TOP > 研究への取り組み > 評価を受けた研究課題 > 顕著現象の機構解明に関する解析的・統計的研究(中間評価)

気象研究所研究開発課題評価報告

顕著現象の機構解明に関する解析的・統計的研究

事前評価

評価年月日:平成24年1月13日
  • 副課題1:顕著現象の実態把握・機構解明
  • 副課題2:顕著現象の要因に関する解説資料の作成
  • 副課題3:都市効果が顕著現象に及ぼす影響の評価(基礎的・基盤的研究)

研究代表者

藤部文昭(予報研究部 第三研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

pdfファイル:88KB

研究の動機・背景

顕著現象は多大な災害をもたらし, 社会的影響は極めて高い。そのため, 顕著現象の実態把握・機構解明はその予報精度の向上と災害の軽減を目指すために必要不可欠である。

(副課題1)顕著現象の実態把握・機構解明

① 観測データによる顕著現象の実態把握および雲解像モデルによる顕著現象の発生・発達機構の解明

計算機能力の進歩により, 積乱雲が解像できる水平分解能1km以下の数値モデル(雲解像モデル)を用いた実際の大気現象の再現実験が可能となった。しかし, 雲解像モデルを用いた顕著現象の機構解明に関する研究数はまだ非常に少ない。

② 顕著現象の発生要因の速やかな究明と一般社会に向けての情報発信

顕著現象発生後しばらくの間は社会の関心が非常に高い。そのため, 顕著現象の発生要因についての速やかな情報発信は, 一般社会のニーズに応え社会全般における防災意識の啓発に大いに役立つ。

③ 雲解像モデルを用いた統計的な手法による顕著現象の機構解明

顕著現象の機構解明は, これまで個々の事例を中心として行われてきた。一方, 事例間に見られる特徴の共通性についてはあまり調べられていない。

(副課題2)顕著現象の要因に関する解説資料の作成

① 豪雨事例の客観的な抽出法の確立

豪雨事例の解析は多大な災害をもたらされたものを中心に行われてきており, 主観的に選択されている。その一方, 客観的に豪雨事例を抽出した研究はない。

② 総観場と豪雨事例との関連性の調査

豪雨は総観場における大気状態の中で発生するので, 総観場の大気状態との関係を調査することは極めて重要である。

③ ②を踏まえた過去の豪雨発生の要因に関する解説資料の作成

豪雨発生の要因については個々の事例について研究されてきているが, 事例数も限られ, 総観場の情報も含めた総合的な資料としてまとめられたものはない。

(副課題3)都市効果が気象に及ぼす影響の評価

都市域で発生する顕著現象は多大な災害をもたらし, 社会的影響は極めて高い。そのため, 顕著現象の発生に対して都市効果が及ぼす影響を評価し, さらにその発生環境および発生機構に関する知見を得ることは, 予報精度の向上と災害の軽減を目指すためには必要不可欠である。また, 非静力学数値予報モデルには都市効果を表現することができる都市キャノピースキームが導入され, 改良が進められている。

研究の成果の到達目標

(副課題1)顕著現象の実態把握・機構解明
  • 観測データによる顕著現象の実態把握および雲解像モデルによる顕著現象の発生・発達機構の解明
  • 顕著現象の発生要因の速やかな究明と一般社会に向けての情報発信
  • 雲解像モデルを用いた統計的な手法による顕著現象の機構解明
(副課題2)顕著現象の要因に関する解説資料の作成
  • 豪雨事例の客観的な抽出法の確立
  • 総観場と豪雨事例との関連性の調査
  • 2.を踏まえた過去の豪雨発生の要因に関する解説資料の作成
(副課題3)都市効果が気象に及ぼす影響の評価
  • 都市域で発生する顕著現象に対して都市効果が及ぼす影響の評価
  • 大都市圏での高温・強雨事例の発生環境・発生機構の調査
  • 大都市圏でのメソスケール環境場の特性の調査

