2.大気浮遊塵

 

大気からのエアロゾルの除去過程の現象について大気浮遊塵中の人工放射能の観測結果から直接得られた知見としては、チェルノブイリ由来のものについての研究があげられる。アンダーセンサンプラーを用いて平均粒径分布(空気動力学的放射能中央径:AMAD)を求めた。その結果、チェルノブイリ由来の放射性核種を含むエアロゾルの平均粒径は131I<137Cs,103Ru<<90Sr<239,240Puという順序で大きくなることが分かった。この内、131I137Cs及び103Ruの平均粒径はサブミクロンであった。また、131I137Cs及び103Ru3核種の場合、0.43μm以下に全体の放射能の50%が存在し、粒径の増加とともに急速に放射能が減少する分布を示した。また、1.1μm以下の画分には131Iの場合83%、137Csの場合90%及び103Ruの場合94%の放射能が含まれていることがわかった。事故発生から5月末までの観測によると、粒径分布は時間とともに変化し、平均粒径は137Csの場合0.4μm から0.70.8μmと増加し、103Ruにおいても同様な傾向がみられた。

日本の大気・降水中で観測されたチェルノブイリ由来の放射性核種の核種組成を放出源の報告値と比較すると、放出過程の組成の変化を考慮に入れても大きく異なっている核種があることが分かってきた。134Cs/137Cs131I/137Cs放射能比は観測期間中殆ど一定であった。ただし、放出源の放射能比を比較すると、つくばの大気中の131I/137Cs比はやや高いことが分かった。つくばのエアロゾル中の103Ru/137Cs比は5月の上旬は当初の放出時の放射能比と同じであったが、下旬に増加の傾向を示した。この変化は、放出過程による変動(後半でより多くの103Ruが放出されている)を反映しているものと考えられる。一方、90Srやプルトニウムについては、少なからぬ量(90Srの放出量の場合137Cs22%、プルトニウムの場合、137Cs0.17%)の放出があったにもかかわらず、日本の大気・降水で観測された放射能はかなり低い値であった。90Sr137Csに比べて約1/100しか日本には輸送されてこなかったことを意味する。言い換えれば、輸送中に放射性核種間で分別が起こったことを示唆している。つくばの大気・降水中のチェルノブイリ由来の放射能の結果によると、全体の降下量に対するドライデポジションの寄与は9(103Ru)12(137Cs)%であり、大気中の放射能の大部分が降水によって除去されていることが分かった。

ドライデポジション(乾性沈着)によるチェルノブイリ由来の放射性核種の大気からの除去の様子を知るための指標として、各核種に付いてドライデポジションベロシティー(乾性沈着速度)を計算したところ、131I<137Cs, 103Ru<<90Sr<239,240Puという順序で大きくなることが分かった。即ち、放射能を帯びたエアロゾルの長距離輸送の間で、ドライデポジションを主に支配している過程である重力沈降等により、チェルノブイリ由来の放射性核種の中ではプルトニウムが最も除去され易かったことを意味している。計算されたドライデポジションベロシティーは0.023cm s-1 から2.0cm s-1の範囲にあり、時間変動と核種依存性が明瞭であった。

降下する機構は核種の化学的性状に依存せず物理的な粒径のみに依存するという仮定のみで計算したにもかかわらず、1μm 以上の粒子では重力沈降の速度と同じオーダーと勾配を持つという結果が得られた。1μm以下の粒径に対するドライデポジションベロシティーは、重力沈降によるものからは大きく異なっており、粒径1μm付近でドライデポジションベロシティーは極小となったのち、粒径が小さくなるにしたがって、ドライデポジションベロシティーが大きくなる傾向を示す。これには、Brown運動の効果の寄与が示唆される。

降水による大気中のエアロゾルの除去には様々な要素が関係しており極めて複雑である。気象要素としては,降水の性質や降水強度が重要な因子となる。降水による大気中のエアロゾルの除去を表わす指標としてwashout ratioが使われてきた。つくばの個別降水で観測されたチェルノブイリ由来の放射能についてwashout ratioを計算したところ、137Cs,103Ru <90Srの順序で大きくなることが分かった。即ち、これらの核種の中では平均粒径の大きい90Srが最も降水により除去され易いことを意味している。131I137Cs及び103Ruの平均粒径はサブミクロンであり、ドライデポジションや降水によるエアロゾルの除去のされ易さの順序は平均粒径の順序と良く対応していることが分かる。この結果は従来研究されてきた降水やドライデポジションによるエアロゾルの除去がエアロゾルの粒径と密接に関連しているという機構と良く一致している。即ち、ガス状で放出された放射性核種は、凝縮や付着等の過程によってサブミクロンのエアロゾルとなり、粒径が大きなエアロゾルに比較して大きな除去作用を受けなかったために、数10日の時間スケールで北半球の中緯度から北側に輸送され、北半球の広域を汚染した。一方、不揮発性の放射性核種は放出時に生成した1μm以上のエアロゾルに含まれていたために、輸送過程で優先的に大気中から除去されたと考えられる。