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気象研究所研究開発課題評価報告

地球温暖化によるわが国の気候変化予測に関する研究

事後評価

実施期間

平成12年度~平成16年度

研究担当者氏名

野田 彰 気候研究部長

研究目標に関する自己評価

(1)研究目標の妥当性について

本研究計画では、我が国特有の現象である、冬の日本海の降雪、冬の関東地方の乾燥気候、梅雨末期の豪雨、西日本の干ばつ、東日本のやませ等の地域的気候や異常気象の発生傾向などが地球温暖化によりどのような影響を受けるかを明らかにすることを目標とし、当研究所の気候変化の研究に取り組んでいる気候、環境・応用気象、海洋研究部が共同して研究を推進した。

本研究では、地域気候モデルの開発を行うとともに、その境界条件及び初期条件となる全球気候モデルによる地球温暖化予測技術の高度化を図った。これらのモデルを用いて現在気候等の再現実験を実施し、各モデルの有効性を検証した。全球気候モデルを使用して、各種のシナリオにもとづき2100年までの予測実験を実施し高度な温暖化予測結果を得た。また分解能20kmの大気・大気海洋結合地域気候モデルを使用して、2061~2070年における予測実験を実施し、日本付近における地域的な温暖化の状況を初めて明らかにした。

本研究期間中には、本研究の成果を使用し、気象庁は「温暖化予測情報 第5巻」(平成15年3月)、「温暖化予測情報 第6巻」(平成17年3月)を発行した。また、「異常気象レポート」(平成17年10月)においても日本付近の気候変化について本研究課題の成果が使用された。気象庁以外においても、総合科学技術会議の地球温暖化研究イニシャティブによる「温暖化影響・リスク評価研究プログラム」に対して、大気地域気候モデルにより予測された結果を「気候統一シナリオ」として提供を行っている。さらに、全球気候モデルによる温暖化予測結果をIPCCへ提供し第4次評価報告書の作成に貢献した。また、大気地域気候モデルによる将来気候変動予測実験の結果も、IPCC第4次報告書に引用されており、アジア域の将来予測に貢献している。

このように、本研究は気象庁の地球環境業務に貢献し特別研究としての責務を果した。また、その成果は政府や国際的な温暖化施策において使用された。同時に、近年における異常気象の発生傾向を背景に、本研究の目標である高度な地球温暖化予測や日本付近の地域的気候変化に関する情報への社会的ニーズが高まっていることを考慮すると、本研究目標の設定は適切であったと考える。

(2)研究目標の達成状況について

3つのサブテーマについてそれぞれの達成状況を述べる。

ア.地域気候モデルの高度化(サブテーマ1)

前特別研究で開発した分解能40km大気地域気候モデルをベースとした20km大気地域気候モデルについては、中間評価時(平成14年度)においては1年程度の遅れが生じていたが、平成15年度に完成した。高分解能北太平洋海洋モデルの開発の進捗は予定どおりであったが、20km大気地域気候モデルの進捗の遅れに伴い、大気・海洋結合地域気候モデルの開発は遅れたものの、平成16年度には同モデルを開発した。

イ.全球気候モデルによる地球温暖化予測の高度化(サブテーマ2)

全球大気・海洋結合モデルは、MRI-CGCM2(分解能250km程度)の高度化及びMRI-CGCM3(180km程度)の開発については、概ね計画通り進捗した。ただし、IPCCの第4次評価報告書提出期限が予定より早められたため、早い段階でモデルを固定(MRI-CGCM2)して地球温暖化予測を開始した。このため、エーロゾルの間接効果に関連した雲過程については、十分な高度化ができなかった。次期研究計画(現特別研究)の中で地球システムモデルのエーロゾル化学輸送モデルの開発において高度化に着手している。

ウ.地球温暖化予測のためのモデル検証と温暖化メカニズムの解明(サブテーマ3)


(ア)地域気候モデル

a.20km大気地域気候モデル(高分解能領域大気モデル)

