気象庁気象研究所気候研究部黒田友二

成層圏の季節予測に及ぼす影響 −2003/4年冬季に関する数値実験−



1.はじめに

季節予報のためには数ヶ月先の季節スケールの気候変化を予報することが必要である。しかし、一般に大気場のカオスによる確定的予報の限界が2週間程度のため、詳細な天気の数ヶ月後の予報を行うことは不可能である。しかしながら日々の天気ではなく日々の天気を支配している気候場の予報に関してはその予測は必ずしも不可能とは言えず現在世界的にそのような予測可能性について盛んに研究されている。この場合の気候場予測のよりどころは、海洋または地表面のゆっくりした変動であり、例えば熱帯海域のエルニーニョ/南方振動現象(ENSO)による海面水温変化、あるいは大陸上の雪氷、土壌水分などによる気候場の偏りを予報することが考えられている(例えばKanamitsu et al., 2002)。

最近そのような大気の“下部境界条件”を元にした気候予報のみならず、成層圏の長期予報に対する役割も注目されるようになってきた。例えばBaldwin and Dunkerton(2003)は、北極振動(AO)の統計的予報に対してAO自身を予測子に使うよりも下部成層圏の北半球環状モード(NAM)を予測子に使う方が高い統計的予測可能性を持つ事を示している。このように、成層圏の変動が気候変動の予測の種として使える可能性がある。

ところで、成層圏のゆっくりした変動は帯状平均東西風偏差で見て極向き下向きに伝播し、しばしば対流圏にまで下降する性質があることが知られている。また、この変動は冬季全般にわたって準周期的変動を示す傾向があり、このような変動は極夜ジェット振動(PJO)と呼ばれている(Kuroda and Kodera, 2001)。このような成層圏の性質は冬季の季節予報の予測可能性を高める可能性がある。そこで、本研究では、明瞭なPJO信号が現れた2003/4年冬季を材料にして詳細な数値実験を行い成層圏の季節予報に果たす役割を調べることを目的とした。



2.実験方法

本研究では、気象庁と気象研究所が共同開発している次世代の気候モデル(Mizuta et al., 2006)を用いて数値積分をおこなった。ここで用いた標準モデルの解像度は水平方向には三角切断で全波数95であり、鉛直方向にはモデルトップを0.4hPaとする40層を取ったものを用いた。初期条件としては、日々6時間ごとに配信されている気象庁の全球客観解析データ及び、海面水温、土壌水分データを用いている。このうち、海面水温に関しては、このモデルは海洋モデルを結合してないので、初期時間の海面水温偏差に気候値的に変化する海面水温をのせて偏差が初期時間のまま持続するとした(持続予報的)海面水温を与えている。陸面モデルは本気候モデルに結合しているので、初期時間の気象データと土壌水分データを元に中期予報が行われる。

アンサンブルランの手法を用いるために、6時間ごとのラン5日分、合計20ランを用いその統計から予測可能性について計算した。統計的有意性はステューデントのtを用いて調べた。モデルは概ね観測値をよく再現されるようにチューニングされているので、気候偏差を計算するに当たってはモデルの長期ランの気候値ではなく、NCEP/NCAR再解析データの1958年から2001年までの44年分のデータの気候値を気候値として用いた。

成層圏の影響を除去するために用いた、成層圏除去モデルは、標準モデルの上層部を取り除き、40hPa面を上端とした29層のみ残すことによって作られた。その際、重力波パラメタリゼーション等他のパラメーターは変更していない。但し、そのままでは上層の風が強くなるバイアスがあることが分かった為、上層3層に対してのみ全球面平均気温に10日程度の時間で緩和するニュートン冷却を導入している。ニュートン冷却の結果への影響を調べるために、ニュートン冷却を除去した実験も行ったが対流圏に関しては殆ど影響が無かった。そのため本研究の成層圏除去モデルは、ニュートン冷却版の結果を示す。



3.結果

図1、2002年7月から2004年7月までの30日移動平均をかけた北極域温度偏差(80度以北平均)。コンター間隔は4Kであり、また高温偏差は赤で、低温偏差は青で示している。

まず、本研究での研究対象にした2003/4年冬季とその対照事例として解析した2002/3年冬季についての観測された極点温度偏差の変化を図1に示す。ここでは、PJOの指標として低周波の極点温度偏差を見たいので30日の移動平均を掛けている。図から分かるように、2002/3年の冬季のPJOはあまり明瞭ではないが、2003/4年の冬季のPJOは非常に明瞭である。実際、2002/3年冬季の温度偏差は50hPa以高でしか明瞭でないが、2003/4年の冬季では、信号が300hPaまでも下っておりまたその準周期性が明瞭である。なお、2002/3年冬季も2003/4年冬季もいわゆる大昇温が発生した冬季であり、赤域がそれに相当している。

