大気放射と雪氷圏

気象研究所 気候研究部 第六研究室

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研究課題 −気候研究部 第六研究室−

基礎的・基盤的研究

「雪氷物理過程の観測とモデル化による雪氷圏変動メカニズムの解明」(平成26-30年度)

1.研究の目的
雪氷圏変動の実態把握のため、地上観測装置及び衛星リモートセンシングによる雪氷物理量の観測・監視を行い、それらを基に雪氷放射過程や積雪変質過程などの物理プロセスモデルを高度化し、雪氷圏変動メカニズムの解明及び予測精度向上に資する。

2.研究の背景・意義
(社会的背景・必要性)
世界気象機関(WMO)では2000年より世界気候研究計画(WCRP)の主要プロジェクトの一つとして「気候と雪氷圏計画」(CliC)を立ち上げ、気候変動が雪氷圏にもたらす影響とそれが気候システムにもたらす影響を評価・数量化することを目的としている。さらに、WMO国際科学会議(ICSU)は2007-2008年に共同で国際極年(IPY)の国際共同観測を実施後、2007年にIPYの資産を受継ぎ、全球雪氷圏監視計画(GCW)を立ち上げ、雪氷圏のモニタリング・ネットワーク(GC-Net)の構築を目指している。国内では文部科学省が2011年度から開始した「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス」(GRENE)事業の北極気候変動分野「急変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明」において、北極域における温暖化増幅メカニズムの解明、全球の気候変動及び将来予測における北極域の役割の解明、北極域における環境変動が日本周辺の気象や水産資源等に及ぼす影響の評価、北極海航路の利用可能性評価につながる海氷分布の将来予測を戦略目標としている。このような国内外の動きに対応するため、雪氷圏変動のメカニズム解明、監視、予測の3要素に貢献する研究が必要である。

(学術的背景・意義)
雪氷圏は地球温暖化の影響が最も顕著に現れる領域であり、同時に気候変動に対して脆弱な地域でもある。近年、北極を中心に急激な雪氷の融解や変化が観測されているが、その予測や再解析の精度は不十分である。グリーンランドでは2012年の夏に歴史的な氷床表面融解イベントが発生し、その秋には北極海海氷面積が過去の衛星観測期間中で最小値を更新した。氷床や氷河の融解は海面上昇の原因となり、IPCC AR5では今世紀末に0.26-0.54 m(RCP2.6シナリオ)から0.45〜0.81m(RCP8.5シナリオ)の上昇を見積もっている。このように急激に変化する雪氷圏変動を正確に把握・予測するためには雪氷面における放射収支、熱収支、質量収支などの物理プロセスの理解、モデル化、各種モデル予測精度の向上が必要である。また、雪氷面の放射収支に重要で、不確定な要素である光吸収性エアロゾル、積雪粒径の変化についての実態把握とプロセス研究、及びそのための測定技術開発、それら雪氷物理量の広域監視のための衛星リモートセンシング技術の高度化が必要である。

(気象業務での意義)
気象研究所の地球システムモデル(ESM)には積雪の変質過程と物理的にアルベドを計算するモデルが実装されているが、全球のいかなる雪氷面でも精度の高い計算を行うため、更なる検証・高度化が必要である。また、高精度を維持しながら計算速度の向上を図る必要がある。一方、現業で用いられている気象庁静力学モデル(JMA-NHM)では、現在SiBモデルを元にした陸面過程モデルのなかで簡単な積雪物理状態を計算し、アルベドは予報期間を通して定数として与えているが、雪崩、地吹雪、積雪深予測等の精度向上には積雪変質過程とアルベド過程を物理モデル化する必要がある。一方、気象庁の次期静止気象のひまわり8号と9号が2014年と2016年にそれぞれ打上げ予定であるが、現在雪氷のプロダクトは雪氷面積のみである。この原因は波長1.05 μmや1.24 μmといった積雪粒径に感度のあるチャンネルを搭載していないためである。この問題を解決するため、上記JMA-NHMに積雪変質モデルを組み込み、静止気象衛星データから得られる雲のない領域における積雪情報(及びマイクロ波衛星データ)をもとにモデルの積雪状態をデータ同化する必要がある。

3.研究の目標
地球温暖化の影響が最も顕著に現れる雪氷圏変動の実態把握、変動メカニズム解明、予測精度向上のため、放射伝達理論に基づき、以下の3つの研究を実施する。

