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気象研究所研究開発課題評価報告

南海トラフ沿いのプレート間固着状態監視と津波地震の発生状況即時把握に関する研究

事前評価

評価年月日:平成27年7月27日
  • 副課題1 南海トラフ沿いのプレート間固着状態監視技術の高度化
  • 副課題2 津波地震などに対応した即時的地震像把握手法の開発

事前評価の総合所見

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1.研究の目的

切迫性の高い南海トラフの大規模地震に関連し、プレート境界におけるスロースリップ、プレスリップ など固着状態の変化を検出するための手法を高度化するとともに、観測された現象と大地震発生との関連性を理解し、地震発生前の的確な情報発信を可能とする。さらに、津波地震を含む巨大地震の多様な発生状況を想定した地震の規模・震源域の広がり等を迅速に把握するための手法を開発し、津波地震に対する津波警報の適切な発表や、東海・東南海・南海地域の時間差発生対応のための割れ残りの判定により、的確な災害対策に貢献する情報発信を可能とする。これらにより大地震、津波から国民の生命と財産を守る。

2.研究の背景・意義

(社会的背景・必要性)

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の発生を受け、広範囲で大規模な被害が懸念され、かつ切迫性が高い南海トラフの大規模地震についての評価及び地震対策の見直しが各機関において行われている。地震調査研究推進本部は、平成25年に「南海トラフの地震活動の長期評価」の改訂版(第二版)を公表し、その中で次の南海トラフの大地震の規模をM8~9クラスとし、今後30年の発生確率を60~70%と推定した。平成26年6月24日には「経済財政運営と改革の基本方針2014(骨太方針)」が閣議決定され、その中で平成26年3月に内閣府によりまとめられた「南海トラフ地震防災対策推進基本計画 」を推進することとしている。この基本計画の中では、「津波に関する情報については、(中略)予測の精度向上について検討を進める」こと、東海・東南海・南海地域の「時間差発生等への対応」の必要性が指摘されている。また、「経済財政運営と改革の基本方針2015(骨太方針)(平成27年6月30日閣議決定)」には、南海トラフ巨大地震などの自然災害に対し、研究・人材育成を含め防災・減災の取組を推進するとしている。国土交通省では、平成26年に「国土交通省南海トラフ巨大地震対策計画[第1版]」を公表し、重点項目の一つとして緊急地震速報・津波警報等及び津波観測情報の迅速化・高精度化を挙げている。また、内閣府は平成25年に「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性について」の報告書を公表した。その中で、「地震の規模や発生時期を高い確度で予測することは困難である」が、「観測データの変化に基づいてプレート境界のすべり等の固着状態の変化が検知できれば、不確実性は伴うものの地震発生の危険性が相対的に高まっていることは言及できそうである」としている。地震調査研究推進本部は、平成24年9月に「新たな地震調査研究の推進について」、平成26年8月に「地震に関する総合的な調査観測計画~東日本大震災を踏まえて~」を発表した。これらの中で、「海溝型地震を対象とした地震発生予測の高精度化に関する調査観測の強化(プレート境界の状況を把握することが重要、調査観測から得られる成果を総合的に取り込んだモデルを構築することが重要)」を挙げている。平成25年に科学技術・学術審議会は「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の推進について」を文部科学大臣や国土交通大臣などに建議し、その中で「モニタリングによる地震活動予測」や「地震・火山噴火の災害誘因の即時予測手法の高度化」のための研究について推進することを提言している。

(学術的背景・意義)

