Fuyuki Hirose's HP

地震波トモグラフィー

「地震」を予測するためには,まず相手である「地震」のことをよく知る必要があります. 地震の発生時間,場所,規模は最も基礎的な情報です. ここでは特に,「場所」に注目した研究について簡単に解説します.

地震が普段発生している地下深部(10 km以深)の様子は,上空の雲や星のように直接見ることができません. このような状況で活躍するのが,地震波トモグラフィーという手法です.これは膨大な数の地震波の伝播時間(走時)を基に, 「地震」が発生する「場」,つまり「地下の速度構造」を推定する手法です. 地下の速度は,岩石の物性,温度,含水量などの違いに起因するため,地震がどのような場で発生しているのかを解く手掛かりになります. さらにこの情報から,沈み込んだプレート(スラブ)の形状を推定することもできます. プレート形状は,地震の発生時間,場所,規模と同様に基礎的で重要な情報です.

速度構造を推定すると述べましたが,実は震源も同時に推定しています.速度構造が変われば震源分布も変わるためです. また,従来のトモグラフィー法を発展させたDDトモグラフィー法は,特に震源近傍の構造や震源の相対位置の推定に威力を発揮します. 震源が近い場合,各震源から観測点までのパス(地震波の経路)が等しいと見做せます. これにより,パスの大部分を占める複雑な速度構造が無視できるため問題が簡単になり, 震源近傍の速度構造と震源の相対位置を精度良く求めることができます.

このように,包括的に伝播時間の情報に整合する解を求めることで,地震が発生している「場」の情報が得られます. 詳しくは,論文(弘瀬・他 [2007, 地震2]弘瀬・他 [2008, 地震2]Hirose et al. [2008, JGR]Nakajima et al. [2009, JGR])をご覧ください.

地下の速度構造

茨城県南西部の地下の速度構造を地震波トモグラフィー法を用いて推定しました.


図1.茨城県南西部の鉛直断面.

(a)気象庁カタログの震源データ. (b)S波速度の分布. (c)Vp/Vs比の分布. (d)発震機構のP軸(橙)とT軸(青)の分布. (b)~(d)のドットはDDトモグラフィー法で再決定した震源分布. (b)~(d)の赤線は本研究で推定したプレート境界,破線は厚さ7 kmを仮定して推定したスラブモホ面.

図1から,次のことがわかります.

  • 震源再決定によって,震源分布が締まった.
  • 赤実線に沿う地震は,P軸・T軸分布から低角逆断層型であることがわかる.つまり赤実線はプレート境界を示すことになる.
  • 厚さ7 km程度の低Vsと高Vp/Vs域が赤実線の下に分布している.これはスラブ地殻の厚さと整合する.

また,ここで示した茨城県南西部以外の地域でも

  • 厚さ7 km程度の低Vsと高Vp/Vs域が分布している.
  • それらは人工地震探査や別の解析手法によって得られた結果とも整合する.

これらの情報から,厚さ7 km程度の低Vsと高Vp/Vs域の上面がプレート境界であると考えられます. 関東から九州南部の広範囲に対して地震波トモグラフィー法を適用し,地下構造の推定およびプレート形状の推定を行いました.

推定したプレート形状


図2.フィリピン海スラブおよび太平洋スラブ上面のコンター.

赤および紫線はフィリピン海スラブ,橙破線は太平洋スラブの形状を示します. 矢印は陸のプレート(ユーラシア,アムール,およびオホーツクプレート)に対するフィリピン海プレートおよび太平洋プレートの沈み込みベクトルです. 太平洋スラブは日本列島の東沖の海溝(千島海溝,日本海溝,伊豆・小笠原海溝)から沈み込み, 一方,フィリピン海スラブは日本列島の南沖のトラフ・海溝(相模トラフ,駿河トラフ,南海トラフ,琉球海溝)から沈み込んでいます.

関東では陸のプレートと太平洋スラブの間にフィリピン海スラブが押し入るように沈み込んでいるため,とても複雑な場となっています. 関東の青破線はフィリピン海スラブの北東端を示します. 太平洋スラブが既に居座っているため,ここまでしかフィリピン海スラブは沈み込んでいないと考えられています.

太平洋スラブに比べ,フィリピン海スラブの形状はぐにゃぐにゃしていることが見て取れます. これは主にプレートの年齢の違いによるものでしょう.太平洋スラブに比べて若く温かいフィリピン海スラブは変形しやすいのです. 関東の青領域はフィリピン海スラブと太平洋スラブの接触域を示します. 太平洋スラブが東から押しているため,接触域を介して, 変形しやすいフィリピン海スラブが東西に皺の寄った形状となっているのではないかと考えています.

フィリピン海スラブ太平洋スラブに関するページもご参照ください.

まとめ・今後の課題

地震波トモグラフィー法を用いて速度構造や震源位置を推定し,厚さ7 km程度の低Vsと高Vp/Vs域の情報からプレート形状を推定しました. 地震は主にプレート運動に起因します.地震を考える上で,地下の速度構造やプレート形状の情報は必要不可欠です.

ここでの解析には自然地震を用いているため,真の発震時間がわかりません.そのため結果にはどうしても誤差が多く含まれます. 一方,人工地震を用いれば発震時間は明確なため伝播時間に関する誤差は少ないですが, 発震場所が限られるため全国の地下構造を面的に推定することが困難です.また莫大な費用がかかります. このように一長一短ありますが,計測機器の進歩,データの蓄積や解析手法の開発などによって, 地下の様子は徐々に明らかになるでしょう.