1991~2000年についての現在気候の再現実験を行った。

IPCCのSRES A2シナリオをもとに、本モデルによって日本周辺を対象として2061~2070年における予測実験を実施した。また2081~2100年の予測結果は「地球温暖化予測情報第6巻」に掲載された解析結果を論文として発表した。

b.高分解能北太平洋海洋モデル

本モデルについては、中間評価時にほぼ検証を終え、計画通りに目標を達成した。また予測実験を行い、結果を論文として投稿中である。

c.大気・海洋結合地域気候モデル

1991~2000年についての現在気候の再現実験を行った。同一条件下では、20km大気地域気候モデルより気温・降水量・海面水温の再現性が向上した。

IPCCのSRES A2シナリオをもとに、本モデルによって日本周辺を対象として2061~2070年における予測実験を実施し、結果の一部(海面水温)については論文として発表し、結合モデルとしての特性を反映した解析結果については、論文として取りまとめ中である。


(イ)全球気候モデル

全球気候モデルの検証及び温暖化に関する解析は、ほぼ計画通り進捗し、地球温暖化のメカニズムに関して新たな知見を得て、当初の目標を達成した。


(ウ)サブテーマ3の全体の目標達成度について

全球気候モデルに関してはほぼ計画どおりに進捗したこと、地域気候モデルに関しては大気地域気候モデルによって温暖化にともない日本付近の詳細な気候変化が明らかになったこと、大気・海洋結合地域気候モデルのさらなる改善の道筋が明らかになったことから、計画全体としては目標をほぼ達成したと考える。

ただし、地域気候モデルについては、ネスティングに伴う境界の影響を取り除くための計算領域の拡大などモデルのさらなる改良が、より精度の高い予測につながることが判明した。


研究成果等について

(1)研究成果の概要

ア.地域気候モデルの高度化(サブテーマ1)

(ア)20km大気地域気候モデル(高分解能領域大気モデル)

大気地域気候モデルの高分解能化(20km格子化)、及び長期積分に対応するため積雪量、土壌水分を予測できる陸面水文過程の組み込み、スぺクトル境界結合の組み込みなど、物理過程の改良を実施し高分解能大気モデルを完成させた。

本モデルにより、全球気候モデルのIPCCのSRES-A2シナリオに基づく地球温暖化予測実験の結果を境界値として、現在気候の再現実験として1981年~2000年、及び地球温暖化時の2061~2070年、2081~2100年に関する予測実験を実施した。


(イ)高分解能北太平洋モデル

海洋モデルについては、海洋混合層過程の組み込み、大気境界条件から海洋表面へのフラックス計算を実施する過程の導入、海氷過程の動力学モデルの導入など物理過程の改良を実施し、さらには計算効率の向上を図り、高分解能北太平洋モデル(緯度1/6°、経度1/4°分解能)を開発した。

本モデルにより、全球気候モデルのIPCCのSRES-A2シナリオに基づく地球温暖化予測実験の結果を大気境界値とし、現在気候の再現実験として1981年~2010年、及び地球温暖化時の2041年~2080年に関する予測実験を実施した。


(ウ)大気・海洋結合地域気候モデル

(ア)で開発した大気地域気候モデル、及び(イ)の高分解能北太平洋モデルを結合させ、大気・海洋結合地域気候モデルを開発した。


本モデルにより、現在気候の再現実験として1991年~2000年、及び地球温暖化時の2061年~2070年に関する予測実験を、全球気候モデルのIPCCのSRES-A2シナリオに基づく地球温暖化予測実験の結果を境界値として実施した。


イ.全球気候モデルによる地球温暖化予測の高度化(サブテーマ2)

(ア)全球気候モデルの高度化

a.雲の診断方式と放射過程の改良により、大気モデル上端での放射収支のバイアスを改善

b.積雪層を多層化して精緻化した陸面モデルを開発し、地表気温と積雪時期のバイアスを改善

c.大気モデル、海洋モデルともに任意の格子でフラックス等物理量を保存させて交換することができる「カップラー」を開発

d.モデルの大気部分を高速に計算するセミラグランジュ法を開発

上記a.については、MRI-CGCM2に中間評価時までに組み込みを行った。MRI-CGCM2による温暖化予測結果は、地域気候変化予測の境界条件として活用されたほか、IPCCの第4次評価報告書作成に貢献するためIPCCのPCMDIのモデル相互比較に対しデータの提供を行っている。

