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気象研究所研究開発課題評価報告

次世代非静力学気象予測モデルの開発に関する研究

事前評価

評価年月日:平成24年1月13日
  • 副課題1:非静力学モデルの高度化
  • 副課題2:全球非静力学モデルの開発

研究代表者

山田芳則(予報研究部 第一研究室長)

研究期間

平成21年度~25年度

中間評価の総合所見

pdfファイル:87KB

研究の動機・背景

数値予報モデルおよびデータ同化技術の高度化により予測精度は改善されてきているものの、豪雨や豪雪などシビア現象の予測は依然十分ではなく、非静力学モデル(NHM)の更なる性能向上が必要である。現業メソ数値予報モデルは現在NHM5km格子で運用されており、次期システムでは2km格子の局地モデルの運用も予定されている。しかし、これらの解像度に見合う、モデルの検証や改善に利用できる観測データが不足しており、更なる高解像度・精緻なモデルの開発とその成果に基づく現業モデルの改善が期待されている。モデルはデータ同化の基本ツールであることから、その改善は初期値の改善にもつながる。

台風予測では、進路予想とともに防災の観点から強度の予測が重要である。モデルの高解像度化にともなって強度予測の精度向上が現実的目標となってきた。このためには台風の強度変化に大きな影響を及ぼす大気海洋間の運動量輸送の変化や海洋内の混合の影響をモデルに導入することが不可欠である。台風に伴う風や気圧分布の正確で詳細な予測は、台風に伴う高波や高潮の正確なモデル予測を実行する上でも欠かせない。

研究の成果の到達目標

集中豪雨、豪雪等の顕著現象を精度よく再現できる次世代非静力学数値予報モデルを開発し、気象情報における各種量的予測精度を向上させる。また、海洋モデル、波浪モデルと結合させた非静力学数値予報モデルを開発し、台風の強度予測精度を向上させる。

(副課題1)非静力学モデルの高度化
  • 高解像度非静力学モデルの開発とその結果を使った現業モデルの改良
  • ビン法雲微物理過程の組み込みとその結果を使った現業雲微物理過程の改良
  • リモートセンシングデータを使った雲微物理過程の検証と改良
  • エーロゾルに関わる雲微物理過程の精緻化
  • 非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発
  • 発雷シミュレーションモデルの開発と発雷予測手法改善のための知見の提供
  • 様々な状況でのモデル計算に資するための改良
(副課題2)全球非静力学モデルの開発
  • 全球スペクトルモデルに非静力学のオプションを導入する形で全球非静力学モデルの開発を行う。
  • 2次元分割法の開発

研究結果

(1)成果の概要

(副課題1)非静力学モデルの高度化

① 高解像度非静力学モデルの開発とその結果を使った現業モデルの改良

H21年度成果

  • 観測されない海岸線に沿った降水域が、気象庁現業メソスケールモデルで暖候期にしばしば予想される問題をKain-Fritschスキームの発動条件を海陸別に与えることで改善できることがわかった。
  • 水平解像度(5km→1km→500m→250m)および鉛直解像度(最下層高度を20m→ 10m)が降雪予測にどの程度影響するかについて調査を始めた。
  • 水平分解能5kmと1kmのNHMで、SiBを用いた2005年度冬季の積雪量予想実験を行い、かなりの精度で積雪量を予想できることがわかった。また、5m超える積雪は過小評価であり、モデルでは融雪の進行が遅いことも判明した。
  • 2008年夏季の関東域を対象に解像度1kmと5kmのNHMによる降水の日変化の再現性を調べた。その結果、観測で日変化が顕著な地域において、モデルでは、午後の不安定降水および可降水量の増大の表現が不足していること、降水頻度の増大が観測より早い時間で頭打ちになること、一方、可降水量のピークは観測に比べて2、3時間遅れることなどの問題が明らかになった。
  • 野外実験に基づく、晴天日の陸上での境界層の発達に関する理想実験を行い、境界層上端から浅い対流雲が発生するような状況で、現業境界層スキームが、雲層で過度の混合を起こす傾向があること、一方、積雲対流スキームはエントレインメントが小さ過ぎるために雲頂を高く評価し過ぎ、雲層にあたる層の鉛直プロファイルをうまく表現できないことがわかった。
  • 2km格子分解能のモデル計算において、雲物理過程での雨の切片とあられ形成過程を変更したところ、不自然な降水強度の出現が抑制されただけでなく、月ごとの降水強度の出現分布がアメダスによるものと近くなった。

