Artificial Radionuclides in the Environment 2007
Geochemical Research Department, Meteorological Research Institute, JAPAN
ISSN 1348-9739, Dec. 2007

3.海水中の人工放射能-世界の海洋について

 気象研究所では、人工放射性核種の地球化学的トレーサーとしての利用を目的に、85Krの大気中濃度の観測を継続してきた。大気試料は気象研究所屋上において1995年5月から採取を始めた。採取期間は1週間で約10m3を採取し、当初は全球に観測網を展開しているドイツ大気放射能研究所(BfS-IAR)に試料を送付し、BfS-IARにおいて分析が行われてきた。2000年からはBfS-IAR方式に基づく85Kr測定装置を気象研究所においても整備し、つくばにおいて採取された試料をBfS-IARと気象研究所双方で測定できる体制を確立した。実試料による比較試験により、ほぼ6%以内で双方の分析値が一致することを確認している。つくばにおける観測は、2006年3月で終了した。

 1995年からのつくばで観測した大気中85Kr濃度をFig. 1に示す。1997年3月~2000年6月を除いて、一時的に通常よりも1桁近くも高い大気中85Kr濃度が観測された。これらは気象研究所の北東約60kmに位置する東海村核燃料再処理施設稼働日と一致しており、再処理施設からの放出された85Krの影響によるものと判断される。一方、東海村再処理施設が休止していた1997年3月~2000年6月にあってもイギリスやフランスにおける再処理施設は稼働していたにもかかわらずつくば市においてはその影響が顕著に現れることはなく、観測された85Kr濃度は他の北半球中緯度(北緯30~40°N)地点での観測値(およそ1.3Bq/m3)と同程度であった。また、1999年9月末のJCO臨界事故の際には緊急モニタリングを行ったが、つくばでは、有意な濃度上昇は認められなかった。

 東海村施設からの影響のない期間のデータを、つくばにおける大気中85Krのバックグラウンド濃度とすると、バックグラウンド濃度は夏に低く、冬に高いという季節変動を示した。これは、つくば市上空をおおう気団中の85Kr濃度の差異を反映したものであろう。すなわち冬季の大陸性気団では85Kr濃度は高く、また夏季の海洋性気団では85Kr濃度が低いことを示している。バックグラウンド濃度は季節変動を伴いながら年々増加する傾向にあることがわかった。急激な濃度増加の見られた1995-1996年間を除けば、1996-2004年間では0.03Bq/m3/年の速度でほぼ直線的に増加を続けており、核燃料再処理施設からの放出により、全球的な85Kr濃度の上昇が依然として続いていることが示された。つくばにおける大気中85Krのバックグラウンド濃度は2004年の時点で約1.4Bq/m3にまで達した。

 

図1 太平洋海域2のデータ分布           図2 海域2での137Cs濃度の時系列 

 1990年代後半までは、(Aoyama et al., 2006; Hirose and Aoyama, 2003;青山・廣瀬、2006)表面海水中137Csの濃度は見かけの半減時間15.7年で減少しているが、最近の10年間を見るとほとんど減少していない。大気側からの新たな供給がない状況で、海洋表層での137Csの濃度を維持するためには、相対的に高濃度の海水の移流がソースとして必要となる。海域2の南側の亜熱帯域で海洋表層の137Cs濃度の半減時間が長くなることから(Aoyama and Hirose, 2004)、中部北太平洋でサブダクションにより表層から亜表層や中層に沈みこんだ137Csが亜表層から中層における中緯度から低緯度側への南向きの内部輸送により、輸送されていることがわかった。近年海域2で見られている表層の137Cs濃度が減少しない現象は、海洋表面に降下したのち南向きに輸送された137Csの一部が、亜熱帯循環に乗って再び日本周辺に輸送されてきたためとすれば説明可能である。

2)HAM2007 Global Versionについて

 IAEAが保有していた大西洋中心のデータベースMARISの全データを取り込み、かつ最近まで公表されている太平洋のデータを組み込んでHAM2007 Global Versionを作成した。収録されたデータ数は、137Cs, 90Sr、Puの3核種ともに、それぞれ約4倍、2倍、1.5倍に増加した。このデータベースは世界の海洋における放射能汚染の実態把握とともに、海洋における人工放射性核種の長期挙動の研究および他の地球環境研究にも貢献できるものとなった。

表1  データベース中の海域毎の収録レコード数

 

地域コード

137Cs

90Sr

239,240Pu

Eastern North Pacific

NEP

2593

465

711

Western North Pacific

NWP

3032

2079

1189

Eastern South Pacific

SEP

549

120

56

Western South Pacific

SWP

107

5

20

Sea of Japan

SOJ

1970

1842

1042

Sea of Okhotsk

SOO

45

35

39

East China Sea

ECS

78

71

20

South China Sea

SCS

24

1

6

North Atlantic

NA

4751

724

274

South Atlantic

SA

181

287

118

Indian Ocean

IO

52

13

5

Antarctic

ANTO

17

13

16

Arctic Ocean

AO

724

103

37

Baltic Sea

BALT

2861

406

52

Barents Sea

BARE

471

59

22

Bering Sea

BERS

32

11

36

Black Sea

BLAS

80

20

0

English Channel

ENGC

1592

23

2

Irish Sea

IRIS

6999

0

19

Mediterranean Sea

MEDS

292

190

164

Arabian Sea

NIO

44

71

1

North Sea

NORS

4837

515

30

Southern Ocean

SO

47

9

12

合計

 

31378

7062

3871

〔掲載論文〕

Hirose, K., M. Aoyama, M. Fukasawa, C. S. Kim, K. Komura, P. P. Povinec, J. A. Sanchez-Cabeza, Plutonium and 137Cs in surface water of the South Pacific Ocean , Science of the Total Environment, 381, 243-255, 2007.

Folsmo, T. R., K. Saruhashi, A comparison of analytical techniques used for determination of fallout cesium in sea water for oceanographic purpose, Journal of Radiation Research, 4, 39-53, 1963.

Miyake, Y., K. Saruhashi, Y. Sugimura, T. Kanazawa, K. Hirose, Contents of 137Cs, plutonium and americium isotopes in the southern ocean waters, Papers in Meteorology and Geophysics, 39, 95-113, 1988.

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