またMRI-CGCM3には、上記a.~d.に加え、河川モデルを組み込みさらなる高度化を実施している。このMRI-CGCM3は、現在の特別研究で開発する地球システムモデルの基盤となっている。


(イ)全球気候モデルによる長期積分(MRI-CGCM2)

a.産業革命前の放射強制力による基準実験の実施

b.現在気候による基準実験の実施

c.20世紀気候再現実験の実施

d.放射強制力を2000年の値で固定し、2100年まで時間積分の実施

e.二酸化炭素1%複利漸増実験の実施

f.IPCCのSRESシナリオA1B, A1T, A1FI,A2, B1, B2に従う温暖化実験の実施 A1B, A2, B1シナリオについては5メンバーのアンサンブル温暖化予測実験の実施

上記a.~f.の結果については、第4次評価報告書作成のため、IPCCへデータ提供を行った。また、f.のA2シナリオについては、地域気候モデルの境界条件として活用されている。


ウ.地球温暖化予測のためのモデル検証と温暖化メカニズムの解明(サブテーマ3)

(ア)地域気候モデル

現在気候の再現実験において、大気地域気候モデル(大気モデル)の全国年平均のバイアスは気温については+1.3℃、降水量については+15mmであった。一方、大気・海洋結合地域気候モデル(結合モデル)においては、それぞれ+0.7℃、-5mmに改善された。

温暖化予測実験の結果、次のことがわかった。

a.気温

・温暖化にともない大気モデルにおいては気温は全国的に上昇するが、上昇量は結合モデルではそれより少ない。

・季節別に見ると、大気モデルでは夏には1℃以上、冬には2.5℃以上の上昇が見られる。結合モデルでは両季節とも上昇量はより少ない。

・結合モデルによると、ヤマセと見られる夏季の東北地方太平洋側の低温傾向は、頻度、継続期間ともに現在より減少することが予想された。

b.降水量

・大気モデルによると、梅雨期から夏にかけての西日本太平洋側の降水量が増加する。これは、東部太平洋赤道域の海面水温の上昇により、日本南方の亜熱帯高気圧の循環が強まり、その周辺で水蒸気フラックスが増大して、西日本へ大量の水蒸気が輸送されるという、日本付近の大気循環の変化に原因すると考えられる。

・大気モデル・結合モデルによると、日本海側の降雪量は、両モデルとも減少傾向を示しているが、関東の冬季の乾燥傾向については明瞭な変化が認められなかった。前者については、冬型時の吹き出しの弱まりと日本海の海面温度の上昇のバランスで決まると考えられるが、さらに調べる必要がある。

・結合モデルによると、予測結果について雨の強度別に統計を取ると、日本全域で将来に向けて年降水量が増加するが、特に40mm/hr以上の強い雨の増加が顕著であることがわかった。

しかし、梅雨末期の豪雨がどう変化するかについては20km分解能でも把握が難しい。前述の強い雨の増加と合わせて、今年度から開始された研究計画(現特別研究)においてさらに高分解能化する予定の地域気候モデルを用いて、詳細に調べる予定である。

・結合モデルによると、西日本の夏季日本海側と冬季太平洋側の降水量の減少が、大気モデルの場合より明瞭に現れた。これは干ばつ傾向を示している可能性があるが、メカニズムなどについては今後さらに調べる必要がある。

c.海面水温

・高分解能北太平洋海洋モデルにより、温暖化時には全般的な水温上昇に加えて、風系の変化に伴い亜熱帯・亜寒帯循環境界が北へシフトするため、東北沖に暖水塊が存在しやすくなり、平均海面水温の上昇は35~45°Nの緯度帯で大きく、2℃以上になることがわかった。

上記のうち大気地域気候モデルの成果については、「地球温暖化予測情報 第6巻」及び「異常気象レポート」に反映されている。その他の成果についても、学術論文として発表・投稿中である。

