5、大気降下物及び海水中のプルトニウム

プルトニウムは放射能毒性などが高く半減期も長いため、環境で監視が必要な人工放射性核種である。気象研究所の大気降下物及び 海水中のプルトニウムの研究は、137Csや90Srと比べてやや遅れて開始された。ただし、天然のα線放出核種(U、Th同位体)の研究は1960年代 の初めに開始されているので、α線測定の技術的研究は1960年代に始まっている。大気降下物及び海水中のプルトニウムに関する気象研究所の 研究成果は、1968年に初めて公表されている。

大気降下物のプルトニウムの研究については、1964年に238Puを含む燃料電池を搭載した米国の人工衛星が打上に失敗し、 南半球上層大気圏で燃焼し、238Puを大気中に放出した事故を契機として始まった。気象研究所でも1967年には、 衛星事故に由来する238Puを降下物試料中に検出し、その結果を報告している。239,240Pu降下量については、 1958年3月より今回まで測定結果があるが、世界的にも最も長い記録である。

239,240Pu降下量については、最近のつくばにおける239,240Pu降下量および天然放射性核種である230Th/232Th比の観測結果を組み合わせて 解析した結果から、次に述べることが明らかとなった。春に見られる239,240Pu月間降下量の大きい時期の230Th/232Th比は、つくば周辺土壌の 230Th/232Th比である2.1-2.5よりも小さく、230Th/232Th比が 小さい中国大陸起源の土壌の占める割合が大きいことが推定できた。このことは榛名山における239,240Pu 降下量および230Th/232Th比観測でも裏づけられた。これらのことは、近年明らかとなってきたプルトニウムの再浮遊が主に中国の乾燥地域起源の黄砂と 関連している他、気候変動を伴うアジア大陸の砂漠化の進展が日本におけるプルトニウム降下量の増加の原因となっていることをあらためて裏付けるものである。

太平洋における海水中のプルトニウム濃度については、気象研究所はすでに1960年代から報告しているが、これは世界的にみても先駆的研究である。 その後、表面水に限っては、太平洋全域及びインド洋、南太洋の分布を明らかにすることができた。2000年代前半での太平洋全域での表層のプルトニウムは、 北太平洋で1.5 mBq m-3 から9.2 mBq m-3 の範囲にあり、南太平洋では0.8 mBq m-3 から 4.1 mBq m-3 の範囲にあることがわかった。南北両半球での差は表層では大きくない。また、プルトニウムの鉛直分布をみると、 南北両半球ではどちらも生物地球化学過程に支配される分布となっているが、水柱蓄積量をみると北半球の方が大きく、全球フォールアウトおよびマーシャル諸島での 核実験による近傍へのフォールアウトを反映した緯度分布を示している。

〔掲載論文〕

Hirose, K., Y. Igarashi, M. Aoyama, Recent trends of plutonium fallout observed in Japan: Comparisaon with natural lithogenic radionuclides, thorium isotopes, Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, 273 No.1, 115-118, 2007.

Hirose, K., M. Aoyama, M. Fukasawa, C.S. Kim, K., Komura, P.P. Povinec, J.A. Sanchez-Cabeza, Plutonium and 137Cs in surface water of the South Pacific Ocean. Science of the Total Environment, 381, 243-255, 2007.

Hirose, K., M. Aoyama, C.S. Kim, Plutonium in Seawater of the Pacific Ocean, Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, 274 No. 3, 635-638, 2007.

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