十数年前から高密度のGPSや高感度地震計の展開により、南海トラフ沿いでは深部低周波微動・地震(高感度地震計で観測できる微小な振動)を伴うプレート境界の短期的スロースリップ(ゆっくりすべり)、長期的スロースリップ等が観測されるようになってきた。これらはプレート間巨大地震の震源域となりうる固着域周辺で発生している現象であり、プレート間の固着状態に影響を及ぼす可能性が指摘されている。このため、東海地域だけではなく南海トラフ全体におけるプレート間固着状態の変化を地震活動、地殻変動の複数の観測手法を用いて検出し、地震サイクルの数値シミュレーションによってそれら変化が示す意味に対する理解を深めることが重要である。また、想定東海地震が現時点で発生していないことから、東海地震と東南海・南海地震が連動して発生する可能性について指摘されている。東海地域で巨大地震が発生した場合、想定東海地震なのか、東南海・南海地域も連動して地震が発生したのか、あるいは今後連動して地震が発生するか等を評価することは国の応急対策活動や復旧・復興活動にとって極めて重要である。このため、地震防災対策強化地域判定会や地震調査委員会等で、発生した巨大地震や今後の巨大地震の連動可能性についてすみやかに検討できるよう、震源域がどこまで及んでいるか等を速やかに分析して提供できるようにする必要がある。さらに、過去の南海トラフ沿いの地震のうち1605年の慶長地震は、地震動被害に比べて津波被害が大きい「津波地震」であった可能性が指摘されている。平成23年の東北地方太平洋沖地震の発生は、改めて地震の多様性を示す例となっており、津波地震に対しても対策が必要である。現在の気象庁の津波警報システムでは、巨大地震の発生時に規模を過小評価しない対策は取られているが、さらに適切な津波警報等を行うために津波地震の識別の信頼性向上と津波地震の定量的な規模推定を行う必要がある。

(気象業務での意義)

東海地域では、1978年の大規模地震対策特別措置法の成立以来、地震予測のための対策がとられている。気象庁長官の私的諮問機関である地震防災対策強化地域判定会(以下、判定会)では観測データに異常が現れた場合、これが東海地震の前兆かどうかを判定し、大規模な地震が発生する恐れがあると認めたときには、気象庁長官は内閣総理大臣に地震予知情報を報告する ことになっている。また、東海地震の想定震源域に隣接する南海トラフ沿いにおける東南海地震・南海地震の発生が予測されている。両地震に関する観測体制の整備が法律(東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成14年7月26日法律第92号))で求められており気象庁でも観測強化を進めている。本研究課題は、東海地震を含む南海トラフ沿いの震源域 およびその深部延長域におけるプレート境界の固着状態の監視能力の向上を通じた東海地震直前の異常検知の早期化への寄与と、地震発生シミュレーションなどによる地震発生に至る過程の解明を通じた南海トラフ沿いの海溝型巨大地震の観測・監視業務への貢献を目的としている。

現在の気象庁の津波警報システムでは、巨大地震の発生時に規模を過小評価しない対策は取られているが、本研究課題の津波地震の識別の信頼性向上と津波地震の定量的な規模推定により期待される成果は、さらに適切な津波警報等に寄与する。
また、東海地域で地震が発生した場合、判定会では発生した地震が東海地震であるかどうかの判定を行う必要がある。本研究課題の地震の規模・震源域の広がりを即時に推定する手法はこの判定に寄与する。

3.研究の目標

南海トラフ沿いのプレート境界におけるスロースリップ、プレスリップなど固着状態の変化を検出するための手法を高度化するとともに、その物理的背景(固着域の状態変化)に関する説明能力の向上を図る。さらに、津波地震を含む巨大地震の多様な発生状況を想定した地震の規模・震源域の広がり等を迅速に把握するための手法を開発する。

4.研究計画・方法

これまで、先行研究「海溝沿い巨大地震の地震像の即時的把握に関する研究」において、巨大地震発生直後に地震の規模、震源域の広がり、すべり分布を推定するための研究に取り組み、得られた成果の一部は気象庁のシステムに採用され、巨大津波の定性的表現を含めた新しい津波警報に活用されている。

この成果を踏まえて副課題1では、発生が懸念される南海トラフ沿いの巨大地震について、その発生前のプレート間固着状態変化の検知力高度化と、固着状態変化の理解のための研究を行い、観測事実を正しく理解し、より的確な情報発信を目指す。

