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気象研究所研究開発課題評価報告

マグマ活動の定量的把握技術の開発とそれに基づく火山活動度判定の高度化に関する研究

終了時評価

評価年月日:平成22年9月22日<
  • 副課題1:地殻変動に基づく火山活動度判定手法の開発
  • 副課題2:マグマ上昇シナリオに基づく火山活動評価手法の開発

研究期間

平成18年度~22年度

研究代表者:

吉川 澄夫(地震火山研究部)

終了時評価の総合所見

pdfファイル:115KB

研究の動機・背景

火山噴火災害を軽減するためには、マグマの活動による火山活動の仕組みを理解し、刻々変化する活動の状況を観測により把握し、防災に役に立つ情報を適宜発表していく必要がある。

そのため気象庁はこれまで火山情報を発表してきたが、平成19年12月からは、火山情報を気象の予警報と同様の位置づけとするとともに、それまでの火山活動度レベルを噴火警戒レベルに切り替え、登山規制や住民避難等の防災行動に直接寄与する情報の発表を開始した。現在、全国26の活火山において噴火警戒レベルが導入されており、今後も対象火山を増やす予定である。>

火山噴火の仕組みが未だ十分に解明されていない現状では、噴火警戒レベルは、過去の噴火活動における観測データ(表面現象、震動データ)をもとにした経験的な基準に依存している。しかしレベル3(入山規制)からレベル4(避難準備)へ、レベル4からレベル5(避難)へなど高いレベルの切り替えは、どの火山についても経験が乏しいにもかかわらず迅速な判断が求められる。経験則を補い、噴火警戒レベルの信頼度を向上させるためには、噴火シナリオなどに基づくシミュレーションを実施して火山活動を予測しておくとともに、火山活動の解析、評価手法を高度化してレベル判断にその知見を取り入れる必要がある。

本研究においては、静穏期から大規模噴火にいたるマグマの上昇に伴う地殻変動変化をシミュレーションにより詳細に評価するとともに、その地殻活動を検知する観測手法を開発し噴火予警報の高度化に貢献することを目的とする。

研究の成果の到達目標

地殻変動に基づく火山活動度判定手法の開発により、噴火の観測事例が多く緊急度の高い火山について、高レベル(4~5)の火山活動度をより確実かつ迅速に判定できるようにする。また、マグマ上昇シナリオに基づく火山活動評価手法の開発により、噴火の観測事例が少ない火山について、地殻変動データを導入することにより火山活動をより正確に判定することができるようにする。

(副課題1)地殻変動に基づく火山活動度判定手法の開発

  • 有限要素法による地殻変動解析手法の改良および効率化による有限要素モデルの分解能向上。
  • GPS観測装置および光波測距による火口周辺の高密度データの取得、火口近傍での傾斜観測データの取得、重力観測、地殻変動の面的分布を把握するためのSAR(合成開口レーダー)など多項目地殻変動観測データの取得と解析。
  • 地中における地殻変動を推定する一手法として、地震の震源分布の変化や発震機構の変化による火山の地殻応力場の推定、および得られた応力場の地殻変動解析への活用。
  • 伊豆大島をはじめとする対象火山で、想定される種々の圧力源に対する有限要素モデルの作成と地殻変動量の計算に基づくマグマ供給系の精密化を行う。
  • 火山活動度の判定に資する有限要素法による地殻変動の評価。

(副課題2)マグマ上昇シナリオに基づく活動評価手法の開発

  • 火山物理学的に妥当なマグマ上昇シナリオの作成に必要となるマグマの上昇速度、上昇量を推測するための技術を開発する(マグマ粘性の変化、火道の状態及び周辺応力状態を考慮した粘性流体としてのマグマの挙動を把握する技術)。
  • 重力探査を行い、高精度な地殻変動解析・評価に必要な地下構造データを取得する(密度構造の推定、火山体の弾性定数の推定)。
  • 代表的火山について、マグマ上昇シナリオの作成を行い、それに基づき有限要素法を用いて地殻変動量を評価する。それらのケーススタディにより、対象火山の火山活動度の判断に用いる事例の蓄積を行う。

研究結果

(1)成果の概要

研究対象火山として、噴火準備過程にあると考えられる伊豆大島を選び、観測で得られたデータを解析することにより、伊豆大島で膨張と収縮の地殻変動が繰り返されていることが明らかになるとともに、その圧力源の位置及びその時間変化についてある程度明らかにすることができた。