@雪氷物理量を測定するための新しい技術開発と連続観測
雪氷物理量を測定するための近赤外カメラ、全天分光日射計、波長別アルベド・反射率測定装置、カーボン・エーロゾル分析装置等の開発・改良、及び放射伝達理論に基づいた解析アルゴリズムを開発する。これらの装置と自動気象観測装置を合わせて雪氷の放射特性、物理特性の長期監視を行う。

A積雪・エーロゾル等放射過程の改良と衛星による雪氷物理量の監視
積雪・エーロゾル等の非球形粒子の光学特性を精度良く計算するための非球形散乱モデル、及び光吸収性エアロゾルの混合モデルを改良する。また、これらを用いて衛星リモートセンシング・アルゴリズムを改良し、主に極域及び日本周辺における雪氷物理量の空間変動と15年以上の監視を行う。さらに、下記Bの積雪変態・アルベド・プロセス・モデル(SMAP)(Niwano et al., 2012)における衛星データの利用試験を行う。

B各種ホストモデルで使用できる雪氷物理プロセスモデルの高度化
地球システムモデルや領域気象予測モデル等で使用できる雪氷放射過程や積雪変質過程などの精度向上を図り、積雪アルベド物理モデル(PBSAM)(Aoki et al., 2011)による短波アルベドの精度で5%、SMAPによる積雪深の精度で10%以上を目標とする。さらに、JMA-NHMへのSMAPモデルの組み込み試験を行う。

4.研究計画・方法
@雪氷物理量を測定するための新しい技術開発と地上観測
積雪粒径、比表面積、光吸収性エーロゾル(黒色炭素[BC]、有機炭素[OC]、ダスト)を起源とする積雪不純物濃度、アルベド等の雪氷物理量は、雪氷表面における放射収支や雪氷変質過程にとって重要な要素である。ここではこれら雪氷物理量の高精度の現場測定を行うための装置の技術開発・改良を行い、放射伝達理論に基づいて解析アルゴリズム開発を行う。具体的な装置は近赤外域カメラ、全天分光日射計、波長別アルベド・反射率測定装置、カーボン・エーロゾル分析装置等で、これらのうち初めの三者はいずれも波長別に放射量を測定することにより積雪粒子の比表面積(粒径と対応)、積雪不純物濃度の雪氷表面及び雪氷中での鉛直分布、雪氷表面における波長別アルベド及び双方向反射率を測定するための装置である。カーボン・エーロゾル分析装置の改良では既有装置の補足率を改善する。これらの要素は下記Aにおける衛星観測の対象であり、Bにおける計算(予測)物理量である。また、本装置類による観測に加え、国内の積雪域で気象・放射収支・土壌観測、積雪観測、積雪サンプリング、エーロゾル等の連続観測を実施することにより、積雪不純物濃度測定、雪氷の放射特性・物理特性の長期監視を行うと共に下記A及びBの高度化と検証に利用する。

A積雪・エーロゾル等放射過程の改良と衛星による雪氷物理量の監視
雪氷圏変動の実態把握及び広域監視において、衛星リモートセンシングは有効な観測手法である。既存の雪氷物理量の衛星リモートセンシング・アルゴリズムを高度化し、抽出精度を向上させるため、アルゴリズムの基礎となる粒子散乱モデルと大気‐積雪系放射伝達モデルの改良を行う。前者については、積雪粒子形状モデル、積雪粒子とエーロゾル粒子の混合状態、積雪中エーロゾルの光学特性の改良を実施し、後者については、凹凸のある雪氷面や鉛直不均一な積雪層の放射伝達モデルの改良を行う。これらモデルの検証には@の観測結果を使用する。さらに、改良したアルゴリズムを用いて極域及び日本周辺における積雪粒径や積雪不純物濃度、アルベド、雪氷微生物等の空間変動と15年以上の長期変動監視を行う。衛星データはMODISとSGLI(各種雪氷物理量)、ひまわり(雪氷分布)等を用いる。

B各種ホストモデルで使用できる雪氷物理プロセスモデルの高度化
地球システムにおける雪氷圏の特徴は地球の冷源として働くことで、高いアルベドと低い表面温度によって特徴付けられる。正確な雪氷圏変動予測のために、数値モデルにおいて雪氷面アルベドと表面温度を含む陸面モデルの精度向上が必要不可欠である。このために、大気-積雪系放射伝達を中心とする理論的研究と、積雪の表面及び内部の物理状態を予測するための物理過程を明らかにし、@及びAの観測結果を用いて地球システムモデルに実装中のSMAP及びPBSAMを検証・高度化する。特に、現在のSMAPの中には地域的・経験的な計算プロセスが存在しているので、それらを全球適用可能な物理プロセスモデルへと精緻化する。また、雪崩、地吹雪、積雪深等の予測精度向上のためJMA-NHMにSMAP(SMAPにはPBSAMが実装済)を組み込むための試験を行う。この結果、単体としても各種スケールのホストモデル中でも実行可能なモデルを開発する。