H22年度成果

  • 水平解像度(5 km → 1 km → 500 m → 250 m)および鉛直解像度(最下層高度を20 m→ 10 m)が降雪予測にどの程度影響するか2009年12月15-20日の期間、北陸・新潟地方を対象に調査した。5 kmではあられの生成はほとんどなく、2 kmは1 kmの約半分程度であった。Mellor-Yamada Level 3 とDeardroffスキームとの比較では、前者を用いた場合の方が海上で顕熱フラックスが多い反面、降水量が少なく、陸上で逆に降水量が多くなることがわかった。また最下層高度を10 mにすると、計算安定性がかなり損なわれることがわかった。
  • GPS可降水量が現業メソデータ同化で利用されるようになった、2010年夏季(7、8月)関東域での解像度1㎞のNHMによる再現実験について、それ以前の年と同様に不安定降水が過小評価となっていることがわかった。降水が不足している事例について、地表面フラックス、境界層スキーム、実験領域の広さや積分時間の影響を調べたところ、それらによる改善効果は確認できなかった。
  • 1-km NHM, 5-km NHMの再現実験結果(2007年から3年間)のうち、梅雨期(九州、四国)と冬期(北陸)の降水量について、強度別頻度、月降水量の観測値との比較をおこなった。梅雨期(九州、四国)において降雨強度別頻度(1時間3時間24時間降水量)のアメダスと比較すると、どの値も5-km NHMよりも1-km NHMのほうが観測値に近く、改善が見られた。時間帯別3ミリ以上の雨の頻度の空間分布を比較すると、内陸部の午後の降水頻度が多いという観測から見られる特徴を1-km NHMはある程度捉えていることがわかった。問題点としては、全般に降水量、頻度ともに少なく見積もる傾向があり、海上では逆に降水量を過大見積もりする領域があることが挙げられる。この傾向は、親モデルである5-km NHMから引き継いでおり、1-km NHMで改善傾向にはあるものの、まだ十分ではない。また、冬期北陸地方のランでは月降水量が日本海側の平野部で20-30%過少見積もり、山岳地帯で50%以上の過大見積もりとなることがわかった。
  • NHM のバルク雲微物理モデルで用いられているガンマ関数の計算で、桁落ちせず、かつ高速なプログラムコードを開発した。

H23年度成果

  • 水平解像度数100m~1kmのNHMにおいて、日射量、それに伴う地上気温や不安定降水の予測を改善するために、Deardorffサブグリッド乱流スキームと整合性を持った部分雲予測スキームを開発した。
  • Mellor-Yamada-Nakanishi-Niinoレベル3では日本海上下層200m以下にみられる絶対不安定成層を強制的に解消させるため、湿潤対流による強い上昇流が現れる高度が高くなり、あられを効率よく形成するための雲水の生成量がDeardroffよりも少なくなっていた。これにより、あられの生成が過小になり、Deardroffに比べて降水量が減少することがわかった。
  • 全国合成CAPPIデータの反射強度の時間的空間的な平均値からZ- R関係を用いて降水強度に変換し、雪粒子による降水量を見積り、その妥当性を考察した。
  • 冬季の北陸地方の日本海側のアメダス地点(平野部)11 カ所について、風による補足率の違いを考慮した降水量を求め、NHM5km, 1kmの降水量と比較した。NHMは日降水で相関が高く、5km から1kmにネストすることによる改善が見られた。また、NHMは観測で20mm/dayを超えると過少見積もりをする傾向があることがわかった。特に5kmNHMではそれが顕著に出ていた。
  • drizzle の効果や降水粒子の蒸発凝結に関するより精度のよいモデルコードを作成し、数値予報課に提供した。
  • 4-iceバルク雲微物理モジュールに、高速なガンマ関数のプログラムコードを導入した。

② ビン法雲微物理過程の組み込みとその結果を使った現業雲微物理過程の改良

  • 粒子(水滴・氷粒子)の状態と物理過程を詳細に記述・再現できる多次元ビン法をNHMに組み込み、小規模な計算環境でテストを行い、孤立雲のライフサイクルを再現することができた。(H22)
  • 梅雨期の一事例について、高層気象観測データと実地形データを用いて、現実的な大気条件化でテスト実験を行い、妥当な結果を得た。(H23)