活動が活発化した浅間山も研究対象火山に加えて解析した結果、活動期・静穏期の地殻変動の圧力源の時間変化を明らかにした。

SAR干渉解析によって、いくつかの火山において火山活動に伴う地殻変動を検出するとともに、圧力源の位置や膨張量の推定を行った。

これまでいろいろな火山で観測された地殻変動を系統的に整理することによって、膨張レートは同時に発生する地震活動規模とよい相関があることなどがわかった。

(副課題1)地殻変動に基づく火山活動度判定手法の開発

  • 有限要素法による地殻変動解析手法について、各種の圧力源による地殻変動計算手法を確立した。その中で、楕円体圧力源に関しては、従来用いられてきた計算式に誤りがあることを発見し、経験式に基づく新たな地殻変動計算式を提案した。また、並列計算機と有限要素法並列化ソフトの導入による効率化により、計算速度は約10倍、解析可能なモデルサイズも約30倍になり、伊豆大島島内各観測点における地殻変動を十分な精度で求めることができる精密な有限要素モデルを用いた計算が可能となった。
  • 伊豆大島における地殻変動の連続観測によって、伊豆大島は、長期的に膨張する中で、2~4年周期で膨張と収縮を繰り返していることを明らかにした。その圧力源はカルデラ北部地下6~8kmにあり、相対的に収縮期はカルデラ西寄りで深く、膨張期はカルデラ北寄りでやや浅くなる傾向があること、膨張-収縮量は、106~107m3のオーダーであることを明らかにした。
  • 伊豆大島の精密重力観測によって、カルデラ北部で最大0.015mgal/年の重力の経年変化を検出した。GPS等で得られた圧力源とはその水平位置は近いが、単純なマグマ蓄積による体積膨張では説明できないことがわかった。
  • 全国を対象として陸域観測技術衛星「だいち」のSARデータを用いた干渉画像解析を行い、十勝岳、樽前山、吾妻山、雲仙岳、霧島山(新燃岳)等において火山性地殻変動を検出することに成功し、その他にも海外を含め約10の火山で地殻変動を検出した。そのうち、樽前山、吾妻山、霧島山(新燃岳)については、副課題2で新たに開発した干渉SARデータ解析機能を用いて、地下の圧力源の推定を行った。しかしながら、主たる研究対象火山である伊豆大島及び浅間山では、SAR干渉解析では、地殻変動量が小さすぎるため地殻変動を検出できていない。
  • 2006~2007年御嶽山の微噴火を伴う地殻変動を検知し、海抜下約2500m付近にある深部圧力源の他、山頂直下ごく浅部(海抜付近)の圧力源が水蒸気爆発に先駆して膨張したことを明らかにし、それは熱水の膨張であると推定した。
  • 浅間山を研究対象として、GPS連続観測及び光波測距観測を行い、融合型経常研究「火山観測データの気象補正等による高精度化に関する研究(平成18~20年度)」により開発した1周波GPSの電離層及び対流圏補正手法を適用し、火山活動の消長に伴う数年周期の106m3オーダーの西山麓深部の膨張・収縮に加え、山頂火口直下ごく浅部でもほぼ同時期に103~104m3オーダーの膨張と収縮が繰り返されていることを明らかにした。

(副課題2)マグマ上昇シナリオに基づく活動評価手法の開発

  • マグマ内の揮発性物質の気泡成長に起因する浮力による理論的なマグマ上昇計算から、マグマ上昇速度は、揮発性物質の濃度、粘性などのマグマの物理的性質、ダイクの厚みなどの上昇形態によって、きわめて多様に変化することがわかった。
  • 霧島山新燃岳のGPS繰り返し観測により捉えられた地殻変動についてモデリングを行い、火口地形の影響を評価した結果、変動源は帯水層下部、2008年8月噴火時に発生した群発地震の震源域の上部に位置することがわかった。また、地下構造推定のための重力探査を実施し、重力異常を明らかにした。
  • マグマ上昇シナリオの作成に向け、国内で近年観測された様々な火山性地殻変動について、その膨張量や深さ等について系統的に整理したところ、膨張量や膨張レートには大きなものから小さなものまで6桁もの幅をもって分布すること、膨張レートの大きい事象のほとんどがマグマ貫入によると考えられる現象であること、膨張レートは同時に発生する地震活動規模とよい相関があることなどがわかった。また、副課題1で検出された御嶽山の水蒸気爆発に先駆した浅部の103~106m3オーダーの熱水膨張は、霧島山等他の多くの火山でも観測されており、それらの多くにおいて、水蒸気爆発に至らずとも噴気の活発化等何らかの表面現象をその後に伴っていること、そして規模が小さい場合、微小地震活動をほとんど伴わずに発生することがわかった。
  • 以上の結果をもとに、異常未経験火山の活動評価に資するため、火山活動が進行していく中で観測される地殻変動について、一般的な地殻変動に関するシナリオを作成し、それぞれの段階でどのような観測によりどの程度の異常が検知できるかについてとりまとめた。
  • 前特別研究で開発した火山用地殻活動解析支援ソフトウェア(MaGCAP-V)をバージョンアップし、光波測距データ及び干渉SARデータの解析ができる機能、及びモデルの時間変化を自動解析・表示できる機能を取り入れた。