図2、2002年12月1日から2003年4月1日までの観測された北緯60度付近(55度から65度の平均)の東西風の偏差(上の図)と2003年1月9日06Zから2003年1月14日00Zを初期値とするランのアンサンブル平均(コンター)及びその有意性(影)(下の図)。両図ともコンターは0と±1m/sの他は、±5m/sから5m/s間隔で示している。赤域は正値、青域は負値を現し、特に下図では薄い影は95%、中間の影は99.9%、濃い影はほぼ100%有意な領域(ステューデントのtが2、4、6以上の領域)を示している。また、矢は東西風で見た観測データでの突然昇温のピーク日を現している。

まず、2002/3年の冬季の数値実験の結果を図2に示す。この図は観測の北緯60度東西風偏差とモデルアンサンブルを比較したものである。ここで60度付近の東西風偏差はいわゆる北半球環状モード(NAM)の簡易指標として用いた。またモデルの結果はこの年の大突然昇温の直前を初期時間としたものを示している。この場合には対流圏での予測可能性は高くその予測可能性はおおよそ半月にも及ぶことが分かる。また、この場合、突然昇温信号が下降伝播して地表に弱いながらも負のAO信号を作ることを予測していることが分かる。それに対して初期時間がこの8日前の大突然昇温までより日にちがある場合には対流圏の予測可能性期間はたった5日程度と非常に短いし、AOの下降も予測できないことが分かった(図略)。

図3、図2と同様。但し2003年12月1日から2004年4月1日までの観測された東西風の偏差(上の図)と2003年12月27日06Zから2004年1月1日00Zを初期値とするランのアンサンブル平均(下の図)

次に、2003/4年冬季の結果を観測データと比較して示す。図3の下図は図2と同様にこの年の大突然昇温の直前を初期時間としたモデルアンサンブルの結果を示している。この場合の各アンサンブルメンバーは良くPJOの下降を再現しており、アンサンブル全体としても非常に高い予測可能性を示している。特に、対流圏の予測可能性は驚くべきものでこの場合は2ヶ月以上にも及んで負のAO的変動の形成を予測している。図2の場合と同様に、アンサンブルランの初期時刻をより早めて突然昇温までの時間を長く取るほど対流圏の予測可能性は低くなる傾向が見られたが、それでも例えば12月上旬を初期値にしても弱いながらも3ヶ月にもわたる対流圏での負のAOを予測していた。それに対して、初期値を突然昇温の後に取る場合には対流圏の予測可能性は1週間程度と非常に低くなってしまった(図略)。このことはPJOを種とする対流圏の予報のためには成層圏突然昇温がキーシグナルとなっていることを示している。

図4、図3下と同様。但し、成層圏を除去したモデルでの結果(上の図)と標準モデルで海面水温および土壌水分を気候値に設定したアンサンブルランの結果(下の図)。

成層圏の予測可能性に果たす役割を調べるために、同様の実験を成層圏を除去したモデルでも行った(図4上)。ランの結果は、最初の10日程度の予測可能性は標準モデルとほぼ同一であるが、それを超える期間の予測可能性は殆どなくなることを示している。このことは成層圏のPJOのような変動が成層圏除去モデルでは表現できなくなるため、同時にNAM信号の下降のような現象も表現できなくなるためであると思われる。

一般には対流圏の長期間にわたる予測可能性はもしあるとすれば、海面水温や地表面状態のような長いメモリー効果をもたらすものによると考えられている。そこで、この冬の海面水温や地表面状態の予測可能性に対する効果を除去するために、気候値の海面水温と土壌水分を用いたアンサンブルランも実行した。その結果は図4下に示されている。図を見るとやはり、対流圏の予測可能性は著しく悪くなっており、海面水温や土壌水分の予測可能性に対する影響は非常に大きいことが分かる。しかし気候値の下部境界条件を用いていても成層圏でのPJO下降はほとんど元と同様に再現されているし、対流圏の予測可能性は悪くなったとは言えそれでも1ヶ月程度は存在しているので、少なくともこの冬季については成層圏を除去したモデルの結果よりは対流圏への影響は小さかったと言える。