③ リモートセンシングデータを使った雲微物理過程の検証と改良

  • 2008年4月6日に低気圧に伴い日本の南に発生した降水系について、TRMM/PR・TMI観測との比較により,NHMのバルク法雲微物理過程の検証を行った。NHMに従来から実装されていた3-iceスキームを用いた実験では,これまでにも指摘されたレーダ反射強度や高周波数帯のマイクロ波輝度温度低下の過大評価が見られたが,新たに実装されて開発中の4-iceスキームによる実験では過大評価が大幅に軽減され,観測に近づく結果となった。これは,4-iceスキームでは3-iceスキームと比べて固体降水粒子の数濃度が増加したことなどによって,平均粒径が小さく見積もられるようになったためであることがわかった。一方,4-iceスキームでは観測や3-iceスキームと比べて雨のシグナルが弱い傾向をしめすことも明らかになり,今後の改良や調整が必要なことも示唆された。(H21)
  • 2008年4月6日に低気圧に伴い日本の南に発生した降水系について、CloudSat/CPR観測との比較により,NHMのバルク法雲微物理過程の検証を行った。CPRで観測された受信電力値と衛星搭載レーダシミュレータ(ISOSIM-Radar)を用いて NHM から計算した受信電力値の比較を行った結果、受信電力の鉛直プロファイルから 4-iceスキームが最も観測に近く、従来の 3-ice スキームでは上層で過大評価、下層で過小評価となった。原因としては、3-ice スキームでは上層の雲氷での減衰が大きいために、その下に存在する雪の層がよく見えていないということによると考えられる。4-iceスキームでは、3-ice スキームと比べて数濃度が大きく、平均粒径が小さい結果となった。この点については、今後さらに検討が必要である。(H22)

④ エーロゾルに関わる雲微物理過程の精緻化

  • NHMに雲核の混合比と数濃度を予報変数として移流・拡散・湿性沈着・核形成過程を導入してテストを行った。雲核特性(粒径・数濃度)に対する地上降水量の依存性を再現できることを確認できた。氷晶核についても同様に移流・拡散・湿性沈着を導入した。核形成過程についても年度末までに導入し、テストを行う予定である。(H21)
  • エアロゾル(雲核・氷晶核)の乾性沈着過程を新たに組み込み、エアロゾル沈着量と分布に対する乾性沈着と湿性沈着の寄与を切り分けて評価したところ、降水がある際の沈着量分布に対して異なる効果をもつことが分かった。雲核・氷晶核を組み込んだNHMによる降水過程の再現性評価のための重要な知見が得られた。(H22)
  • 雲核・氷晶核を合計4種類まで取り込めるように改良した。(H23)

⑤ 非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発

  • 古いバージョンの非静力学大気モデル(NHM)に波浪モデル、海洋混合層モデル及び海洋表皮層水温スキームを結合した非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発・動作確認・数値実験を実施した。新計算機SR16000上での波浪モデルのソースコードの不具合を修正し、周波数の配列入れ替え等のモデル実行高速化に関係する作業を実施した。台風Hai-Tang(2005) の事例について数値シミュレーションを実施し、水平解像度2km、72時間積分(主記憶メモリー1.5TB)が実行可能であること、主記憶メモリー制限により、16ノードを利用した計算については、本計算が計算能力の上限となることを確認した。非静力学大気海洋結合モデルを用いた、理想的な台風渦の時間発展に関する数値実験から、局所的な海面水温低下により、スパイラルバンド上のメソ渦が弱まり、結果として台風発達が抑制されることを示した。(H21)
  • 非静力学大気波浪海洋結合モデル内の波浪モデルと海洋層モデルの結合について, 波浪による砕波の効果を海洋乱流混合過程に取り込むことにより, 2005年の台風Hai-Tangの強度予測実験にて, 計算された中心気圧が気象庁ベストトラック解析結果と整合し、その上で海洋冷水域上での顕著な海水温低下を良好に再現することが可能となった. 非静力学大気波浪海洋結合モデルを用いた数値実験から, 海面における摩擦係数の10m風速依存性を調査した。風速と摩擦係数の関係について、高風速時(40 m s-1以上)に摩擦係数の単調増加が抑制されるという結果が得られた。また、交換係数の算出方法の違い(対数則と風速依存式の使用)により、10m風速が40m/sを超えた時の摩擦係数が大きく異なり、特に風速依存式を使用した時は、摩擦係数が急激に小さくなった。(H22-23)
  • 交換係数の算出方法の違い(対数則と風速依存式の使用)により、10 m風速が40 m/sを超えた時の摩擦係数が大きく異なり、特に風速依存式を使用した時は、摩擦係数が急激に小さくなった。(H22-23)
  • 摩擦係数の10m風速依存性と大気境界層における混合長の長さを変えた理想実験を非静力学大気海洋結合モデルにより調査した。Kondo(1975)の摩擦係数とDeardorff(1980)の混合長を一部変更することにより、特に中心気圧960hPa以下で、理想台風渦の最低気圧と最大風速の関係に違いが生じた。高風速時における摩擦係数の減少及び混合長が長くなると、同じ中心気圧値に対し、最大風速はより大きくなった。(H23)
  • 2010年台風11号(Fanapi)の発生~発達期(初期時刻2010年9月16日0000UTC)について、非静力学大気波浪海洋結合モデルを用いて数値シミュレーションを実施した。海洋粗度長の定式化の違いによる台風強度予測・構造変化について、現在解析を実施している。(H23)

