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古文書

大地震の発生間隔は人間の一生より遥かに長く,直接見聞きすることはできません.しかし,大地震の発生を予測するためには,過去の大地震の地震像を正確に把握する必要があります.こんなとき,どうすればよいでしょうか?

手がかりのひとつが「古文書」と呼ばれる,昔の人が書いた日記や手紙です.それらを活用し,過去の地震像の一端を垣間見ようという取り組みが行われています. ここでは,1854年12月24日に南海トラフ沿いで発生した安政南海地震を記録したある「古文書」について簡単に解説します.詳しくは,論文[弘瀬・中西, 2015, 地震2]をご覧ください.

南海トラフ沿い大地震の発生履歴


図1.南海トラフ沿い大地震の発生履歴.

南海トラフ沿いを東海,東南海,南海の3つの地域に分けた場合に,地震が発生した範囲を実線や破線で示しています.破線は実線よりも記録が乏しいことを示します.これら歴史地震の発生日は「古文書」から判明しています.

ただし,以下の指摘もあり,全てがわかっているわけではありません.

  • 1498年以前は記録の抜けがあるかもしれない.
  • 1605年慶長地震では浅部だけが破壊した or 南海トラフ沿い地震ではないかもしれない.
  • 1707年宝永地震では東海地域は破壊していないかもしれない.

1854年12月24日安政南海地震


図2.(上)四国周辺の地図.(下)愛媛最南端(愛南町)周辺の地図.

(上)2つの紫矩形は,先行研究による津波から推定された安政南海地震の破壊域を示します.

(下)愛媛・高知県境に位置する「Warabioka(蕨岡)家」は多くの伝説を持つ旧家です.蕨岡家に伝わる古文書「蕨岡家文書」に1854年12月24日安政南海地震に関する記録が残っていました.

「蕨岡家文書」の安政南海地震記録

図3.嘉永七甲寅年大地震記録.[高解像度版]

この記録は,「蕨岡家文書」をコピー(写真複写)したものです.筆運びが安定し,文字の大きさや行間も一定です.原本の在処は現在不明ですが,コピーは高知県宿毛市立宿毛歴史館に保存されています(我々の探索により,2013年7月26日にコピーの所在が判明).

この地震は嘉永7年11月5日に発生しましたが,同年11月27日に安政に改元されたため今日では安政南海地震と呼ばれています.

毛筆独特のにょろにょろした字体のため,ところどころ判読し辛いことでしょう.これは現代の我々が使わない「くずし字」と「変体仮名」が混在していることが原因です.

「くずし字」は,早く書くことを目的として横着した結果です.例えば,「候(そうろう)」は今でいう「です,ます」ですが,画数が多く何度も書くと手が疲れますね.そのため,「N」のような省略した形でよく書かれますし,ひどいときには「・」で済ます場合もみられます.

「変体仮名」は,現代人が普段用いない平仮名を指します.例えば,我々が普段用いている「あ」は「安」から派生したものですが,昔の人は同じ「あ」という音についても「阿」,「愛」,「悪」などから派生した平仮名を充てて使っていました.同一人物が書いた文書でも,同じ音を持つ別の平仮名(変体仮名)が混在するケースはよくみられ,そこに規則性を見出すことは難しいように思います.

街中で見かける変体仮名

図4.街中で見かける変体仮名.

(上)蕎麦屋の暖簾で「生そば」と書いてあります.「そ」の基となった漢字(字母)は「楚」,「は」の字母は「者」です.

(下)鰻屋の看板で鰻のマークで「う」を表現し,真ん中に「なぎ」と書いてあります.「な」の字母は「奈」です.

古文書に書かれてあること

古文書を解読した結果,次のようなことが順を追って書かれていました.限られた時空間における記録ですが,どのような地震であったか大体想像ができると思います.

  1. 嘉永7年11月5日(1854年12月24日)午後4時過ぎに大地震(本震)が発生.
  2. 翌々日の午前10時に最大余震が発生.
  3. 仮設小屋で5日間過ごした.
  4. 川の水が濁った.
  5. 井戸が涸れた.
  6. 近くで大きな落石があった.
  7. 海辺には津波が襲来し,家が流されたり,田んぼが潮に浸かったりした.
  8. 深浦の死者は1名(101名と誤った翻刻をしている史料あり).
  9. 隣町(高知県宿毛)も被害があった.
  10. 年が替わっても余震が続いた.

図5.津波襲来地点.[高解像度_訂正版]

古文書から判明した津波襲来地点に吹き出しをつけています.

井戸涸れの情報からわかること

「蕨岡家文書」から,地震後に井戸が涸れてしまったことがわかります.別の史料には,松山市の道後温泉の自噴が止まった記録があります.そこで,これら2地点の地下水位の低下を地殻変動で説明できるか検証しました. 図6.安政南海地震に伴う体積歪変化.

暖色系は膨脹,寒色系は収縮を示します.注目している両地域(図中のMasakiとDogo)は体積膨張を示し,地震の発生により圧縮場が緩和したことを示唆します.この体積膨張によって,正木地区(蕨岡家)で地下水位が低下し,道後温泉で自噴が停止したと考えることができます.これは地下水位の情報が,歴史地震の震源断層の位置を提供する可能性を示しています.

まとめ・今後の課題

「古文書」を解読することで,歴史地震の地震像の一端を垣間見ることができました. しかし,ここではひとつの一次史料を解釈したに過ぎず,あくまでも地震像を把握するための材料のひとつを提示したものです. 真のゴールは,多くの正確な史料を積み上げ,全てを説明する妥当な解を見つけることです.これには非常に長い年月が必要となりますが,「古文書」は時間とともに失われています.地震史料原本の探索と保存,再解読は早急に取り組むべき課題です.

くずし字学習支援アプリ

最近では「くずし字」解読の補助アプリが無料で公開されています.これらを利用すれば解読作業が捗ることでしょう.



 ・開発:阪大・京大
 ・動作環境:iOS版,Android版

 ・開発:奈良文研・東大
 ・動作環境:Web上