研究の現状

(1)進捗状況

概ね計画通りに進んでいる。

(副課題1)非静力学モデルの高度化

  • 2010年の奄美大島豪雨, 2011年の新潟・福島豪雨等, いくつかの豪雨事例について, 観測データの解析と気象庁非静力学モデル (NHM) を用いた再現実験による実態把握を進めている。
  • いくつかの竜巻事例について観測データの解析と雲解像モデルによるシミュレーションを行うとともに, 統計解析を行っている。
  • NHM (水平分解能1~5km) の長期計算結果について, 観測データとの統計的比較による精度評価を行っている。また, 分解能20kmの地域気候モデルについて, 計算結果と海面水温 (SST) の空間分解能との関連等を調べている。

(副課題2)顕著現象の要因に関する解説資料の作成

  • 1995年以降の観測データに基づく「集中豪雨」事例の定義を検討した上, 事例を抽出し, 降水や降水系の特徴についての統計解析を進めている。
  • 暖候期の積乱雲の雲底高度と相当温位の統計解析を行っている。また, 暖候期の豪雨事例について, 総観場の諸因子と豪雨の関係を調べている。

(副課題3)都市効果が気象に及ぼす影響の評価

  • 東京における高温・強雨発生日を抽出し, 総観状況を統計的に調べている。
  • 都市キャノピースキームを導入したNHMのモデル性能を調査するとともに, これを用いて東京で発生した短時間強雨の数値実験を行い, 強雨の発生に対する都市効果の評価を行っている。
(2)これまで得られた成果の概要
  • 顕著な豪雨や竜巻事例に対する観測データやNHMによる再現実験により, それぞれの現象をもたらした降水系の発生・発達メカニズムや総観場の擾乱の影響を明らかにした。また, NHM等による長期計算結果と観測結果との統計的比較により, モデルのバイアスの特徴やSSTの空間分解能による結果の違いを示した。
  • 集中豪雨事例を統計的に抽出し, また, 積乱雲に関する統計的な解析により, その特性の地域的な違いを見出すとともに, 多くの豪雨に共通する総観条件を見出した。
  • 都市キャノピースキームを導入したNHMについて, 首都圏のヒートアイランドの再現性を確認しつつ, パラメータの設定方法の検討を進めた。また, 上記モデルを東京の短時間強雨事例に適用し, 事例によっては都市効果が降水系の発達に影響することを示した。
  • 気象大学校や各管区・地方気象台で, 集中豪雨やNHMに関する講演・技術指導を行った。

(副課題1)顕著現象の実態把握・機構解明

[豪雨の発生・発達機構の解明]

  • 2008年7月28日に兵庫県南部で発生した大雨 (神戸市灘区の都賀川で鉄砲水が発生して5名が亡くなった大雨事例) について,観測データの解析と気象庁非静力学モデル (NHM) による再現実験を行った(この手法は以下3項目についても同じ)。その結果, 大雨をもたらした降水系の形成や組織化にとって, 下層の水蒸気の流入や既存の降水系からの冷気外出流が重要であることがわかった。
  • 2010年10月20日に奄美大島で発生した豪雨について, その発生要因を調査した。その結果, 本事例では奄美大島の東海上から暖湿気塊が連続的に供給されることで豪雨が発生したことがわかった。また, トラジェクトリー解析とNHMによる2次元理想実験から, 奄美大島周辺に供給されていた暖湿気塊は冷たく乾燥していた北寄りの風が海面からの加熱によって“気団変質”することで形成されたことがわかった。
  • 2011年7月新潟・福島豪雨について, 過去の事例(1998年の新潟豪雨, 2004年新潟・福島豪雨)と比較しつつ即時的な解析を行い, その発生要因について発生後5日目に報道発表を行った。要因としては大規模場の上昇流にともなう断熱冷却による中層の低温化と連続的に下層に流入していた暖湿流であり, 最盛期には上層のショートトラフにともなうメソスケールの高渦位域の流入の影響していたことがわかった。
  • 2011年9月19~20日に東海地方で発生した大雨について, 2000年の東海豪雨との比較を行った。両事例とも台風の遠隔で発生した点や停滞前線の南側で発生した点などの類似がみられた。また, 中層の擾乱の有無や地上付近の下層収束の様相に相違があることがわかった。
  • 気象大学校で毎年行われる予報業務研修において, 暖候期のメソ対流系擾乱の講義を行うとともに, 札幌管区気象台, 仙台管区気象台, 東京管区気象台, 大阪管区気象台でNHMに関する技術指導を行った。また, 札幌管区気象台, 仙台管区気象台, 新潟地方気象台, 高松地方気象台, 広島地方気象台, 福岡管区気象台では集中豪雨の解析等に関する講演・講義を行った。