4.議論

本研究では、PJOが明瞭に現れた2003/4年冬季を材料として成層圏が季節予報に対して果たす役割を調べた。対象事例としては共に大突然昇温が現れたがPJOの活動の弱かった2002/3年冬季をとり、両者に対し成層圏をよく解像している標準モデルと中部以高の成層圏の層を除去した成層圏除去モデルを用いてその効果を比較することで成層圏の役割を調べた。まず、PJO活動の高かった2003/4年冬季では、PJO活動の弱かった2002/3年冬季に比べて突然昇温直前を初期時間とすると、対流圏の負のAOの発生に対して約2ヶ月と非常に高い予測可能性が得られることが分かった。しかし、そのような高い負のAOの予測可能性は成層圏除去モデルでは殆ど再現することが出来ず、しかも下部境界条件を気候値に設定した標準モデルの実験よりさらに一段と予測可能性が低いことが分かった。このことは、少なくともこの冬においては、成層圏のPJOのような変動の再現性は、海面水温等の下部境界条件を凌駕するほども季節予報を改善するために非常に重要な役割を果たしていることを示している。従って、冬季の季節予報をよくするためには成層圏を十分よく解像するモデルを使うことが必要であると言える。

PJOは突然昇温と渦強化が交互に起きる現象である。先行研究によると、突然昇温と渦強化の気候に与える影響は非常に対称的であることが示されている(例えばKuroda, 2008a)。本研究によればPJOの突然昇温の直前を初期時刻とするアンサンブルランでは対流圏で発生する負のAOが非常に長い予測可能性をもって予報できることになる。それでは渦強化の時期でも同様に高い予測可能性があるかどうかは興味深い問題である。そこで、2003/4年冬季の3月半ばに発生した渦強化現象(図3上図参照)についてその予測可能性を調べた。実験の結果は渦強化の直前、あるいは最中を初期値にしてもその対流圏AOに対する予測可能性は突然昇温の時ほどは高まらないことを示した。実際、対流圏AOに対する予測可能性は一番高い場合でもせいぜい半月程度と突然昇温の場合ほどは極端に高まらなかった(図略)。

図5、図2と同様。但し2005年12月1日から2006年4月1日までの観測された東西風の偏差(上の図)と2006年1月16日06Zから2006年1月20日00Zを初期値とするランのアンサンブル平均(下の図)。

本研究は事例研究であり、2冬についてその成層圏の役割を示しただけであり、その役割を一般的に示したわけではない。従って今後より多くの事例についてその成層圏の役割、地表面境界条件の役割を調べていく必要がある。しかし、今回得た「PJOが明瞭に現れる冬季については突然昇温の直前を初期時刻とするようなアンサンブル実験では対流圏に発生する負のAOを高い予測可能性をもって予測できる」とする仮説を補強するために、PJOが明瞭に現れた最近の事例である2005/6年冬季についても同様の実験を行ってみた(図5)。図5下図から分かるように、この冬季においても対流圏の負のAOの有意性は、2003/4年冬季ほど高くは無いものの、ほぼ2ヶ月程度にもわたる対流圏の高い予測可能性を示し、上述の仮説の有効性を期待させるものとなった。

PJOの発生がまだ見えていない初期時刻において、モデルアンサンブルがPJOの高い予測をするということは、初期状態にPJOの何らかの種が入っており、それがモデルで再現されたと考えるべきであろう。特に突然昇温直前を初期状態とする場合には、その初期状態には対流圏から伝播していく大振幅のプラネタリー波が含まれており、これがその後のPJOの発生に対して特に重要な役割を担っていたと考えられる。但し、初期条件に大振幅のプラネタリー波が含まれていたとしても突然昇温の発生は必然となるであろうが長寿命のPJOまで出せるかどうかは決して自明ではない。実際2002/3年冬季では大突然昇温は発生したものの明瞭なPJOは発生しなかった。さらに今後PJOの発生するための物理的要因を特定していく必要がある。

2003/4年冬季の海面水温偏差を調べると、特に北大西洋域で高い偏差を保っていた。従って、対流圏で負のAOが発生した時期は対流圏が高い温度の下部成層圏と地表面に挟まれていたことになる。対流圏での負のAOの形成はこのような熱的な強制によると考えられる。



謝辞

本研究発表は主にすでにGRLで出版されているKuroda(2008b)に基づいて作成された。本研究を行うに際し用いた数値モデルをご提供下さった気象研究所の吉村裕正氏に感謝します。



引用文献