⑥ 発雷シミュレーションモデルの開発と発雷予測手法改善のための知見の提供

  • モデルシミュレーション結果と観測結果の比較を行い,高解像度モデルによる霰量と観測された発雷域の対応がよいことがわかった。放電開始点が特定できる新たな雷観測測器の試験が始まったので,これらのデータの処理方法,雷モデルの検証方法の検討を行い,比較検証のためのツール類の整備を開始した。(H21)
  • 高解像度NHMにより再現された各種物理量(上昇流や雲物理量)と,LIDENによる雷観測の比較を行い,5kmモデルは物理量と観測された雷との対応はよくなかったが,1kmモデルでは霰混合比が実際の発雷とよく対応していることを示した.この1kmモデルによる結果は既存の発雷メカニズムとも整合的であり,高解像度モデルを用いた発雷予測を進める上での重要な知見である.(H22)
  • 雷放電の発生が,豪雨・突風といったシビア現象の発生の指標と成り得るのか統計的な調査を行った.その結果,夏の強雨については同一時間帯または10分前の雷発生とやや相関があった.また冬の突風については,降雨(雪)時において雷発生と突風には弱い相関がみられた.引き続き地域・季節に着目しながら,統計的な解析を進める.(H23)

⑦ 様々な状況でのモデル計算に資するための改良

  • 新計算機SR16000向けにNHMの最適化・高速化と実行テストを行った。新地球シミュレータ計算機向けにNHMの最適化・高速化と実行テストを行った。2009年4月のJNoVA4D-VARのルーチン化以降のメソ解析を初期値・境界値としたNHMの連続実行ツールを作成した。また、NHMの前処理においてSST可変化に対応させた。極をのぞく地球上の任意の領域でNHMが実行可能になるように改良した。(H21)
  • 気象庁データ提供サーバからRA2加盟国向けに提供している全球データを用いて,NHMを実行するための環境を整備した.JICAバングラデシュ技術協力に関連して,バングラディシュ側のトレーニング環境構築を手伝った.NHMの出力から予想衛星画像を出力するツール(衛星センター作成)をSR16000に移植した.熱帯域で行っていた実験結果で見られた気温日較差が過小な問題が,非線形数値拡散の雲氷数濃度へのかかり方が原因であることを明らかにし,これを改善した.(H22)
  • 2007年1月から2月にかけてインドネシアジャカルタ周辺で発生した豪雨のダウンスケール再現実験を、NCEP全球解析値を初期値境界値に用いた気象庁非静力学モデルによって、積雲対流パラメタリゼーションを含む20km、5kmの解像度と、積雲対流パラメタリゼーションを含まない4kmの解像度で行った。20kmモデルを間に挟む2重ネストを行わなくても、5kmと4kmのモデルにより豪雨の良い再現性を得た。(H22)

(副課題2)全球非静力学モデルの開発

  • 全球スペクトルモデルの非静力学版の開発を行った。更に高速化のためスペクトル法の基底関数として球面調和関数の代わりに二重フーリエ級数を使用するオプションの開発を行った。20kmと120kmの解像度では、非静力学モデルと静力学モデルで実行結果がほぼ一致することを確認した。(H22)
  • MPI通信量が少なくて済む2次元分割法の検討を行い、分割法はほぼ固まった。(H22)
  • 20km格子の全球モデルで、静力と非静力、球面調和関数と二重フーリエ級数、 gaussian格子と等緯度経度格子の実行結果の違いをそれぞれ調査した。 
  • 山岳の一部で静力モデルでの強い降水が非静力モデルでは弱まっており、これは非静力の方が山岳域での鉛直流を正しく表現しているからと思われる。それ以外はほとんど違いは見られなかった。(H23)
(2)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

