1 研究目的と成果の概要

1.1 本研究の背景

極夜ジェット振動(PJO)は冬季に成層圏に出現する半球規模の準振動的な現象であり、帯状平均東西風で見てその気候値からの偏差が数ヶ月の時間スケールで極方向、下方へと伝播していく現象である。この現象は、衛星データが蓄積してきた1990年代のはじめに世界で初めて本研究の分担者である小寺らによって統計的手法によってまず北半球に(Kodera et al., 1990)、そしてついで同様に南半球にも見出された。それ以降、1990年代の半ばからは対流圏と成層圏の力学的な結合について世界的にも認識が進むようになった(Baldwin et al.,1994; Perlwitz and Graf, 1995)が、その認識は時間的に変動する動的なものというよりはむしろ定常的、静的な形でされることが多かった。

その後の研究により、PJOに関しては対流圏から成層圏へと伝播していくプラネタリー波と成層圏の平均流の相互作用によって作られる変動でありほぼ毎冬現れる現象である事、主に帯状波数1の波がPJOを形成するのに重要な役割を果たしている事が分かってきた。また、北半球冬季には成層圏突然昇温と呼ばれる数日の間に気温が数10度も上昇するような激しい現象がほぼ毎年のように現われることが知られているが、この現象に関してもPJOはその前駆の役割を果たし、季節スケールでみると突然昇温はPJOの一部をなしている事も分かってきた(Kodera et al., 2000)。

このようなPJO研究と相前後してアメリカのThompson and Wallace (1998, 2000)によって、対流圏内での卓越変動として北極振動(AO)の概念が提出され、その命名の巧みさと相まってAO研究は世界的なブームとなった。ところが、AOの形状は対流圏成層圏結合変動ともよく似ていたため、このAO研究ブームは対流圏成層圏結合研究にも波及した。例えば、Baldwin and Dunkerton (1999,2001)やChristiansen (1999,2001)は対流圏成層圏結合変動に対し上部成層圏から下降伝播してくるAO信号という見方を提出した。下降伝播してくるAO信号はPJOの別の側面を見てるに過ぎないが、このような研究によってPJOの存在は世界的にも広く知られるようになってきた。

ところで、「下降伝播してくるAO信号」という見方の通り、PJOの信号は成層圏内部の変動に留まらず、しばしば対流圏にまで下降伝播してきて対流圏に環状的な、AO的な変動を作り出す事が分かってきた(Kuroda and Kodera, 1999)。この時PJOは対流圏でのAO信号の先行信号となるから、成層圏のPJOの状態から未来における対流圏のAO信号形成について予測できる可能性が出てくる(Baldwin and Dunkerton, 2001)。このような実際的な意味においてもPJOとAOの相互関係についてより深く理解する事が必要であるが、いまだPJOとAOの相互関係についてメカニズムにまで踏み込んだ相互関係はまだほとんど何も分かっていない状況であるといえる。

1.2 本研究の目的

そこで、本研究では、このPJO信号がどのようなメカニズムでどのようにしてAOを対流圏に形成するかを明らかにすることを目的とした。このための方法としては、本研究では観測データまたは観測同化データのデータ解析を主な手法としつつ、観測データによる解析の不備を補うために大気大循環モデルの冬季固定長期ランの解析も同時に行った。

我々の研究グループでは1970年代末から2000年代に至る、二十数年分の衛星で観測された温度場と高度場の全球等圧面データを蓄積している。また、これらからバランス風の関係を仮定することによって風の場の全球等圧面データも作成している。また、1950年代から2000年代までの再解析全球等圧面データも蓄積している。他方、気象研究所が気象庁と共同で開発している大気大循環モデル(GCM)の最新版も比較的自由に使える環境にある。このモデル内にPJOが再現されていることは確認ずみである。

本研究では、衛星データと再解析データを組み合わせた観測データの解析から、PJOの時間発展にともなう東西風、E-Pフラックス、子午面循環、地表面気圧変化をラグ回帰の手法によって統計的に調べることによってPJOにともなうAO形成メカニズムを明らかにすることを目的とした。しかし、観測データには、変動の起源として大気内部のもの以外に太陽活動変動や海洋変動等に起源を持つようなものまでも含まれているためメカニズム解明が難しくなる事が考えられ、さらに季節変化自体も現象を複雑にしていると考えられるので、理想化したPJOとAOの関係を調べるために境界条件を1月の状態に固定したGCMの長期ランの解析も行い、両者の結果を相互に比較する事によってPJOによるAO形成メカニズムを明らかにすることを試みた。

PJOによるAO形成メカニズム解明は、我々の大気力学そのものに対する理解を進展させるのみならず、AOの形成が対流圏気候に大きな影響を及ぼしている事を考えると、AOを通じた大気大循環や天候の変動の形成予測といった問題に対しても新しい知見を与えてくれるものと期待できる。

1.3 研究成果の概要

本研究での解析についての特に新しい成果は、PJOにともなう波強制が帯状平均東西風のみならず子午面循環をも生成し、その子午面循環が地表面にAO信号を形成することを明瞭に示した事である。また、駆動された子午面循環が地表面気圧に及ぼす変動を定量的に評価するために準地衡風オイラーモデルを新たに開発して利用した事も特記に値しよう。

本研究において明らかになった、観測データおよびGCMランの解析結果についてまとめると以下の通りである。

  1. 極点温度構造で定義されるPJOの位相とAOの極性には強い統計的従属関係が存在する。即ち、PJOが特定の構造をもつ場合、AO指数は有意に正または負になりやすい傾向がある。


  2. AOの持続時間もまたPJOの位相の影響を強く受ける。特にPJOとAOに統計的に出やすい(1)の関係が成り立つ場合にはAOの持続時間はそうでない場合に比べて優位に長くなる。


  3. PJOはゆっくり時間発展する波強制によって形成されているが、その波強制は東西風のみならず平均子午面循環をも駆動している。子午面循環の地表面との相互作用が下降域で高気圧偏差、上昇域で低気圧偏差を形成し全体としてAO信号として現われている。特に極域での上昇下降流と極点地表面気圧変動は明瞭である。


  4. PJOの形成には鉛直方向に深く緯度方向に双極子構造をした帯状波数1の波による熱強制の存在が重要である。熱強制が駆動する子午面循環の地表面気圧変化に及ぼす影響は対流圏起源の運動量強制の効果と同程度である。


  5. 成層圏内の波強制のAOに及ぼす影響も非常に大きく、対流圏内の波強制による効果と匹敵する。