5. 福島第一原子力発電所事故から
海洋に放出された人工放射性核種

2011年3月に起きた福島第一原子力発電所事故の結果、多量の放射能が海洋に加えられた。福島原発事故の場合、原子炉が海岸に立地しているため、事故に際し大気中に放出された放射能のかなりの部分が直接海上に降下したと推測できる。さらに、高濃度の放射能で汚染された水が海洋に直接漏洩していることも判明した。8月末までの福島近傍30 km圏での137Csの濃度変化を図1に示す。図1にあるように福島原子力発電所近傍の沿岸では4月上旬に68.106 Bq m-3 を最高として、8月末まで104~105Bqm-3 の値が測定されている。さらに30km圏のすぐ外側での文部科学省および福島県による測定では102~105 Bqm-3となっている。事故前の同海域での137Cs 濃度が1.5~2Bqm-3であったので7月末時点で比較しておよそ三桁大きい値である。また福島事故現場から100~1000km 離れた西部北太平洋での137Cs濃度は101~103Bq m-3 となっており、事故前の137Cs 濃度に比べて1~2 桁高い状態である(Honda et al., 2011)。さらに、著者による北太平洋全域の測定結果によると、わずかではあるが、3000km以上に離れている日付変更線を越えた東太平洋でも134Cs が1 Bqm-3程度検出されるとともに、137Csが事故前から2 倍程度に増加していることが示された。

図1 福島第一原発近傍の137Csの濃度変化

福島事故で放出された137Csについて再現シミュレーションを沿岸海洋モデル(坪野考樹ら、2010)を用い、福島沖合海域を対象に行った。再現シミュレーションでは、沿岸海洋モデル(ROMS)を用い、福島沖合海域を対象に、水平解像度は1km、鉛直方向はσ座標系で20 層とした。福島第一原発の近傍2点(図1の●印)での観測結果の平均値とシミュレーション結果による放出メッシュの平均値を合わせることによって、漏洩量を推定した。大きな直接漏洩は3月26日から4月6日までほぼ一定の割合で生じ、その後大幅に減少しているが8月末の時点で漏洩はゼロにはなっていない。漏洩が大きい5月末までの漏洩量は3.5 ± 0.7 PBqであると見積もられた(津旨 大輔ら、2011)。福島沖に漏洩した137Csは、図2に示すように渦などの影響によって複雑な挙動を示すが、主には沿岸に沿って南下し、黒潮に沿って東へ拡散する。

図2 表層137Cs濃度のシミュレーション結果、(a) 4月8日、(b) 5月24日

その濃度は100km離れた場所で103Bq m-3以下(図中ではBq L-1単位であることに注意)と計算されている。その後の輸送経路については、直接漏洩した137Csは基本的には図2に示す輸送経路に従い、亜熱帯循環に沿って東に向かった後海洋内部へ輸送されると推測できる。また137Csは大気経由で広く北太平洋に広がったと考えられ、それを支持するモデル計算も行われているので(Takemura et al., 2011)、広域での採水と測定が必要である。現時点では直接漏洩は上述のように3.5 ± 0.7 PBqと見積もられており、フランスの研究機関の見積もりでは10PBq程度と考えられている(Institute de Radioprotection et de Sûretú Nuclúaire, 13 May 2011)大気経由分を加えても、すでに核実験起源の137Csが80 PBq以上存在しているところに対して20%以下の増加となる。従って、海洋に付加された福島事故起源の137Csの全体像を把握するには、福島第一原子力発電所事故現場から数百km以内の相対的に高濃度海域を除く太平洋全域では高精度の測定が必要である。何故ならば、北太平洋北緯30度以北に大気経由で広がったとすると、その領域の面積と影響が及んだ深さ(100 m深を仮定)に濃度を掛けたものが大気経由で海洋に付加された総量となる。面積は13×106 km2、深さ100 mとして、体積は1.3×10 m、濃度1 Bq m-3で総量1.3 PBqである。事故により大気中に放出された137Csの全量は13 PBqと言われているので(Chino, 2011)、少なくともその10分の一まで検討するには1 Bq m-3での測定が必要である。もし検出下限値50 Bq m-3で測定を行うならば北太平洋全域での総量の推定の下限値は65 PBqとなり、定量的な推定はもはや不可能である。また核実験起源の137Csと福島事故起源の137Csを分離して評価するために134Csのデータが重要である

[掲載論文] Tsumune, D., T. Tsubono, M. Aoyama, K. Hirose, Distribution of oceanic 137Cs from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant simulated numerically by a regional ocean model. Journal of Environmental Radioactivity, Doi: 10.1016/j.jenvrad.2011.10.007, 2011.




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