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気象研究所研究開発課題評価報告

温暖化による日本付近の詳細な気候変化予測に関する研究

事後評価

評価年月日:平成19年3月23日

実施期間

平成17年度 ~ 平成21年度

研究代表者

野田 彰(気候研究部長)

研究の進捗状況について

(1)研究の進捗状況

本課題の目的は、わが国における地球温暖化対策を推進するため、特に、水資源、河川管理、治山・治水、防災、農業、水産業や、保健・衛生などの分野など気候の変化に敏感で脆弱な分野を考慮した温暖化予測情報を提供できるよう、地域的温暖化予測を総合的に行う数値モデルを開発し、日本付近の地域気候変化予測を行うことである。この目的を達成するための目標として、1融合型経常研究により開発している炭素循環モデル、エーロゾル化学輸送モデル、オゾン化学輸送モデルなどの各種物質輸送モデルを大気海洋結合モデルに取り込んだ「温暖化予測地球システムモデル」を開発し、気候システムを構成する気候サブシステム(大気、海洋、陸面、雪氷、大気組成など)の間の相互作用を精確に取り入れた温暖化予測を行う。ここで得られた地球規模の予測結果を日本付近の詳細な気候変化予測に適用するために、2わが国特有の局地的な現象を表現できる分解能を持った精緻な地域気候モデル(雲解像地域気候モデル)を開発して予測の不確実性を低減し、各種施策の検討に必要となる空間的にきめ細かな予測を行う。また精緻な地域気候モデルに精度の高い境界条件を与えるために領域大気海洋結合モデルの高度化を行う。

a) 副課題1「温暖化予測地球システムモデルの開発」

新大気海洋結合モデル(MRI-CGCM3.1.2)を完成させた。MRI-CGCM3.1.2と物質輸送モデルを結合させるプログラム(カップラー)を開発し、地球システムモデルの基盤部分を完成した。地球システムモデルのサブシステムモデルである炭素循環モデル、エーロゾル化学輸送モデル、オゾン化学輸送モデル、氷床モデルの開発も計画通りに進捗し、カップラーを介したエーロゾル化学輸送モデルの組み込みと精度評価を行い、現在気候の表現性能を確認した。更に、開発中の他のサブシステムモデルとカップラーを介した予備的結合実験の結果、カップラーが地球システムモデルにおいて充分な性能を持つことが示された。

b) 副課題2「精緻な地域気候モデルの開発」

気象庁で開発・運用されている非静力学モデルをベースに、長期積分が可能な4kmメッシュの地域気候モデル(雲解像地域気候モデル)のプロトタイプを開発した。領域は関東・甲信越地方を中心に設定した。モデルは雲物理過程が組み込まれ、陸面過程には植物圏モデル(SiB)を用い、地表面付近の大気状況の表現の改善が見込まれるとともに積雪・土壌水分量などの予測も可能である。モデルの精度評価のために観測値を境界条件として、5年連続積分を実施して長期積分が可能であることを確認した。

領域大気海洋結合モデルの大気部分に放射過程の雲量・陸面過程・広域化などの高度化を行った。海洋部分については、日本周辺を0.1度(緯度・経度)に高解像度化した海洋モデルを開発し、海洋モデル単体で再現実験を行ったところ黒潮流路などに改善が見られることを確認した。

(2)特記事項(研究手法の変更点など)

なし

(3)研究の進捗状況に関する自己評価

a) 副課題1「温暖化予測地球システムモデルの開発」

当初の計画では、地球システムモデルの開発において、気候モデル(大気海洋結合モデル)と化学輸送モデルの結合の取り扱いが不確定であったが、気象研究所の地球システムモデルの特徴を考慮したカップラーの開発に成功し、地球システムモデルの基盤部分が確立された。他課題で開発されている化学輸送モデルの開発も順調に進んでおり、18年度には、カップラーを介したエーロゾル化学輸送モデルの組み込みを行い、現在気候の表現性能が確認されたこと、開発中の炭素循環モデル、オゾン化学輸送モデルに対してもカップラーが正常に機能することが確かめられたことは、所定の研究計画が達成できる見通しが高いと評価出来る。

b) 副課題2「精緻な地域気候モデルの開発」

当初計画通り、4kmメッシュの精緻な地域気候モデル(雲解像地域気候モデル)のプロトタイプを開発し、精度評価を実施している。現在の段階で長期積分が可能であることが確認され、順調に開発は進捗している。

領域大気海洋結合モデルについては、大気部分の高度化、海洋部分の高度化は実施した。また高分解能海洋モデルの開発と海洋モデル単体での駆動実験を実施し精度を確認した。高分解能海洋モデルの結合モデルへの組み込みは未達成であるが、19年度当初までには組み込みを行う予定である。

c) 主要な課題については、研究は順調に進捗しており、研究終了時に当初設定した目標を達成できる見込みである。

研究成果について

(1)研究成果の概要

副課題1 「温暖化予測地球システムモデルの開発」

<新大気海洋結合モデル(MRI-CGCM3.1.2)>

・エーロゾルの直接効果、間接効果が導入された、最新の気象庁・象研究所統一大気モデル(GSMUV)に、新たに作成した1.0度x0.5度の Joukowski変換座標格子の海洋モデル(MRI.COM)を結合し、新大気海洋結合モデル(MRI-CGCM 3.1.2)を完成させた。

