hrsの降水確率を増大させる効果が認められた。
  • 2010年梅雨期に改良した全球SV法によるアンサンブル予報実験を行った。5km-JMA/NHMで予測困難だった豪雨事例に対して、15kmメソアンサンブルで豪雨発生域にある程度以上の降水を表現できるメンバーが出現した。共通しているのはコントロールに比べて強い潜在不安定域を表現できていることである。ただし、量的には十分ではなかった。
  • 北京オリンピックのアンサンブル予報実験の事例について、週間EPSのダウンスケール、全球SV法、メソSV法、メソBGM法、メソLETKFの5つの摂動手法の比較を行った論文を国際誌(Tellus)に投稿し受理された。改訂作業において、各摂動手法によるエネルギーノルムの大きさや鉛直分布、成長率の違いなどについて調べ、全球SVはノルムの成長が継続すること、メソSVは予報開始初期の成長率が大きいこと、メソBGMとメソLETKFは似た傾向を持つが、成長率はBGM法の方がやや大きいことなどが分かった。
  • 北京オリンピックのアンサンブル予報実験の事例について、BGM法とLETKF法の摂動生成サイクルにおける境界摂動の影響を調べた。ブリーディングサイクルやアンサンブルカルマンフィルタサイクルに境界摂動を加える方がノルムでみた摂動の成長が早くなり、BGM法では各ブレッドベクトル間の直交性が増すことが分かった。
  • 2008年8月の世田谷区雑司ヶ谷の局地豪雨の事例について、水平解像度2kmの雲解像モデルによるアンサンブル実験を行った。コントロール予報の初期値として、ルーチンメソ解析では、降水が不足気味だったが、GPS可降水量を同化したJNoVAによる解析におきかえることで降水量が改善することが分かった。

(H23年度)

  • LEKTFをネストしたシステムを構築し、2008年9月5日に堺市で発生した短時間強雨に適用した。LETKFをネストしたシステムでは、メソスケールのLETKF(親LETKF)で環境を作って、その中で3次元変分法+雲解析を用いて短時間強雨を再現するよりも、短時間強雨を再現できるメンバーが多く、予報により有効であることがわかった。

②物理過程摂動手法の開発

(H23年度)

  • 2008年9月5日に堺市で発生した短時間強雨について、ネストしたLETKFシステムを用いて、雲水や氷晶から雨水や雪に変換される閾値のメンバー毎に変える実験を行い、閾値を変えたことによる予報へのインパクトを調べた。この事例では、データ同化による改善の寄与がより大きいこと、閾値を変えても領域全体の降水量が増減するのではなく、降水域ごとに変わることがわかった。

③予測信頼度の評価や確率予報の検証

(H21年度)

  • 平成21年九州北部・中国豪雨に改良したGSV法を適用し、豪雨の再現が可能であることを示した。豪雨を再現したメンバーを解析することにより、高度1km以下の相当温位の初期摂動が強い潜在不安定を作り出し豪雨発生に寄与していることがわかった。
  • 局地的な豪雨である2008年9月5日の堺の雷雨の事例について、局所アンサンブル変換カルマンフィルタとメソSV法による調査を行った。摂動信服の調整やターゲット域などの工夫が必要なことが分かった。

(H22年度)

  • 2010年の梅雨期について、週間アンサンブルの摂動を規格化して与えた実験を行い、西日本に大雨をもたらした7月11日から14日について、大雨の観測された時刻の降水量と、それ以前の地上の気温や相当温位、水蒸気フラックスなどとの相関の空間分布を調べた。その結果、降水量をより正しく表現できる2kmのダウンスケール実験の出力では、対流スケールの変動が大きく対応が不明瞭なこと、格子間隔15kmの親モデルでは水蒸気フラックスの対応は良くないものの、相当温位や気温では、比較的高温な領域が移流してきて降水が発達している事例があることが分かった。このことから、降水量の表現にはダウンスケールが必要だが、その強雨をもたらす要因については、親モデルの地上の相当温位等に注目するなど、用途に応じて出力を使い分ける必要があることが分かった。
  • 北京オリンピックのアンサンブル予報実験の事例について、週間EPSのダウンスケール、全球SV法、メソSV法、メソBGM法、メソLETKFの5つの摂動手法の比較を行った論文を国際誌(Tellus)に投稿し受理された。改訂作業において、各摂動手法による降水の確率予測についてBrier Skill Scoreを調べ、全球SVは弱い雨について、メソSV、メソBGM、メソLETKFは強い雨について確率予測の成績が良いことを示した。
  • 北京オリンピックのアンサンブル予報実験の事例について、BGM法とLETKF法の摂動生成サイクルにおける境界摂動の降水予測への影響を調べた。ブリーディングサイクルやアンサンブルカルマンフィルタサイクルに境界摂動を加える方がブライアスキススコアが大きく改善し、その影響は延長予報における境界摂動の影響よりも大きいことが分かった。

(H23年度)

