4.大気モデルの結果

気象研究所 環境・応用気象研究部では、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震にともなう福島第一原子力発電所の被災事故による大気環境への放射性物質の放出を受けて、移流拡散モデルによる放射能と空間線量率の数値シミュレーションを実施してきた。特に、エアロゾルを介した放射性核種の輸送過程に着目し、モデル素過程の開発に努めた。

従来の放射能拡散モデルでは、核種毎に輸送特性を決めている。たとえば、乾性沈着速度や、湿性除去係数は、I、Csなどの核種毎に設定されている。しかし、実際の核種の動態は、それらがどのようなエアロゾルと内部混合しているか、あるいはそのガス-エアロゾル分配比、またその化学組成(元素状、酸化物、有機化合物)によっても大きく異なる。チェルノブイリなど過去の原発事故に伴い大気中に放出された放射性物質については、主に粒径1μm以下のサブミクロン粒子に存在していると報告されている(Hirose et al., 1993)。しかし、福島事故事例については、Csが1μm以上の粗大粒子に多く存在していたこと、数10μm程度の花粉粒子と混合していたことが分かっている(長田ほか、2011)。2011年3月から4月にかけては強風による土埃の巻き上げが茨城県において観察され、土壌表層に沈着したCsの再飛散も懸念されている。

以上の背景から、エアロゾルの集合を発生・二次生成過程に応じて分類するカテゴリ法(Kajino and Kondo, 2011)を用いて、モーダル・モーメント法(Kajino, 2011)により粒子成長を記述する、気象研パッシブトレーサーモデル(MRI-PM)を構築した。考慮したエアロゾルカテゴリは、①放射性一次粒子(放射性核種が均一核形成により粒子化したもの)、②エイトケン粒子(硫酸ガスが均一核形成により粒子化したもの)、③サブミクロン粒子、④海塩粒子、⑤土壌粒子、⑥花粉の6種である。考慮した核種は、I、Cs、Xeであり、放出時は40%が反応性の高いヨウ素(I2で物性を代表)、40%が反応性の低いヨウ素(CH3Iで物性を代表)残る20%がエアロゾル態ヨウ素(CsIを仮定)とし、Xeは100%ガス、Csは100%CsIを仮定した。またエアロゾルのうち5%は均一核形成を生じ、残る95%は既存粒子の表面積に比例して凝縮すると仮定した。放射能の放出量は、Chino et al., J. Nuclear Sci. Tech. (2011) の改良版を使用した:131I、132Te、134Cs、137Csの放出量と放出高度が1分単位の時間分解能で与えられている。133Xeについては単位放出(1Bq/s)を仮定した。気象庁メソ解析値(MANAL)を初期・境界条件として非静力学モデルNHMにより気象場を作成し、それを用いてMRI-PMにより放射性核種の濃度、沈着量を予測する。水平解像度は4km、鉛直解像度は、NHMは高度約22kmまでを48層、MRI-PMは10kmまでを12層とした。本計算では大気境界層内の輸送をターゲットにしているため、MRI-PMは13層のうち2kmまでに8層与えている。

図:MRI-PMで計算した(左)3/15 06 JSTにおける粒子態131Iと、(右)3/20 12 JSTにおける粒子態137Csの地表濃度(Bq/m3)。

図に、つくば市において観測された2度の粒子態放射能の飛来イベント時のモデル結果を示す。3/15 06 JSTは北西風に乗って直線的に飛来した。3/20 12JSTでは、一度西風によって福島原発から太平洋沖へ出たプリュームが、北―北西風によって吹き戻され鹿島灘から上陸した様子が見られる。このときつくばで観測された粒子態放射能は、3/15 06JSTで131I 70Bq/m3、3/20 12JSTは137Cs 40Bq/m3 であり、定量的に良く一致する。また図は省略するが、3/11から3/22までの12日間平均の粒子態核種の粒径分布は、粒径1μm以下、粒径1 - 10μm、粒径10μm以上に、それぞれ1000: 10~100: 1の割合で存在した。乾性沈着速度はそれぞれ、1: 1~10: 10程度の比であり、また100nm以上の粒子はほぼ雲核活性を持つと考えられることから、粒径1μm以上の粗大粒子は大気中の濃度としては低いものの、効率的に除去されて地上に到達すると考えられる。

放射能の大気濃度については、JAEAのWSPEEDIを始め、NIESやJAMSTECの数値モデルでも良く再現出来ているが、湿性沈着量についてはまだモデルの再現性は極めて低い。千葉県北東部から茨城県南部にかけてのホットスポットや、福島県中通りから栃木県、群馬県にかけての高濃度汚染地域は、湿性沈着により形成されたと考えられているため、数値モデルの高度化と同時に、複数の数値モデルを用いたマルチモデルアンサンブル、または高度なデータ同化手法を用いての再現性の向上が望まれる。

[掲載論文] Kajino, M., Y. Kondo, EMTACS: Development and regional-scale simulation of a size, chemical, mixing type, and soot shape resolved atmospheric particle model. Journal of Geophysical Research, 116, D02303, 28 pp., doi:10.1029/2010JD015030, 2011.




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