[竜巻の発生・発達機構の解明]

  • 2006年台風13号の接近に伴い宮崎県で発生した竜巻に関して, 竜巻をもたらした積乱雲の構造と竜巻の発生機構を明らかにするために水平分解能50mのNHM (雲解像モデル) による数値シミュレーションを行ったところ, 竜巻をもたらした積乱雲はミニスーパーセルであり, トラジェクトリー解析や渦度収支解析から, 竜巻の発生にはフック状の降水物質に分布に対応した2次的なRear-flank Downdraft(RFD)からの外出流のサージが重要であることが分かった。また, 降水物質の荷重の効果がRFDの振る舞いに大きな影響を与え, それが竜巻発生にとって重要であることが運動方程式の診断や感度実験によって確かめられた。
  • 2009年台風18号に伴い土浦市・竜ヶ崎市で発生した竜巻に関して, 水平分解能50mの数値シミュレーションを行い, 関東平野特有の局地前線の影響を受けた非スーパーセル型の竜巻であったことを明らかにした。
  • 2009年7月27日に群馬県館林市で発生した竜巻の親雲について, レーダーデータを中心にした解析結果と, 水平分解能250mの雲解像モデルで再現された結果を比較し, 発生過程, 構造について調査した。親雲が典型的なスーパーセルとは異なること, 竜巻の形成, 維持にガストフロントが重要であったことが示唆された。
  • 2010年12月3日低気圧の接近に伴い鎌倉市・牛久市で竜巻が発生した事例に関して, 観測データと数値シミュレーション結果を用いて初期解析を行ったところ, 発生地点は下層の冷気の外出流が強まっている地点であることが示された。
  • 他の地域に比べて竜巻の発生頻度が高い関東平野の特徴を明らかにするために, 気象庁竜巻データベースやアメダス, ウィンドプロファイラなどのデータを用いて, 1961年以降に発生した竜巻を対象として統計解析を行った。その結果, 関東平野では発生頻度が他の地域の約2倍であり, 内陸部でも発生頻度が高いなどの特徴が明らかになった。また, 関東平野で発生する竜巻は, 温度傾度と風向の変化を伴った局地前線が形成されている時に発生しやすいなどの特徴が明らかになった。
  • 米国中西部で発生したスーパーセル竜巻について, 水平分解能70mの数値シミュレーションを行い, スーパーセル竜巻の発生過程について解析を行った。その結果, Rear-flank Downdraftが竜巻発生の重要なトリガーとなっていることが明らかになった。

[数値モデルの統計的な精度評価]