  • 2008年8月5日の首都圏豪雨と平成23年新潟福島豪雨についてメソアンサンブル予報ト雲解像アンサンブル予報を実施し、それぞれの事例について、降水強度別確率予報の分布図を作成するとともに、メソスケールモデルによる予測可能性が大規模場の強制の有無によって事例に依り大きく変わることを示した。
  • 2010年日本域を対象に行ったメソアンサンブル予報を対象に、Brier Skill Scoreなど確率予報のスコアやreliability diagramを調べるとともに、Fractions Skill Scoreを時間方向にも拡張して検証を行った。

④熱帯域・台風アンサンブル実験

(H21年度)

  • ベンガル湾に発生したサイクロンNargisについてのメソアンサンブル予報実験を行い、単独予報よりも精度が向上すること、境界摂動を付与することにより現実的なスプレッドが得られることを確認した。

(H22年度)

  • 2008年にミャンマーで未曾有の高潮被害を発生させたサイクロンNargisとその高潮のメソアンサンブル予報実験を行った論文が気象集誌に掲載された。この事例について、LETKFを用いたQuikSCAT海上風の同化実験を行った。
  • 2007年1月のジャカルタ周辺の豪雨についての20kmメソモデルを用いたラグアンサンブル実験を京都大学との協力で行った。北風モンスーンの侵入に伴う降水量の増大など総観規模の気象場とメソスケール降水の対応が確認できた。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

大きな変更はない。

JMANHMのEnsembleを使った同化法では、特に降水物理量に対して、サンプリング誤差が深刻な問題になることがわかったので、サンプリング誤差抑制法の研究を行うこととした。

NHM-4DVARでの地表面過程のアジョイントモデルの作成は、現業メソ同化システムとの親和性を高めることで、同モデルが導入されるため、独自開発を中止した。

(4)成果の他の研究への波及状況
  • 当課題で開発した手法で解析したGPS可降水量を用いて2008年にミャンマーを襲ったサイクロンNARGISのデータ同化実験を実施した。(科学技術振興調整費「東南アジア地域の気象災害軽減国際共同研究」)。観測点数が限られるものの、GPS可降水量がサイクロン強度や進路予測に中立あるいは正のインパクトをもたらすことを確認している。
  • 当課題で作成してきた国内GPS可降水量や視線遅延量データを気象庁内の調査・研究(地方共同研究など)や研究機関(JAXA),大学等へ提供した。
  • GPS可降水量の解析に関する講習を,気象庁職員や研究者向けに実施した(2010年4月)。
  • 全球とメソの特異ベクトル法を組み合わせる方法については、気象研究所のアイデアを基に予報部数値予報課で現業化も視野に入れた開発が進んでいる。
  • 文部科学省のHPCI戦略プログラムがH23年度から始まっている。本重点研究の成果を応用した大規模計算を行う計画であるとともに、その知見は本重点研究へも還元させる予定である。
2.今後の研究の進め方
  • サンプリング誤差抑制法の研究の結果に基づき、新しいアンサンブルに基づく変分法的同化法の具体的なプログラムを構築する。
  • アンサンブル予報を用いた変分法的データ同化法と局所アンサンブル変換カルマンフィルタの比較、およびコアや観測演算子、実験システムの共有を図っていく必要がある。
  • GPS視線遅延量データ同化の効果について、インパクトを精査していく予定。
  • NHM-4DVARへの同化実験については、2010年7月5日に発生した板橋豪雨事例におけるデータ同化実験を実施する予定。
  • 雲解像アンサンブル予報の確率予報の検証システムを構築していく必要がある。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

全体としてほぼ達成されている。

  • NHM-4DVARと現業メソ同化システムシステムとの親和性を高める作業は予定より遅れている。
  • 局所アンサンブル変換カルマンフィルタの開発では、豪雨同化実験は順調であるが、共分散膨張手法の確認については、やや遅れている。今後、手法の有効性の確認を急ぐ。
  • 物理過程摂動手法の開発に関して、物理過程摂動を理解するために、最も基本的な雲水から雨水への変換する閾値の効果を調べたが、他に物理過程ごと交換してしまう手法もあり、今後の戦略を練る予定である。確率的物理過程摂動手法については、本庁での開発が先行しているのでその成果を取り入れる方向で開発を進める。
(2)研究手法の妥当性

妥当である。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

気象庁の現業のデータ同化システムへの活用や、他の雲解像モデルのデータ同化スキム開発への応用が期待される。

(4)総合評価

研究は概ね順調に進捗しているが、自己点検に記載したように遅れが生じている部分もある。実況監視とモデルシミュレーションのギャップを埋めること、予測の信頼度を定量的に評価することは、価値の高い防災情報を出す上で不可欠であり、メソスケール気象学の最重要課題として世界的にも共通に認識されるようになっている。今後研究計画に随時必要に応じた修正を加えながら、所内の関連重点研究や気象庁予報部のほか、他省庁研究資金による関連研究などとも連携を図り、メソスケールデータ同化とアンサンブル予報に関する研究を引き続き継続していく必要がある。



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