(2)当初計画からの変更点(研究手法の変更点等)

  • 浅間山の火山活動が活発化したため、融合型経常研究「火山観測データの気象補正等による高精度化に関する研究(平成18~20年度)」で実施していたGPS連続観測、光波繰り返し観測を平成21年度以降も継続し、本研究において、地殻変動モデルの研究に活かしている。
  • SAR干渉解析については、研究対象火山のみならず、全国の火山を対象とするとともに、海外の火山についても解析を適宜実施している。
  • これまでの内外のマグマ内の揮発性物質の気泡成長に起因する浮力によるマグマ上昇に関する研究結果を取り込んだ数値計算によって、マグマ上昇速度は様々なパラメータによってきわめて多様に変化することがわかったため、それをそのままマグマ上昇シナリオに用いるのではなく、過去の気象研究所及び気象庁、大学や研究機関が実施した様々な火山における地殻変動のモデリング研究結果の整理を行って、現実に近い地殻変動シナリオを構築することとした。

(3)成果の他の研究への波及状況

  • SAR干渉解析を「平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震」に際して、震源付近で生じた地殻変動の解明に向けた解析にも適用した。その結果、地震の発生前後での地殻変動の面的分布を明らかにすることができた。面的に地殻変動を捉えることができるため、地震前後のペアにおける解析によって、瞬時に地殻変動の及んだ範囲が把握でき、地震の断層モデル推定の際にも強力なツールとなることが分かった。なお、その結果は、気象庁から報道発表され(平成21年6月26日)、気象庁技術報告として印刷発表された。
  • 地震調査研究推進本部の地震調査委員会「衛星データ解析検討小委員会」にも国内外の大地震についてのSAR干渉解析結果を報告している。

(4)今後の課題

  • 伊豆大島の地殻変動のモデリングについては、静穏期に観測されている膨張と収縮について、その圧力源を求めるところまで達成した。しかし、現段階では、静穏期に観測されている膨張と収縮から具体的なマグマ上昇あるいは蓄積のモデリングはできていない。観測強化が完了したのは3年度目であり、その後顕著な変動がみられていなかったが、平成22年5月頃から、膨張期に入っていることから、今回強化した高密度な観測網による地殻変動データの解析と有限要素法モデルを用いた再解析を行う必要がある。膨張期には、カルデラ内や周辺の地震活動が活発化することから、臨時地震観測によって今後得られるデータをもとに、地震活動についても、詳細な解析を進める必要がある。
  • 伊豆大島の精密重力観測に関しては、カルデラ北部地下に変動があることは見えつつあるが、その実態はよくわかっておらず、今後も観測を継続する必要がある。
  • SAR干渉解析では、多くの火山で地殻変動を検出するのに成功しているが、研究対象である伊豆大島をはじめ、いくつかの活動的な火山では検出できていない。気象補正等によってS/N比の向上を図る必要がある。重点研究「気象観測技術等を活用した火山監視・解析手法の高度化に関する研究」において、数値予報モデルデータを用いた補正手法の開発に着手している。
  • 霧島山の地殻変動に関しては、火口地形の影響を加味した圧力源推定は行ったが、今後、重力探査により得られる地下構造を取り込んだ有限要素モデルによってより正確な圧力源の位置を明らかする必要がある。
  • 近年観測された様々な火山性地殻変動について、その変動量や深さ等について系統的に整理した成果から、これまでの経験則による噴火警戒レベル判断を補う地殻変動シナリオを作成したが、シナリオの高度化に資するためには、地殻変動以外のデータ、例えば、噴火に先駆する微小地震の規模なども含めた整理が将来必要である。
  • 火山用地殻活動解析支援ソフトウェア(MaGCAP-V)については、本研究で成果として得られた楕円体モデルの推定機能及びマグマ蓄積による重力変化の解析機能を取り入れる予定である(平成22年度)。