・MRI-CGCM 3.1.2に、水収支を常時監視する仕組みを組み込み、大気、海洋、陸面(河川、氷床含む)で厳密な保存性の確認と移動量の把握ができるようになった。

<カップラーScup>

・地球システムモデルの複数のコンポーネントモデルを結合する目的で、汎用カップラーScup(Simple coupler)の開発を行いバージョン0.8.01を完成した。「化学輸送モデル」「エーロゾル輸送モデル」「大気海洋モデル」の結合に使用することを目的に開発されたが、「大気モデル」と「海洋モデル」を結合する機能も拡張可能である。欧州で開発されている汎用カップラーOASIS3, OASIS4は高機能であるが故に極めて複雑な構造となっている。これに対し、ScupはOASIS3, OASIS4を参考としつつも、気象研究所のモデル群とスーパーコンピューター・システムに良く適合し、簡潔で使い易い機能を持つことが特徴である。

<エーロゾルの直接効果・間接効果>

・GSMUVにエーロゾルの直接効果・間接効果を組み込んだ。このため、5種類のエーロゾルに対応して雲粒数を評価するスキームおよび雲粒数・雲粒の有効半径に依存する雲スキーム・雲放射スキームを新たに導入した。特にいくつかの大きさに細分されているダストと海塩に関してはこれらが核となる雲粒の数を正確に評価できるよう工夫している。以上の結果、エーロゾル自身による放射強制力およびエーロゾルを核とする温かい雲による放射強制力・エーロゾルに依存する雲水-降水変換率を定量的に評価できるようになった。

<エーロゾル化学輸送モデル>

・GSMUVにScupを介して、気象研エーロゾル化学輸送モデルであるMASINGARを結合し、性能評価実験を行った。初期の設定では、ダストと海塩が出過ぎたが、積分の時間刻みを適正化することによりダストと海塩の過剰な発生を抑えることができ、現在気候の表現性能が確認できた。

<オゾン化学輸送モデル>

・気象研究所成層圏オゾン化学気候モデル(MRI-CCM)にScupを組み込んだ。更に最新のGSMUV、あるいはMRI-CGCM 3.1.2がScupを用いて相互作用を伴い結合できるように、それぞれのモデルに対して開発をおこなった。

・計算機資源節約のためオゾンモデルMRI-CCMと大気モデルGSMUV(あるいはMRI-CGCM3.1.2)間の結合を空間解像度が異なる場合でも対応できるように開発をおこなった。また、MRI-CCMの高速化もおこなった。

<オゾン化学輸送モデルとエーロゾル化学輸送モデルの結合>

・MASINGARとMRI-CCM間をScupによりオンラインで結合することが出来るよう開発し、エーロゾル―微量気体の相互作用を含む数値実験も実行可能となった。

<炭素循環モデル>

・陸域炭素循環モデルの感度実験として、大気二酸化炭素増加による光合成促進効果(施肥効果)を除去した場合、21世紀の大気二酸化炭素増加と温暖化は従来の3割増しとなり、陸域生態系の表現の不確かさが温暖化予測に大きな影響を与えることが明らかになった。

・炭素循環モデルを用いて、氷期終了以降の環境激変(北大西洋への氷床融水流入)に対する気候炭素循環系の応答の解析を行った。その結果、北大西洋熱塩循環の弱まりによる北半球の寒冷化で陸域生態系が衰退し、これが古気候記録に見られる大気二酸化炭素微少増加(10ppm未満)の原因であることが明らかになった。

・MRI-CGCM 3.1.2の大気部分に陸面生物炭素過程と大気中の二酸化炭素輸送を組み込んだ。海洋モデル中の炭素循環過程と統合することにより、地球システムモデルとしての炭素循環を表現できるようになった。

<海洋モデル>

・生物化学過程をモジュール化してMRI.COMに組み込み、従来の海洋炭素循環モデルを更新した。海面フラックス駆動の海洋単体モデルで物理場をスピンアップした後、一様な化学トレーサ場を初期値として100年間の炭素循環シミュレーションを行い、溶存酸素等が現実的な分布に向かう遷移過程にあることを確認した。

・海洋モデルにおける物質拡散・粘性スキームを改良し、渦拡散パラメタリゼーションにおける非等方性を表現することを可能にした。

<地球システムモデル>

・大気海洋結合モデル(MRI-CGCM3.1.2)の開発、MRI-CGCM3.1.2と化学輸送モデル、氷床モデルを結合させるカップラーScupの開発、Scupを介したエーロゾル化学輸送モデルとMRI-CGCM3.1.2の結合による現在気候再現実験による評価を行った。更に、カップラーを介して、開発中のオゾン化学輸送モデル、炭素循環モデルを含めた予備的結合実験を行い、カップラーが地球システムモデルとして十分な性能を持つことを確かめた。