  • 雲解像モデル (水平分解能1kmのNHM) による暖候期3年間の数値実験結果に基づき, 九州・四国の降水の強度別頻度, 月降水量について観測値との比較を行った結果, 九州地方では全般に降水量, 頻度ともに少なく見積もる傾向があり, 海上では逆に降水量を過大に見積もる領域があることがわかった。また, 2008年, 2009年6月~9月の192日間について, 関東地方の日平均, 最高, 最低気温の精度評価を行った結果, 日平均・最高気温の空間相関やRMSEはNHMの空間分解能を高める(5kmから1kmにネストする)ことによって改善することがわかった。日最低気温は1kmNHMのほうが正バイアスが大きく, RMSEや空間相関も若干悪くなっていた。さらに, 冬季2年間の北陸地方のアメダス11カ所について, 風による捕捉率の違いを考慮した降水量を求め, NHMの降水量と比較した結果, 日降水量の相関は5kmから1kmにネストすることによる改善が見られた。日平均気温の相関やRMSEも同様であった。
  • 雲解像モデル (1kmNHM) の雪による降水予測精度を検証するための準備として, 合成レーダーのCAPPIデータ(高さ1km)の反射強度をZ-R関係を用いて降水強度に変換し, 冬季2年間の北陸~北海道日本海側を対象にして雨雪別に補正されたアメダス降水量と比較した。その結果, 既存の係数では実際より低く見積もられる傾向があるほか, 時間平均の長さや係数を変えてもデータのばらつきが大きく, このままモデルの降水検証に使うのは難しいことがわかった。
  • 顕著現象の長期的傾向をみるため, 分解能20kmの地域気候モデルを用いて過去26年間の客観解析データのダウンスケーリングを行い, 日本域を7気候区分に分けて日降水強度とその頻度について調査した。地域気候モデルは日降水100mm程度までの雨の頻度については観測とよい一致を示し, 気候区分毎の特色も大まかにはよく表現していたが, 日降水100mm以上の顕著現象については過少に見積もる傾向があり, 水平分解能の限界であることがわかった。
  • 2種類のSSTデータ(JRA-25の分解能1.125°のSSTと気象庁作成の分解能0.25°のSST)を下部境界条件とし, 分解能20kmの地域気候モデルを用いて2000年1月から1年間の長期積分を行い, SSTの空間分解能が大気モデルの結果にどのような違いをもたらすかについて調べた。SSTの高分解能化によって風, 降水量分布に差異が見られ, この差は平均的には小さい(年平均月降水量で10%程度)が短期的にはもっと大きくなる可能性があることがわかった。

(副課題2)顕著現象の要因に関する解説資料の作成

  • 解析雨量データ (期間: 1995~2009年の4~11月) を用いて, 地域別の降水の頻度・量の特性に基づく“集中豪雨”の定義を決め, この定義に従って集中豪雨事例を抽出するツールを作成した。
  • 客観的に抽出した集中豪雨事例について, 降水の特性 (年・月別の頻度, 分布の地域的な特徴など) や降水系の特徴 (形状, 走向など) について統計調査を行った。その結果, 集中豪雨の発生が8, 9月に多いこと, 集中豪雨をもたらす降水系の形状としては「線状」のものが多いことがわかった。また, 集中豪雨をもたらす総観規模擾乱についての統計調査を行った結果, 「台風本体」がもっとも多く, 次いで「停滞前線」が多いことが分かった。
  • 暖候期九州・四国地方を対象とした雲解像モデルの結果を用いて, 発達した積乱雲の雲底高度およびその高度での相当温位について統計的に調査し, 発達した積乱雲の雲底高度は海上で200~300m, 陸上で500m付近に出現ピークが存在し, 7・8月の雲底高度での相当温位は355K以上であることがわかった。また, 客観解析データから高相当温位の出現頻度を調査し, 地域により出現する期間に長短があることがわかった。
  • 2010年暖候期の複数の豪雨事例について, 500m高度の相当温位・500m高度を基準とした自由対流高度・浮力がなくなる高度, 3kmと500m高度間の鉛直シア, 500hPaの温度, 345K等温位面の渦位等について調査し, それぞれがある閾値を満たしていた期間に多くの豪雨が発生していたことがわかった。
  • 南海上からの下層暖湿気の流入と北からの上空寒気や高渦位域(寒冷渦)の流入に着目し, 2010年の梅雨前線帯(東経130度, 九州西岸付近)の特徴を2001年以降のものと比較しながら大雨をもたらした環境場を調査し, 多くのケースで上空の寒気の影響は受けておらず, 暖域内で大雨が発生していることがわかった。