③リモートセンシングデータを使った雲微物理過程の検証と改良

  • 非静力学モデルの物理過程(バルク微物理過程や境界層など)の開発や降雪予測の検証も重要と考え、平成23年度からこれらについても課題に含めるようにした。(H23)
  • 職員の異動等により、「リモートセンシングデータを使った雲微物理過程の検証と改良」については、手法の検討を行うように変更した。(H23)

⑤非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発

  • 当初はCVSにより公開されているNHMを利用して非静力学大気波浪海洋結合モデルを構築する計画であったが、台風による海面水温低下の生成機構と台風強度への影響解明のための研究を優先するため、古いバージョンでのNHMによる非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発及びSR16000への移植を優先した。(H21)
  • 理想実験の他に、台風事例について数値シミュレーションを実施した。非静力学大気波浪海洋結合モデル内の波浪海洋結合過程及び大気モデルの接地境界層過程を改良することについては、当初計画に含まれていなかった。(H22)
(3)成果の他の研究への波及状況
  • 開発された非静力学モデルは、領域気候モデルとして、革新プログラムでも利用され、地球温暖化の研究に貢献している。
  • エーロゾル過程のモデルは、火山灰輸送モデルにも応用され、たとえば平成23年1月の新燃岳の噴火による火山灰輸送予測等の現業面でも活用されている。
2.今後の研究の進め方
  • 検証等で明らかにされたモデルの問題点について、その原因の解明と改良を進める。
  • 今後は asuca (新しい力学コアに基づく非静力学モデル)についても開発や検証を行うことが必要になると考える。
  • 高解像度モデルの開発では、現象に関する観測データがない、あるいは非常に限定されてしまうことが多いので、工夫してモデル開発を行うことが必要になる。
  • 2011年は台風による自然災害が深刻な年であったことから、非静力学大気波浪海洋モデルによる数値シミュレーションを、2011年の台風事例について実施し、台風予測に対する海洋の役割を解明するとともに、結合モデルの問題点を抽出する。

3.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

(副課題1)非静力学モデルの高度化

① 高解像度非静力学モデルの開発とその結果を使った現業モデルの改良

  • 現業メソ数値予報における、積雲対流スキームに起因する降水予測の数年来の問題について解決策が得られるという、当初想定した以上の進捗もあった。
  • 概ね達成できた。境界層スキームについては水平解像度1kmにグレーゾーンが存在することが指摘されており、水平解像度依存性についての調査・研究は引き続き行っていく必要がある。
  • 1km,5km等のNHMによる梅雨期・夏季および冬季の再現実験は順調に行っている。統計的解析をすることにより、モデルのバイアスが明瞭に現れた。それらを改良するための検討については今後の課題である。
  • 水平解像度 250 m と 500 m の定常的なモデル実験は行えなかった。
  • 降雪量予測の検証を工夫して進める必要がある。
  • バルク微物理過程にオプションを組み込んだり、ガンマ関数の高精度・高速計算コードを組み込んだりするなど、現業にも利用できる開発を行った。

② ビン法雲微物理過程の組み込みとその結果を使った現業雲微物理過程の改良

  • 当初予定通りNHMへの多次元ビン法の組み込みを行った。今後、モデルによる物理過程の再現が妥当かどうかをチェックする必要がある。

③ リモートセンシングデータを使った雲微物理過程の検証と改良

  • 衛星を用いた雲物理量の検証については、検証手法も含めて今後さらに検討が必要である。

④ エーロゾルに関わる雲微物理過程の精緻化

  • 雲核過程を導入し、雲核特性に対する地上降水量の依存性を、NHMを用いて再現できること確認するとともに、氷晶核についても主要な諸過程を導入した。
  • 雲核・氷晶核を組み込んだNHMによる降水過程の再現性の評価については、やや遅れ気味だが、今後、エアロゾルデータを境界値とする降水再現実験を行う予定である。

⑤ 非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発

  • 非静力学大気波浪海洋結合モデル内の波浪モデルと海洋層モデルの結合について, 波浪による砕波の効果を海洋乱流混合過程に取り込んだ結果については, すでに査読論文として発表した。その上で海洋粗度長の定式の選択, 接地・大気境界層過程, 及び摩擦係数の風速依存性が台風強化・構造変化に与える影響については, 台風強度予測の精度向上と深く関わることから, 今後研究を進めていく必要がある. これらの研究を支援するためのモデル開発・実行を検討しなければならない.