研究概略
図1 研究概略

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JAXAとの共同研究

「GCOM-C/SGLIによる雪氷アルゴリズム高度化・新規開発及び、地上観測と気候モデルによる検証に関する研究」(平成25-27年度)

目的、重要性
 雪氷圏は地球の気候システムにおいて冷源として役割を持っているだけでなく、水の保管場所としての役割も持っているため、気候変動に対する雪氷圏の振る舞いは、更に大きな気候変動・環境変動への要因になると考えられる。また、雪氷圏は気候変動に対して脆弱かつ変化が増幅される場所でもある。近年北極圏を中心に雪氷の急激な融解が進行しており、このような変化は多くの気候モデルの予測を上回り、日本を含む世界中に大きな自然災害及び経済的影響がもたらされ始めている。従来、雪氷圏の衛星リモートセンシングでは、面積変動そのものが気候変動監視の指標であった。しかし、面積が変動するときには、その境界付近で大きなアルベド変化が起こっているため、早期にその兆候を予測することが重要である。このためADEOS-II/GLIプロジェクトでは、積雪面のアルベドを物理的に支配している積雪粒径と不純物濃度を重要な物理量と位置付け、それらの抽出技術開発を行ってきた。すなわち、積雪粒径は温暖化の徴候の指標となり、積雪不純物はアルベドを低下させ温暖化を加速させる原因となる。グリーンランドでは近年、氷床表面融解が急激に進行し、消耗域(裸氷面)が急速に拡大している。その主要因は温暖化と考えられているが、それを増幅させる原因として裸氷面上の雪氷微生物によるアルベド低下効果がある。このために、氷床上裸氷域検知と裸氷面上雪氷微生物濃度抽出の新規ミッションが必要である。本研究ではGLIの考えを推し進め前述した下線の雪氷物理量を抽出することにより、雪氷圏変動の質的変化の実態を明らかにすると共に気候モデルによる将来予測精度を向上させる。

研究内容
  1. アルゴリズムの高度化と新規開発:表面積雪粒径、浅層積雪粒径、積雪不純物濃度、雪氷面アルベドの各抽出アルゴリズムの高度化と氷床上裸氷域検知と裸氷面上雪氷微生物濃度の新規アルゴリズム開発を行う。高度化ではアルゴリズムで利用する非球形粒子モデルや積雪不純物と積雪粒子の混合モデルの改良を行い、新規アルゴリズムでは正規化氷指数やボロノイ凝集氷粒子モデルの導入を行う。
  2. 地上検証観測:主に北海道と海外(グリーンランド及びスバールバル諸島ニーオルスン)の観測サイトにおける検証データを利用する。国内の検証観測では上記(1)の積雪粒径、不純物、アルベドを衛星同期キャンペーン観測及び連続観測データによって検証し、海外の検証観測では(1)で対象とする全ての雪氷プロダクトを衛星同期キャンペーン観測及び連続観測データ等を利用して検証する。
  3. 気候モデルとの相互検証:積雪変質・アルベドモデルを組み込んだ気候モデルによって上記と同じ雪氷物理量を計算する。これらは衛星プロダクトと直接比較できるため、地上検証データと合わせて相互検証を行う。

期待される成果
 本研究で提案する表面積雪粒径や浅層積雪粒径は温暖化の徴候を示す物理量であり、GCOM-Cシリーズの10年を超える長期の観測結果を用いることにより、より早期に温暖化の徴候を検知することが可能となる。また、すすなど積雪不純物は雪氷アルベドを低下させ、温暖化を加速させる効果を持つため、その監視は排出規制など社会的な要請へ科学的回答を与えるものである。近年、グリーンランドや北極海などの北極圏を中心に雪氷の急激な融解が進行している。このような変化は多くの気候モデルの予測を上回り、日本を含む世界中に大きな自然災害及び経済的影響がもたらされ始めている。このような雪氷圏変動の実態把握・監視と予測精度の向上のため、GCOM-Cシリーズによる雪氷プロダクトは大きく貢献すると期待される。

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北海道大学低温科学研究所一般共同研究

「積雪変質・アルベド過程モデル開発のための積雪物理量及び熱収支に関する観測的研究(4)」(平成26年度)