(副課題3)都市効果が気象に及ぼす影響の評価

  • 東京都における10年間 (2000~2009年) の高温・強雨18事例について発生時の総観場を調べた結果, 4例は日本付近への台風または熱帯低気圧の接近時であり, それ以外のほとんどの例では日本海から東北地方に前線が解析され, 暖気移流の影響が大きかったことがうかがわれた。なお, 1977年~2009年の顕著な短時間強雨発生日を抽出したところ, うち約半数は2000年以降の38日に発現し, その半数は台風の上陸・接近時, その他の事例のほとんどは前線に伴い広い範囲で局地的強雨が発現していた事例であった。
  • 都市の地表面過程をより現実的に表現する単層都市キャノピースキームをNHMに導入し, 首都圏に適用してこのスキームを使わない場合の計算結果と比べた。都市キャノピースキームでは都心部を中心に夜間の気温低下が小さく, 都市気象の特徴を表現していた。このスキームで用いるパラメータに異なる設定条件を与えた計算から, 都市における熱収支は, 建物の密集度や壁面積指数だけでなく, 建物の種別(木造・コンクリートなど)に応じて決まる熱物性パラメータにも大きく依存することがわかった。また, より現実的なパラメータ設定のため, 東京都で整備されている都市計画地理情報システムのデータを調べた結果, 大手町や新宿などの都心部では壁面積指数は10近くを示すが, それ以外の地域では概ね壁面積指数は4程度の値であることが解った。
  • 2010年7月5日に東京都で発生した短時間強雨について, 前項のモデルによる数値実験を行った。この事例においては, 都市キャノピースキームの有無による降水の変化はわずかだった。一方, 2007年8月24~25日の短時間強雨では, 都市キャノピースキームを入れた実験でより現実的な降水系が再現され, 都市がメソスケールでの温度分布や風系の変化を介して降水系の発達に影響を与えることが示唆された。
  • 関東の地表面状態に1976年版と2006年版の国土数値情報データセットをそれぞれ用い, 30年間の土地利用変化が環境場をどう変化させたかについて, 2006年夏季のメソ解析データを初期値・境界値とした完全境界実験を行った。その結果, この間の土地利用の変化がもたらす地上気温の変化量は, 観測データから得られた過去30年間の気温上昇とほぼ同程度であることが示された。ただし, 1976年にすでに都市化が進んでいた都心部(大手町など)では, 人工排熱の増加やビル群の高層化などの影響も考慮しなければ, 観測データに見られるような気温の上昇トレンドが再現されないことも判明した。
(3)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)
  • 副課題1における過去の集中豪雨事例の発生要因の調査には, NHMによる気象庁再解析データ (JRA-25) からのダウンスケール実験の結果を用いる計画であったが, 上記調査を始める前に, この方法が適当なものであるかを確認するための基礎調査 (何事例かの実験) を行うこととした。また, 現在の解析手法やツールの有効性を確認するため, 過去に発生した特に顕著な集中豪雨事例の中で, 詳細なメカニズムが未解明なものについて再解析を行うこととした。対象事例は2000年の東海豪雨とした。
  • 副課題3において, 当初は水平分解能1kmのモデルによる計算を計画していたが, 計算コストと気象庁次期局地モデル (LFM) の水平分解能を考え, 主に水平格子間隔2kmでのモデル性能調査を行うこととした。また, 気象庁における陸面スキームの運用状況からSiBを用いた計算を先送りとし, 従来のNHM陸面スキームと関連研究課題(基礎的・基盤的研究「都市気象モデルの開発」副課題1: 都市全般を表現可能な都市気象モデルの開発)において改良を加えた単層都市キャノピースキームとを組み合わせた計算を行った。
(4)成果の他の研究への波及状況

副課題1の成果は科学研究費補助金による「関東平野に突風をもたらすシビアストームの発生機構に関する研究」(研究種目: 基盤研究(C), 研究代表者: 益子 渉, 平成23~25年度) に反映される。

副課題2の成果は科学研究費補助金による「豪雨・豪雪をもたらす大気状態の統計的研究」(研究種目: 基盤研究(C), 研究代表者: 猪上華子, 平成21~23年度) に反映される。

副課題3の成果は科学技術振興調整費による研究「気候変動にともなう極端気象に強い都市創り」(平成22~26年度)の課題1「稠密観測による極端気象のメカニズム解明」(研究代表者: 小林隆久), および科学研究費補助金による「日本の温暖化率の算定に関わる都市バイアスの評価と微気候的影響の解明」(研究種目: 基盤研究(B), 研究代表者: 藤部文昭, 平成22~24年度) に反映される。