⑥ 発雷シミュレーションモデルの開発と発雷予測手法改善のための知見の提供

  • NHMを用いた発雷予測手法の検討についてはおおよそ当初予定通りに進んでいるが,発雷シミュレーションモデルの構築は予定より遅れ気味であり,今後鋭意取り組む予定である.

⑦ 様々な状況でのモデル計算に資するための改良

  • 当初予定通り進捗した.新たにRA2加盟国向けに提供しているデータからもNHMが実行可能になり,より利用が促進されることが見込まれる.熱帯域での予測も改善し,NHMの利用価値が高まったと考えられる.
  • 2007年1月から2月にかけてインドネシアジャカルタ周辺で発生した豪雨のダウンスケール再現実験を、NCEP全球解析値を初期値境界値に用いた気象庁非静力学モデルによって、積雲対流パラメタリゼーションを含む20km、5kmの解像度と、積雲対流パラメタリゼーションを含まない4kmの解像度で行った。20kmモデルを間に挟む2重ネストを行わなくても、5kmと4kmのモデルにより豪雨の良い再現性を得た。

(副課題2)全球非静力学モデルの開発

① 全球スペクトルモデルに非静力学のオプションを導入する形で全球非静力学モデルの開発を行う。

おおむね計画通りに進んでいる。今後より高解像度でテストを行う予定。

② 2次元分割法の開発

おおむね計画通りに進んでいる。MPI通信が少なくて済む2次元分割法の変更を行う。

(2)研究手法の妥当性

非静力学モデル開発や検証等が順調に進捗しており、妥当と考える。

全球スペクトル非静力学モデルの開発も順調に進捗しているので、妥当と考える。全球非静力のオプションの実験結果を静力スペクトルモデルと比較できるようになってきている。

(3)成果の施策への活用・学術的意義
  • 高分解能・高精度の非静力学モデルは、学術的・現業的に必要性が非常に高く、高性能なモデル開発は気象学の発展や精度よい天気予報にとって重要な課題である。
  • 現業メソ数値予報における数年来の課題であった、Kain-Fritschスキームの発動条件の改良の方策を示して数値予報課に情報を提供し、調査が行われている。革新プログラムの領域気候モデル (5 km メッシュ) では、この改良に基づくKain-Fritsch スキームが採用されている。
  • 開発された非静力学モデルは、領域気候モデルとして革新プログラムでも利用され、地球温暖化の研究に貢献している。
  • 外国に於いても、気象庁非静力学モデルは主に研究目的で利用されており、特に東南アジアの地域における激しい現象の解明や防災のためなどに活用されている。
  • 台風強度予測精度向上に関わる結合モデル開発研究とその成果は、現業での全球大気海洋結合モデルによる台風の予測精度向上に大きく貢献するものと考えられ、加えて波浪モデルの台風強度予測に与える影響を示すことは、今後の全球モデルの開発戦略に1つの有益な知見を与える研究成果として活用されることが期待される。
(4)総合評価

非静力学モデルは、現在では気象学や天気予報の領域において必要不可欠なものとなっている。特に、竜巻のような空間的に小さなスケールの現象も非静力学モデルを用いて研究されるようになってきているだけでなく、現業的にも水平解像度を向上させた非静力学モデルの運用が計画されている状況にあるため、高分解能・高精度の非静力学モデル開発の要請は高い。本研究においては、検証によって現行の非静力学モデルの問題点を抽出しながら、精緻な物理過程の開発を進めており、少しずつではあるが着実にモデル開発が進捗している。

全球スペクトル非静力学モデルは、将来の高解像度全球モデルの力学フレームとなる可能性がある。現在では、静力スペクトルモデルとの比較を行うことができるような段階まで開発が進捗しており、今後はさらに開発を進めて、他の力学フレームを持つ全球非静力学モデルとの性能比較を行えるようにすることが必要である。

非静力学大気波浪海洋結合モデルの開発では、波浪モデルと海洋層モデルの結合において 波浪による砕波の効果を海洋乱流混合過程に取り込んだ結果がすでに組み込まれている。海洋粗度長の定式の選択, 接地・大気境界層過程, 及び摩擦係数の風速依存性が台風強化・構造変化に与える影響は, 台風強度予測の精度向上と深く関わっているため、防災情報の高度化の観点からも継続したモデル開発が必要である。

以上のように、本研究は高分解能・高精度の数値モデル開発の基盤となっているだけでなく、気象庁における防災業務の高度化に直結していることもあり、本研究を継続する意義は学術・現業の両面にとって非常に大きい。

以上から、本研究を引き続き着実に遂行していくことが必要である。



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