2.自己点検

(1)到達目標に対する達成度

  • 当初の目標とした高レベル(4~5)の火山活動度の確実かつ迅速な判定に関しては、噴火準備過程にあると考えられる伊豆大島を研究対象火山に選び、地殻変動の稠密な観測網を構築し、新たにバージョンアップした火山用地殻活動解析支援ソフトウェア(MaGCAP-V)に光波測距のデータ解析機能等を加えることで、高レベルの火山活動に至るステージでの判定が可能となるシステムを構築した。
  • 迅速性については、現状の気象庁GPSは3時間毎の観測であるが、今回構築した光波測距観測網によって、より短時間間隔(現在30分間隔で運用中、数分間隔まで短縮可能)でカルデラ周辺の地殻変動を安定的に高密度観測できるようになったため、カルデラ周辺で割れ目噴火が発生するような事態(レベル4~5)における検知力が飛躍的に向上し、数十分で異常が検知でき、また、MaGCAP-Vの機能強化によって光波測距データのみでの圧力源推定も可能となったため、数時間程度で最終的な圧力源推定まで行えるようになった。
  • 確実性については、多種目の地殻変動観測網の構築及びそれらを同時にMaGCAP-Vで解析することが可能であるため、判断がより確実になる。
  • 伊豆大島で繰り返されている膨張収縮イベントの圧力源を推定した。新たに構築した地殻変動観測網、臨時地震観測により平成22年5月頃から始まった膨張イベントを捉えており、今後の解析により圧力源モデルの精緻化が進むと考えられる。
  • その他の火山に関しても、浅間山や御嶽山で噴火に先駆する浅部膨張を捉えて圧力源の推定を行うなど、新たな知見も得られた。
  • 新たに地球観測衛星だいち搭載の合成開口レーダー(SAR)の干渉画像解析による地殻変動研究にも取り組み、いくつかの火山で火山性の地殻変動を検出し、その圧力源を推定することに成功した。
  • 噴火の観測事例の少ない火山での火山活動評価手法に関しては、地殻変動データを火山活動評価に取り込むべく、様々な火山における地殻変動圧力源モデルの系統的整理を行い、地殻変動に関する一般的シナリオを作成し、異常未経験火山で地殻変動が検出された場合に一定の評価ができるようにした。今後、個別の火山への適用を行ったケーススタディを進めていく予定である。
  • 霧島山の火口近傍での重力探査を実施し、重力異常を明らかにした。今後地下構造推定を実施する予定である。

(2)研究手法及び到達目標の設定の妥当性

副課題1に関しては、活発な活動があった火山を対象に加えるなどの手法の変更を行い、研究に有用なデータを確実に取得し、新たな知見を多く得ており、妥当である。副課題2で当初目指した粘性流体としてのマグマ挙動の把握技術の開発については、マグマ上昇速度を決定するパラメータが多様かつダイナミックレンジが大きく、理論的な計算だけからそれら推測することは困難であったが、現実に観測されている様々な火山の事例からシナリオに供する知見を得ることができた。観測事実から得られる知見と理論的な研究との融合は今後も取り組む必要がある。

(3)成果の施策への活用・学術的意義

本研究でこれまでに得られた伊豆大島等の地殻変動連続観測結果、解析結果は、適宜、火山噴火予知連絡会へ報告しており、気象庁において火山活動の評価、噴火警報や予報業務に活用されている。特に、一部の結果については、気象庁が毎月発行し、防災機関で利用されている火山解説資料にも掲載されている。また、連続観測しているデータの一部は気象庁火山監視・情報センターでの監視業務に利用されている。

本研究で得られた近年観測された様々な火山性地殻変動についての整理結果は、平成21年度補正予算による気象庁火山観測点整備において、それぞれの観測点の地殻変動の検知力調査にも利用されている。また、その調査で行われた地殻変動解析には、MaGCAP-Vが活用されている。

伊豆大島の静穏期のマグマ蓄積過程については、マグマの蓄積の実態把握が十分になされておらず、よくわかっていない。伊豆大島の稠密な観測網によりその実態が把握できるようになれば、一般に静穏期のマグマ蓄積についての研究は乏しく、火山の噴火準備過程を知るうえで、火山学的意義は大きい。また、浅間山における浅部圧力源の膨張収縮は、浅間山のマグマ供給系を考える上で重要な発見である。本研究において明らかとなった御嶽山における地殻変動の研究成果をはじめとする浅部の熱水膨張に関する様々な知見は、従来予知が難しいとされてきた水蒸気爆発の予測のための重要な知見となると思われる。

(4)総合評価

伊豆大島での地殻変動源の推定、稠密な地殻変動観測網の構築、火山用地殻活動解析支援ソフトウェア(MaGCAP-V)の高度化、SAR干渉解析による地殻変動解析手法の開発、地殻変動に関する一般的シナリオの作成等により、現状の経験的手法による火山活動度の判定に地殻変動観測を取り入れることができるようになった。伊豆大島で現在続いている膨張イベントの解析等残されている課題もあるが、当初の目標をおおむね達成した。本研究を引き続き着実に遂行し、今後さらに発展させていく必要がある。



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