研究の目的
 近年、北極域では急激な雪氷の融解が進行している。一般的にはこの原因として地球温暖化による気温の上昇が、雪氷圏におけるアイスアルベドフィードバックによって増幅された結果であると考えられる。しかし、実際の雪氷の融解速度は、多くの気候モデルの予測よりも速い速度で進行している。その原因の一つとして黒色炭素等積雪不純物による積雪汚染がアルベドを低下させ、より融解を加速させるメカニズムが働いているとの提案もなされている。多くの気候モデルではそのような積雪不純物の効果は考慮されておらず、さらに、モデル中の積雪アルベドは気温の経験的な関数になっているなど、積雪変質過程についても十分な精度を持っていない。我々は過去の一般共同研究(H16-18年度:「積雪及び大気変動がアルベドに与える影響に関する研究(1)-(3)」、H19-22年度:「積雪アルベド陸面モデル改良のための積雪物理量及び熱収支に関する観測的研究(1)(2)(3)(4)」)、H23-24年度:「積雪変質・アルベド過程モデル開発のための積雪物理量及び熱収支に関する観測的研究(1)(2)(3)」)において、低温科学研究所の露場で放射・気象・エアロゾル・雪氷の連続観測を行い、(1)大気エアロゾルを起源とする積雪不純物濃度上昇によるアルベドの低下の定量的見積り及び、顕著な黄砂イベント時における大気エアロゾル濃度から積雪不純物(ダスト)の粒径分布を予測する手法の開発(Aoki et al., 2006)、(2)積雪層内部の積雪不純物と積雪粒径の鉛直分布がアルベドに与える定量的効果の見積り(Aoki et al., 2007)、(3)分光反射率から積雪不純物と積雪粒径を推定する技術開発(Kuchiki et al., 2009)、(4)積雪変質モデルに基づいた大気大循環モデル用雪氷陸面モデルの開発(Yasunari et al., 2011)、(5)積雪不純物の効果を取り込んだ大気大循環モデル用積雪アルベド物理モデルの開発(Aoki et al., 2011)、(6)積雪変質過程から光学的に等価な積雪粒径を計算できる積雪変質・アルベド過程(SMAP)モデルの開発と検証(Niwano et al., 2012)を行ってきた。(4)のモデルはNASAの大気大循環モデルに、(5)と(6)のモデルは気象研究所の地球システムモデルに移植されている。このことは低温科学研究所露場における放射・気象・エアロゾル・雪氷の観測データが、全球モデルで使用するプロセスモデル開発に非常に役に立っていることを意味している。本研究ではこれら低温科学研究所露場における各種観測を継続し、前述の各種プロセスモデルの改良・検証を行うことにより、雪氷圏における将来予測精度向上に資することを目的とする。 研究計画  既存測器による放射・気象・エアロゾルの自動連続観測を維持すると共に、冬期間、週2回程度の高頻度積雪断面観測により積雪の物理・化学的変化を把握する。このとき採取した積雪サンプルから低温科学研究所でイオン成分分析を実施すると共に、同サンプルを気象研究所に送付し、ダスト・黒色炭素等の不溶性積雪不純物濃度の測定を行う。さらに、低温科学研究所技術部と連携してガス吸着法による積雪粒径測定装置の開発を行い(八久保ほか, 2012)、従来よりも客観的でかつ高精度の積雪粒径変化を求める。さらに、全天分光日射計(Kuchiki et al., 2009)観測値から推定した積雪不純物濃度と積雪粒径を積雪断面観測結果と比較し、積雪アルベド物理モデルへの入力データとした場合の精度検証を行う。これらの観測・分析データから、積雪アルベド物理モデル及びSMAPモデルを改良・検証を行う。

期待される効果
 低温科学研究所で取得された長期間の観測データを用いて、積雪アルベド物理モデル及びSMAPモデルの改良・検証を行うことにより、汎用性の高いモデルを開発し、その結果、それらを移植した地球システムモデルにより雪氷圏の気候変動予測精度向上が期待される。また、SMAPモデルを用いて札幌の積雪が黒色炭素等によって汚染されることによる積雪期間の変化や放射強制力の見積もりなど、局所的な影響評価にも利用できると期待される。

観測結果
札幌における自動気象・放射観測の準リアルタイム速報値は、所内限定で公開しております。

radiation budget observation in Sapporo automated weather station in Sapporo
observation field in the ILTS
図2 北大低温研に設置した放射収支観測装置、自動気象観測装置、及び露場全景。

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