2.今後の研究の進め方

当初の目標はほぼ順調に達成されており, 基本的には当初計画に沿って研究計画を進めることとする。その際には, 顕著現象への速やかな対応と情報発信について, 「診断的予測グループ」と連携しつつ取り組むものとする。なお, 研究結果を論文にまとめ, 学界に発信することにも力を入れたい。

当面, 重点的に研究を行う項目として下記を考えている。

(副課題1)顕著現象の実態把握・機構解明

  • 2011年の東海地方の大雨について, 2000年の東海豪雨の環境場の比較を行い (観測データや客観解析データを利用), どのような類似・相違点があるかを抽出・整理する。また, さらに複数の事例を解析・比較し, 台風の遠隔で発生する大雨・豪雨の発生要因を調査する。
  • 2009年の土浦・竜ヶ崎竜巻に関し, さらに高分解能の数値シミュレーションを試み, 関東平野特有の局地前線の影響が竜巻発生に及ぼす影響を調査する。また, 2006年台風13号に伴う竜巻に関し, 積乱雲(スーパーセル)内の渦の振る舞いを解析し, 環境場や局所的な下降流の影響などの評価を試みる。同時に, 米国で行われている研究と比較し, 日本で発生する竜巻・スーパーセルとの類似点や違いを明らかにする。
  • NHM (雲解像モデル) の長期計算結果と観測結果との比較・検証を各地域・季節について行う。また, 冬季北陸の降雪エコー強度の鉛直分布について, モデルとの比較を行い, 豪雪時などの顕著現象発生時の機構解明のための基礎的資料を作成する。
  • 集中豪雨事例を抽出した結果について, それぞれの環境場の特徴を客観解析データ (JRA-25) を用いたコンポジット解析やNHMによるJRA-25からのダウンスケール実験の結果を用いて明らかにする。
  • 都市が降水に与える影響について, 事例解析に加え, 月単位での数値実験を通して降水に対する都市の効果を調べる。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

副課題1の研究(特に, 奄美豪雨や新潟・福島豪雨についての即時的研究)を優先した結果, 副課題2における各年の集中豪雨事例の発生要因の調査は少し遅れているが, これ以外は順調に進捗している。

(2)研究手法の妥当性

これまでの研究推進に当たって大きな問題はなく, 手法は妥当であると考えられる。なお計画の微調整については1(3)で述べたところである。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • 本研究は, 予報官の予報技術向上を目的に気象庁内に設置された診断的予測グループの活動と連携して遂行している。本研究の成果を受け, 500m高度データ(相当温位, 水蒸気フラックス, 自由対流高度, 浮力がなくなる高度など)が現業に配信され, 予報業務に利用されるようになっている。また, 今年度からは新たに等温位面渦位を現業に配信する計画となっている。これらの資料の予報業務への利用を支援する目的で, 予報技術研修テキストに解説及び利用方法について記述している。
  • 今年度から, 記録的な大雨等の発生後, 気象庁・気象研究所で速やかに事例解析を行い, 発生後10日目を基本に気象庁 (場合により, 気象研究所と連名・単独) で発表することとなった。今年度は, 7月に発生した「平成23年7月新潟・福島豪雨」について即時的な解析を行い, 気象研究所から報道発表を行った。
  • 副課題3に関し,地球環境・海洋部におけるヒートアイランド監視業務(「ヒートアイランド監視報告」の作成等)との情報交換を行い,当課題で得られた成果を提供している。
(4)総合評価

今年 (2011年) も7月の新潟・福島豪雨や9月の台風12号による豪雨など, 顕著現象による災害が発生し, それらの機構解明に対する社会の要求は高い。顕著現象に対する理解を深め, 予報精度の向上に結びつけるためには, 個々の事例に対する詳しい解析と, 多数事例を対象にした統計的知見が欠かせない。本課題ではこれらについていくつかの有意義な成果が得られており, 引き続き推進していく必要がある。



All Rights Reserved, Copyright © 2003, Meteorological Research Institute, Japan