また、副課題2では、津波地震の検出や、余震活動の即時的把握についての研究を行い、津波予測精度の向上を目指す。


副課題1:南海トラフ沿いのプレート間固着状態監視技術の高度化

1.1 プレート間固着状態のモニタ

1.1.1 衛星データ(干渉SAR)による地殻変動検出手法の改良

精度の高い地殻変動を面的に得るため、衛星データ(干渉SAR)の解析手法を高度化する。長期間の衛星データを用いて干渉度の高い点群に着目して時系列解析することにより、従来の解析よりも高精度な地殻変動を推定する。また、1時間ごとの気象数値モデルを利用した対流圏伝搬遅延の影響を補正する手法を開発する。解析対象地域は、プレート間固着域に近く、固着状態変化の影響を受けやすい岬などを候補とする。

1.1.2 スロースリップ変動源推定手法の高度化

これまで長期的スロースリップについては、GNSS観測点の座標時系列や基線長変化などを個別に見ることで検出してきた。ひずみ計やGNSSの記録を用いたスタッキング手法、およびすべり方向、時定数などを仮定した手法や、地震活動解析等により、長期的スロースリップ等を客観的に検出し、それらの規模や変動源を推定する手法を開発する。水準測量、潮位の解析により、1944年東南海地震、1946年南海地震を含む南海トラフ沿い地域の長期間の上下変動を把握する。一部海域で海底地震計、海底水圧計による観測を行い、データの少ない海域で詳細な地震活動や地殻変動を把握する。

1.2 地震発生の数値シミュレーションによる固着状態推定

南海トラフ沿いで観測された地殻変動と数値シミュレーション結果とを比較できるように、可能性のあるパラメータの範囲で多数の数値シミュレーションを行う。観測結果との比較から、その変化が現れた物理的背景を理解するとともに、複数のプレスリップのモデル化や地震前の固着状況変化のモデル化などを通じて、観測結果が大地震につながる可能性について評価する手法を開発する。


副課題2:津波地震などに対応した即時的地震像把握手法の開発

2.1 津波地震等の検出手法の開発

過去に発生した津波地震や海底地すべりの事例を集め、通常の地震との比較により津波地震などに共通する特徴を抽出する。地震波の短周期成分と長周期成分の信号の特徴から、津波地震の判定を行い、津波予測に用いるための長周期成分のみを用いた震源決定と規模推定を行う手法を開発する。また、海底地すべりについては、津波発生ポテンシャルについて評価する。

2.2 余震活動の即時把握の高度化

南海トラフ沿いの地震の場合、震源域は沖合になると考えられるが、沖合で発生した地震の余震活動については、即時の地震数の把握や震源決定精度がまだ不十分である。現在の地震波の立ち上がりに基づく手法では、同規模の地震の連発や大きな地震の場合に不適当な結果が見られる。これらの改良に加え、地震波形の相関を取るなどして、余震が多発する場合にも精度の高い震源決定を行う手法を開発する。

2.3 地震断層のすべり分布推定手法の高度化

現状では大すべり域の推定は可能となったが、大すべり域内の複数のすべり分布の推定結果には推定手法やパラメータによりばらつきがみられる場合がある。このため、震源過程解析手法に、CMT解析やアレイ手法などの複数の推定手法を組み合わせ、相互に矛盾のない最適な解を導き出す手法を開発する。

5.特筆事項

(効率性)

現在実行中の重点研究「地震活動・地殻変動監視の高度化に関する研究」「海溝沿い巨大地震の地震像の即時的把握に関する研究」において蓄積された地震活動・地殻変動の監視・評価、地震発生シミュレーション、震源断層の広がりとすべり分布の把握を生かし、さらに新たな解析手法を取り入れるなどして研究を進める。

(有効性)

地震調査委員会や、判定会含め気象庁の業務を通じ、南海トラフ沿いの巨大地震に関しての国民への迅速・的確な情報提供等に役立つ。

(波及効果)
  • 南海トラフ沿いにおける、より客観的で詳細なプレート間固着状態の把握と、その物理的背景に関する説明能力の向上は、気象庁(判定会)や地震調査委員会等の国による活動評価に寄与する。
  • 津波地震の判定、規模推定は、気象庁におけるさらに適切な津波予報に寄与する。
  • 地震の規模・震源域の広がりを即時に推定する手法は、判定会による東海地震の判定や、気象庁や地震調査委員会等の国による東海・東南海・南海地域の時間差発生対応のための割れ残りの判定に寄与する。

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