4.全海洋表層での137Cs

海洋環境における137Csの起源は、1950-60年代に実施された大規模大気圏核実験による北太平洋・北大西洋へのグローバルフォールアウト、 主に1980年代以前に行われた核再処理施設(イギリス・Sellafield;フランス・La Hague)からのヨーロッパ沿岸域 (Irish Sea, English Channel)への排水、1986年4月26日に勃発したチェルノブイリ原子力発電所事故によるフォールアウトに大別される。 137Csの半減期 (30.17年) は長く、海洋中では主に溶存態として存在することから、海洋環境における数十年間の分布を明らかにすることは、 人工放射能の人体・生態系への影響を評価するとともに、海洋大循環や地球環境に対する知見をもたらすものと考えられる。

気象研究所では、Historical Artifical Radionulides in the Pacific Ocean and its Marginal Seas Dada Base (HAMデータベース, Aoyama and Hirose, 2004)として公表してきたデータベースの更新を行った(HAM2007 Global Version, Aoyama et al., submitted)。 これは、太平洋中心であったデータベースを、国際原子力機関(IAEA)と協力して、全球へ拡張したものである。 HAM2007 Global Version には、1957年から2005年に全球で測定された人工放射性核種 (137Cs 31378レコード、90Sr 7062レコード、239,240Pu 3871レコード)が収録されている。このうち、 海洋の表層水で測定された137Csのデータ(22368レコード)について、全海洋を33海域に分けて解析をおこない、 濃度変動の特徴を抽出するとともに、見かけの半減時間の空間分布を求めた。

1950年代以降、約50年間における海洋表層水の137Cs濃度の時系列変動の特徴は、その供給源、 供給年、海洋循環などを反映して、主に4つのパターンに分類された。

大規模大気圏核実験によるグローバルフォールアウトを強く受けた北太平洋では、137Csの濃度の減少速度は、 過去50年に約2回(1970年と2000年頃)変化していることが明らかになった。1970年以前は、それ以降と比較して、 濃度の減少速度は速かった。これは、大規模大気圏核実験によるグローバルフォールアウトと海洋表層水の移流の影響を 反映しているためであると考えられる。1970年以降は、大気からの供給が非常に少ないため、海洋大循環と放射壊変に 支配された濃度減少であった。2000年代に入ると、137Csの濃度はほぼ一定の範囲内で変動していた。このような濃度変動は、 サブダクションによる亜表層から中層における中緯度から低緯度側への南向きの内部輸送によって、北太平洋亜熱帯の海洋亜表層 ―中層に形成された137Csコアの一部が、亜熱帯大循環にのって日本周辺に輸送されてきた(再循環)ものと考えれば説明が可能である。

赤道太平洋・インド洋表層水における137Csの濃度は、1970-1980年代にはほぼ一定の値で変動していた。 大気からの供給がないこと及び放射壊変による濃度の減少を考えると、ほぼ一定範囲内での濃度の変動は、 137Csが高濃度であった地域(北太平洋のグローバルフォールアウトが顕著であった地域)からの移流を反映している。

東部南太平洋・南大西洋表層水における137Csの濃度は、1950年代以降、指数関数的に減少していた。

北極海、北大西洋、ヨーロッパ沿岸域の表層水における137Csの濃度は、核再処理施設からの海洋への排水による 人工放射能汚染の影響を強く受けていた。そのため、その濃度の時間変化は、他の海域のように指数関数的な減少を示さなかった。

2005年現在、全球海洋表層水において、最も人工放射能の汚染を受けている海域は、バルト海であり、これはチェルノブイリ原子力発電所事故 による放射能降下量が多く、かつ隣接する海域との海水交換が非常に小さいためであると考えられた。一方、全球において最も汚染が少ない海域は、 南極海であることが明らかになった。

1970年以降、大規模大気圏核実験によるグローバルフォールアウトによる海洋への137Csの供給は殆どない。 従って、海洋における1970年以降の137Csの濃度の分布は、主に海洋大循環に支配されている。 1970年から2005年の海洋表層水における137Csは4.5-36.8年の見かけの半減期で減少していた。 また、赤道域は高緯度側より見かけの半減期が長くなっていた。また、赤道太平洋西部では見かけの半減期が短い。 このような特徴は、北太平洋のグローバルフォールアウト地域から赤道域、さらにインドネシア通過流に伴う、 太平洋からインド洋への137Csの輸送を反映しているものと考えられる。

 

〔掲載論文〕

Inomata, Y., M. Aoyama, K. Hirose, Analysis of 50-y record of surface 137Cs concentrations in the global ocean using the HAM-global database. Journal of Environmental Monitoring, 11(1), 116-125, DOI: 10.1039/b811421h, 2009.

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