副課題2「精緻な地域気候モデルの開発」

<精緻な地域気候モデル>

・気象庁で開発・運用されている非静力学モデルをベースに、長期積分が可能な4kmメッシュの地域気候モデルのプロトタイプを開発した。

・領域は関東・甲信越地方を中心に設定した。この領域で現計算機性能の範囲内で温暖化予測計算が可能であることを確認した。

・モデルには雲物理過程が組み込まれており、雲水、雲氷、雨滴、雪片、霰などの量を予測している。陸面過程には植物圏モデル(SiB)を用い、地表面付近の大気状況の表現の改善が見込まれるとともに積雪・土壌水分量などの予測も可能である。

・モデルの精度評価のために観測値を境界条件に与え5年間の長期積分をおこない、気温や降水量が安定した長期積分が可能であることを確認した。更に、全積分領域の平均的な気温を、アメダス観測データと比較したところ、月平均気温、月平均最高気温についてはモデルと観測はよく合致していた。一方、月平均最低気温はモデルの方が高く、モデルでは日変化が小さいことが確認された。これに対する検討を今後行う必要がある。

<領域大気海洋結合モデル>

・大気部分に関しては、放射過程の雲量のチューニングにより冬季の海面水温の全般的な低温バイアスと気温の高温バイアスが改善し、陸面過程の改善により地中温度が安定した。また、計算領域の広域化により側面境界の影響が改善した。

・日本周辺(120E-160E 、25N-50N)を0.1度(緯度・経度)に高解像度化した海洋モデルを開発し、海洋モデル単体でNCEP1再解析データの月別気候値による再現実験を行ったところ黒潮流路に頻繁な大蛇行はみられなくなるなど改善の傾向がみられることを確認した。

・地球温暖化予測情報第7巻の作成のために、現在までに開発した領域大気海洋結合モデルを用いた現在気候再現実験、温暖化予測実験が気象庁気候情報課により実施された。

(2)特筆事項(波及効果など)

・当課題で開発中の地球システムモデルの大気海洋結合モデル部分は、気象庁の次期エルニーニョ予測モデルとして活用される見込みである。

・当課題で高度化した領域大気海洋結合モデルを、気象庁で発行を予定している地球温暖化予測情報第7巻の計算のために提供した。

(3)研究成果に関する自己評価

・地球システムモデルの構成要素である大気モデル、海洋モデル、陸面モデル、炭素循環モデル、オゾン化学輸送モデル、エーロゾル化学輸送モデルの各構成要素部分の高度化を達成した。それらを結合する道具であるカップラーScupを開発し、各構成要素部分を結合することを可能とした。炭素循環モデルが組込まれた大気海洋結合モデルに、エーロゾル化学輸送モデル、オゾン化学輸送モデルを結合させ、地球システムモデルのプロトタイプとして安定に動作することを確認した。これらのことは、地球システムモデルによる温暖化予測を行うという研究目標の達成に向けて大きな研究成果が得られたと評価できる。

・精緻な地域気候モデル(4kmメッシュ雲解像地域気候モデル)のプロトタイプを開発し、豪雨などの強い降水現象などに関する温暖化予測の基礎ができた。また領域大気海洋結合モデルの高度化により、海洋まで含めた日本周辺の詳細な温暖化予測の基礎ができ、これを境界条件とする精緻な地域気候モデルによる温暖化予測が可能性を示すことができた。これらのことは、日本付近の詳細な気候変化予測の目標達成に向けて、十分な成果であると評価できる。

今後の研究について

各サブ課題は当初計画通りに順調に進捗しているので、今後も当初計画に沿って研究をすすめる。

(1) 副課題1 「温暖化予測地球システムモデルの開発」

・カップラーを介して大気海洋結合モデルと物質輸送モデルを結合させて、地球システムモデルとして動くことは確認できたが、物質輸送モデルの対流圏・成層圏全体への拡張、陸の植生モデルの高度化など、地球システムモデルとしての高度化が、今後の大きな課題である。地球システムモデルの長期積分には、多大な計算機資源を要するため、研究の効率化と温暖化本実験のためにさらなる高速化が必要である。

(2)副課題2「精緻な地域気候モデルの開発」

・地球温暖化対策を推進するために役立てることのできる日本周辺の詳細な地域気候変化予測を実施するために、領域大気海洋結合モデル、および精緻な地域気候モデルの改良を進める必要がある。領域大気海洋結合モデルについては海洋モデルの高解像度化などの改良をさらにすすめる。精緻な地域気候モデルの陸面過程、降水過程、放射過程などの高度化を検討する。

・全球結合モデルを境界条件とした長期積分を実施し、地域的温暖化予測を総合的に行うために必要なモデルの改良をさらに実施する。

・これにより高度化されたモデルを用いて、地球システムモデルを境界条件とした温暖化予測データを作成する。そのために、地球システムモデルを境界条件とした、領域大気海洋結合モデルの温暖化予測実験を行う。さらに領域大気海洋結合モデルの温暖化予測実験結果を境界条件とした、精緻な地域気候モデルによる、日本の詳細な温暖化予測実験を実施する。

事後評価の評価委員会総合評価

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