3.海水中の人工放射能―太平洋

海洋環境における人工放射性核種は、1945年以前には全く存在しなかったものである。これらの人工放射性核種が数十年という期間に海洋環境において どのように振る舞うかについて、気象研究所では約50年間の長期にわたり研究を実施してきた。環境中の人工放射性元素の分布とその挙動の50年以上に わたる観測・研究の蓄積の結果、環境放射能について世界的にも他に類を見ない貴重な時系列データを国内外に提供すると共に、様々な気象学・ 海洋学的発見をもたらしてきている。



1) 137Csの北太平洋での3次元分布

 



2000年代に入ってから、北太平洋を中心に太平洋とその縁辺海を広範囲にカバーする観測をおこない、2000年代での太平洋における 137Csの3次元分布を得つつある。また、過去資料を収集しデータベースを作成しそれを用いての時空間変動の研究を行うと共に、 2008年からは複数の海洋大循環モデル(OGCM)による再現計算を用いた時空間変動の研究を開始した。

図1に2007年の観測で得られた北緯24度線に沿う137Csの鉛直分布を、深度座標および密度座標で示す。東経165度線に沿う 137Csの断面で見られた濃度極大の特徴を報告しているが(Aoyama et al., 2008, GRL)、北緯24度線に沿う137Csの鉛直分布においても、 日付変更線西側の西部北太平洋、深さにして400-600m、密度にしてσθ=26.0-26.5付近に濃度の極大が見出された。これらの極大は、 図2に示すように東経165度線での北緯20度付近の深さ400-500mに見られる極大とつながっており、中央モード水による137Csの海洋内部の 輸送経路を明瞭に捉えることができた。これは世界で初めて137Csの海洋内部での3次元分布を捕らえたものである。この結果は、 海洋大循環モデルを使ったシミュレーション結果の検証や内部輸送の解析的研究に大きく寄与するものである。



2) HAM全球データベースを使った研究成果

 



全球での表層海水中の137Csの時空間変動について、全海洋を33の海域に分けて解析をおこない、変動の特徴を抽出するとともに、 見かけの半減時間の空間分布を求めた。その結果、表層海水中の137Csの見かけの半減時間は、1970年から2005年の期間について 4.5年から36.8年であり、赤道域は高緯度側より見かけの半減時間が長いことが明らかになった(Inomata et al., 2008, JEM)。さらに、 影響評価やモデルシミュレーション結果との比較検討に使うため、表層海水中の137Csの0.5年毎の濃度のグリッド値を作成した。



3) OGCMと粒子追跡法を用いた太平洋域での137Csの解析の結果

OGCMを用いた海洋における137Cs先行研究としてはTsumune et al., (JGR, 2003)がある。今回はOGCMとして気象研究所共用海洋モデル (MRI.COM)と粒子追跡法を用いた太平洋域での137Csの解析結果について報告する。TRIPOAR-gridを用いることで全球を扱っている。 モデルの北緯64度以南の格子点配置は緯度経度で、解像度は経度1度、緯度0.5度である。海面境界条件としてJRAの再解析値から 作成した気候値を用いる。137Cs をpassive tracer として流す以外はNakano et al., (2008)におけるCoarse-JRA runとおなじ設定を用いる。 137Csの海面へのフラックスはAoyama et al.,(2006)による全球への137Csの降下量を再構成したものを用いる。 東経165度線に沿う137Csの断面で見られた亜熱帯循環南側の中央モード水に相当する137Csの濃度極大 (Aoyama et al., 2008, GRL)の形成域は、モデルによる逆追跡により中央モード水形成域の東端であることが解った。 また、北太平洋から南太平洋への137Csの流路についても解析を行なっている(中野ら、2008、日本海洋学会秋季大会)。

〔掲載論文〕


Aoyama, M., K. Hirose, K. Nemoto, Y. Takatsuki, D. Tsumune, Water masses labeled with global fallout 137Cs formed by subduction in the North Pacific. Geophysical Research Letters, 35, L01604, doi:10.1029/2007GL031964, 2008.

Hirose, K., M. Aoyama, Y. Igarashi, K. Komura, Improvement of 137Cs analysis in small volume seawater samples using the Ogoya underground facility, Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry,276,3,795-798, 2008.

Hirose, K., M. Aoyama, P.P. Povinec, 239,240Pu/137Cs ratios in the water column of the North Pacific: a proxy of biogeochemical processes. Journal of Environmental Radioactivity, 100, 258-262, 2009.

Aoyama, M., Y. Hamajima, M. Fukasawa, T. Kawano and S. Watanabe, Ultra low level deep water 137Cs activity in the South Pacific Ocean. Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry doi:10.1007/s10967-009-0253-x, 2009.

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