地球システム・海洋モデリングに関する研究

気候変動が進む今、予測のカギを握るのは海

「階層的な地球システムモデル」を開発する

天気や天候の変化には、太陽の莫大なエネルギーと地表面の約7割を覆う海洋が大きな影響を及ぼしています。自然災害の多い日本では、その監視と予測が特に重要です。気象庁では、海洋上も含め全国各地や世界中から、さらには気象衛星などからも観測データを収集し分析しています。しかし、データはこれまでの地球の大気の姿しか語ってくれないため、過去と現在のデータから未来を読み解く必要があります。その目的でコンピュータの中に地球の大気の状態を再現したのが「数値予報モデル」です。この仮想地球の気象・気候の状態ができるだけ現実とズレないよう微調整しながら高速コンピュータで計算を繰り返し、時間を未来に早送りして天気予報や天候予測を行います。

国内外で複数の数値予報モデルが開発され、観測データの充実と予報技術の進歩もあり、気象予報の精度はここ40年で大幅に改善しました。ところが近年、人為的な要因による気候変動によって数十年に一度の規模の気象災害が相次いで発生し、しかも、豪雨などでは発生確率の上昇も確認されています。従来の天気予報用の数値予報モデルでは、これらの気候変動を正確に表現することも予測することもできません。

そこで2010年代に登場したのが、「地球システムモデル(Earth System Model)」と呼ばれる高度な数値予報モデルです。地球上で起こっている気象や気候の変化を可能な限り忠実に表現するために、多岐にわたる要素(図1)がモデルに組み込まれています。あす・あさっての天気など短期予報は「大気モデル」で概ね事足りますが、数カ月先の季節予報には海洋の要素を組み合わせた「大気海洋結合モデル」が役立ちます。より精度を上げるには、エーロゾル(大気中の微細なちりや化学物質)やオゾン等の影響を計算した「大気化学モデル」の結合が有効です。さらに、今後の地球温暖化の予測には、二酸化炭素と気候の相互作用も組み込んだモデルが必要です。

地球システムを構成する要素と相互作用の図
図1 気象に影響を与えるさまざまな要素(IPCC AR4 WG1資料 FAQ1.2 図1を改変)

このように予測対象によって徐々に複雑化することを織り込んだ数値予報モデルを、気象庁では「階層的な地球システムモデル」と名付けて開発してきました。数時間先の集中豪雨や数日先の台風から、数年先の熱波や寒波まで、幅広い時間スケールの大気や海洋の変動の予測を可能にし得る最先端のモデルです。現在は、2030年の気象業務化を目指して、階層的な地球システムモデルの改良版「MRI-ESM3」の開発に取り組んでいます。これは、気象研究所の基盤技術研究3課題の一つ「地球システム・海洋モデリングに関する研究」の主要テーマで、全球大気海洋研究部が担当しています。

手分けしてモデルの精度を上げる

予報の成否は、大気や海洋に影響を与える多種多様な要素を、いかに正確に数式で表現できるかにかかっています。全球大気海洋研究部では、各要素を研究する異分野の専門家が、5つのチーム(副課題)に分かれて研究を進めています。

マルチスケールに対応した海洋予測技術の開発に関する研究(副課題2)では、短期の予報から気候変動の予測を含む、さまざまな時空間スケールに対応した海洋モデルを開発しています。海水温や海面水位、海氷、海流といった海の状態を適切に表現できる海洋モデルを開発するとともに、それらの変動プロセスの解明を目指しています。

次世代海洋データ同化・大気海洋結合データ同化に関する研究(副課題3)では、海洋のデータ同化手法を改良しています。シミュレーションの結果はモデルがスタートする状態(初期値)によって大きく変わります。そのため、実際の観測値を使ってモデルに馴染んだ初期値を作成する作業(データ同化)は、予測の精度向上に直結します。海洋のより正確な初期値を作る手法の開発とともに、不定期に大蛇行を繰り返す黒潮の流路変動のメカニズムなども研究しています。

全球数値予報モデル、季節予測システムに関する研究(副課題4)では、季節予報に用いる大気海洋結合モデルを開発しています。地表面の温度や土壌水分、積雪、二酸化炭素を吸収する植生など陸の状態は確かに気象を左右しますが、長期予報では海の状態も無視できません。そこで、2021年度の実務使用開始を目指して、大気海洋結合モデルの改良に取り組んでいます。

化学輸送モデル、大気微量成分同化に関する研究(副課題5)では、大気化学モデルを改良しています。エーロゾル等が気象に及ぼす影響は複雑です。例えば、石油や石炭の燃焼によって発生する二酸化炭素は温室効果ガスですが、同時に発生する亜硫酸ガスは大気中で化学反応を起こして硫酸エーロゾルになり、太陽光を反射して地球を冷やします。このチームでは、大気化学のデータ同化手法の改良に取り組みつつ、全球化学統合モデルの開発も目指しています。

気象・気候予測のための地球システムモデリングに関する研究(副課題1)では、上記4チームの成果を束ねて、天気予報や気候変動の予測に役立つ最先端モデルの構築を目指しています。各チームの研究は相互に依存しています。それぞれの要素モデルの性能を高め、その成果を互いに共有してさらなる開発を進め、地球システムモデルの予測性能の向上を実現します。