ただし、地域気候モデルの検証については、高分解能化に対応した最適な手法(気候区分の設定等)が確立されておらず、これらは今後の検討課題として残された。


(イ)全球気候モデル

現在気候による基準実験、世紀気候再現実験等によりモデルの検証を行い現在及び過去の気候を再現していることがわかった。

温暖化予測実験の結果、次のことがわかった。

a.土壌凍結過程の有無でツンドラ地帯の温暖化時の土壌水分量変化の符号が異なり、温暖化の大きさにも影響が出ることを示した。

b.温暖化シナリオ(IPCC-SRES-A2)実験において、海面の風応力を介して海洋の循環に力学的影響を与える北極振動に似た海面気圧パターンのトレンドが再現された。

c.モデルに現れる北極振動に似た地上気圧パターンの数十年変動を解析し、内部変動が波・平均流相互作用に関連する力学的な要因であるのに対し、外部強制に対する応答は放射強制による熱的構造が要因であることを明らかにした。

d.高緯度での北極振動類似、低緯度でのエルニーニョ類似の地球温暖化パターンは、赤道対流圏上層の大きな温暖化に起因することを明らかにした

e.MRI-CGCM2.2の日降水量の出力結果を用いて、日本付近の地域的気候変化を大まかに捉えられることがわかった。温暖化時には梅雨明けは遅くなるが、梅雨入りの時期及び梅雨期間中の雨の強さについてはあまり変化がなく、その結果、梅雨の期間が長くなる効果によって梅雨期間の降水量が増加することがわかった。

上記a.~e.の成果については、学術論文として発表・投稿中の他、「地球温暖化予測情報 第5巻」及び「異常気象レポート」にも反映されている。


特筆事項(研究手法の変更点、波及効果など)

ア.気象庁により「地球温暖化予測情報第6巻」が平成17年3月に発行され、本研究計画で開発された高分解能地域気候モデルの計算結果が一般に公表された。

イ.気象庁により発表された「異常気象レポート(平成17年10月)」に全球気候モデル及び20km地域気候モデルに関する成果が反映された。

ウ.本研究で開発された大気地域気候モデルにより計算された結果は、「地球温暖化研究イニシャティブ」の「温暖化影響・リスク評価研究プログラム」に「気候統一シナリオ」として提供された。

エ.地域気候モデルへの境界値を提供するためには、全球気候モデルにおいて日本付近の現在気候の高い再現性が要求されること、又、IPCCの第4次報告書に向けてのシナリオ実験の予定が、計画時点での予想より早まり、大規模な計算が要求されたので、温暖化予測計算はMRI-CGCM2の改良版を使用し、並行してMRI-CGCM3の開発を進めながら、IPCC第4次報告書に貢献する多数の温暖化予測実験を行った。平成17年3月にハワイで開かれたモデル相互比較国際研究集会、またその後のモデル相互比較に関する投稿中の論文において、現在気候の再現性について高い評価を受けている。

オ.大気地域気候モデルによる将来気候変動予測実験の結果も、第4次報告書に引用されており、アジア域の将来予測に貢献している。

カ.鉛直保存セミラグランジュ法を用いた全球大気モデルが、気象庁の現業ルーチンモデルとして平成

17年2月17日から採用された。


(3)研究成果に関する自己評価

全球気候モデルの高度化に関しては、研究計画がほぼ計画通り進捗し、地球温暖化予測情報の発表、IPCCのAR4への貢献など概ね当初想定した成果が得られた。

わが国の地域気候変化予測については、20km大気地域気候モデル、高分解能北太平洋モデルによる解析を中心に行った。

これらの結果については、「温暖化予測情報 第6巻」、「異常気象レポート」などに反映されている。20km大気地域気候モデルについては、温暖化時の日本付近における気温上昇や降雪量等についての成果を得られた。

大気・海洋結合地域気候モデルについては、日本付近の海面水温との関連が深いヤマセについての解析を実施した。今回の予測結果の解析、モデルの改良等を含め、現特別研究においてさらに研究を進めることとする。

全体としては、本研究計画の最終目標である

大気・海洋結合地域気候モデル

による温暖化時の異常気象の解明については不十分な点があったものの、全球気候モデルの高度化とともに大気地域気候モデルによる予測結果と合わせて、地球規模及び日本付近の温暖化時の気候変化予測に関しては成果が得られたと考える。大気・海洋結合地域気候モデルは世界的にも先端的なモデル開発であり、大気・海洋20kmの解像度は、地域気候モデルとして世界最高である。このような、先端的なモデル開発のノウハウや一連の計算結果から得られた成果は、次期の研究計画(現特別研究)の遂行に大きく寄与するものである。

事後評価の総合所見

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